この世界の歴史と私
さて唐突ではあるが、一つ昔話をさせてもらいたい。
この世界を襲った勇者という災厄と、一人の男の物語だ。
かつてこの世界には、魔王がいた。
人間たちの治める国、王国は、彼の者の勢力と激しく世界の覇権を争った。
両者の勢力は拮抗し、状況は膠着した。
この均衡を崩さんと、王国で一つの術式が生み出される。
俗称、勇者召喚。
異世界の人間を、神界を経由させて召喚する術式だ。
狙いは異世界の人間ではない。
神界を経由させることによって得られる奇跡の力であった。
この力を持って魔王を打ち倒さん。
実現可能性を考慮した結果、この策に十分な成算が見込めることを、王国は認めた。
宮廷と騎士団が動き始める。
しかし、これに異議を唱えたものがいた。
彼の名はロイ・オルティース、かつて王国にあって、救国の大功を立てた英雄であった。
「魔王を倒せるほどの力を持つものが、我々、人間に従う保障など無いのでは?」
ロイはそう懸念を述べた。
彼は、人材の育成、武器や魔術具の開発、そして何より内政の充実を通じて国力の増大を図るべきであると訴えた。
極めて、陳腐な提案だった。
そんなことはとうの昔からやっている。
近衛騎士団を中心に、彼の消極性を非難する論陣が敷かれた。
「契約術式を破ることなど不可能である。もし可能であるというのであればそれを証明してみせよ」
この言葉にロイは沈黙した。
彼にもそれを破ることはできなかったのだ。
そして、召喚した勇者たちを用いた魔王討伐案が実行に移された。
魔王討伐作戦は、その確実を期すため、計40名の勇者が投入された。
呼び出された勇者たちは、皆、それぞれ金色に輝く神器を身にまとっていた。
その力の恩恵を受けるものは、決して老いず、決して滅びず、そして凄まじいまでの力を手にする。
彼らの力は確かに強大であった。
王国は彼ら勇者を贅をつくして歓待した。
また勇者たちの力を制御し、同時に彼らの身柄を保護するため、勇者達と王国の間で不可侵を約束する契約魔術が結ばれた。
王国と勇者は強固な同盟で結ばれた。
少なくとも王国はそう認識していた。
勇者たちの力を持ってしても契約魔術を破ることができないことを確認した王国は、勇者に正式に魔王討伐を依頼した。
この依頼を勇者たちは受けた。
彼らはわずか半年の間に、魔王を打倒し、魔族の領域は全て人類のものとなった。
この勝利は王国に多大な恩恵をもたらした。
王国の繁栄は隆盛を極める。
魔族の領域に眠る資源を開発し、彼らの蓄えた財貨を得て、王国の黄金期が始まった。
一方、勇者召喚策に反対したロイは、その不見識を咎められ宮廷を追われることとなった。
彼は北辺の街、ノーデンにて隠棲した。
王国の黄金期はちょうど10年間続いた。
そして魔王討伐の10周年を記念するその日、勇者たちが王国を襲撃した。
この辺はお察しの通りの展開かもね。
勇者たちと王国との契約魔術は、勇者たちの策謀にかかった王国自身の手で、とうの昔に破棄されていた。
契約魔術破棄の当初こそ、王国は警戒を強めたが、勇者たちがそれまでの信頼関係を守る姿勢を見せたため、緊張はたちまちのうちに弛緩した。
また、警戒を訴え続けるものは、影から消された。
期は熟した。
勇者たちの攻撃は払暁とともに開始された。
彼ら40人は、その日、王国を円を為すように包囲すると、その輪を締め上げつつ王国中央にある王都に迫った。
市街や集落は、勇者たちの重爆撃術式で焼き払われ、微弱な抵抗はまるで卵の殻を踏み潰すように叩き潰された。
王国全領土を結界で封鎖し、王国外への転移を封じた勇者たちは、王国の人間を文字通り皆殺しにするつもりでこの戦いに臨んだ。
平和ボケした王国と違い、勇者たちはこの日のために牙を研いでいた。
彼ら勇者たちは、強大な力を持つ王国のことを警戒していた。
勇者たちは、いずれ王国との対立が決定的になる日に先んじて、自分たちの優位が揺るがぬうちにこれを滅ぼすことに決めたのだ。
勇者たちの作戦は順調だった。
ただ、一箇所を除いて順調だった。
北辺の街、ノーデン。
ここを強襲した勇者は、戦闘開始後、わずか30分で撃墜され、継戦能力を喪失した。
ロイだった。
彼は来る日に備えて準備を整えていた、わけではないそうだ。
彼は防犯の鬼だった。
ロイは、ノーデンに侵入して爆撃を開始した勇者に対し、自律式魔導高射砲の統制射撃をもって逆撃をくわえた。
対する勇者は、この反撃を予期していなかった。
回避行動に失敗し戦闘機動が乱れた敵を、ロイは彼お得意の拘束術式、いわゆるバインドであっという間に簀巻にし、地面に転がした。
都市ノーデン襲撃失敗の報を受け、北部方面の包囲に当たる勇者が五名、ロイ撃破のため急派される。
ロイは勇者五名を向こうに回し、遅滞戦闘を開始。
うーん、遅滞戦闘…これを遅滞戦闘といっていいのか。
ロイはこれよりおよそ10時間にわたって、勇者五名をノーデンに拘束しつつ、戦況を完全に支配。
同時にこれを異常事態と判断して、ノーデン市長経由で避難警報を発令させた。
すでに王国各地での異常事態を知らされていた市長は、王都ではなく、北部未開発地域への一時避難を指示。
市民は脱出を開始する。
同時に王国各地から緊急の救援要請がノーデンに届く。
ノーデン市長はロイに転移陣の設置を要請。
ロイは戦闘の片手間にこれを実行。
転移陣から送られてきた王国各地からの避難民が、ノーデンを経由して北方への脱出を開始する。
このとき脱出した避難民たちが母体となり、対勇者反抗勢力、レジスタンスが組織されることになる。
その後は市民の避難を支援しつつ、ロイは勇者たちとの戦闘を続けた。
ロイは復活した後、当時の事を知らされこう語った。
「まさか俺以外、瞬殺されてるとは思わなかった」
彼は、なんだかんだ言って王国の者たちを信じていた。
俺にできる程度のことならば、当然俺より偉そうにしていた連中なら楽勝だろう。
嫌味でもなんでも無く、ロイは本当にそう考えていた。
そんな彼は、一定時間、遅滞戦闘に成功すれば、王都から救援が来るものと期待していたのだそうだ。
救援は来た。
ロイ一人に苦戦する五人の勇者を救援するために、王都を陥落せしめた20人の勇者が来た。
彼は思ったそうだ。
「そんな馬鹿な」
そうだね。
戦況は逆転した。
ロイは包囲され、転向を勧められるもこれを拒否。
結果、嬲り殺しにされたロイは、廃墟と化した王都にてさらし者にされる。
数年後、レジスタンスが彼の遺体の奪還に成功。
ロイの遺体は彼の最後の戦いの地、ノーデンの墓地に埋葬された。
彼は最期の瞬間に彼のいうところの延命薬を口にしていた。
彼の魔法技師としての腕前は極めて優秀であるが、一つだけ困った癖があった。
彼は、性能の調整が面倒になると、とりあえず強い効果に合わせて物を作るのだ。
彼が開発した延命薬は、一定の期間、魂を肉体に縛りつける魔法薬だ。
彼の当初の設計では、魂の束縛は二週間ほどの予定であった。
しかし度重なる適当な調整で、最終的に、数千年に及ぶ魂の拘束を為す呪いの薬と化していた。
彼お手製の効果増幅術式が指数関数的な上昇曲線を描くため、
「調整がすごいむずかしいんだよー」
とのこと。
頑張って!調整をあきらめないで!
さてこのロイは誰でしょう。
もうお分かりかと思います。
彼こそがグールさんです。
勇者の災厄、その最初期の反抗戦における最大の英雄にして、全能を謡われた大賢者ロイ・オルティース。
その彼の相棒、火力バカの私ことリコリス・なんとかかんとか。
この物語は、そんな二人の戦いと愛と愛と多少の友情の記録です。
ぜひ最後までお楽しみいただければと思います。
ちなみにだけど、今の私の本名はリコリス・オルティース。
結末については察してもらえるとうれしいかな。