グールさんと私
こんにちは。はじめまして。
私はリコリス・エルス・クレア・リムガルド・クラーリエン・ルシエ・フィリス。
帝国軍界境部隊ネフィリム・マリス所属、階級は特尉。
でも今はただの敗残兵。名前は長いからリコでいいよ。
私達の部隊は、この世界に災厄をもたらした存在、勇者達を葬るために派遣され、戦い、盛大に負けて全滅した。
私含めて部隊の構成員は十二名、うち戦死十一名。
女の私だけは殺されずに虜囚になった。
なぜ私だけ殺されなかったかなんて、大体予想がつくでしょ。
多分貴方の予想通り。
でも、良いようにやられる気がなかった私は、予め組んでおいた緊急用の転移術式で逃走。
長距離転移でマナ枯渇を起こして行き倒れたところを、私のパートナーになるグールさんに拾われた。
私は一種の改造人間で、いくつかの秘跡を埋め込まれてる。
その一つが"運命の輪"だ。
この力が働くと、確率なんて無視して、自分にとって一番都合のいい選択を引き寄せることができる。
発動しさえすればポーカーならロイヤルストレートフラッシュ、麻雀なら天和が確定。
聞くだけならギャンブラー垂涎の能力だね。
でも発動率がクソ低いから、全くあてにならない。
実際、自分の部隊が全滅するような運命も回避できない程度の能力だけど、やけくそのランダム転移でグールさんのところへ飛べたのは、絶対これのお陰だと思ってる。
私は自分の子供にも絶対これを受け継がせたい。
それぐらいひゃっほーいって感じの能力だ。
実は、私奇声を発する癖があるみたいなの。
余り気にしないで。
突っ込まれると、ちょっと恥ずかしい。
次はグールさんについても紹介するね。
グールさんとは、転移した先の300年前は豆畑だったんだろうなって野原で出会った。
元豆畑らしいけど、私が言った時はもうほとんどただの原野だったわ。
グールさんの第一印象は萎びたグールだった。
グールは最初っから萎びてるじゃないかって?
うん。そういうレベルじゃない。
今から重大なネタバレをするけど、グールを300年ほど地面に封印しておいて、掘り出したらこんな感じになるだろうなってレベルの萎び方だった。
ガリガリのしわしわ。
死にかけのおじいちゃんをたたいて伸ばしてグールにしても、もう少し肌にはハリがあるんじゃないかってぐらいの萎れ方だった。
グールさんはその元豆畑の中から、投降する兵士のポーズをして出てきた。
こうちょっとバンザイする感じのポーズ。
私はそれを見て、「あ、このグール安全そう」って思った。
安全なグールって今考えてもすごい発想だ。
でもその直感を当時の私は全く疑わなかった。
マナ枯渇の熱で既に頭がゆだってる私は、あぁ、大丈夫そうだ。とすっかり安心した。
どこに安心できる要素があるのかわかないけど、とにかくホッとしたのだ。
そしたら気が抜けてしまい、そのままぶっ倒れた。
コケる瞬間にデコを地面にぶつけてゴリって音が聞こえたけど、そこからの記憶はもうさっぱり無い。
デコいてぇ!でも体のほうがもっといてぇ!みたいに思ってたら、知らないうちに楽になっていて、気がついたら広いシェルターみたいな地下室にいた。
目が覚めた私は、ムクリと起き上がった。
私が寝ていた寝台は、年季が入っているけど清潔で寝心地の良い寝具が敷かれていた。
体の痛みはない。
体をペタペタと触る。
なにも問題ないな。
私は周囲を見回した。今思えば随分呑気なものだと思う。
見たこともない場所に連れ込まれたのに、クリアリングすらしていない。
部屋は広くて、天井には暖かい色の明かりが灯ってた。
大人の歩幅3歩分ぐらいの間隔を空けて、拳大の丸い玉が光っている。
後で聞いたけど、太陽の光を屋内に取り込む魔道具なんだそうだ。
昼は明るく、夜はちょっとエッチな雰囲気になるように光ると、恥ずかしげにグールさんは教えてくれた。
そういうこと言うのやめろ、自称嫁の私も照れるわ。
部屋の中は壁いっぱいに書棚があって、古王国語で書かれた書物がズラーッと並んでいた。
これを反勇者組織のレジスタンスに売るだけで人生10回ぐらい遊んで暮らせそうだ。
間違いなく勇者共に襲撃されるだろうけど。
私は立ち上がって書棚に向かおうとした。
そしたら、足元に人がいた。
し、死んでる。
干からびた死体。
それがグールさんだった。
初対面の時のグールさんは、萎びたグールだった。
今のグールさんは、右手をなくして顔の半分が陥没し体がひしゃげて血まみれの萎びたグールになっていた。
彼の脇には焦げ跡がのこる革製のかぶとらしき残骸が転がっていた。
私は察した。
当然察した。
転移直後、私はマナの欠乏を自覚していた。
マナ欠乏症に対する応急手段はわかっている。
ダメージをどこか一箇所に集中させて、やり過ごすのだ。
私は左手を捨てる気だった。
でも私の肌は真っ白のまま、左手も綺麗なままで5本の指もついている。
その分の代償を、だからこのひ弱そうななグールさんが払ったということだ。
たしかに魔石らしき何かを取り込んだおぼろげな記憶があった。
その魔石はどこから来た?
宙に浮いた魔石が、僕を食べてと私の口に突っ込んできたとでも言うの?
そんなわけない。
誰かがくれたんだ。
私はたまらずグールさんを起こした。
動かなかったらどうしよう。
そんな私の危惧は、とてもありがたいことに外れてくれて、グールさんは目を覚ました。
ゆっくりと身を起こすグールさんを支えながら、多分おじいちゃんってこんな感じなんだろうな、って私は思った。
私は肉親がいないからよくわからないけど。
私はその日一日、グールさんと過ごすことにした。
グールさんの事を知るために。
私がこれからどうすべきかを見極めるために。
グールさんは、穏やかで優しくてそして魔法を使った。
グールになってさえ魔法が打てるとか、生前はどんな大魔法使いだ。私は呆れた。
そして、そんなグールさんからは生きる気力を感じなかった。
生きる気力を失ったグールってすごいな。
アンデッドの常識を根底から覆してる。お前、生きてんのかい。
でも本当にそんな感じの様子だった。
見た目と同じくらい、精神の波動が、しなしなしていた。
最初、私は彼のことを墓守だと思ったのだ。
私は推察した。
彼は300年以上前に滅んだ古王国時代の生き残り。
彼の国が滅びてよりずっと、この廃墟で古い知識を守りつつ、ただ徐々に侵食を深める滅びに身を任せる墓守。
一方の私は兵士だった。
まだ勇者共を倒す任務は継続中だ。
でも私は、仲間も装備も失ってしまった。
一人では、無理だ。
もう心が折れていた。
だから私は誰かにすがりたかった。
目の前のグールさんを見つめる。
彼は、穏やかで、顔が潰れたアンデッドだった。
この人は戦うことをやめた人だ。
戦うことは苦しい。
そのことを私はいやというほど知っている。
もし、彼に助けを求めたとして、果たして受け入れてもらえるだろうか。
怖かった。
私と一緒に戦ってとお願いして、拒絶されることが怖かったのだ。
だから私は、気づかないふりをすることにした。
鈍感な善意を装って、世を捨てた彼を私の戦場に引きずり込んでしまえと、私は考えたのだ。
「助けてくれてありがとう。私にお礼をさせてください」
お礼どころかだまし討ちだ。
本当に助けてもらいたいのは、私のほうだったのに。
もしも全てが無事に終わったなら、本当にお礼をさせて下さい。
私は心のなかで謝った。
…うん
皆さんは、当然のことながら、これが私の勘違いであることをご存知だと思う。
でも、私は言い訳をさせてもらいたい。
普通さー、自分がばらまいた神聖属性の祝福のせいで、300年間もずっと墓から出られずに弱体化して、にっちもさっちも行かなくなってる大賢者のグールがいるだなんて、だれも思わないと思うんだ。
その時のグールさんは、こう、長老とか老賢者みたいな神聖で思慮深い雰囲気をまとっていた。
侵し難い空気があったのだ。。
まさか彼の頭の中が自分の童貞と、可愛いリコのことでいっぱいだなんて、夢にも思わなかった。
まぁ、ある意味賢者ではあるんだろうけどさ。
あと可愛いリコっていうのはグールさんがそう思ったってだけだからね。
私はナルシストじゃないわ。
こんな感じで私とグールさん、二人の関係は始まった。
あとそんなに私の容姿が気に入ったなら、態度で見せてほしかった。
お礼に裸ぐらい見せたっちゅーねん。