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グールの救命活動

いやー、ゴブリンは強敵でしたね。

おれは3つの魔石を手に、森の中の小道をよたよたと走っていた。


今の俺は身軽だ。

なにせ右腕がない。

最後の最後、ゴブリンCに捨て身でぶつかったのは、我ながらいい判断だっが、犠牲も大きかった。

やつの長剣の一撃で右腕一本をもっていかれ、それから顔面にも良いパンチを貰ったせいで右目が見えない。

多分潰れている。

体もなんだかがたぴしゃ言ってる。

廃車寸前の魔導車みたいな惨状だ。


これは次はないな、がはは。


精一杯の速さで家路を急ぎならが、しかしおれの内心は焦燥感で溢れていた。

ご機嫌な内心は単なる強がりだ。

なにしろ、もし今他のゴブリンに発見されたら、ここまでの幸運が全部ぱぁなのだ。

早く早くと急く気持ちとは裏腹に、俺の足取りは極めて緩慢だった。


ほんと、最初から最期まで、このボディはクソ性能だったなぁ。


不満をいっても仕方がない。

人間、いまある手持ちの札で勝負するしか無いのだ。

先生!グールは人間に入りますか!?

おれは、グールは人間に入れてもいいんじゃないかと最近思ってる。


我がスイート・ホームへの階段入口を、なんとか左手だけでこじ開けると、俺は階段を転げ落ちるように滑り降りた。

そして少女の元にたどり着く。


やった、やったよ俺。

ついにやり遂げたんだ。


感慨もひとしおだった。

手元の魔石は三つ。

これを少女に取り込ませればミッションコンプリートだ。


少女の容態はまだ悪化していない。

赤く上気した頬や素肌は、まだ透けるような白さをたもっている。

ホント肌きれいだなこの子。

きめ細かい。ぴちぴちだ。

おれの肌はしわしわを通り越してごわごわしてるので余計にそのみずみずしさが際立つ。

症状が進行するとこのきれいな肌に、赤黒い斑点が浮かび上がってくるのだ。


許しがたし。


幸いなことに、今のところその兆候はなかった。

俺は、間に合った。


正直ゴブリンごときの魔石で、大魔導師クラスと思しき少女の魔力の穴埋めができるのかは不安だった。

だが、最悪の場合グールである俺の魔石もある。

多少なりと彼女が動けるようになれば、あとは横で死んでぶっ倒れているグールから魔石を抜くことも可能だろう。

絵面的にすごいホラーなんだが、きっとこの娘ならやってくれるはず。

そんな凄みをこの子からは感じていた。


俺は慎重に魔石を手に取ると、少女の右手と左手に一つづつ握らせた。

彼女は苦しげに呻きつつも、しっかと魔石を握り込んだ。

まだ、意識があるのだろう。

驚嘆すべき意志力だった。


このまま待てば、皮膚から吸収が始まるはずだ。


そして俺の手には残りの魔石があと一個残った。


どうしよう。

俺は迷った。


魔石のマナは肌の接触面からも吸収できるが、粘膜からのほうが吸収が早い。

ぽろりと落としてもらうわけにはいかないので彼女の手に握らせたのだが、回復を急ぐのなら口に含ませるのが一番だ。

ないし尻穴に突っ込むかなんだが、さすがにそれは避けたい。

理論的には残りの一個は、彼女にくわえさせるべきだ。


ただ、問題があった。

絵面的にアウトなのだ。


魔石と言われると、八面体のクリスタルみたいな綺麗な宝石をイメージされるかもしれない。

ぜんぜん違う。

魔石の色は結石みたいなクリーム色だ。

で脊髄に収まってるんで細長い。

もう言葉を濁すのも面倒になってきたんで、はっきり言うがナニに似ている。


これを口に突っ込むと、もうナニをアレしてる図にしか見えないのだ。

いかがわしい映像作品のパッケージみたいな図になってしまう。

こんな小さな娘さんにさせたら、間違いなく児ポ案件だ。


これが髭づらのおっさん相手なら迷わずぶち込んでやるのだが…


「ぐっ…」


俺が逡巡していると少女が呻いた。


これは救命活動である。

もがっ…っと呻く少女の口にブツを突っ込みながら、俺はそう心のなかで唱えた。

絵面とか気にしてる場合じゃねぇ。

そんなもん気にしてたら、髭面のおっさんよりこの子のほうが苦しむ時間が長くなるだけじゃねぇか。

馬鹿か俺は。


少女の呼吸がつまらないように、首元に支えを入れて気道を確保する。

銀色の髪が流れて、綺麗な顔があらわになった。

そして口には、ナニにそっくりな魔石が一本。

やっちまった…と思う反面、やってやったぜと快哉を叫ぶ俺もいて、つくづく男ってのは業が深い生き物なのだな、と俺は思った。

もうグールで、ナニもなんも萎び果ててるんだが、死んでもエロからは逃れられんのか。


この娘のあられもない格好を見るのは俺一人、そして俺は近日中に最期を迎える。

冥土の土産ということで許してもらおう。


グールって死んだらどこに行くのかな。

星には絶対なれない気がする。

なんか汚ねぇし。


少女の顔を覗く。

あー、かわいいよぉ。

これでおれが生きてて、この娘があと10歳、いや5歳でいい、年上の女性だったらなぁ…

俺のストライクゾーンは上に広めだ。

この娘だとちょっと低すぎる。


そんな俺の思考を他所に、少女は口に咥えた魔石をもぐもぐかじりはじめた。

あっ歯を立てないで!

っていうかすごい積極的ですね、貴女。


考えてみたら、呼吸で大気中のマナを吸収できるレベルの女の子だった。

少女がむぐむぐ口元を動かすと、その傍から魔石が溶けていく。

微速度撮影みたいなスピードで、口に咥えた魔石が削れて縮んでいき。瞬く間に全て口の中へと収めてしまった。

少女の喉が、何かを嚥下するように上下する。

彼女はわずか数十秒のうちに、魔石一つを舐めとかしてしまった。


あっという間だった。


なんだろう、エロイと思うからエロいのであって、単なる食事風景とみればそうでもなかったのでは?

あっさりと魔石一つ食い尽くした少女を前に、俺の考えは単なるむっつり童貞の思い込みだった疑惑が出てきた。


訝しく思う俺の目の前で、少女は右手に持っている魔石を口元に運ぶと、むしゃりとくわえ込んだ。

すごい、今度は自分からいった!

そしてまたむぐむぐとねぶりはじめる。


ぎゃー、やっぱアウトだよこの絵面!

改めて見ても酷かった。

駄目だ、冥府までこの姿は持っていこう。

とてもではないが嫁入り前の娘にはさせられぬ。


身悶えするキモいアンデッドを尻目に、少女は魔石三つをまたたく間に完食した。


「げっふー」


魔石を食べきった少女の口から元気なゲップの音が聞こえた。

しばしの沈黙。

そして穏やかな寝息が響く。

すやぁって感じだ。

さっきまで死にかけていた女の子とはとても思えぬ。


あとゲップ、ヒロイン的にアウトくさい響きがしたんだが、忘れたほうが良いかな。

かわいく"けぷっ"って感じじゃなくて、"げぇっぷー"みたいな貫禄ある響きだった。

飲み屋のおっさんが仕事帰りに、ジョッキのビールあおったときみたいな声だった。

ほんとにこの娘見た目通りの女の子?

実は中におっさんが入ってるってことはないよね。


それはそれで気楽に付き合えそうで悪くないな。

中身がおっさん臭い分には安心して馬鹿話ができる。

おれはおっさんキャラがきらいじゃないのだ。


そろそろと近づいて、少女の額に手を当てる。


先刻までの焼けるような高熱は引いていた。

本当に一気に下がった。

ここまで劇的に下がったか?

同じ症状の患者を見たのは大分前だから記憶はおぼろげなんだが、もうちょっと時間かかった気もする。

応急処置には、成功したと見て良さそうなんだが、ゴブリンの魔石たった三つで足りたのだろうか。

俺の分が要るなら今からハラキリのスタンバイしなきゃならないんだが。


俺は少女の顔を覗き込んだ。

少女の寝顔は、年相応のあどけなさだ。

若干眉根を寄せた顰め面で、むず痒そうな表情を浮かべている。

ちょっと愛嬌があった。

高熱の名残のように残った額の汗を、手頃な手ぬぐいで拭ってやる。

少女は、「寝るのを邪魔するな」とでもいうように口元を歪めた。



大丈夫そうだな。



おれは、一歩、二歩と少女から距離をとった。


そして、やりきった達成感に満たされた俺は、そのまま床に倒れ込んだ。


視界が急速に闇に閉ざされる。

グールも失神するんだな、とおれはどこか遠くに意識を感じながら思った。


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