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グールの決死行動

我が家に転がり込んだ俺は、そこそこ綺麗な寝台に少女を下ろすと自分は床に転がった。

この俺の貧弱ボディには超重労働だった。

女の子に重いとか言ったら怒られそうだけど、すくなくとも俺よりは重量があった。


しんどい。

まじしんどい。


俺は、ひーひー言いながら床に這いつくばった。

いや、息してるわけじゃないけど、気分的にね。


少女は寝台に横たわって荒い息をしている。

こちらはちゃんと呼吸している。本当に生きてる人間だ。


苦しそうな吐息が口から漏れる。

熱が上がってきたのだろう。

銀色の髪が浮いた汗に湿って額に張り付いていた。


発熱を見る限り症状は深刻だが、まだ時間的な猶予はある。

この娘の体力にもよるが、一昼夜はあるはずだ。

その間に手当ができれば、助かるはずだ。


マナ欠乏症だが、対処法はわかりやすい。

マナを与えればいい。

まんまだな!

まぁ病名通りだ。

不足を補えば回復する。


では、マナを与えるにはどうするか。

飲むとマナが回復するマナポーションとかあれば良いんだが、こっちにそんなもんはない。

少なくとも即効性があってかつ、保存が効くマナ回復薬は俺が知る限り存在しなかった。


一番手っ取り早いマナの供給方法は、生き血を与えることだ。

魔力の強い人間か生物の生き血を経口摂取させれば症状は改善する。

生前の俺なら、200ml献血一回分の消費で余裕だろう。

すごいな、こんな可愛い子に自分の生き血を飲んでもらえるとか。ご褒美じゃねえか。

変態どもが狂喜乱舞しそうだ。

俺は違うよ。俺は違うからね。


だが、惜しい。

誠に残念なことに、今の俺にはその手が使えなかった。

俺がグールだからだ。

グールには血も涙もない。

干からびた肉と骨と臓器の残骸があるだけだ。

故にこの手は使えない。


野生動物の血でもいいなら今から必死にネズミでも探してくるんだが、おそらくそれでは足りないだろう。

それなりの魔道士クラスの血は必要だ。

このあたりにそんな生き物はいない。


となると、残る手段は一つ。


魔石だ。


"魔石か…"


思わず声にならない声でつぶやいた。ゲグルルルと人間離れした唸り声が漏れる。

まぁ今の俺は人間じゃなくてグールだからな。しゃーない。


魔石は、俺がこの一年、長らく欲して、それでも手に入れられなかった代物だ。

簡単に調達できるならとっくにしていた。

正確を期すなら、一匹うろついてるゴブリンを狙って3つは手に入ったんだが、1年間で3つって時点で察して欲しい。

今の俺にとって、ほしいと思ってすぐ取れるもんでは決して無い。


俺は思案した。

そして一つの結論に達した。

俺が"安全に"魔石を調達する手段はやはり存在しない。

なら条件を外すしか無い。

俺の安全を捨てて魔石を調達する。


安全を捨てた時点で、俺は遠からず死ぬだろう。

仮に、四肢の一つでも失えば、加速度的に状況が悪化する確信があった。

故に俺は、無理をおしての魔物狩りを避けてきたのだ。



どうしようか。

俺は、少し考えてから、グールとしての余生を捨てることに決めた。

迷う余地もない。



自分の安全を捨てる前提なら取れる手段はあった。

一番確実なのは俺の体内の魔石を彼女に譲ることだ。


具体的には、俺が自分の脊髄辺りに手を突っ込んで、そこから魔石をぶち抜き、彼女の手に持たせるか口に含ませるかすればミッション達成である。

一瞬だけ行けそうな気がしたが、すぐに無理だと気づいた。


想像してみてくれ。

今、俺が言ったアクションを最後まで完遂できる人類がどのくらいの数存在すると思う?

相当だぞ。

腹切りってレベルじゃねえ。

流石に痛覚がないグールでも自分の腹の中をまさぐってる間に、まず間違いなく絶命する。


俺が自裁した後に、この女の子が頑張って俺の魔石を抜き取ってくれれば良いんだが、おそらく彼女はもうほとんど自力では動けない。

確実性を考えるならこの手段は無しだ。


となると手段はもう一つ、モンスターを狩って魔石をぶんどることだ。


俺が住んでるこの廃墟一帯はゴブリンの縄張りだ。

ゴブリン共から魔石を調達するしか無い。


成算が無いわけではなかった。


ただ、確実性にかけるんだよなぁ。



俺は寝台の上に横たわる少女を見た。

食いしばった口元から浅い呼吸が漏れ、苦しげに胸が上下する。

彼女はまだ生きているのだ。


ならばなんとか助けたい。


絶対に助けてやる。

俺はそんな強い決意を胸に狩りに出た。


ではここで、今より俺が狩らんとする、ゴブリンについて語っておこう。

俺がいうゴブリンは、おそらく皆さんが想像するゴブリンで間違いない。

小さい体躯とそれなりに回る知性を兼ね備えた、亜人型のモンスターだ。

鳴き声はごぶごぶしている。

定番ではあるが女騎士を襲う。

女騎士に限らず、女性は原則、接近禁止だ。

繁殖方法は二種類、クイーンが群れを形成するか、あるいは攫ってきた女性に産ませるかの二択。

当然人類との関係は敵対的だ。


このゴブリン、おそらく単体でみれば全モンスター中最弱と言っていい個体性能を誇る。

一方で脅威度はゾンビなどよりもよほど高い。


なぜか。


集団で行動するからだ。


彼らは自分たちの弱さを本能的に自覚している。

故に、ほとんどの場合3匹以上でまとまって行動している。


ちょこまか動く軽装備の子供3人組を想像してみてくれ。

彼らは一人孤立した貴方を3人で取り囲み、自分に向かってくれば逃げ、背を向けるのであれば打ちかかり、あるいは石を投げつける。

面倒そうだろう?

実際かなり厄介だ。

戦闘の素人であれば、集団で対処しなければならない程度の脅威度はあるモンスターだ。


そんな相手に、よぼよぼ爺さんと同じ水準の体力しかない俺が一人で挑むことになるわけだ。


これは無理だよー。


開幕から泣きが入るレベルの無理ゲーである。


そこで、俺は別の力に頼ることにした。


魔法だ。


先の独白でお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、俺は生前、魔法使いだった。

この世界には火水風土光闇と生命、神聖の8属性の魔法があり、おれは火水風土光闇と生命、神聖の8属性をつかうことができた。

全属性使いだったわけだ。すごいだろ。

まぁ別に全属性のメリットなんぞ殆どなかった。やっぱり一芸極めた人間のほうが強い。

どうせ登用するなら、武力70、知力70、魅力70、政治70より、武力100、知力1、魅力100、政治1のキャラを取るだろ?

それと同じだ。

俺の魔法使いとしての能力は、基礎的な魔法であればばんばん使えるが、大きな魔法に関しては「頑張ってるけど、君、実はポテンシャルは低いよね」ってレベルだった。

一言で言うと、竜を探す物語の二作目、主人公じゃない方の王子に近い性能だ。

要するに器用貧乏だ。


器用貧乏であろうと、生前の俺の能力があれば、ゴブリンの100や200程度一捻りだった。

だが、残念ながらグールには、ほとんど魔法の適正が無いようなのだ。

確かに、魔法使いのゴブリンであるゴブリンメイジはいても、グールメイジは存在しない。

まさか語呂が悪いってのが理由でもあるまい。


俺は、グールはマナを蓄えられないのだと推測している。

つまり魔法を使うと、「だがMPが足りない!」となって撃てないのだ。

警告メッセージが出るわけではないが、イメージとしてはそんな感じだ。


初級の攻撃魔法は、例えば火属性ならファイヤーボール辺りが鉄板なんだが、グールの俺はそのレベルの魔法はさっぱり撃てなかった。

火魔法でも初歩の初歩、発火をつかうのがせいぜいだ。

発火の魔法は自分から離れたものに火をつけることができる。

バーベキューのときとかに、着火剤を忘れてもなんとかなる。

正直、使いみちなんぞ殆どない魔法だ。

それでもこれしか使えないのだからと、俺は自己流で頑張って修行した。

結果、マッチ程度の火力から、松明程度の火力までは強化できたんだが、それ以上となるとちょっと気が遠くなるレベルの期間が必要そうだった。

最近は伸びが悪くて手詰まり感がある。

おそらく種族的な限界があるのだろう。


ちなみにファイヤーボールって人間の頭大の火球を敵に飛ばす魔法ね。

火球が飛んでく姿は火の塊っぽく見えるけど、中に可燃物質が詰まってるからから、当たると痛くてその後燃え広がる。

人間が食らうと大体死ぬ。

初級だろうと、攻撃魔法はどれも凶悪な威力だ。

意地悪な魔法使いになると、ファイヤーボールの中に、土属性魔法で石弾仕込んでたりする。

雪合戦の時にひらめいたらしい。

ファイヤーボールを工夫するのはいいが、雪玉の中に石詰めるのはやめろ!マジあぶねぇ!


話を戻そう。今の俺は、攻撃魔法は無理でも、発火を使っての放火程度なら可能なのだ。

あとは5mほど離れた上空に、植木鉢ぐらいの重量の石塊を作る、みたいな魔法も使える。

殺人事件であるだろ?二階から植木鉢落として下の人間の頭に落とすヤツ。

あれと同じ感じで攻撃ができる。


マナ的な限界で魔法の行使は2回が限界だ。

あと、当たればいいが、はずれると無傷のゴブリンが残る。

二回だけ命中に不安があるが、致死ダメージを与えられる遠距離攻撃手段があるわけだ。

行けそうな気がしてきたか?

多分それ錯覚だぞ。


俺が挑む作戦の概要を聞けばその無理ゲーっぷりが分かる

作戦はこんなだ。


ゴブリンの縄張り圏内に突入して、

3匹以下のゴブリンのチームを敵に先んじて発見し、

魔法を二連続で直撃させて二匹を撃破ないし無力化、

残るの一匹に麻痺爪を当てて弱体化、

そして全員を撃破する。


な?この無理を通すのに、どれだけの幸運が必要かはわからないレベルできつい。


おそらく俺の運だけでは無理だろう。

俺の運命力の低さには定評がある。

だが、いま寝台に横たわる少女の幸運も借りれば、可能性はあるはずだと俺は信じている。

なにしろ、この女の子は、道端で倒れて、グールの自宅にお持ち帰りされちゃうレベルの強運の持ち主なのだから。



これは、無理そうだな。


俺は、潔く死を覚悟した。

もう死んでるがね。

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