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グール・ミーツ・ガール

俺は生前、田舎のひなびた街に住んでいて、今は田舎の滅びた街に住んでいる。

住所は変わっていない。


俺のマイホームは実は自慢のマイホームで、生前、かなり頑丈に作ってあった。

地上三階、地下二階。

おれがグールとして目覚めたときには、上物は更地になっていたのだが、地下室が生きていたのは幸いだった。

今は地上零階、地下二階である。

なお地下二階には今の俺では入れないので、実質地下一階だけが今の俺の我が家だ。

平屋と変わらん。


だが、グールだって雨風はきつい。

奮発して良い家を立てていた生前の俺は、先見の明があったと言えよう。

童貞を捨て損なう程度の先読み能力ではあるが、無いよりはマシだ。


この一年で、色々やり尽くし、自分の可能性に絶望しかけていた俺は、日中の大半を自分の家に潜んで暮らしていた。


だが、外に出なければならない時がある。

食事だ。


グールは肉食性だ。

肉とはタンパク質のことだ。

タンパク質は豆でも取れる。


この滅茶苦茶な論法に従って、俺は豆を食って命を繋いでいた。

驚くべきことに、これでなんとかなるのだ。

このグールボディだが、めちゃくちゃ燃費がいいのだ。

数少ない取り柄であった。


ミネラルが不足しそうなので、家の近くにある出処不明の骨をかじりつつ、近くに生えた豆の木から畑のお肉を摘んで食べるのが、俺の一日の日課だった。

割りと規則正しく生活している。

健康的なグールだ。

すごく弱いけど。


その日も俺は食事に出かけた。

普通のグールは夜行性らしいが、俺は昼間出歩くようにしている。

夜は、野生動物の動きが活発で危ないのだ。

食物連鎖的に、今の俺はうさぎと鹿の中間ぐらいにいる自信がある。

ある日森のなかでくまさんに出会ったら、デッドエンド確定だ。

用心せねばならない。


あ、でも熊って死んだふりすれば大丈夫なんだっけ?

俺死んでるから死んだふりには自信あるよ。


俺は豆畑で日課の作業をはじめた。

のそーっとした動きで俺がちょうどいい感じに育った豆を収穫しながらもぐもぐしていると、直ぐ側を通る街道跡を人が歩いてくるのが視界の端に映った。

人影じゃない。人だ。

ただの人影だとゴブリンの可能性が高い。

この一年で何度ぬか喜びさせられたことか。

高さだけで判断できないんだ。時々肩車して遊んでるバカが居る。

俺は学習していた。

あれは人だ。間違いない。


グールになって一年、俺は初めて生きている人間を見た。


人影が近づいてくる。肩までかかる銀髪、赤目、年は13,4歳に見える。多分女の子だ。

自分、もう身体的にはおじいさんなんで若い子の年とかよくわからないけど、そこまでずれてないはず。

顔が見えた。すごい美少女だ。

麻だろうか、貫頭衣のような粗末なワンピースが彼女の頼りない歩みに合わせて揺れる。

むき出しの鎖骨が、痛々しい。


オレの心がきしんだ。


俺が豆の畑から身を起こす。

彼女もこちらに気づいた。

少女の赤く澄んだ瞳と、俺の白濁した眼球が見つめ合い、視線が交錯する。


目と目が合う瞬間



少女は思いきり顔をしかめるとその場にぶっ倒れた。



えぇー!

たしかに俺グールだけど、見ただけでぶっ倒れるほど!?


きゃーとか言って逃げられる展開を予想していた俺は、流石に慌てた。

よたよたと少女のもとに走り寄る。


もしかしたらこの女の子が機転を効かせて、死んだふりから俺をだまし討ちしようとしてるのかな、とも思ったが、それでやられるならそれでいいかと開き直った俺は、構わず女の子の前にしゃがみこんだ。

近くで確認してみると、だまし討ちでもなんでもなくガチで倒れていた。

やばい、そっちのほうが困る。

俺は慌てて少女の様態を調べた。


苦しげに息を吐く少女の頬は紅潮していた。

額に手を当てると、グールの鈍感肌でも分かる超高熱。

見たところ目立った外傷は無し。

そして、さっきまで歩いてきて突然のばたんきゅー。


症状に心当たりがあった俺は、近くの草を引きちぎって彼女の口元に寄せた。


緑の草はあっという間にしなびて枯れた。

茶色く変色した葉が風に散っていく。


オーケー、この症状は知ってる。

急性のマナ欠乏症だ。

相当マナ容量がでかい人間が、自分の許容量を超えてマナを前借りした時の症状だ。

呼吸で周囲のマナ吸い取るとか相当だぞ。


え?

ああ、マナについての説明ね。

MPだよ、マジックポイント。生命力であるHPと対になってるやつだ。

全生物、多かれ少なかれ持っていて、魔法とか不思議な力を使う時に消費する。

詳しい説明は、かの有名な竜を探す物語を参考にしてくれ。ほとんど同じだ。

マナ欠乏症はMPがマイナスになってる状態で、MPが0に戻るまではHPががりがり減り続けると思ってくれればいい。

生命力やマナの残量が数字で見えれば良いんだが、こっちにはそんな便利な魔法はない、と思う。


俺が横でバタバタしているのに気がついたのだろう。

少女は薄く目を開けた。細く空けた瞳は涙で滲んでいる。

歯を食いしばる音がぎりりと聞こえた。

そして、少女は立ち上がろうと、腕に力を込めた。


すごい気力だ。

俺は震えた。


俺は急いで少女に肩を貸すと、ゆっくりと少女の体を引き上げた。

軽い。そして俺にとってはやはり重い。

少女は俺の体に体重を預けて立ち上がった。

俺が歩き出すと、彼女は素直に従った。


横で荒い息をつきながら歩みをすすめる少女を見て、俺は、すげぇ覚悟決まってる娘だなと恐れおののいていた。


この娘には今、相当な激痛が走ってるはずなのだ。

不足したマナを補うために、体組織を自壊させて吸収しようとするのが急性マナ欠乏症だ。

生命素がつきるまで体組織が崩壊することはないが、それが尽きると臓器や骨がぐずぐずになって崩れ始める。

その痛みは筆舌に尽くしがたい。

生前の俺的に、死んでも嫌な死に方ランキング5位以内には入ってくる破壊力だ。


なんとか助けてやりたい。

少女の体重を運びながら、俺は強く思った。



それとは別に、おれグールなんだけど、この子、気づいてるのかな。


このままだと俺の家に連れ込めそうなんだけど、不用心すぎない?

もしかして朦朧として俺のこと人間と思ってる?


この娘はなんなのか。

なんでマナ欠乏症で死にかけているのか。

目は見えてるみたいだけど、俺のことが怖くないのか。


そして、なにより、なんでこんな可愛い子が、大量のゴブリンがごぶごぶ言ってる僻地を一人でうろついているのか。



俺は大量の疑問に蓋をして我が家へと急いだ。

疑問を解くのは彼女を救ってからだ。

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