グールで手詰まりになった男
まずは、この世界のモンスターについて説明しよう。
俺も含めたモンスターであるが、進化という現象を通じて強くなる。
モンスターや人間、そして魔力を持つ一部の生物には、魔石という器官があるのだが、これを取り込むことで進化が促される。
つまり、魔石持ちを狩りまくって、どんどん進化していけば、俺は際限なく強くなることができるのだ!
そして、俺には自我があった。
しかも、人間だった頃の知恵ももっている。
このアドバンテージを最大限活かし、ずんどこ周囲のモンスターを狩りまくって、さっさと受肉まで持っていくのが俺の当初の計画であった。
そんな俺が、グールとして生まれかわってから一年が経った。
俺は、未だにグールをやっていた。
無論俺が望んだ結果ではない。
理由は単純だ。
俺が弱すぎて、周囲のモンスターに全く歯が立たなかったのだ。
おかしい。俺は訝しんだ。
俺の現在の種族、グールは、概ねゾンビの上位互換だ。
特技は麻痺ひっかき。
これが決まるとやられた方はびりびりしびれて動けなくなる。
実際のしびれ具合は、30分正座して立ち上がった時の足腰ぐらいの感じなので、動けなくはないのだが、戦闘中に食らうと致命的なのに変わりはない。
加えてグールはゾンビのように自壊しない上にパワーは同等、ゴブリンあたりの序盤の定番やられ役が相手ならまず負けることは無い。
しかし俺は負けた。
普通に負けた。
ゴブリンに負けた。
幸いこちらの見た目がグールであったため、向こうが勝手にビビって逃げてくれたから命拾いしたのであるが、集団で袋にされたら間違いなく死んでいた。
もう死んでるけど。
これはなぜか。
どうもゾンビやグールが強いのは、自我がないせいで肉体のリミッターが切れているかららしい。
つまり筋肉が傷もうが骨がひん曲がろうが、関係なしにフルパワーを発揮できるのが、あーうー呻いてる普通のゾンビ&グールさんたちだ。
一方の俺は、理知的でクレバーなグールだ。
自我があるせいでリミッターは残ったまま。
ゆえに他の脳みそ逝ってる死体共と同じような馬鹿力は出せない。
一方で、体はアンデッドなので、筋肉や腱が冷蔵庫の底で萎びた根菜みたいな状態になっている。
結果、滅茶苦茶力が弱かった。
具体的には、80過ぎのよぼよぼじいさん並みのパワーしか出ない。
ちなみにこの世界の平均寿命も80ぐらいだ。
つまり今の俺の直接的な戦闘力は、死にかけの人間とほぼ同程度だ。
スカウターで図ると多分2とか3とかである。ちっカスが!ってレベルなのだ。
泣いてしまう。
運良く群れからはぐれたゴブリンを奇襲して殴り合ったが、俺の必殺技である先制の麻痺ひっかきが決まったにも関わらず、ぐっだぐだの泥仕合になった。
ボクシング的にいうなら12ラウンド目ぐらいまでもつれ込んで、俺はようやく勝利を手にした。
やっとこさ魔石を一つ手に入れた俺だったが、気づけば左手の小指が無くなっていた。
「元から俺ら四人兄弟っすよー」
ぐらいの自然さで、俺の手のひらから指が一本離脱していた。
グールはゴブリンとの比較で言えばかなり強い位置づけのモンスターだ。
ゆえに彼ら程度の魔石では100や200で進化はできない。
俺は否応なく一つの結論にたどり着いた。
こんなんじゃ、進化なんて無理だよぉ…
泣きたい。でもやっぱり涙腺は死んでる。
泣くことすらできない。
"俺は、これからどうしたらいいんだろうか"
黄昏に向かってつぶやいてみたものの、俺の声帯は完全にしなびていた。
グゲルルルみたいな唸り声が俺の喉から漏れて、夕暮れの空に消えていった。
カラスが遠くで鳴いた。
体の涙腺は死んでいるので、俺は代わりに心の中で涙を流した。
人の心はいつだって自由だ。
心で泣くぐらいの自由は、グールにだって許される。はずだ。