リコの傷薬
「なんのこと?」
リコの声は硬い。
俺は気づいた。
この子、嘘つけない子だ。
なにするにも顔と態度に出る。
ここまでモロバレな子も珍しい。
あと時々、俺にすごく申し訳無さそうな顔するんだ。
いろいろ隠してることが後ろめたいんだと思う。
でも普通、死にかけのグールに手を貸すなんて何かしらの下心あってのものじゃん?
気にすること無いのに。
俺はため息を付くポーズをとった。
やれやれ系主人公だ。
自分でやってみたけど、グールがこの手の仕草するとすごい絵面がむかつく。
間違いなくイケメン特権だ。もう二度とやらねぇ。
"グールさんはソロで仕事をしていた経験が長いので、背中にけがをすることが多かったのです。傷をかばってる人の動きはわかります"
「だから何?わたしは平気だよ。それにこのぐらいなら放っとけばすぐ治るし!」
リコは怒って声をあげた。
俺が後ろに回り込もうとすると、背中を見せまいと体を回す。
可愛い女の子の周りをぐるぐる廻るアンデッドの図。
問答無用で、冒険者に斬りかかられても文句は言えない事案だ。
なお少女のワンパンでアンデッドは沈む模様。
うわ、少女ツヨイ
俺とリコとの間で「見せなさい」「嫌だ」の押し問答が続いた。
結構強情だな。
まぁ、だいたい予想はついてた。
北風が駄目なら、太陽政策だ。
"グールさん魔法技師だったから、傷薬とか作れるよ。作ってあげよう"
「えっ、ほんとに!?」
リコは顔を輝かせた。そして、すぐに俯く。
そしてリコは真っ赤になってぷるぷる震えはじめた。
はい、自白一丁。
"材料取りに行ってくるから。ここで待っていておくれ。簡単に作れるやつを用意する"
「…私も一緒についてく」
"じゃあ、水くみを頼む。俺、聖水さわれないからね"
「…私いなきゃ材料集められないじゃん」
リコは俯いたままつぶやいた。
まぁそう言ってくれるなよ
そして俺達は、傷薬の材料を集めに出発した。
傷薬の原料は、水と薬草、二つを混ぜて完成だ。
魔法は使わない。
子供や主婦の方でも簡単に作れるすぐれものだ。
この傷薬に、魔法技師とか関係ないです。
そして俺達は薬草の採集地にたどり着いた。
葉肉の厚い膝丈ほどの草が辺り一面に群生している。
「なにこれ」
"全部薬草"
「うそ」
"効力弱いけどね"
いわゆる薬草の効力は、水や土のマナを取り込んで生命のマナに変換することで得られる。
良い薬草は、この変換効率が高いのだ。
逆に、効力の低い薬草は、地力だけをうばう、雑草、あるいは有害植物といえる。
ここに群生しているのは、薬草の中でも最底辺、つまり王都で生えているのが見つかると、業者を呼ばれて駆除されるたぐいの植物だ。
前に、王都を追い出された身としては、すごい親近感を覚える。
"ギンギー、またはブヨ草と呼ばれています"
「なんか葉っぱがふよふよしてるね」
後にリコはこの草のことを気に入って「ふよ草」と名付けたのでそちらの名を使わせてもらおう。
実は俺もこの草が好きだった。
ふよ草は、手のひら大の平たいサボテンのような葉をした、結構愛嬌のある植物だ。
葉肉が厚く、やわらかいアロエのような手触りをしている。
ふよ草は薬草屋からは蛇蝎のごとく嫌われるが、俺は便利な良い植物だと思っている。
一つは頑強なことだ。
大抵の薬草は、薬草園で大事に大事に育てられるのだが、このふよ草は野原でも頑張って根を張り、周囲の雑草と根性比べをするぐらいの生命力がある。
余り大事にされていないせいか、優しくされるとすぐ嬉しくなって繁茂してしまうので、間違っても肥料や水などはあげてはいけない。
あっという間に庭先がふよ草で一杯になる。
普段優しくされてない人間が、優しくされると勘違いしちゃうよな。
そのあと、こっぴどく振られるまでがワンセットだ。
二つ目は加工が楽なことだ。
俺が住んでいた街、ノーデンは、王国でも辺境にあった。
北は未開拓の原野で、しょっちゅう魔物の大発生、いわゆるスタンピードに襲われた。
年中行事のように体長3m超えのワーボアなる猪頭の化物が、連隊規模で襲撃してくる。
男どもは老人から若人まで命がけの戦いに駆り出された。
当然、おびただしい数の負傷者が出る。
薬草も専用の薬師の調合する分だけでは、とても足りぬ。
そこで、小さな子どもや非力な女性達は、このふよ草をぶちぶち引きちぎっては、葉肉を潰して手製の薬を作るのだ。
救護所の中を小さい背中がせせこら動き、いかついおっさんに取り付いては、必死に薬を塗りたくる姿が、俺は好きだった。
三つ目はけが人に優しいことだ。
何しろ大量に取れる上に、葉肉はゼリーのような感触だ。
薬効が高い薬草だと、できるだけケチらにゃならんが、ふよ草なら傷口を覆うような贅沢な使い方ができる。
ゼリーの絆創膏といえばいいかな?
あれ結構きもちいい。
この傷薬は傷口にしみないし、傷口の後も残りにくい。
小さい子も泣かないし、大怪我を負った人間の痛みを和らげてやることもできる。
"どうよ。なかなかすごいだろ"
「そうだね」
俺は、道すがらドヤ顔でこの解説を語りきった。
リコは、そんな俺のことを多少のあきれを込めた優しい面差しで見つめていた。
貴重でもなんでもない傷薬だ。
思う存分つかえるところが俺は好きだ。
俺達は、水差しに泉から水を汲んで部屋に戻った。
俺は、手頃な器を乳棒を取り出すと、聖水と草をリコに渡して混ぜてもらった。
葉肉のゴリゴリした感じがなくなれば完成である。
リコは傷薬をこねながらいった
「結局、薬作ってるの、わたしだよね」
"そうだね"
俺は面目なさで顔を押さえてプルプルした。
俺、魔法技師(笑)だから。
いや、アンデッドって生命と神聖のマナに触れると溶けるんだもん。
できるだけ触らないほうが良いんだって。
寝具から防水のシートを切り出し、シーツを裂いて包帯にする。
"さ、傷を見せなさい"
「…はい」
リコの粗末なワンピースの背中には外からでも分かるほどの血が滲んでいた。
服を脱がせれば、手のひら大の傷が背中の真ん中にできていた。
傷口の周囲は、内出血で紫に染まっている。
鈍器で背中をこそげ落とされたような傷だ。
痛そうではあるが、深刻な傷ではない。
深刻な傷なら教えてくれただろうしな。
布に聖水を含ませて、リコの傷口を拭う。
リコは無表情のまま痛みに耐えていた。
ちなみに俺の手からは聖水にやられて湯気が出ている。
こういうときはアンデッドほんと不便だ。
強いんだがな。
ちなみにこの時受けたダメージはものの5分ぐらいで自己修復した。
グレーター・グール強い。
一長一短だ。
リコの背中は小さい。
その傷口に、お手製の傷薬をたっぷりと、それはもう贅沢に塗りたくる。
パンにぬるジャムのように、万遍なく塗るのがコツだ。
最後にシートを貼って包帯を巻いて完成。
"今晩はうつ伏せで寝ること。あとは回復力次第かな"
リコは全裸に包帯を巻いた上からワンピースをすぽんとかぶった。
顔を見れば、無表情なまま、ぽろぽろ涙を零していた。
「傷にしみただけよ。勘違いしないで」
"知らないうちに薬効がかわったかな?"
リコはぷいっと顔を背けた。
その日、リコは言いつけを守ってうつ伏せで就寝した。
俺の新ボディはすこぶる調子がよく、ここぞとばかりにアクロバティックな寝相に挑戦して、俺は普通に寝違えた。
グールでも寝違えるんだな!
新発見だ。
なお、リコは大変傷の治りが早かった。
たった二日で、元通りの真っ白な肌に戻っていた。
キマイラだ。
ちなみにであるが、この怪我を負ったのが俺であったら、多分手当をすっぽかした。
骨折しても接合できれば無傷。
中破も無傷。
おれの座右の銘である。
リコに偉そうな事を言うのは、気をつけたほうが良いかも知れない。
まぁ、グールは自己修復あるからな。
前のボディだとぜんっぜん機能してなかったけど。
お詫びのご連絡です。
実は私、もう一作連載をしております。
書き始めた当初は二作同時並行もいけるいけると思っていたのですが、そうそうに限界が来てしまいました。
そのため一旦本作の進行速度を落とす予定でおります。
大変申し訳ありません。
一つずつ、きちんと完成させていきたいと考えておりますので何卒お許し願いたく思います。
もし本作をお気に入りいただけたのであれば、是非こちらも見てやってください。
戦姫アリシア物語 ~始まりは渾身の右ストレート~
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こちらが完結の目処がつき次第またゆっくり更新を再開させて頂く予定です。