第九十六話 あの広い魔界に二人ぼっち
来週投稿難しそうなので前倒しで!
あまりの衝撃的な事実によりすっかり放心状態だった俺と小太郎先輩。そんな情けない男子二人組だが、先に意識を引きずり戻したのは小太郎先輩だった。
「えっと……え? と、トリムさんもユメと一緒で……さ、サキュバスなんですか?」
「ええ、そうです。見えませんでしょう?」
「い、いえ! そ、そんな事は……え、ええっと……」
思わず言い淀む小太郎先輩。だろうな。『見えます』とはお世辞にも言えない体型してるし、トリム。
「その……ユメ先輩もっすか?」
「ええ、そうよ。見えない?」
「え、ええっと……」
……これ、どうコメントしたら正解なんだよ? そりゃ、ユメ先輩は絶世の美女だと思うよ? 普通にアイドルなんて目じゃねーくらいの別嬪さんだとは俺だって思うさ。思うけどよ? 『いや、納得すわ! サキュバスっぽいっすもんね!』とか言うと……なんだろう? こう、『いや、あなたの事ビッチって思ってました』って意訳されそうな気がする。
「……今、失礼な事考えてない、マリアくん?」
「か、考えてません!」
エスパーかよ! ああ、いや、悪魔の一種なのか、サキュバスって。
「私とユメはサキュバスの学校の同窓なのですよ、マリア様」
言い淀むそんな俺にトリムからの助け舟が。トリム、お前は出来た女の子だ!
「へ、へー! そうなのか! それじゃ――」
……ん?
「――待て。トリム、お前さっき親しい友人はいませんでした的な事言って無かった?」
なんかそんな事言ってた気がするんだが。の割には、再会した瞬間にきゃっきゃ言ってた気がするぞ。本当に仲良しの二人です、みてーな雰囲気だったんだが。
「それでは私が友人のいない寂しい子みたいでは無いですか。違いますよ、マリア様。『殆ど』いなかっただけで、零では無いのです」
「……そっか」
……なんだろう。どや顔でそんな事言ってるけど、それはそれで結構寂しい気がするんですが。
「……ユメは本当に私に良くして下さいました」
「そんな! 私こそ、トリム様には良くして頂きました!」
「いえいえ、こちらこそ。そう言えばユメ、覚えていますか? 二人で食べたあのクレープ」
「覚えてます! 私最近、あっちに帰ってないんですけど、まだあるんですか、あのクレープ屋さん」
「あります! しかも新作まで出ているんですよ? あちらに帰ったらまた食べに行きましょう!」
そう言ってにこやかに笑うトリムとユメ先輩。な、なんだ? この二人、本当に仲良しにしか見えないんだ――
「ええ、ぜひ! でも、本当に懐かしいですね……あの頃にトリム様がおられなかったらと思うと今でもぞっとします」
「それは私もですよ。もし私一人なら……きっと、いつも一人でお弁当を食べていたでしょう」
「体育の時の『それじゃ二人一組になって~』も恐怖ですよね……」
「後は『それじゃ隣の人とペアになって下さい』もですね」
「……ええ」
「……本当に……良かったです」
――――ああ、うん。なんかわかった。これ、アレだ。ぼっちとぼっちで二人ぼっちってヤツだ。
「……ああ、なるほど」
「どうしたんですか、小太郎先輩?」
「ああ、いや。ちょっと疑問が氷解したっていうか……」
疑問?
「……まあ、なんだ。お前もユメの事、そこそこ知ってるよな?」
「そりゃ……まあ」
「そんでな? お前の中の『サキュバス』のイメージとユメのイメージって被るか?」
「……被らないっす」
そうなんだよな。ユメ先輩ってアイドルだったら『清純派』路線だもんな。ああ、でも清純派の方が意外に――
「痛い!? ユメ先輩!? なんで缶投げるんですか!!」
しかも入ってるヤツ! 顎に当たったぞ、顎に!
「いまマリアくん、凄い失礼な事考えたでしょ!」
「だからなんで分かるんですか!」
マジでエスパーかこの人! そしてトリム! 俺が悪かったから、そんなゴミみたいな目で見んな。
「……まあ、マリアの言わんとしてる事も分かる。男の子だもんな」
「……うっす。男の子ですから」
「ともかく、マリアのイメージ通りなんだよ、ユメは。こう……なんつうか、『純情』っつうか……穢れを知らないというか……ともかく、そんな感じだ。ついでだから言っとく。お前、二股二股言うけどな? ぶっちゃけ、手も握ってないぞ?」
「え、なんですそれ? 軽い拷問じゃないっすか」
だってあれ程の美人で、一つ屋根の下に住んでて、しかもサキュバスなんだぞ? ユメ先輩は明らかに小太郎先輩に好意持ちまくりなのに、手を出したら即ドボンって……
「……ノーコメントで」
「いや……なんかスゲー尊敬しました、小太郎先輩の事」
元々尊敬していたが、今ので一気に尊敬レベルが上がるわ。なんだよこの人、寺の息子かなんかか? 煩悩とかないのかよ、おい。
「あー……でもまあ、それなら二人が仲良いのも分かりますね」
トリムはその容姿でサキュバス界の異端児であったのならば、ユメ先輩はユメ先輩でその性格でサキュバス界の異端児だったのだろう。異端児同士がくっ付いたと言うとなんだか格好いいが、今の話を聞く限り悲しいという感情しか浮かばんが。
「……でも意外です。トリム様がマリアくんと一緒に居るなんて」
「そうですか?」
「はい。でもまあ……お似合いかな、とは思います。マリアくんは凄くイイ子ですから」
そう言って優しく微笑むユメ先輩。あんな美人に言われたら『お前みたいな樽、その程度の世紀末覇者がお似合いだよ!』と被害妄想しても可笑しくない所だが、ユメ先輩の人徳だろう。本気で祝福しているのが分かる。まあ、人じゃないけど。
「ありがとう、ユメ。でもね? マリア様は全然、振り向いてくれそうに無いの。ライバル多いし」
「えー! ちょっと、マリアくん! 何考えてるの! トリム様、素晴らしい人なのよ! 料理はお上手だし、お優しいし……あ! そう言えばマリアくん、ギター弾くよね? トリム様、ベースをお弾きになるから! きっと趣味も合うと思うわ!」
「ええっと……」
いや、まあ、確かに趣味は合うよ? 合うけどさ。
「その……取りあえず、保留で」
「……なに? まさかマリアくん、二股掛けようとか思ってんの?」
「思ってませんよ!」
いや、実際二股どころの騒ぎじゃねーんだが……違うくて!
「と、ともかく! もうちょっとその……お互いを良く知ってからですね!」
「なーに、その言い訳! 男らしくないわね!」
「……俺の人生で初めての評価ですよ、それ」
むしろ男の中の男ぐらいの勢いの評価なんですが。主に、見た目九割で。
「ともかく! そんな事でトリム様を傷つけたら――」
「――――あれ? ユメ? ユメじゃん!」
そんなユメ先輩の声を遮る様に、一つの声が響く。
「きゃー! 超久しぶり! なに? 元気にしてたの!?」
黒髪ロングの美女が親し気にあげた声に、俺と小太郎先輩、それにユメ先輩が驚いた顔を向けて。
「……ナターシャ……」
そんな俺の隣で、顔に焦燥の色を浮かべたトリムがぎゅっと俺の手を握っていた。




