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第九十一話 サキュバスの姫


 いや~モテモテだね! なんて言いながら肘でこのこの~なんて俺を一頻りいじって満足したのか、咲夜は玄関からリビングに続く廊下の前に陣取っていた体を横に滑らし、どこぞのホテルマンの様にリビングの扉を――女だからウーマンか、ともかく恭しく手で指し示して見せた。

「ささ! お兄ちゃん? お嫁さん候補がお待ちですよ! どうぞ~」

 いや、どうぞって言われても。

「……待て。なんだよ、その『お嫁さん候補』って」

「ん? なんかね? さっき急に訪ねて来たんだよ『魔王マリア様はご在宅ですか? 嫁ぎに来ました』って。お兄ちゃんの事を魔王って言うぐらいだから、魔界関係の方かと思ってリビングにお通ししたんだけど――」

「再び待て。お前さ? こないだ誘拐されたばかりだろ? 知らない人をポンポン家にあげるんじゃありません」

「……」

「なんだよ?」

「……誘拐?」

「……ああ、まあ……うん。頭に疑問符を浮かべる気持ちは分かるけども」

 ……だよな。コイツに取っちゃこないだの、A5ランクのステーキ食わして貰ったイベントに過ぎねーよな。なにそれ、超羨ましいんですけど。俺も誘拐されたいぞ、そんなんだったら。

「……ともかくだ。知らない人に付いて行っちゃいけませんって言うだろ? アレと一緒だ、アレと」

「なんかイマイチ納得出来かねるけど、はーい。分かりました。まあ、今回は上げちゃったんだし、次回から気を付けまーす」

 元気よく両手を『はーい』と上げて見せるアホの子……じゃなくて、マイシスター。中三でこれってどうよ?

「……マリア」

「ん? どうした、ヒメ――って、おい! なんだよ、そんな怖い顔して!」

 声のした方向に顔を向けると、そこには般若の様な顔をしたヒメの姿があった。こわっ! 美少女がしちゃダメな顔してるぞ、おい!

「お嫁さん候補って……どういう事よ! なによ! 貴方、一体何処で引っ掛けて来たのよ!」

「ちょっと待て! んなワケねーだろ! さっきまでお前、俺と一緒に居ただろ? 俺だってパニックだよ!」

 家に帰ったらいきなり『お嫁さん候補』だぞ? 俺だって絶賛メダパニ中だっつうの。つうか、『引っ掛けた』とか言うな。

「わかんないじゃん! またぞろ、マリアの『優しさ』が出たんじゃないの! 本当に無いの、心当たり! 罠にかかった野良サキュバスを助けたりとか!」

「……なんの恩返しだ、それは」

 なんだよ、罠にかかった野良サキュバスを助けるって。

「……ともかく、話をして見なくちゃ分かんねえな。取りあえず、家にあが――」

「ダメ!」

「――ってリビングに……ダメ?」

「さ、サキュバスは『夢魔』と呼ばれる悪魔の一種よ! 異性の望む姿として、せ……せ……い……ごにょごにょ…………と、ともかく! すっごい美少女なの! だ、だから、マリアなんて絶対にコロッと靡いちゃうに決まってるんだから! だ、だから、リビングに行っちゃだめ!」

 顔を真っ赤にして涙目でそんな事を言い募るヒメ。なんだろう、この望まぬセクハラをした感。まあ、それはともかく……

「……いや、ダメって言われても。流石に客人を待たせっぱなしは不味いだろう」

 それこそ望んだわけじゃねーが、魔界からわざわざ俺んち訪ねて来たんだろ? それを顔も見ずに追い返すって流石にどうよ?

「失礼だろ、それは」

「そ、それは……そ、そうだけど……じゃ、じゃあ! マイちゃんとかカナデちゃん、それにナルミちゃんも呼ぼう! あの子達だってマリアのお嫁さん候補なんだし!」

「あ、ヒメさん! もうマイちゃんとかカナデちゃん、ナルミちゃんは来てますよ。今、リビングにいます」

「なんで!」

「面白そうだと思って私が呼びました!」

 グッとサムズアップして見せる咲夜に、ヒメが飛びっきりのストレートを食らったボクサーの様に膝から崩れ落ちた。

「……ダメだよ、サクヤちゃん」

「だ、ダメですか?」

 まるで漫画の様な崩れ落ち方に、流石の咲夜もちょっとだけヒきながらポツリと漏らす。その咲夜に、きっとした視線を向けるヒメ。

「ダメだよ! サキュバス族は本当に綺麗な子達ばっかりなんだから! 男の理想を体現する、そんな一族なんだよ! 意中の男性の容姿に合わせる事が出来る、そんな能力を持った一族なんだよー! どんなに意思の強い男でも虜にするって有名なんだから! そんな……そんなサキュバス族の子が、マリアのお嫁さんになりに来たんだよ!? ダメに決まってるじゃないの!」

「え、ええっと……」

「どうせマリアはお……おっぱ……と、とにかく! 大きな子が好きなのよ! だからきっと、そんな大きな……ま、まあ! そんな感じの容姿でしょ、どうせ!」

「え、ええっと……お兄ちゃんが巨乳派なのも、来た人が巨乳なのも否定はしないんですが……で、でもね? ヒメさ――」

「ほらー! やっぱりそうなんだ! マリア! 絶対行っちゃだめ! ダメだからね!」

「……酷い風評被害にあってるんだが」

 誰が巨乳派だ、誰が。俺は別に胸部の双丘の大きさで差別も区別もせん。皆違って皆良いんだよ。

「ともかく! マリア、絶対に行っちゃだめ! ダメだから!」

「いや、そう言われても」

 服の端を掴んで涙目でプルプルと首を左右に振るヒメ。庇護欲をそそるその姿はなんだか可愛いんだが……いや、流石にそれは無理でしょうよ?

「もう! サクヤ、何玄関で――あれ? マリア、帰って来てたの?」

 ヒメをどう説得したモノか、と悩んでいた俺の耳に『ダン!』と力強くドアを開ける音と苛立った様な麻衣の声が入って来る。そちらに視線を向けると、少しだけ困った様な表情を浮かべる麻衣と視線が合った。

「もう……帰ってるんなら早くリビングに来なさいよね。トリムさん、待ってるんだから!」

「済まん。ちょっと我儘お姫様の説得に手間取って――トリムさん?」

「なに? サクヤから聞いてないの?」

『わがままお姫様って私の事!?』なんて吃驚した様な声を上げるヒメをスルーして、俺は麻衣に首を左右に振って見せる。

「いや、お客さんが来てるのは聞いてるけど。トリムさんって名前なのか?」

「そ。サキュバス族のお姫様だって。マリア、貴方の――」



「マイさん。そこから先は私に説明させて下さいませ」



 マイの言葉を遮る様、まるで鈴を鳴らしたかのような声が室内に響く。次いで、麻衣の後ろから姿を現した女性に、俺は目を奪われた。


「――……あ」

「……お初にお目にかかります。私、サキュバス族族長の娘でトリムと申します。次期魔王陛下であらせられるマリア様の生涯の伴侶として頂きたく、こうしてお邪魔させて頂きました」

 喋り終わると同時、品のある動作で丁寧に腰を折る女性――トリムさん。なるほど、男の理想を体現したのであろう、大和撫子のお手本みたいな腰まで届くサラサラの黒髪というがはらりと舞う。所作も、言葉づかいも、顔をあげて微笑んで見せるその優しそうな瞳も、理想的と言えば理想的なのだろう。

「……」

 ……理想的、なのだよ、うん。

「……サクヤちゃん?」

「なに?」

「その……あ、あれ?」

「おっぱい、大きいでしょ? 凄いね~」

 若干羨ましそうにそういう咲夜に、ヒメが絶句。その姿をちらりと横目に見て、俺は首を左右に振る。

「……」

……女性の評価としてこういう言い方はどうかと思うが……『ボン・キュ・ボン』という言葉がある。今更説明する必要も無いだろうが、アレだ。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込むという意味だ。確かに胸部の膨らみは見事なものだ。見事なモノなのだが。





 ――目の前の女性は『ボン・ボン・ボン』だった。





「……すげーな、おい」


 ドラム缶の様なその体と、その体に違和感のない、均整の取れたその大きな顔は、俺のその言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめた。


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