第九十話 一難去って、また一難。
今回から新章突入です。
パパ魔王様とアイラさん、二人と話した翌日に俺とヒメは揃って人間界に帰郷した。ヒメはまあ……帰郷って言っていいのかどうか微妙なんだが、パパ魔王様曰く。
『ライバルが多いんだから、少しでも一緒に居なくちゃダメだよ! 日本が誇るサブカルチャーの世界では登場しないヒロインは絶対勝ち目が無いんだか!』
との事。お話と現実を一緒にするなよ、と言いたい所だが……まあ、それなりに認めて貰えたんだろうと思う事にする。
「それにしても疲れたね?」
「……まあな。つうかな? どうせ送ってくれるんだったら直接家まで送ってくれれば良くね? なんで海津駅までなんだよ」
ジーヤさん謹製の転送魔法で人間界まで送ってくれたのは良いんだけど、なぜか転送先は海津駅だ。結構あるんだけどな、駅から家まで。
「そ、それは……ほ、ほら? パパ、言ってたじゃん? 帰宅で、デートって……」
そう言って頬を染めてチラチラとこちらに視線を送るヒメ。それ、可愛いから止めろよ。
「言ってたけど……別に今日じゃなくて良くね? 流石に疲れてるから早く家に――なんだよ、その顔?」
俺の言葉にフグみてーにぷくーっと頬を膨らませるヒメ。なんだよ?
「……マリアは、イヤなの?」
「イヤって……」
「そ、その……わ、私はちょっと嬉しかったよ? 久しぶりに二人きりだし……ちょ、ちょっとだけワクワクもドキドキもしたんだけど……」
……ああ。
「その……なんだ? 別にイヤな訳じゃねーよ」
「じゃあ!」
「でもな? 別に疲れた時に疲れる事する必要ねーだろ? って話だ」
知らんのか。某ネズミの王国にカップルで行くと別れるつうのはあの膨大な待ち時間に段々お互いに疲れがたまってイライラして喧嘩になるからなんだぞ?
「……でもさ? それにしたって――」
「そもそもだな?」
言いかけるヒメを制して。
「……その、なんだ? お前が望むなら……そ、その、で、デート? の一つや二つぐらい、何時でもしてやるって話なんだよ。だから、べ、別に……こ、こんな事で――ああ、これは言い方が悪いか。でもまあ、これぐらいの事で一々ワクワクとかドキドキなんかしなくていいんだよ。こんなの、何にも特別じゃなくて……お前が望めば、何時でもしてやるから」
俺の言葉に、驚いた顔をしたのは一瞬。
「……うふふ」
「……ヒメさん? なんで手を握っておられるんですかね?」
「嬉しくなっちゃったから。そっか……うん、分かった。それじゃ、特別だと思わないでおくね?」
握った手に送る視線は、一度。その後、すぐに顔をあげると華の開くような笑みを浮かべて見せるヒメ。
「……可愛いだろうが、その表情」
「えへへ。マリアに言われると、凄く嬉しいよ?」
コクン、と首を傾ける。と、なにか悪戯を思いついた様にヒメがその足を止めて含み笑いを見せる。なんだよ?
「ねえ、マリア?」
「あん? どうした?」
「そのね? 別に何でもない事って言ったけどさ?」
耳を貸せと言いたいのだろう、ちょいちょいと手招きするヒメの方に体を屈める俺の、そんな耳元で。
「――今、凄く幸せだから……ドキドキ、してるよ?」
……そうかい。俺も今ので顔真っ赤だよ。
「あはは! マリア、顔真っ赤!」
「……言っとくけど、お前もだかんね? つうか照れるらならやるなよ」
「『らなら』ってなによ? マリア、噛んでるじゃん」
「じゃんとか言うな、腹立たしい。ホレ! 行くぞ!」
「えー! もうちょっとゆっくり歩こ? 特別じゃなくても、楽しいのは楽しいんだし!」
「断る! つうかな? 此処でイチャイチャしたら『あの』バカップルみたいになんだろうが」
俺の言葉に、先程まで笑顔を浮かべていたヒメの顔がその形のまま引き攣る。
「あ、あはは……あ、あれはちょっと……」
「……だろ?」
「う、うん。仲良いのは知ってたけど……やり過ぎでしょ、アレは?」
ヒメの言葉に大きく頷き、俺は今朝の出来事に記憶を飛ばした。
◆◇◆◇
「なんか色々ご迷惑を掛けたけど……それでもまた遊びに来てね、マリア君!」
魔王城の城門前。いつも通りの笑顔を浮かべるアイラさんと、その隣にいるパパ魔王様に俺は丁寧に腰を折って頭を下げる。
「ご迷惑なんて……こちらこそ、ありがとうございました」
「ううん、気にしないで! ほら、貴方! 貴方もちゃんと言うの!」
「……つーん」
「もう……貴方!」
「だって、アイラ!」
「『だって』じゃありません。もう……」
本当に子供何だから、と頬に手を当てて。
「……ほら。貴方? マリア君に言う事があるんでしょ?」
「……」
「……」
「……貴方?」
「そ、その……言わなきゃ駄目かな?」
「駄ー目。ホラ、早く!」
アイラさんに背中を押される様にして、俺の前にたつパパ魔王さま。『あー』とか『うー』とか宙を見ながらしばし悩んで。
「……その……なんだ」
意を、決したように。
「……取りあえず、コレ。持って帰れ!」
そう言って、片手で持っていた袋を俺に手渡すおじさん。って……へ?
「……えっと……これは?」
「今年のコミケで出した新作。その……まあ、なんだ。感想だよ、感想! 最近伸び悩んでるからね! それ読んで、感想を聞かせてよ! 良い? 絶対感想を聞かせてよ? メールとかラインじゃ無くて、きちんと『聞かせる』んだよ!」
「……あ」
「その……その時は、酒じゃなくてジュースでも用意して待っててやるから」
な、『マリア』と。
「……ありがとうございます」
涙が溢れそうだから。そんな姿を見られるのが、嫌だから。
「……ありがとう、ございます」
頭を下げる。
「べ、別にお礼を言われる様な事じゃ……ああ、もう!」
頭をくしゃくしゃ掻き毟り、不意にヒメを抱き寄せ。
「い、言っておくけどね! 別に君を認めた訳じゃないからね! 良いか! この子は私の大事な大事な娘なんだから! 悲しませる様な事したらタダじゃ置かないんだからね!」
「……はい」
悲しませる様な事、しませんから。
大事に……大事に、させて貰いますから。
「……今度、ゆっくり挨拶に来ます」
「……そうしなさい。ちゃんと言ってから来い」
「……はい」
照れたようにそっぽを向くパパ魔王様に、もう一度頭を下げる。
「ふふふ。さ、貴方。何時までも照れてないで、きちんとお見送りをしよ!」
「べ、別に照れて何か――」
「はいはい。全く……貴方、少しは娘離れをして下さい」
「む、娘離れって!」
「ヒメちゃんはとっくに親離れしてるんだよ?」
「……ぐぅ……」
「大体……溺愛しすぎなの、貴方は。子供はいつか親元から離れて行くものなんだから」
「そうだけど……」
「まさか……親子で結婚しようなんて思ってないですよね?」
「思ってる訳あるか!」
声を大にしていうパパ魔王さま。まあ……流石にソレは冗談だろうが、溺愛はしてると思うよ、俺も。何て言うか、『娘ラヴ!』ってかん――
「大体だな、アイラ! 俺はお前を愛してるんだぞ? ヒメちゃんは可愛いけど……結婚なんてする訳ないだろう!」
……。
………。
…………うわぁ。見てよ、ヒメの顔。『苦虫を噛み潰す』ってリアルで初めてみたわ。
「……」
「……」
「……」
「……何か言えよ」
「……死ねば良いのに」
「おい!」
死ねば良いは言い過ぎだろう! 確かに何か言えって言ったけど。いったけ――
「……はぅ」
不意に、聞こえたアイラさんの声。その声に釣られて、視線を移して。
「……え?」
頬を真っ赤に染めて。
手をあわあわと振りながら、両眼を見開くアイラさんの姿が視界に映る。って……へ?
「ももももももう! あ、貴方! な、何を言っているのよ! あ、愛してるなんて……そ、そんな恥ずかしいこと……」
「恥ずかしい? 何が?」
「な、何がって! そ、その……あ、あいしてるとか……こんな人前で……」
「だって愛してるんだもん」
「はぅ! ふ、不意打ちは駄目! ずるい!」
「それとも……アイラは、愛してくれてないの?」
「な、何をバカな事を言ってるんですか! 愛してるに決まってるでしょ! 魔界どころか人間界も天界も、三千世界の誰よりも貴方の事を愛しているわよ! 正直に言うけどね! ヒメちゃんに嫉妬すらしてましたー! 貴方は私のモノなんだから!」
「ははは。嫉妬って……バカだな、アイラは。何時もはもうちょっと頭良い癖に」
「ええ、ええ! 私はバカだよ! 貴方に限定したら私はバカになるの!」
……。
………。
…………本日二回目の、うわぁ。
「だ、大体貴方は! 娘ばっかり可愛がりすぎなの! ズルイ! 何? お母さんになったら私なんてもうポイ、なの? 釣った魚に餌はあげないの!」
「そ、そんな事無いだろう? アイラは何時も可愛いし、綺麗だよ」
「そ、そんなの……えへへ……はっ! だ、騙されないもんね! な、なら、わ、私の好きな! 私の好きな所三つ、あげて下さい!」
「まず、アイラは可愛い」
「はうぅ!」
「それにいつもで明るいし、優しいし、茶目っ気だってあるし、なのに魔王なんて大役をこなしてるし、後は……」
「も、もう良い! 何よ! 惚れ直させるつもり!? そ、そんなの無駄何だからねー! 私、これ以上無いぐらい貴方に惚れてるもん!」
「え? アイラの好きな所なんてまだまだ言えるけど、もうイイの?」
「だ、だから惚れ直させるつもりなの!? イイ! もうイイです! 嬉しすぎて死んじゃうから!」
……いつまでやるんだ、アレ。そう思い、ちらっと視線をヒメに向けて。
「……死ねばいいのに、って言ったけどさ」
「あん?
「でも……」
……ちょっとだけ、憧れない? と。
「……否定はしない」
「……でしょ?」
沢山の月日を重ね、喧嘩をし、涙を流し、それでも仲直りをして。
「……ああ言う風に年を取れたら良いかもな」
それでも……何時までもお互いがお互いを愛している姿は、ちょっとだけ、羨ましい。
「……まあ」
「……ああ」
「もう! 貴方は……大好き!」
「残念~。俺の方が大好きだもんね~」
「そ、そんな事ないもん! 私の方が貴方の事、大好きだもん!」
「いや、俺の方が!」
「いいえ、私の方!」
「……やりすぎだろ、アレ」
「……うん。だから『ちょっと』だけ憧れるの。あそこまではやり過ぎ」
そう言って、二人揃って溜息をついて。
「……じゃあ、帰るか」
「……そうだね。帰ろうか」
『貴方♡』『アイラ♡』なんて桃色空間を展開するバカップルに頭を一つ下げて、俺達は一路家路を急ぎましたとさ。
◇◆◇◆
「……ガチでバカップルだったもんな、アレ」
「……うん。っていうかね? さっきママからラインが来たんだけど……『ヒメちゃん、弟と妹、どっちが好き?』って書いてあったんだ。これってさ――」
「言うな。喋るな。聞きたくない」
「聞いてよ! 私のこのもにょっと感、半分こしてよ!」
遠慮仕るに決まってんだろが。何が悲しゅうて真昼間からよそ様のウチの明るい家族計画を聞かなきゃいかんのだ。
「マリアの弟か妹になるんだよ!?」
「……」
……おうふ。よそ様じゃないのかよ。
「……まあ、仲良き事は良きかなって事で」
「流石にイヤすぎるんだけど! あのバカ夫婦~!」
不満げに頬を膨らませるヒメ。そんな顔を苦笑を持って見つめながら、俺は見慣れた街並みを一路家に向かって歩く。
「うー……どうしたものか……」
「まあ、そんなに気にするなよ。冗談だって…………たぶん」
「フォローするならちゃんとしてくれない!?」
「……あの二人ならもしやがあるからな」
そんな馬鹿話をしてたら家に着いた。玄関のドアを開ける為に話した手にヒメが少しだけ寂しそうにしたのが……感じ悪いが、ちょっとだけ嬉しくて、少しだけ上機嫌に玄関の扉を開けて。
「あ、お兄ちゃん! お帰り~。お客さん、来てるよ?」
玄関先で含み笑いを浮かべたまんま正座している咲夜と目があった。
「なんでお前、正座してんの?」
「そろそろ帰るよ~ってアイラさんからラインが来たから。そんな事より! お客さんだよ、お客さん!」
魔王とラインする中学生は世界広しと言えどもお前だけだと思うが……ってか、そんな事より。
「お客さん?」
「そ! お客さん! なんかね? 『サキュバス』? とか言う人で」
そう言って、ニヤリと笑って。
「――お兄ちゃんのお嫁さんになりに来たって! イヤ~、お兄ちゃん! モテモテだね! 隅に置けないな~、このこの!」




