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第八十九話 アイラさんの秘密


「……あれ? マリア君? 何してるの?」

「……ええっと……」

 あれから。

『え? その体格でお酒一滴も飲めないの? そ、それじゃ……え、ええっと……ば、晩酌に付き合いなさい! べ、別にツンデレじゃないんだからね!』とかいうパパ魔王様に付き合って晩酌――俺は飲んでないぞ? 未成年だし――ともかく、付き合うこと小一時間。

「……あら? また寝ちゃったの、この人」

「……です」

『もう! ほら、起きる』なんて、苦笑交じりに……それでも、幸せそうに微笑むアイラさん。


「……すみません、アイラさん」


 その姿に、つい聞いてみたくなった。

「……アイラさんは……その、何故ご結婚なされたんですか?」

「なぜって……ええっと、どういう意味?」

「その……お二人は恋愛結婚だとお聞きしたんで。なんて言えば良いのか……ええっと」

 言葉が巧く出てこない。そんな俺に、アイラさんが苦笑を浮かべながら寝ているパパ魔王さまの頭をコツンと小突く。

「あらヤダ。この人、そんな事まで話したの?」

 何だか照れるわね~、と頬を少しだけ朱に染め、微笑むアイラさん。

「そだね~……この人、私達の馴れ初めから話したりした?」

「いえ、それはお聞きしてませんが……」

「……そっか」

 そう言って、顎に人差し指を置いて少しだけうーんと考えこむ様に。

「その、ね? ちょっと恥ずかしいんだけど……この人に惹かれたの、私の方が先なんだ」

「……」

「……」

「……はい?」

 そうなの? あ、そう言えばヒメがそんな事言ってたような気も……って、マジで?

「……ひょっとして……マリア君、この人に魅力がないと思う?」

「あ、いえ! そうでは無くて!」

 さっきまでなら……ヒメじゃないけど『何でこの人と結婚したんだろう?』と思うかもしれないが。

「……いや、その……どちらかと言えば魔王様……って、どっちも魔王様か。その、お父さんの方からアプローチっつうか……そんな感じの事言ってたんで」

さっきの話だと『アイラ~、結婚してくれ~』『もう……しょうがないわね』というイメージが強かったんだが……そうじゃなくて?

「……まあ、さっきの『アレ』みたらそんなイメージ湧くかもだけど……でもね? この人はとっても格好良くて、そして……とっても、優しい人なんだよ?」

「……惚気ですか?」

「マリア君が聞いたんじゃん」

「……そうですけど」

 頭をかく俺に、たおやかな笑みを浮かべるアイラさん。その年齢を感じさせない……だが、『年を取ったらヒメもこんな風になるのかな?』と思わせてくれる笑みに、胸の奥が暖かくなる。

「……そう言えば言って無かったよね?」

 不意に。

「……何をです?」

「……私の『種族』」

「……種族?」

「ラインハルトはオーク、ジーヤは堕天使、クレアはヴァンパイアでしょ?」

 ……そう言われてみれば。

「私の種族はね? 『天狗』なの」

「……天狗?」

 天狗って……アレか? 鼻が長くて下駄履いて羽団扇持ってる、例のアレ?

「そうじゃないよ~。下駄は……まあ、履いてたけど。そうじゃなくてね? 知らない? 昔はさ? 外国から来た人の事、『天狗』って言ってたんだよ?」

 俺の言葉に、アイラさんはゆっくりと首を横に振って言葉を紡ぐ。

「……」

「今で言う戦国時代の時にね? 私が住んでたのは海沿いの小さな村だったんだけど……そこに一隻の船が漂着したんだ。嵐かなんかでボロボロになったそれはもう船って呼んでいいのかどうか分からないくらいあっちこっち壊れててね? 生き残りもいなかったんだけど……ま、一人だけ生き残ってたんだ。それが、私のお父さん」

「……それって」

「お母さんは優しい人だったから、その漂着した外国人を助けたんだ。怪我の手当をして、ご飯を作って……後はよくあるパターン。恋に落ちて、肌を重ねて、それで子供が生まれた。それが、私」

「……」

「ま、後は大体分かるよね? ただでさえ日本人とは体格の違う欧米人であるお父さんは『天狗』って呼ばれて恐れられた。それでも何とか村に溶け込もうって努力したんだよ? お父さん、真面目な人で力もあったから、最初は恐れられていたけど少しずつ皆と仲良くなって来たんだ。村の祭りにも積極的に参加して。最初は不気味に思っていた村の人も、お父さんと一緒にお酒を飲んだり、村のいじめっ子達もお父さんに懐いて、私も村の子供達と遊んでたんだ。虐められたりもしたんだけど、それでも仲良くしてくれる子が沢山出来て……楽しくて、楽しくて……でもね?」


 ――運悪く、ある年に飢饉が起こった、と。


「……『天狗が居るから、この村は飢える。アレは疫病神だ』ってね? 村中の人が手に手に松明やら武器やらを持って家に押し入って来たんだよ。天狗退治だって、怯えながら……それでも、誇らしげに」

「……それで……どう、なったんですか?」

「……」

「……アイラさん?」

「……奇跡、ってあるじゃん?」

「はい?」

「ジーヤに聞いたんだけどさ? 奇跡って、『人の想い』が重要なんだって。『こうなって欲しい』と思う気持ちが、やがて質量を持って世界を動かす。それが、『奇跡』とか『神の御業』って呼ばれるものなんだって」

 俺の質問に、明後日の方向の回答を返すアイラさん。首を捻りつつ、言葉を紡ごうとして。



「――気付いたら、皆死んでた。武器を持って家に押し掛けた村の人も、私といつも遊んでくれてた隣の女の子も、私を虐めていたガキ大将も……お父さんも、お母さんも。皆、皆、死んでたんだ」



「……」

「まさに『奇跡』だね? だから、自分でも何が起こったのか理解出来てないんだ。だからさ? マリア君の質問には答えられないから~」

 たはは~と照れくさそうに笑うアイラさんに二の句が継げない。そんな俺の表情を見て、アイラさんが少しだけ顔を曇らせる。

「……変な話したね。ま、ともかく何が起きたか分かんなくてパニックになった私は取りあえず山に逃げたのね? それでまあ、洞窟っぽい所に駆け込んで……魔界に来てた。その後は『アイラ無双』を繰り広げて気付いたら魔王になってたってわけ」

「……端折り過ぎじゃないです?」

「大して重要じゃないからね、此処は。別にマリア君も興味ないでしょ?」

 ……まあ、確かに。

「それで、魔王になったんだけど……魔王って結構暇なんだよね。それで暇つぶしも兼ねて、私が昔暮らしてた国でも見て見ようかな~って、日本に行ってみたのよ。その頃は魔力の使い方……っていうか、まあ、ちょっとは魔法も使える様になってたし。『私はその家の娘』って嘘の記憶を刷り込ませて、一般家庭に潜り込んで女子高生してみたの。JKだよ、JK。萌えない?」

「……萌えません」

 痛いコスプレにしか思えん。

「ぶーぶー。ま、それで高校生活してみたの。すっごく楽しかったんだ」

「……ええっと……そこで、出会ったんですか? お父さんと」

 俺の言葉にアイラさんは笑顔を見せて。

「……話は変わるけど……マリア君、『コレ』どう思う?」

「これ? これ……って……? って、何してるんですか!」

 言葉と同時、アイラさんが自身の目に指を突っ込んだ。ちょ、アイラさ――

「……あ……れ?」

「いてて……あー、やっぱり何度つけても怖いよね、カラコン」

「……オッド……アイ?」

『右目』は、綺麗な黒色の瞳。対する左目は、目の覚める様なスカイブール。

「ま、母親は黒髪黒目、父親は金髪碧眼だったからね。オッドアイなんだよ、私。クレアちゃんと一緒」

「……」

「……昔はこの目が原因で結構虐められてたからね」

 ……曰く、バケモノ。

 ……曰く、天狗の眼。

 ……曰く、気味が悪い。

「……ま、一種のトラウマだよ。だから、一応隠そうとは思ってカラコン、入れてんだ」

 そう言って照れくさそうに頬を掻く。

「……それでね? ある日、私は友達と二人でゲーセンにプリクラ撮りに行ったんだ。当時流行ってたんだよ、プリクラ。ほら? 私って美少女じゃん?」

「……美『少女』?」

「当時は『少女』だったの! まあ、ともかくナンパされたのよ、ナンパ! これがまた、しつこいナンパでね? 思わずぶっ殺しちゃおうかって思うぐらいしつこかったんだけど」

「ちょっと!?」

貴方が言うと洒落になりませんから!

「冗談冗談。それで、そんなナンパされてた私達をこの人、助けに入ってくれたのよ」

「……ほう」

 アレか。その姿にキュンと――


「まあ、その後この人もナンパして来たんだけどね? しかも友達の方を!」


「……」

 ……なんだろう。言葉も無いんだが。

「……なんとなく、女としての魅力を否定された様でカチンと来たのよね? また運が悪い事に……今となっては、私の人生では二度と訪れる事の無いであろう幸運なんだけど、この人と私、使ってる駅が一緒でさ」

 最初こそ、近寄らない様にしていたのに。

「……気が付けばいつも近くに居たのよね、この人」

「……」

「『ちょっと! 何で貴方が私の隣に居るのよ!』『知るか! 満員電車何だから仕方ないだろう! イヤなら降りろ!』『何ですって! 貴方がおりなさいよ!』なんて……いつも喧嘩腰だったね、今思えば」

 そう言って、おかしそうに笑って。

「……その癖この人、さりげなくドア側に私の体を回して壁になってくれたりするんだよ。フェミニストか! とか思ったんだけど……何だかんだで私自身、気が付けばこの人と一緒の電車に乗るのが楽しくてさ」

「……そうですか」」


 ……本当に、本当に楽しくて。


 ずっと、ずっとこのまま……二人で喧嘩しながら過ごすのも良いかなって思って。


 …………二人で、一緒に入れたら……これ以上無く、幸せで。


「……だから」


 騙している様で、とても気が引けて。


 屈託なく笑うこの人に、隠し事なんてしたくないのに。


 ……この、左右非対称の瞳を見せるのが……堪らなく怖くて。


「ホントにトラウマでね? この瞳のせい……って訳じゃないけど、この瞳が『災厄』を呼んだとすら思ってた事もあったから。分かってるんだよ? 昔と違って、今では別にオッドアイがそんなに珍しい……のは珍しいか。でも、そこまでじゃないって、頭ではわかってるんだ」

 分かっているけど、と。

「……それでも、やっぱり怖かったんだよね。嫌われるんじゃないかって。気持ち悪いって言われるんじゃないかって。バケモノって、そう言われるんじゃ……もう、一緒に居てくれないんじゃないかって……でも、ドンドン募っていく思慕と、罪悪感に負けて……ようやく、告白したんだ」


『……ちょ、ちょっと、アンタ!』


『なんだ?』


『そ、その……引かない?』


『……何を?』


『い、良いのよ! 引かないって言いなさい!』


『うお! 分かった! 引かない! 引かないから!』


『本当ね! 絶対引いちゃダメだからね!』



「……おそるおそる……本当に、おそるおそるだよ? カラコン取って、自分の瞳を見せた私に……この人、言ったんだ」



『……で?』


『……は?』


『えっと……何が何だか分からないんだが……何処に引く要素があるんだ?』


『ど、何処にって……あ、アンタ、コレ見て何にも思わないの? 私、両眼の瞳の色が違うのよ!』


『ああ、そうだな』


『そうだなって……き、気持ち悪くないの?』


『……御免。本当に意味が分からない。アレか? オッドアイってやつだろ?』


『そ、そうだけど……で、でも! い、意味が分からないって……だって、その、私! 小さい頃、これで虐められて!』


『あー……そりゃ、可哀想にな。格好いいのにな、オッドアイ』


『か、格好いいって……そ、その……』


『ちなみになんだけどさ? ご両親の瞳の色は青と黒?』


『……そうよ。お母さんが黒で、お父さんが青』


『そっか。じゃあ良いじゃん』


『何がよ!』


『何がって……お前、ご両親好きじゃないのか?』


『す、好きよ? 大好きだけど! それが!』


『じゃあ、さ』



「……『お前は、大好きなご両親の瞳の色を半分ずつ貰ったんだろう?』って……そう言ってくれたのよ」



 愛おしそうに、両腕を胸の前で組んで。

「……もう私、大泣きよ。一生分泣いたんじゃ無いかってぐらい……嬉しくて嬉しくて……気持ちが悪い、バケモノだって言った私の瞳を、そんな風に肯定的に言ってくれて……思わずこの人の胸にすがりついて泣き続けたの」



『ちょ、お前! ど、どうしたんだよ、急に?』


『ひっく……ひっく……うわーん……』


『な、何だよ? 俺、そんなに変な事言ったか?』


『言って無い! 変な事なんて言って無いわよ、このバカ!』


『バカって……』


『バカよ! この大バカ! いいからさっさっと私の頭を撫でなさい!』




「……その時、思ったの。この人は……なんて凄い人なんだろうって。『イヤな事』を、ただ『イヤな事』として捕えるんじゃ無くて……それを、良い事に昇華出来るなんて……ソレってさ? どんなに頭が良い事よりも、どんなに力が強い事よりも、どんなにお金がある事よりも……きっと、もっともっと凄い事なんだ、って」

 少しだけ、照れたように。

「そう思っちゃうと、もう駄目だったな~。絶対、この人じゃないとって……」



『ちょ、ちょっと! アンタ、今度の休み、ひ、ひま……?』


『あ? 今度の休み? まあ……暇だけど』


『そ、その……ちょっと、付き合いなさい!』


『へ? 何処に?』


『ど、何処でも良いでしょ! い、良いって言いなさいよ!』


『わ、分かった! 分かったから殴るな! いてぇよ!』



「そう言って、魔界に連れて帰っちゃった」



 ぺろっと舌を出して、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべるアイラさんに苦笑を浮かべる。ああ、この強引さ……分かってたけど、やっぱりヒメのお母さんだわ、うん。

「……良く考えなくても、オッドアイより魔王の方が引く要素大きいと思うんですけど?」

「うん、私も連れて帰ってそう思った。でもね? ほら、この人って昔っから……なんだっけ? 中二病?」

「……ああ」

「今でも同人誌書いてるくらいだし、耐性はあるだろうって。ああいうの好きだったし。すんなり受け入れてくれるかな~とは思ったんだ。まあ、流石にいきなり魔王になって! って言ったらパニックになってたけど……それでも、この人は私を愛してくれた。必要としてくれた。側に置いてくれると言ってくれた。お前と共に歩みたいと言ってくれた。だから……」



 私は……とても、幸せなんだ、と。



「……ねえ、マリア君?」

「……はい」

「私が今幸せなのは、この人が側に居てくれるから。だから……」

 どうか。

「……あの子に……ヒメちゃんにも、私と同じ『幸せ』を、味あわせて上げてください」



 そう言って。



「どうか娘を……よろしくお願いね?」



 深く……深く、頭を下げるアイラさんに。



「……こちらこそ……よろしくお願いします」



 アイラさん以上に、俺も深く頭を下げた。




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