第八話 オークのラインハルト君が、名前通りに超勝ち組だった件
「あはは~、ごめんね~。ちょっと私、間違えちゃった! 日本人なんだよね、君? 私はアイラ・マ・オー・エルリアン。ヒメちゃんのお母さんで、魔王様やってまーすっ!」
いや~、ごめんごめんとばかりに頭を下げて見せる目の前の美女――現魔王、アイラ・マ・オー・エルリアン。ヒメのお母さんだ。『お母さん』と言っても、見た目は全然『ヒメのお姉さん』で通用するぐらい若々しいし、ヒメに似て――は、逆か。ヒメの母親らしく、ちょっと洒落にならない美人さんだ。こんな美人さんに、『ごめんね~』なんて苦笑を浮かべられながら頭を下げられてるんだ、本当だったらもうちょっとドギマギした対応をする所なんだが。
「えっと……ああ、いえ。別に構わないっす。あ、遅ればせながら、俺――じゃなくて、僕、大本麻里亜と申します私立天英館高校の二年っす」
「マリア君、ね? 名前があの子と一緒な所はマイナス点だけど、俺を僕に言いなおしたのはプラスに加点してあげる!」
知ってるか? ドキドキするってのは『もしかして、ちょっとイイ感じになるかも!』みたいな期待感から来るらしいぞ? つまり、オーク以下って言われた俺にはその望みも薄く……まあ、こう……なんだろう? すっげー塩対応になってたりする。ちなみに俺、愛想が無い時はマジで怖いらしい。この見た目だしな。
「もう~、元気ないな~、マリア君。お姉さんが悪かったって~。だから許して? ね?」
そう言ってもう一度頭を下げる魔王様に……俺は小さく、溜息を吐く。
「いえ……ええっと、本当に気にしてませんから」
まあ、流石に何時までもコレは感じが悪い。そう思い『大本君、笑ってもイイんだよ! 眼鏡外したらイケメンに見えるし!』と評判の笑顔を浮かべる。そんな俺の表情の変化に、魔王様はにっこりと笑んで見せた。
「おお、いいじゃん、いいじゃん! マリア君、君、笑顔が素敵じゃん!」
「『無敵』の間違えじゃないんですか?」
主に、微笑み一つでダウン的な意味で。生きてきてこの方、笑顔が素敵と言われた事はねーよ。
「そんな事ないよ! 君、本当に笑顔が素敵だよ! こう……そう! まるで世界を滅ぼしそうな邪悪さがいいね!」
「嬉しくないんですけど! 褒めてますか、それ!?」
「褒めてる、褒めてる! だって、魔王だよ? 魔王には重要な要素だよ? やっぱり、ビビらせてナンボな所あるしぃ~」
自身の容姿を一度省みてから言ってほしい。貴方の何処に、『ビビらせる』要素があるんですか、魔王様。と、いうかですね?
「その……魔王様、なんですよね?」
「ん? そだよ~。ヒメちゃんのママで、魔界の王様なのだ! なんか変かな?」
そう言って、胸部にそびえ立つ富士の山をこれでもか、と主張して見せる魔王様。吸い寄せられる様に視線がついついそちらに。お、おお……流石魔界の王、魔王。随分と立派なモノを――
「……コホン」
俺の視線に気付いたか、隣でヒメが咳払いを一つ。まるで、ゴミでも見る様な視線を向けて来やがった。お、おっほん! な、なんだね? ヒメ君。そんな視線を人に向けては――
「……先に言っておくけど、ウチのママ、『魅了』系の魔法は使えないからね? さっきの視線は明らかにマリアの意思だからね?」
「………………済みません」
「……えっち」
ぐふぅ。し、仕方ねーだろうが! 男子高校生だぞ、男子高校生! そら、あんなスイカップぶらぶらさせてたら……あ、はい。済みません。悪かった。悪かったから、そんなジト目はやめてくれ! そんな俺とヒメをおかしそうに見やる魔王様に、俺は慌てて両手を左右に振って見せた。
「い、いや! 違うんです! 済みません! へ、変とか変じゃないとかじゃなくて、そ、その……こう、魔王様って、もうちょっとこう……」
「ん~? ああ、威厳が無いって事?」
「あ、いや、威厳が無いとかではなく……ふ、フレンドリー?」
まあ、『ん~? 貴様がヒメの伴侶かぁ!』なんて怒鳴られるよりはマシだけど……にしても、ねぇ?
「そりゃね~。だって、ヒメちゃんの旦那さんになる人でしょ? そりゃ、私だってフレンドリーになるよ~」
「……そうなんです?」
「魔族は身内には優しいの。チカラがモノを言う魔界では、血の繋がりって何にも代えがたいモノだからね?」
そう言って、見惚れる様な素敵な笑顔を見せて――
「あ、そうそう! 私の事はママって呼んでね!」
「呼べるか!」
つい、素が出た。いや、だって、『ママ』って。俺がだ。見た目完全世紀末覇者の俺が『ママ』だぞ? ホラーにしかならねーだろうが! と、そこまで思って流石に魔王にタメ口はヤバいと考えなおし慌てて口に手を持って行くものの、別段気にした風もなく魔王様はほっぺを膨らませて見せた。
「えー! だってヒメちゃんの旦那さんになる人だよ? 義理の息子だよ? ウチは娘しかいないし、息子が出来たらやってみたい事沢山あったんだ~! あ、今からドラゴン狩りに行こうよ! ドラゴン狩り! 一狩行こうぜぇ!」
「いや、『そんなキャッチボールしようよ!』みたいなノリで言われても!」
つうか、一狩って! そもそも狩っていいのか、ドラゴン。ルドルフ君の同族じゃねーのかよ。
「ま、ママ! ドラゴン狩りはまた折を見てで!」
魔界に来るまでとは全く逆の意味で若干対応に困る俺に、ヒメからのフォローが入った。出来る女だな、ヒメ。
「え、えっと……そ、その、紹介します! 彼、大本麻里亜さん。私に三回優しくしてくれた……魔王候補です! 今まで育ててくれてありがとう、ママ。私――この人と結婚して、『魔王』を継ぎたいです!」
そう言って、丁寧に腰を折るヒメに倣う様に俺も慌てて頭を下げる。えっと……こういう時ってどう言えばいいんだ? 『娘さんを僕に下さい』? 『娘さんとの結婚をお許しください』? それとも、『よろしくお願いします!』か?
「あー……えっと、ヒメちゃん? マリア君? 頭を上げてくれないかな~」
そんな事を考える俺の頭上から、魔王様の声が掛かる。その言葉に、俺とヒメは同時に顔を上げて。
「……ええっと……ママ? どうしたの、そんな微妙な顔して」
なんとも形容しにくい表情を浮かべた魔王様と眼があう。喜んでくれ、とまでは言わんが、そんな微妙な表情の意味は正直良く分からん。俺と同じ事を思ったか、疑問をそのまま口にするヒメから視線を逸らし、魔王様は右手の人差し指でポリポリと頬を掻いて見せる。
「……いや~。ホラ、流石に魔王の娘の嫁取りじゃん? 私は良いかな~って思うんだけどさ? 『人間界から来た軟弱者に、魔界の安定なんか任せられるか!』って意見も出て来てさ~。ママ、ちょっと困っちゃうな~って……え、えへへ~」
そう言って、気まずそうに『あはは』と笑って見せる魔王様の言葉に、ポカンとするヒメ……と、俺。は?
「え、ええっと……それじゃ、なんですか? 俺――じゃなくて、僕は」
「言いなおさなくて良いよ~。喋りにくいんでしょ? 俺でいいから、俺で」
「……俺、お役御免です?」
それならそれでまあ、全然構わないんだが。そんな俺の言葉に、魔王様は慌てた様にぶんぶんと首を左右に振る。それに合わせるよう、綺麗な銀髪が舞った。
「ま、まっさかぁ! 折角マリア君にも魔界に来て貰ったんだし、このまま手ぶらで帰らせるのも悪いでしょう? なんで……ええっと……」
しばしの間。
うんうん唸りながら、上を向いたり下を向いたりしていた魔王様だが、なにかを思い付いたかの様に、ポンって手を打った。
「…………そうだ! まず、本当にマリア君がヒメちゃんに相応しいかどうか、確かめて見ようと思います!」
「絶対今思い付いたよね、ママ!」
ヒメの絶叫が響く。うん、ヒメ。俺もそう思う。
「そ、そんな事ないよ、ヒメちゃん! 私、『しんぼーえんりょ』の魔王様だよ! ちゃんと考えてたに決まってるじゃん!」
「『そうだ』って言ってたじゃん!」
「はうぅ! で、でもでもヒメちゃん! もし、マリア君がどうしようもない男だったらどうするのよ! 浮気性だったり、甲斐性が無かったり、変な性癖持ってたり……ええっと……ええっと……足が臭かったり!」
「最後はどうでも良くない!?」
「いや、大事だよ! 特に日本人って水虫凄いし! ヒメちゃんだってイヤでしょ!」
「み、水虫は……い、イヤだけど……で、でも! 別に悪い事……でもあるけど! その、水虫に罹っている人だって、なりたくて水虫になっている訳じゃ無いじゃない! ダメよ、差別は!」
「ちなみにパパ、水虫よ?」
「ウソっ!? ママ、私の服とパパの――あ!」
「ふっ……語るに落ちたわね、ヒメちゃん! ホラ! ヒメちゃんだって、水虫なんてこの世から無くなればイイと思ってるんでしょう!」
魔王様のにこやかな笑みに、ヒメが膝から崩れ落ちた。いや、そら水虫なんてこの世から無くなればイイと俺も思うよ? 思うけど。
「……心の底からどうでも良いです」
マジで。
「まあ、ともかく! マリア君がどんな子か、私だって見極めたいのよ! だってカワイイ一人娘の嫁ぎ先よ? そりゃ、気になるじゃん!」
「いや、可愛い一人娘に出す課題にしては結構無茶苦茶だと思いますけど」
三回優しくってなんだよ、それ。
「可愛い子には旅をさせるのよ、私は!」
「……さいですか」
「それに、『優しい』だけじゃダメなの! 荒くれモノが集まる魔界よ! 『優しさ』だけじゃ乗り切れないわ!」
「アンタが出した課題を思い返してから言いやがれ!」
なんだったんだよ、三回の優しさって!
「と、いう事で~。私はヒメちゃんを守り切れる力があるかどうか、きちんと見極めたいのです。ホラ、ヒメちゃんって私に似て美少女じゃない? 文字通り、力ずくで奪って行く輩から守っていかないといけないし! なので!」
魔王様がパチンと指を鳴らす。同時、まるで漆黒を体現するかの様な圧倒的な『闇』が俺と魔王様の間に生まれた。
「――お呼びでしょうか、魔王様」
その闇の中から、全体的に緑がかった体を持った一人の男が現れる。身長二メートルを越す俺よりも、頭半分だけ背の高い体に、これも俺と同等かそれ以上に筋骨隆々な体。短髪に刈り込んだ髪に、精悍な顔つきをした男だ。なよっとした感じではない、山賊の大将とかが似合いそうなワイルドなイケメンである。そんな頭を垂れたままのイケメンの男に、楽しそうに笑みかけながら、魔王様が俺に視線を向けて。
「紹介するね、マリア君。この子、オーク族の族長の息子でラインハルトよ!」
………………は?
「……え?」
お、オーク? オークって……あの、オーク?
「そ! オーク! 知らない? オーク」
「……知ってます」
そら、知ってるけど! え? このラインハルトとかいう彼、オークなのかよ! オークってもっとこう、豚っぽい顔面じゃねーのかよ! そら、この面構えだったら『ラインハルト』って名前もぴったりだわ! 俺の『マリア』よりナンボかいいぞ、おい!
「…………俺の知ってるオークと違う」
……そら、ヒメも『オーク?』って間違えるわ。魔王様にしたって『どうせならイケメンのオークにしなさい!』とか言うわ。俺が世紀末覇者だったら、こっちは聖帝って感じだもんな! そら、こっちの方がイケメンだわ!
「彼は強いよ! オーク族でも一番、二番を争うぐらいに! もし、ヒメちゃんが日本で伴侶を見つけて来れなかったら、この子に嫁がせようと思っていたぐらいだし。ねえ、ラインハルト?」
イケメン、族長の息子、強い。なんだよ、その勝ち組的な感じ。
「……勿体ないお言葉です、魔王様。ですが、私はまだまだ未熟の身です。ヒメ様のお相手など、とても……」
しかも偉ぶるカンジでもなく、謙虚。なんだよ、このオーク。爆ぜろよ?
「もう、謙遜しちゃって! 憎いね~、この! このぉ!」
ノリが完全に酔っ払いな魔王様に、幾分困った様な表情を浮かべるオークのラインハルトさん。その視線が後ろを振り返るようにこちらにゆっくりと向けられて。
「――……なに?」
俺でピシッと固定される。え、ええっと……?
「……魔王様。魔王、アイラ・マ・オー・エルリアン様」
「この、この――ん? なに? 改まっちゃって、どうしたのさ?」
「ヒメ様は人間界に伴侶を探しに行ったとお聞きしました。人族など、我々魔族からして見れば取るに足らない卑小の身です」
「あれ? あれあれ? もしかして私の旦那、ディスってる?」
「いえ。コースケ魔王様に置かれましては……失礼ながら、確かに我々魔族に比べればチカラは劣るでしょう。ですが、あのお方には上に立つ方に相応しい『徳』が御座います」
「でっしょう? 最強だもん、ウチの旦那~」
「ええ。そして、ヒメ様が人族に伴侶を探しに赴かれたのも、コースケ様の様な、なにか特別なチカラを持った人間をヒメ様がお探しに成られる為だと……魔王様の深謀遠慮があっての事だとこのラインハルト、信じておりました。信じておりましたが――っ!」
そう言って、ビシッとラインハルトが俺を指差して。
「――なぜ、ヒメ様はオークを伴侶として選んでいるのですかっ!」
……ああ、またこのパターン? でも、なんだろう? 君の意見も納得だよ、ラインハルト君。そら俺、オークに似てるわ。しかも、不細工のな。