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第八十八話 弱気な魔王候補


「あ」

「……げ」

『もう……貴方! 何時までもダダをこねないで下さい、恥ずかしい!』と、アイラさんに半ば連行される形で勝負はお開きとなった。『認めない! 私は……認めんないよっ!』なんて叫ぶパパ魔王様を片手一本で引きずって行く姿はちょっとトラウマになりそうだったが。

「……げ! って何ですか、『げ!』って」

「……ふん。一番見たくない顔を見たからな」

 まあその後は普通にジーヤさんお手製晩御飯を頂き、『ヒメ様幼少期ベストショット集』なる写真集――つうか、アルバムか。アルバムを見てヒメが顔を真っ赤にするなんてイベントを終えて迎えた夜。日課の筋トレをちょっと張り切ったせいか、冬にも関わらず少しだけ暑くて寝苦しく、涼を取ろうと思って中庭への道を若干迷いながら歩いていて……中庭の東屋に腰掛けるパパ魔王様と目があった。無視して通り過ぎるのもなんだか感じ悪いので、取りあえず声を掛けてみる。

「……何してるんですか」

「見て分からんかね? 酒盛りだ、酒盛り」

「……一人で?」

「い、良いじゃないか! べ、別に誰も相手してくれないから一人で飲んでる訳じゃないんだからね!」

「いや、何にも言ってないんですけど?」

「ふ、ふん! とにかく! さっさっと何処かに行け! というか、そのまま帰ってくるな!」

 しっしっと犬を追い払う様に手を振るパパ魔王様。その姿に、大きく溜息をつく。

「……はー」

「……なんだい? その『やれやれ、我儘なおっさんだぜ。呆れてモノもいえねぇな!』みたいな溜息は!」

「いや、そんなつもりじゃ無いんですが……」

「ふん! 良いかい? 言っておくけど、娘は……ヒメちゃんはあげないからね!」

「いや、そんなつもりでも……」

「なに! 娘は要らんと言うのか! 貴様ぁーーーー!」

「どうしろって言うんですか!」

 絡みづらい! 分かってたけどもの凄く絡みづらい、この人!

「ふん! 大体だな? 君に『魔王』なんか務まるのかな? 言っておくけどね! 魔王って結構大変――なんだ、その眼は!」

「……いえ」

 アンタ遊んでばっかだろ、とか思わんでも無いんだが……まあ、それはともかく。

「その……一つ、聞いてもイイですか?」

 丁度いい機会、でもあるか。

「貴様に教えてやる事何か一つも無いね~。へへーん、残念でした~」

「……お願いします」

「だから、教えてやる――」

 俺の表情を読んだか。

「……聞くだけなら、聞いてやろうか」

 先ほどまでとの態度は一変、それでも盃を手放す事無く、俺に視線を向ける。

「……その……不安になったりしませんでしたか?」

「不安?」

「……ええ」

『魔王』の。

 遍く魔族の、その頂点に立つ女性を『伴侶』として迎えるという責務と――そして、『魔王』として、魔界を統治するという……その、重圧を。

「……俺、ラインハルトとか……あとはクレアとかと……まあ、仲が良いんですけどね? こう……魔王としてっていうか……『魔界の主』として、アイツらの上に立つって、そんなの出来るのかな~とは思うんですよ」

 オーク族は、自身の生き様を守るために俺と闘った。ヴァンパイア族だって、自身の願いの為に戦った。理想の方向はちょっとあれだが……それでも、その想い自体は『眩しい』と、そうも思ったのも事実だ。少なくとも、俺にはあそこまで『マジ』になれるものはない。

「……ヒメと……その、結婚するって事は『魔王』になるって事ですよね?」

 魔王になるってのは、そんな眩しさを向ける奴らを従えるんだ。それほどの重圧に、自身が耐える事が出来るのか。

「ヒメから聞きました。魔王様は……貴方は、『日本人』だったと。だから、タダの人間だったあなたが、それでも『魔王』になった理由ってのは……なんなのかな、って」

 情けない話ではあるが、俺だってまだ高校生だ。親の庇護の下、ぬくぬくと暮らしてる身で、いきなり『魔界の王』になれなんて言われても、という所はある。無論、覚悟はしているが……なんだろう? 覚悟だけで乗り切れるモノではないとも、そうも思う。

「……ふん」

 そんな俺に、つまらなそうに一瞥くれた後、魔王様はぐいっとお猪口の酒を乾した。

「相変わらず失礼な人だね、君は」

「……」

「何か? 私程度の非才な人間では、魔王という責務も……史上最強ともいわれる魔王アイラには到底釣り合わないだろう? と……そう言う事かい?」

「そんなつもりは!」

「そうだろう? タダの日本人が、なんで魔王の配偶者になれるかと、そういう事ではないのかね?」

「……」

 沈黙は、肯定。その俺の態度に大きくはーと溜息をついて。

「……ヒメちゃんは、まだまだ青二才だよ? アイラの若い頃に比べたら、肩どころか背中すら見えないよ? 君でも十分釣り合うと思うさ。むしろ、私の時よりもマシだ」

 その言葉に、小さく首を左右に振る。

「あいつは……ヒメは、それでも『強い』と思うんです」

「……ほう」

「どれだけ危なかろうが、彼女は絶対引きません。自身の理想の……目指す魔界の為に、日々精進しています。そんなヒメに……俺は……本当に釣り合うんですかね?」

「……」

「……魔王様が言ってた様に……俺って、何にも無いんです」

「……なんでも出来るじゃないか、君は」

「あんなの、本当に手遊びです。その道のプロには、全然敵いません。どれもこれも中途半端なんです。なんにも……なんにも、『本気』じゃない」

 そう言って、自嘲を込めた笑みを浮かべ。

「……色んな女の子と……その、婚約したのも、本当です」

「……」

「不誠実極まりないって言われたら……それは、その通りです。あっちにフラフラ、こっちにフラフラしてるって言われても、それもその通りです」

「……」

「だから……だから、そんな俺が」



 あのちょっとドジで、間抜けで、それでも一本筋の通った『強さ』を持つ、彼女に。



「……貴方がたが、とてもとても大事に育てた……そんな娘さんと、釣り合うのか、と」

「……」

「……側にいる、『資格』はあるんですかね?」

「……はー」

「……」

「だから……君に娘はやらん! と言うのだよ」

「……」

「何か? ヒメちゃんが君に言ったのかね? 『アンタみたいな男、私に釣り合う訳無いじゃない! 馬鹿なの? 死ぬの!』とでも」

「……なんすっか、それ?」

「由緒正しいツンデレだ。それより、どうなんだい?」

「……いえ。言われていません」

「文字通りの箱入り娘、同年代の男は勿論、女友達すら居なかった娘が……まあ、どういう理由があれ実家に連れ帰った男だ。憎からず……というか、非情に不本意で今すぐ君をこの世から消し去りたいぐらいに憎いが……まあ、慕っているのだろう」

「……良かったです、憎悪で人が殺せ無くて」

「私は神を恨むけどね。魔王だし」

 そう言って、本当に憎そうにこちらを睨む。ああ、本当に良かった。視線でも人が殺せ無くて。

「……私とアイラは恋愛結婚だ」

「……お聞きしました」

「まあ、色々と障害もあった。君の言う通り、『魔王』という立場に怯えた事だってある。何度も心が折れそうになったさ」

「……なんで」

「ん?」

「なんで……心が折れ無かったんですか?」

「アイラが、私で良いと言ってくれたから」

「……」

「魔王というのは確かに、大きな責任を伴う。魔界の全てを司るんだからね。怯えるのも無理はないが……それでも私はアイラの側に居たいと思ったからね。そう思えば随分気も楽になった。勿論、アイラも私と共に居たいと思ってくれたからこそ、だが」

「……」

「……辞める理由も、諦めるきっかけも探すのは簡単だ。だが、始める思いと、続ける意思を持つことは非情に難しい。それを私に教えてくれたのは間違いなくアイラだし……アイラにそんな想いを抱かせたのは私だろうと自負もしている」

「……」

「フラフラしていると、不誠実だと確かに私は罵倒した。でも、それは当然だろう? 娘の父親としてはやはり自らの娘一人を愛し、幸せにしてくれる男に嫁がせたいという気持ちもあるにはある。あるが……まあ、魔界は一夫多妻を認めているからね。『英雄、色を好む』って言葉もあるし、娘がそれで納得しているのなら、コレは唯の父親の我儘だよ。それに文句を言うつもりは無いさ」

 ……無い、が。

「私は、この魔界の全てが敵に回ったとしてもアイラが居ればそれで良いと思った。仮に……そうだな、君の言う『資格』と言うモノがあるとするならば、正にソレだろう」



 ……だから。



「そんな想いを抱いていない君に、娘はやらん! と言う訳だ」

 そこまで喋り、手で弄んでいた盃を一気に呷る。

「……折角だ。私からも一つ聞いておくよ。ああ、嫌だとは言うないでよ? 等価交換だよ」

 そう言って、自分の盃に酒を満たし。

「結婚云々は置いておいても……君は……ヒメちゃんを愛しているのかな?」

「……」

「想像してくれれば良い。一緒に、ヒメちゃんと共に生きていく事に……不満は無いか?」


 ……朝。


 眼が覚めて、隣でヒメが寝ている幸せ。

『おはよう』の挨拶と共に、軽く触れる唇に、にやけながら、一緒に朝食を作り。

 政務をこなしながら、端正な顔を悩ましげに曇らすヒメに抱く、愛しさ。

 難題を片付け、安堵と誇らしさを浮かべるヒメの可愛らしさ。

 時には喧嘩し、それでも仲直りし、同じ寝具に身を委ねる、嬉しさ。

「……はい」


 その全てが……堪らなく、愛しい。


「私は……大本麻里亜は、ヒメ・マ・オー・エルリアンを愛しています」

 今なら……堂々と、そう答えられる。

「……大変、失礼しました。ヒメが本当に大事で愛しいなら、何を置いてもまずご挨拶に伺うべきでした。それを蔑ろにして……本当に、本当に申し訳ございませんでした」

 言って、頭を下げる。そりゃ……怒って当然だ。娘が連れて来た男が果たして本当に娘が大事かどうか分からないようじゃ……少なくとも、こんな事で『ぐじぐじ』悩んでる男だったら……俺だって、自分の娘がそんな男を連れて来たら間違い無くぶっ飛ばす。

「……ふん」

「……」

「……謝ったからと言って、ヒメちゃんとの仲を許す訳ではない」

「……はい」

「……まあ……どうしても言うのなら」


 頭を軽くコツンと叩かれ、あげた視線の先に。


「……この私を越えてからにして貰おうか! 飲み比べじゃーーー!」


 こちらに盃を差し出し、笑顔を浮かべる姿があった。



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