第八十七話 真・芸達者
「……は?」
自信満々、机に並んだ『お絵かきセット』を前にそう言って鼻から『ムフー』と息を吐くパパ魔王様。いや……え?
「ふふーん! 今まで君には黙っていたがね? 私はこう見えても『隣の席の大魔王』のメインイラストレーターだ! あの『ゆいゆい』さんのサークルのゲスト参加もした事がある、この業界じゃちょっと知られた名なんだよね、実は!」
「……スイマセン、理解が追い付かないんですが」
つうかなんだよ、『隣の席の大魔王』って。
「……魔王様はお盆と年末に有明で開催される一大イベントに毎回サークル参加をされております。そのサークル名が『隣の席の大魔王』です」
はてな顔を浮かべる俺に、そう言ってジーヤさんが補足を入れてくれる。入れてくれるんだが……
「……はあ」
こんな返答しかできねーよ。
「……私自身も参加しているサークルをこう言う言い方をするのもなんですが……その、憚りながら少しばかり人気がありまして。常に『お誕生日席』に配置されております」
「ええっと……『ゆいゆい』さんってのは?」
「ここ数年で一番実力のあるサークルです。常に『壁』に配置されるサークルの上に、初日から三日目まで全て参加する、幅広いジャンルを扱うサークルなのです」
初日から三日目って言われても良く分からんのだが……アレか? とにかく、パパ魔王様は結構有名なイラストレーターって事か?
「有体に言えば。我々のサークルも徐々に固定のファンが付いて下さっているので、次こそは『壁』を目指しています」
「その、壁ってのが人気の……なんでしたっけ? サークル? の証みたいなモンなんですか?」
「一概には言えませんが……まあ、そうですね」
「……へぇ」
スゲーな。んじゃ随分人気があるんじゃん。
「ちょ、ズルい! パパ、絵はすごく得意でしょ!? なんで自分の得意な事で勝負するのよ! 男なら正々堂々と勝負しなさいよね!?」
「勝てば官軍なん――」
「ズルい! 卑怯者!」
「か、勝てば――」
「情けない! マリア、なんでも受けて立つって言ってるのに、パパのバカ!」
「だ、だから! 相手がわざわざこっちの土俵で戦ってくれるってんなら、得意な事を――」
「何か人間の器の小ささを見た気がするっ!」
「…………ヒメちゃん? お小遣いあげるからちょっと黙っておいて?」
若干涙目になりながら、それでも気丈にこちらに視線を振るパパ魔王様。
「と、取りあえず! 勝負時間は今から一時間! その間にヒメちゃんのイラストをより可愛く書けた方が勝ちだ!」
「……ええっと……その判定、誰がするんです?」
イラストの善し悪しの判断なんて完全に好みじゃねーのかよ? それって正当な判定が出来なくないか?
「その自信は褒めてあげよう。でもね? そんな心配は必要ない! ジーヤ!」
「……私、ですか?」
「そう! ジーヤが審判だ!」
困惑顔を浮かべるジーヤさんを指名するパパ魔王様。と、そんなパパ魔王様にヒメからの物言いが付いた。
「それもズルいじゃない! ジーヤ、絶対パパに気を遣うじゃん! 私! 私もやる!」
「だーめ! ヒメちゃんはきっと彼の味方するから! それにジーヤだって創作に関わる身、イイものはイイって認めてくれるよ! ね?」
「……申し訳ございません、ヒメ様。腐っても創作を行う人間として、創作物には正当な評価を下します。良いものは良い、悪いものは悪いと……そう、判断させて頂きます」
「……そんな……」
申し訳なさそうに頭を下げるジーヤさん。その姿に、ヒメは絶望に顔を染め、パパ魔王様は魔王様の名に恥じぬステキな笑顔を浮かべて視線を俺に向けて来た」
「さあ、早く始めよう! あれ? それともあんまりに自分に不利だからびびっちゃった? 『申し訳ございません~。私が悪かったですぅ~』って言ったら許してやんよ!」
そう言って、中指をおっ立てて……っていうか、あんのか? 魔界に中指をおっ立てる風習。まあ、とにかく……とても『イラッ』と来る笑顔のパパ魔王様。
「……いいでしょう。それじゃ……やりますか!」
……ああまで言われたら、やるしかないよな?
◆◇◆◇
「……」
「……」
「……」
「……」
……一時間後。
「……」
「……」
『時間も無いからペン入れはなし! 普通に鉛筆の下書きだけ!』というパパ魔王様の言に従い、書かれたヒメのイラストが二枚。そのイラストをじっくりと見比べた後、ジーヤさんはゆっくりと首を左右に振って視線を魔王様に向けた。
「……すみません」
「……」
「…………その……これは、マリア様の……勝ち、です」
……ほ。良かった。
「……す、凄い! 凄いよ! マリア! 凄く巧い! っていうか、これ、私? その……か、可愛すぎない?」
「んなことねーぞ? もうちょっと時間があったらもう少し似せて……ああ、つまり可愛く描けたんだがな?」
「え? え、え、えへへへへへ~」
俺の言葉に嬉しそうに頬を緩めるヒメ。お姫様が満足してくれた様でなによ――
「……と、言いますか……マリア様? この絵柄、何処かで見た事が……と、言いますか『ゆいゆい』様のサークルのイラストレーターの方にそっくりなのですが……その、絵柄を真似されたりしておられるのでしょうか?」
ヒメの笑顔につられる様に笑う俺に、興味深そうな表情でジーヤさんがそう声を掛けて来る。あー……どうしようか?
「いえ……その、『ゆいゆい』なんですが……不確定な話なんですけど、多分それ、私の知り合いがやってるヤツだと思います」
「……………………はい?」
「えっと……言ってもいいのか、コレ? その、友人の彼女に多才な人が居てですね? その人の下の名前が『結衣』なんですよ。んで、この間も『祭典に参加した!』とか言ってましたから……」
「……ねえ、それってさ? この間言ってた孝介さんって人の彼女さん?」
ヒメの言葉に小さく頷いて見せる。
「そうだ。言っただろ? 多才なチートキャラだって」
「……うん。それじゃその、結衣さんの真似して描いた、って事?」
「……」
「……マリア?」
「……はあ。秋頃だったか? 『マリア! 今度の話はこれだ! お前もかけ!』とか言われて何枚かイラスト描かされたんだよ。つうか今回に限った話じゃないんだけど……まあ、春と秋の恒例行事だな、もはや」
確か……中等部の一年の頃か? 結衣先輩に拉致られて美術部に放り込まれて俺と浩之、それに孝介の三人で延々と描かされたからな、イラスト。
「……イベントに参加する度に『お前の取り分だ』って結構な『バイト代』貰ってたんで、儲かってるんだろうな~とは思ってたんですけど……そんなに凄いんですね、『ゆいゆい』」
貰うたびに恐縮しきりだったが、今度からは遠慮なく貰っておこう。
「凄いなんてモノではありません。既にプロの話も来ているとお聞きしました」
「あー……でも結衣先輩ですしね? きっと直ぐに『飽きた』とか言ってますよ。つうか、もうプロじゃないのかな? なんかの少年誌に読み切りが乗ったとは言ってた気がしますけど」
「……アレほどの画力を持っていながら、飽きた、ですか?」
「そういう人ですから」
「……なんという才能の持ち腐れでしょう。元上司を恨みます」
……ああ、そっか。ジーヤさん元天使だもんな。文字通り神を恨むってやつか。
「まあ、それはともかく……どうだ、ヒメ? 鉛筆に紙、ってのは久しぶりだけど、満足したか? 個人的にはそこそこ巧く描けてると思うんだけど」
「うん! そこそこ所じゃないよ! 額縁に飾っておきたいくらいだもん!」
そう言って俺の絵を嬉しそうに見つめながら胸元で抱きしめ、頬を染めるヒメ。なんだよ、それ。可愛いな、畜生。
「……さて。それでは魔王様?」
ほっこりとした気分でヒメを見つめていると、ジーヤさんが死者に鞭――じゃなくてパパ魔王様に話しかけだした。
「……きょ、今日はさ? ちょっと筆のノリが――」
「往生際が悪く御座います。まあ、魔王らしいと言えば魔王らしいですが」
「ぐ、ぐぅ! うぅぅ……ええい、分かった! 分かりましたよ! 認めます! 私の負けです~! けっ! 『ゆいゆい』のイラストレーターなんて聞いてないよ!」
「そんなに悔しそうに……まあ、宜しいです。それではマリア様の勝利と言う事で! 魔王様、これでヒメ様とマリア様の仲を――」
「くそぉ~一回戦は私の負けか。だが! 次は負けないよ!」
「――認めてって……はい? 一回戦?」
「うん、一回戦」
「……なんですか、それ?」
「あれ? 私、一回勝負なんて言ったかな~?」
「……魔王様。流石にそれは……少し、やり方が汚いのでは?」
「汚くないよ? だって私、『一回こっきり』なんて言ってないもん。だってさ~。大事な大事な娘の事だよ? そんなたった一回で決めるのは可笑しいじゃん、普通」
「それは……ですが、それなら何回勝負って言うべきでは?」
「いやいやいやいやジーヤさん。そりゃ、確認して無い方が悪いよ? 私、元々三回勝負のつもりだったんだもん」
いや~、あと一回負けたら私もヤバいかな~なんて口笛なんぞ吹きながらそっぽを向くパパ魔王様。何と言うか……うん。
「……なあ、ヒメ?」
「……言わないで。本当に、あんな人を選んだママを恨みそうだから」
顔を先ほど以上に真っ赤に染めてプルプルしてるヒメを見て……俺は深く溜息をついた。




