第八十三話 そんなもんです、父親は。
「大したご馳走も用意出来ていませんが、それでも量だけはあります。沢山食べて下さいませ」
『大したご馳走じゃない』はまず間違いなく謙遜だろうという事が直ぐに分かる、卓上に所狭しと並べられた料理の数々。暖かい湯気が立ち上るソレに、俺の腹の虫も『早く喰わせろ!』と言わんばかりにぐーっと抗議の声をあげてやがる。「何かすいません。その……気を使わせて」
「いえ。可愛い娘分が、可愛い息子候補を連れて来て下さいましたので、単純に私が作りたくなっただけです。遠慮は無用ですので、温かいうちにどうぞ」
「……けっ」
「いや、それにしたって……コレ、結構な量ですよ?」
「マリア様は男の子ですし、その体格ですので。一杯食べるかと思って張り切って作ったのですが……作り過ぎだったでしょうか?」
「………けっ」
「い、いや! 決してそんな事……」
……ん?
「って、つ、作った? コレ、ジーヤさんが作ったんですか?」
「ええ、そうですが?」
「……ジーヤさんとか! 何慣れ慣れしく呼んでるんだか!」
「え、ええ! いや、だってジーヤさん、堕天使族の族長でしょ? 此処、魔王城ですし……普通、こういうのって料理人的な人がするんじゃないんですか?」
「料理は趣味ですので」
……マジか。すげーな、ジーヤさん。殆どプロ級の料理の腕じゃね? 弟子入りさせてくれねーだろうか?
「……文句あるなら喰うなよな」
「……」
「……」
「つうか、出てってくれても全然構わないんですけどぉー」
「……もう。あなた?」
「……何、アイラ?」
「……何時まで拗ねているのよ。子供じゃあるまいし」
はぁ、と呆れたように溜息をつく魔王――アイラさんに、件の『パパ』魔王は拗ねたように明後日の方向を向く。
「は? 別に拗ねて無いし!」
「……自分の姿を一度鏡で見て見なさいよね?」
「……ふん! そんな事より! さあ、アイラ、ヒメちゃん? 久しぶりにジーヤの手料理を食べような~。お! これ何か凄く美味しそうだな~」
白々しく……とは言え、それでも俺をしっかり無視してにこやかに二人に話しかける魔王様。なんだろう? すげー居た堪れない。
「……パパ!」
「ん? どうしたの、ヒメちゃん? この唐揚げを取って欲しいのか?」
「そうではなくて……その、そんなにマリアに邪険にしないでよね」
「『マリア』? 誰ソレ? ウチにはそんな人いませんけど~」
「……はあ」
目線だけこちらに向け、『御免ね?』と言わんばかりに視線を下げるヒメ。うん、キニスンナ。
「……おい。何だよ、その『目と目で通じあう』みたいな雰囲気は。辞めてくれます? 美味しい食事が不味くなるんで」
「……パパ」
「……あなた」
……もう絡み方がチンピラばり何ですが。そっちこそ辞めて下さい、その『うらみ・ます』と言わんばかりの絶対零度の視線を。
「……魔王様」
「ん~? ジーヤは何を取って欲しいのかな~? あ! このシュウマイ! ジーヤの自信作なんだよ!」
「知っています、私が作ったのですから。そうではなくて……仮にも客人を招いての宴席で、その態度は如何なものかと」
「客『人』? 勝手に訪ねて来たんでしょ? なんで歓迎しなくちゃいけないの?」
「……はぁ……」
疲れた様に溜息をつくヒメ。先程の事もあるしこちらに視線は合わせないが……身に纏う空気が『もう本当にすいません』みたいで、さっきとは別の意味で居た堪れない。
「……おい。何だよ、その『分かってる、皆まで言うなよ?』みたいな感じは。何? 『俺達には言葉何かいらないぜ~』みたいな感じですか~? けっ! ふざけんな!」
……もうね? 本当に酷いの、絡み方が。
「もう、あなた!」
「アイラ? アイラはどれにする?」
「その焼豚は誰にも渡さない! 渡さないんだけど! そーんな雰囲気じゃ折角ジーヤが作ったご飯が美味しく無くなっちゃうじゃん!」
「……」
「色々気に入らない事もあるんだろうけどさ! ほら! あなたもイイ大人何だから」
「ふん! それじゃパパ、まだ子供!」
「駄々っ子か! じゃなくて! ホラ、マリア君も何か言って!」
「お、俺ですか?」
え? ココで俺に振るの? ソレ、無茶ぶりじゃない?
「……えっと」
「あんだよ? ああ? やんのか、コラ?」
……まるっきりヤンキーです、本当にありがとうございました。
「もう、あなた! 何ですか、その態度は!」
珍しくも申し訳なさそうに、『すいません!』と頭を下げてフォローに入るアイラさん。いや、もう、ホントに、何かこっちこそすいません。
「……大体だな。君は……ええっと……誰だっけ?」
「麻里亜です! 大本麻里亜です!」
「ああ、もう何でもイイよ。とにかくだな? そもそも君は何でココに来たんだ?」
「……何でって……」
「仮にも嫁に貰おうかという娘の親に逢いに来るんだろう? 来るなら来ると、一言断ってから来るのが礼儀だと思うんだがね? それともなにか? 私の知らない間に日本人はそんな礼儀知らずになったとでも言うのかね?」
「ちょ、ちょっとパパ! それは私が――」
言い募るヒメを手で制し。
「仮に、ヒメちゃんが無理やり君を連れて来たとしよう。だが、そうだとしても、だ。本来であれば名乗りを上げ、突然の訪問の非礼を詫びるのが筋だろう? 筋論に五月蠅いと思われるかも知れんが……」
古い人間で申し訳ないね、と。
「……いえ、仰る通りです。後先になりますが、名乗りをあげさせて下さい」
……仰る通りだ。新年早々、流石にアポもなしに『嫁に下さい』って訪ねて来たら常識を疑われても仕方ない。まあ、いきなりそこまで行くとは思っちゃいねーが、娘の親的には面白くはねーだろうな。そう思い、口に出した俺の言葉に、うん、と一つ頷き。
「やだぴょん」
「……は?」
「だって君が名乗りあげたら、私も名乗りをあげなきゃいけないだろ~。ぶっちゃけ、君に名乗る名前なんか無いし~」
「い、いや! でも、俺……じゃなくて私はなんとお呼びすれば……」
「いいよ、呼んでくれなくて。つうか話しかけるな。息もするな」
「死ぬだろう、ソレ!」
「ふん! ウチの可愛い娘に手だししようなんて輩は死んだ方がマシだ!」
ひでぇ!
「パパ!」
「なに?」
「なに? じゃないよ! そもそも、挨拶をする前に百科事典を持って追いかけ回したのパパじゃん!」
「記憶にございません!」
「パパ!」
「とにかく!」
ヒメの言葉を制し、ギンっとこちらを睨みつけながら。
「貴様の様な輩に、ウチの娘はやれん!」
あっかんべーしながら、そんな事を言いやがった。




