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第八十二話 もう一人の魔王


「どわーー!」

 男性から繰り出される百科事典並みの分厚さの本を何とか躱す俺。そんな俺に、男性が憎々し気にこちらを睨みながら口を開いた。

「ちぃ! かわしやがったか!」

「『ちぃ!』って言った! 『ちぃ』って言ったよ、この人!」

 なにこれ超怖い!

「ふ! この日々の雑用で鍛えた我が必殺拳法をかわすとは、なかなかやりおるな、小童!」

「百科事典を振りおろしといて『拳』法とかどの口が言うんですか!」

「黙れ! 貴様は黙ってソコに骸をさらせば良いのだ! 僕の……僕の手塩にかけた可愛いヒメちゃんを、毒牙にかけおって!」

「毒牙って!」

 いや、その前に!

「……可愛いヒメちゃん?」

 ……へ? そ、それって……え?

「……ごめん、マリア」

 そう言ってこちらに小さく頭を下げるヒメ。後、少しだけ気まずそうに男性を指差して。



「その………………パパ、です」



 …………は?

「ぱ、パパ?」

「その……だから、私のパパ、です。ママと一緒に現在魔界を治めてる、もう一人の『魔王』なの」

 顔から血の気がサーっと引く。いや、そりゃ俺だって勿論、ヒメのお父さんとは話するつもりだったよ? でもさ? いきなりラスボスって酷くない?

「アイラから聞いた! 君、ウチのヒメちゃんだけじゃなくて、色んな女の子と結婚するつもりなんだって!? どういう意味さ、それ!」

 そんな俺に更なる追い打ちが! ちょ、ママ魔王様、略してマ王様――――!

「ご、誤解ですよ、お父さん!」

「貴様に『お義父さん』等と呼ばれる筋合いは無い!」

「発音がちげーよ! って、危ない! ちょ、ヘルプ!」

 百科事典を持って、俺を追いかけまわすおとう……魔王様。いや、ちょっと! 誰か助けてよ!

「……魔王様? 少し落ち着いて下さい」

 逃げまどう俺の眼に、額に手を当てて『やれやれ』と首を振るジーヤさんの姿が。いや、やれやれじゃなくて!

「ジーヤさん! 助けて下さい!」

「『ジーヤさん』だと! 貴様、ヒメちゃんだけでは飽き足らず、ジーヤの名前まで軽々しく口に出すか! ジーヤは僕たちの大事な家族なんだ! 貴様の毒牙になんてかけさせない!」

「誤解! 激しい誤解ですって!」

 ジーヤさんの名前に激しく反応し、尚もヒートアップする魔王様。名前読んだだけで地雷って、貴方の心は紛争地帯か! って、ジーヤさん! 諦めた様に読書に戻らないで! 助けて!

「ちょ、パパ! 何してるのよ! 辞めてよ!」

 そんな俺を見かねたか、ヒメが俺と魔王様の間に入って両手を広げる。情けねーけど助かった、ヒメ!

「どいて、ヒメちゃん! そいつ、殺せない!」

「ころ――! だ、ダメだよ! ダメだって、パパ!」

「なんでヒメちゃん、そんな奴庇うのさ! だって、ちょっと聞いただけでもサイテーだよ、彼! そんなダメな男に貢ぐような女の子に育てたつもり、パパありません!」

「貢ぐって! そ、そうじゃなくて! そ、その……ま、マリアとは……」

 そう言って頬を赤く染めてチラチラとこちらを――正確には、俺の右手の甲を見つめるヒメ……って、ん? あれ? ちょ、ちょっと待て!



「――マリアとは……契った仲だもん!」



「……き」

「だから! マリアをころ――あ、あれ? パパ?」

「…………キシャーーーーーー!!!!!!!!!」

「ぱ、パパ!? ど、どうしたの!?」

「言い方! ヒメ、言い方ぁーーーー!!!」

 あかん! 魔王様、瞳のハイライトが消えていらっしゃる!

「許さん! ぜっっっっったいいいいいいいいいいいいいいいいにゆるさないぃいいいいいいいいいいい!!!」

「ご、誤解です! やましいこ――掠った! 辞書が前髪掠った!」

「嫁入り前の娘と、ちちちち契るだと!? 貴様、なんばしよっとか!!!!」

「違います! そうじゃないんです! そういうんじゃないんです! その、本当に成り行きで!」

「なんだと! それはヒメちゃんの事は遊びだって言うつもりか!」

「そうじゃないですよ!」

「そうだよ!  パパ、失礼だよ! 別に私達、遊びなんかじゃないもん!」

 ヒメの言葉に、魔王様がピタリとその動きを止める。

「……ふーん。遊びじゃないんだ」

「そ、そうだよ!」

「んじゃ、ヒメちゃん? こいつの何処が良いのさ? 言っちゃなんだけど、結婚前に『複数の女の子とも結婚します』なんて、ちょっと正気の沙汰じゃないと思うんだけど? そんな相手に真剣になるの、ヒメちゃんはさ? そんなに魅力的なの?」

そのまま、視線だけで続きを促す魔王様。流石に実の親に……その、なんだ。『結婚する相手の良い所』は言い難いのか、ヒメは照れくさそうに頬を染めて指をモジモジと絡ませる。

「そ、その……私とマリアはそんな関係じゃなくて……も、もっと真剣な……その……」

 少しだけ言い淀み、下を向くヒメ。流石に俺も恥ずかしくなってくるんだけど。なんだよ、この公開凌辱。

「そ、その!」

 やがて決心がついたか、ヒメは顔を上げて綺麗に微笑んで。



「――私とマリアは、お金で繋がった関係なの!」



 最低な事言いやがった。

「お、お金で繋がった関係だと!?」

「……え? あ! ち、違う! 違うのパパ! お、お金で繋がった関係……じゃ、無い事も無いんだけど……そ、その……しゅ、週末だけの関係?」

「爛れてる! それは爛れてるよ、ヒメちゃん!」

「ち、違った! で、でもね? マリアって本当に優しいの! その……五千円で良いって言ってくれたし!」

「ご、五千円!? ウチのヒメちゃんが五千円!?」

「ヒメ! お前、いい加減にしろ! もう喋んな!」

「き、貴様ぁ! ヒメちゃんを『お前』呼ばわりだと! しかももう喋るなだと! それはなんだ! 都合の悪い事を喋るなという事か!」

「ああ、もう面倒くさいなぁ!」

 なにが面倒くさいって、あながち間違って無いのが一番面倒くさい。まあ、ヒメもテンパってたんだろうから仕方ないっちゃ仕方ないが、流石に『金で繋がった関係』はねーだろうよ。『金で繋がった関係』は。

「……あ」

「……くくく……追いつめたぞ」

 気が付けば壁際に追い込まれる形になる俺。眼の前には、顔を土気色に染めたヒメのお父さん――魔王様の姿が。 

 ……。

 ………。

 …………土気色?

「あ、あの」

「な……ぜーぜー……な、なんだ……」

「だ、大丈夫ですか? その、顔色がもの凄い事になっていますが……」

「き……きさまに……しんぱい……され……ぐぅ……もう……駄目……」

 そのままバタンといい音を立てて地面に倒れ込む魔王様。ちょ、え?

「いや、体力無さ過ぎでしょう!」

 ほんのちょっと鬼ごっこしただけで、喉の奥から『ひゅーひゅー』って掠れた息をしてるんですけど!

「終わりましたか?」

「……ジーヤさん?」

「魔王様は体力のないお方ですので、あれほど激しい運動をすればこうなる事は自明の理です」

「……大丈夫なんですか、魔界」

 そんな人がトップで。

「まあ、この方はどちらかと言えばマスコット担当なので」

「……」

部屋の隅で何事も無かったように薄い本を読んでいたジーヤさんが本をパンと閉じると、そのまま地面に寝転がった魔王様をひょいっと小脇に抱える。

「は……なせ……じー……や……」

「これから食事の支度を致しますので。マリア様にお話しがあるのであれば、夕食の時にでも。マリア様もそれでよろしいですか?」

「……へ? あ、は、はい! 俺は全然大丈夫です!」

 ……うん。俺は全然大丈夫なんだけど。


「……おーのーれー……ゆるすまじ……ゆるすまじ……」


 ジーヤさんに抱えられたまま、そんな事を言いながらこちらを睨む魔王様。そっち、全然大丈夫そうじゃないんだけど……いいですか、それで。


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