第八十話 ジーヤさん、ご乱心
色んな意味でさっさと回れ右をして帰りたくなった俺だったが、『折角なのでお茶でも飲んでいかれますか?』とジーヤさんから半ば強制的に誘われて、ジーヤさんの部屋に入った。外から見た時にある程度分かっていた事だが、陽の光――魔界なのに陽の光というのもおかしな話だが――陽の光の差し込む明るい部屋は、白で統一された椅子やテーブルと相俟ってなんだか小洒落たカフェの様な印象を受ける。印象を受けるのだが……
「どうぞ、紅茶で――どうされましたか、マリア様? その様なジト目で」
俺の前に紅茶を置いてくれるジーヤさんの後ろに、天井まで届く四つの本棚があるんだが……背表紙の厚みから云って、アレって、アレだよな?
「……ああ、本棚の中身ですか? 無論、BLです」
「……ですよね~」
まあ、あの厚みから行きゃ十中八九『薄い』本だと思ったけどな?
「失礼。大半が、BLですが……青年向けもありますし、TL物もあります」
……しかも雑食ですか。
「良いものは良いのですから。何なら二、三冊お貸ししましょうか? ああ、ご心配なさらず。昔取った杵柄ではありますが、『布教』は本職でしたので当然、布教用もあります」
「良いです!」
借りないから! 借りないから、ヒメ! その『うわー』みたいな視線を止めろ!
「と、申し遅れましたね。私の名前はジーヤ。ジーヤ・ルーキフェルです。ヒメ様からお聞きに……まあ、為られていなくてもこの羽を見れば分かるかと思いますが」
そういって、チラリと自分の背中の漆黒の羽に視線をやる。
「私は堕天使で、そして堕天使族の族長を務めております。まあ、堕天使『族』と云っても他の一族の様に纏まりがある訳ではありませんので殆ど名誉職の様なモノですが」
「……そうなんですか?」
「ええ。他の種族の様に血縁で、地縁で、或いは種族として確固として独立している訳ではありませんので。我々堕天使族はただその『在り方』が他の天使と違う、というだけです」
「……」
「天界から追放されたモノもおります。天界に背いたモノもおります。自ら天界から離れたモノもおります。そのモノ達を一つの集団にする、というのは些か無理がありますので。堕天使族の族長、と云うのも面倒ごとを押し付けられている様なものですね。ああ、ですがご心配なく。新魔王の選定に関しましては私の一存に委ねられていますので。先程お話した通り、ヒメ様が選ばれた御仁であれば問題ないでしょう」
手元の紅茶を一口、ジーヤさんが視線をこちらに向ける。その視線に少しだけドキリとしながら――それでも、俺は口を開く。
「……その……俺、側室候補がいます」
「……ほう」
「ま、マリア! それは言っちゃダメ!」
俺の言葉に、ヒメが慌てたように口の前で人差し指を立てて見せる。今言わなくてもいいじゃない! と言わんばかりのヒメの態度に苦笑を浮かべ、それでも俺はジーヤさんに言葉を向ける。
「こう……誠実じゃないと思いますので。ヒメにも納得はして貰っていますが……でも、その上で、やっぱりヒメを一番近くで見守って来たジーヤさんに言わないのは……その、不義理かと思うので」
「……」
「でも……それでも俺、ヒメと一緒に、この魔界を良く……良く? 楽しく? わかんねーんですけど……そうなれば良いかなって……そう……思うんです」
俺の言葉をジーヤさんは瞑目のままで聞き続ける。何を思っているのか分からない、一瞬とも永遠とも取れる時間の果てに、ゆっくりとジーヤさんは瞳を開けて。
「――グッジョブ!」
無表情のまま、親指を『ぐっ!』とサムズアップして見せた。
「……は?」
「それはつまり、マリア様を取り合ってヒメ様を初めとした女性たちが争奪戦を繰り広げる、いわゆる『ハーレム』を形成する、という事ですね。マリア様、私に三日目にも参加しろと仰るおつもりですか!」
「え? ちょっと何言ってるか分かんないですけど!?」
「私はBLが至高と思っております。ですが、ハーレム物は最高です。一人の男性を取り合う女性たちのドタバタラブコメディー、たまりません! 今年の夏は三日目も参加です! マリア様、女性陣の容姿を詳しく!」
「詳しくじゃねーよ! 節操がねーな!」
つうか自分が仕える主の娘をネタにすんな! アンタ、子供のころからヒメの事知ってるんじゃねーのかよっ!
「良いものは良いのです! 私はサブカルが好きなんです! サブカルが大好きなんですよ! BLが好きだ! ラノベが好きだ! アニメが好き――」
「ストップ! それ以上は色々ヤバい!」
おい、ヒメ! この人、クール系の人じゃなかったの!? クールの対極みたいなところにいるんですけど!
「……天界ってさ? BSは映るんだけど、ニュースしか映らないらしいのよ」
「……は?」
「アニメもないし、歌番組もないし、バラエティもない。インターネットもないし、ゲームだって漫画だってないの」
「……」
「ジーヤ、天界では日本を担当していたから……すっかり、アニメとか漫画にハマって。『こんな天界は嫌だ! 私、魔界でBL書きます!』って、魔界に……」
「……なにその東京で牛飼う人みたいな発想」
「だからまあ……燃料投下したマリアが悪い。だから『ダメ』って言ったのに」
「ダメってそういう意味かよ……」
いや、それにしてもこの人ガチで堕天使だったんだな。堕ちる所まで堕ちてる気がする。いや、別にオタクが悪いんじゃなくて、その為に職場放棄している所がだが。
「ちなみにあの羽、白髪染めで染めてるから」
「……一応、聞く。なんで?」
「……笑う?」
「……分かんないが、笑う事か?」
「その……『その方が堕天使っぽい』って……」
「……悪い、笑えない」
黄色い救急車呼ばなくちゃ行けないんじゃないか、それ?
「失礼な事をおっしゃらないで頂きたい、マリア様。私は別に自らの意思で羽を黒く染めている訳では無いのです」
「……じゃあ、なんでですか?」
……なんか段々面倒くさくなってきた。おざなりにそういう俺に、ジーヤさんはぐぐぐっと擬音が付きそうな勢いで拳を握りしめ。
「――堕天使イコール黒い羽、と云うのは言わば定番でしょう? 此処でもし、私の羽が白かったらどうしますか? 絶対に言われます。『堕天使なのに白ってなにそれ? 設定捻ったつもり? M9(^Д^)プギャー』と!」
「いや、誰にだよ! つうかなんか今、顔文字が見えた気がするんだが!」
「オリジナリティ、と云うのは確かに大事ですよ。ですが! オリジナリティがあれば何でもいい訳ではありません! 例えば真実はいつも一つの坊やが延々事件が起きずに十週ぐらい連載したらどうなると思います? 斬新ですよ? 推理漫画で推理する機会がないんですから、そりゃ斬新でしょう! きっと、ラブコメ方面でも面白くはなるとも思いますよ? ですが! そんなもの! 絶対に打ち切りでしょうよ!!!」
「い、いや……そ、そりゃそうだけど」
「孤島に行ったら事件が起こるし電話線は切られているんですよ! よく考えたら絶対に有り得ないんですが、係留していた船は流されるんですよ! 今の現代日本、どのキャリアでも電波が届かない秘境です、でも船はでまーす、なんてことはまず無いですが、必ず携帯の電波は届かないんです! よく考えなくても毎週毎週事件に巻き込まれる小学生もおかしいですし、連載期間中にどんだけ人が死んでるんだよあの町ってなりますが! そんな事気にしたら負けなんですよ! 創作なんです! エンターテイメントなんです! いいじゃないですか、面白ければ!」
「じ、ジーヤさん?」
「大体、編集だってそうですよ! 『設定にいまいち捻りがありませんね。もう少しオリジナリティを出しましょう』!? そもそも、オリジナリティの欠片も無い作品だってバンバン出版してるでしょうが! つうかそこまでオリジナリティ、オリジナリティ仰るならご自分で書いてみたらどうですかねぇー! 受けた事を繰り返すのは大事だって言ってたじゃないですか! どうなんですか? ツンデレって言えばツインテールなんですよ! 眼鏡外せば美少女なんですよ! ボーイッシュな女の子は意外に乙女なんですよ! それの何が問題なんですか! 分かりましたよ! それじゃ丸刈りのツンデレ出せば良いんですかね!」
「ひ、ヒメ!」
「……こないだジーヤ、漫画の原稿持ち込みして結構酷い批評を受けたらしくて……一日中、呪詛の手紙書いてたから」
「こえーよ!」
結構マジで。と、言いたいことを言い終えたか、ジーヤさんが肩で息をしながら呼吸を整える。
「……ふう」
……なにがすげーってこの人、あんだけ叫んでも無表情なんだよな。声のテンションだけ高いから、なんかすげー異質に見えるんだが。
「……失礼しました、マリア様、ヒメ様。少しばかり興奮してしまいました」
「……あれを少しと申しますか」
「申します」
平然とそんな事を言って見せるジーヤさん。なんも言えね。
「少し、話がそれましたね。結局――」
そこまで喋り、ジーヤさんが小さく首を捻る。
「…………なんの話をしてましたかね?」
そんなジーヤさんの姿に、この日一番の溜息が漏れた。
あくまでジーヤさんの感想です。担当さんはイイヒトデス!




