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第七話 なんだか想像していたのと違うぞ、魔界。


 ヒメから出て来た、『これから魔王に逢いに行きましょう』の言葉に、俺は少しだけ顔を顰めて見せる。だって……ねえ? 今からっすか?

「……いきなり?」

「あれ? もしかしてこの後、用事があった?」

「あ、いや……特段の用事は無いが……」

 取り立てて急ぎの用事はない。つうか、急ぎの用事があるんだったら、わざわざこの日を選んでデートの約束なんかしない。すっぽかされたけどな?

「……用事はないけどよ?」

「……なに?」

「いや……ほれ」

 無いけど……でもな?

「……流石にハードル高過ぎね?」

 いや、だってさ? 魔王に逢いに行くって事はそれ即ち、ヒメの『お母さん』と『お父さん』に逢いに行くって事だろう? 出逢って数時間、『娘さんを僕に下さい』って言えって事だろう? 魔界のラスボスである、魔王を相手にさ。それさ? 結構ハードル高くない?

「……でかい体でなに肝っ玉の小さい事言ってるのよ」

「図体は関係ねーよ!」

 手塩に……掛けたかどうか知らんが、まあ可愛い娘だろうし、何処の馬の骨かもわからん様なヤツに娘を横から掻っ攫われるんだ。親としては決して面白くはねーだろう。俺はこんなナリだしな。

「大丈夫よ。ママから出した条件な訳だし、ダメとは言わないから」

「いや……でもな?」

 そうは言ってもだな? 流石に、連れて来たのが俺だったらお母さんの不評だって買うんじゃないかと、俺はお前の事を心配もしているんだぞ? 娘の趣味の余りの悪さに卒倒したらどうする、お母さん。

「……自分で言う、そんな事? 大丈夫だって!」

 呆れ顔を見せながら、溜息。その後、おずおずと、だがはっきりとヒメが言葉を。

「まあね? 私の勝手でお願いしている事だから、あんまり大きな事も言えないだけど……でも! 男の子でしょ、マリア! 覚悟決めなさいよね!」

 紡ぎ出したと思ったら、罵声が飛んできた。酷くね?

「男なら『娘さんを僕に下さい』じゃなくて、『お嬢さんを頂きます』ぐらいの事は言ってよね! そういうの、女の子弱いんだから!」

「……白洲次郎じゃないんだから、そんなのは無理だって」

「とにかく! どうせ何時かは挨拶に行かなくちゃいけないんだし、早い方が良いでしょ? イヤな事は早く済ませる!」

「……分かったよ」

 両手を挙げて降参の意を示す俺。まあ、自分で納得した事だしな。それ自体は別に構やしないんだよ。心の準備ってだけの話で。

「……ちなみに、お父さん……お父さんも魔王か。お父さん魔王は?」

 お父さん魔王ってすげー語呂が悪いな、なんて益体の無い事を考えつつ、ヒメを見やる。

「……」

「……おい、何故眼を逸らす?」

 俺の質問についっと瞳を逸らすヒメ。あれ? なんだよ、もしかしてお父さん、なんか答えにくい感じの状態だったりするのか? まさか、病気とか――



「……お父さん、有明にいる」



「……は?」

 有明? 

「有明って……有明か? 東京の?」

「……年末にあるでしょ、コミケ。新刊出すって……有明の近くのホテルで缶詰中。ちなみに夏冬のこの時期は大体、同じホテルに泊まって新刊の準備している」

「……」

「……」

「……」

「……思った事、言って良いよ? 怒らないから」

「……さっきは謝ったけど……魔界でサブカルチャー流行ったのって、お前のお父さんのせいじゃねーの?」

 色んな意味で返答に困る。取り敢えず、お父さんが病気で――いや、結構いい年齢の娘も居るお父さんが盆暮れの二回、東京でコミケに新刊出してるってのも結構な病気だとは思うが……

「ま、まあ! 命に関わる事じゃないなら、うん! い、いや~、俺、心配しちゃったぜ!」

「……あ、あはは! ご、ごっめーん、マリア。心配させちゃった!」

「と、取り敢えず行こうぜ、魔王様に逢いに! な!」

「そ、そうね! 行きましょう!」

 まるで、茶番。思いっきり気まずさを誤魔化すように二人してアハハと笑う事数秒、なんだか終電前のサラリーマンみたいな深い溜息を吐きながら、『パチン』とヒメが指を鳴らす。その姿を最後に視界がブラックアウト。次いで、先程この真っ黒な『空間』に来た時と同じような独特の浮遊感を覚え、俺はきつく眼を閉じる。ジェットコースターに乗った様な、天地がぐるぐる回る感覚に酔いそうになりながらな。

「……もうイイわよ」

 やがて聞こえて来たヒメの声に、俺はゆっくりと瞳を開ける。先程が真っ暗で瞳孔が大きくなっていたのか、眩しい日の光に俺は開いた眼をきゅっと瞑――


「………………眩しい日の光?」


 自身で考えて、違和感しかない言葉に瞑った瞳を慌てて開ける。眼が慣れるまでに少しの時間を要したが、それでもどうにかこうにか周りの風景が目に入ってきて……俺は、息を呑んだ。

「…………」

赤、青、黄色、色とりどりの花が所狭しと並べられた花壇に、真っ白な床。後ろを振り返れば、赤く塗られた荘厳な扉。日の光が燦々と降り注ぐその景色は、まるで中世ヨーロッパ映画を描いたかの様な、年頃の女の子ならウットリするんじゃないかってぐらいのメルヘンチックさであり、それってつまり。

「……なんか、俺の想像していた魔界と違う」

 なんだ、此処? である。お城のバルコニー、が正しいのかまあ、自分がそういう場所に立っている事を把握した後、太陽……かどうだか分からんが、天頂に輝く光源体から降り注ぐ光の中、眼下に広がる街中を、のんびりと買い物をしている様子の『魔族』達をもう一度視界に治め、視線をゆっくりとヒメに向ける。

「……なんか、俺の想像していた魔界と違う」

 大事な事なので二回言ってみた。

「なによ、想像って」

「いや、だって……ここ、魔界だろ? こう……なんだ? もっとこう、曇天でさ? 血の海とかがあってさ? そういう『魔界』を想像したんだけど」

 チラリと視線を下に落とすと、綺麗なお嬢さんが花屋さん的な何かで買った花の香りを胸いっぱいに吸い込んで恍惚の表情を浮かべてやがる。その隣では、井戸端会議よろしく太っちょのおばちゃんが楽しそうに笑い声を上げているし、子供たちがキャッキャッと走り回ってすらいる。およそ、イメージする『魔界』とは百八十度違うその姿に、胡乱な視線も向けるってモンだ。

「最近の魔界はこんなモンよ? 確かに、この魔王城だって昔はマリアの言った様におどろおどろしい建物だったらしいんだけど……言ったでしょ、パパは日本人だって。『魔界っぽいのも悪くは無いんだけど……ちょっと、暮らしにくいかな~。折角だから、もっと楽しい方がいいんじゃない』って言ったんだって。それからママ、魔界の大改造計画に着手したらしいわよ」

「……すげーな」

 結構な手間も、やらしい話金も掛かるだろうに、『こんな所イヤだ』って言ったら魔界を作り変えて貰えるって。なにもんだよ、お前のパパさん。

「一応、魔王の片割れよ」

「……ああ、そうだな。魔王様だもんな」

 なんでもありかよ、魔王様。下手な独裁君主よりも恐ろしいな、おい。

「……にしても、すげーな」

 それでもなんとか自分の中で折り合いを付けながら、街並みに視線をもう一度移す。と、遠く街の中央に水飛沫が上がり、その水飛沫に沿うように小さな虹がかかっているのが見えた。

「……あれ、噴水か?」

結構な距離があるであろう此処から見てあの大きさなら、実際はかなりの大きさがあるであろう。なんだか蛇の様な形をした物体が水を吐き出している。

「って、あれ?」

 蛇だと思ったけど……水を吐き出す口の周りになんだか髭っぽいのが見える。髭があって、蛇っぽいって……もしかして、あれって

「あの噴水……もしかして、竜か?」

「お! 当たり。そうなんだよ、アレ、竜なんだ」

「へー。竜の噴水か。にしても……結構良く出来てんな、アレ」

「でしょー? 本物に見えるでしょ、アレ?」

「本物……? ああ、まあ、言われて見れば見えるかも。ちょっと遠いから詳しくは分からんが……つうかアレ、髭が動いてる様に見えるんだけど? 気のせいか?」

「お! 良く見えるね~! 実はアレ、本物の竜なんだよ! 水龍の一族なんだけどね? 最近不景気らしいから、バイトに雇ってるんだよ! 噴水の中央で口から水を吐くだけの簡単なお仕事です!」

「簡単なお仕事って……っていうか、一日中? 流石にそれはきつくない?」

「流石にそこまで鬼じゃないからね。あそこは三交代制だよ。今は……たしか、ルドルフだったかな? こないだアイツ、子供生まれたからね。しかも七つ子だよ、七つ子! お嫁さんと子供に美味しいモノ食べさせてあげる為に頑張る! って言ってた」

「……良いお父さんかよ」

「ホントに。昼間の仕事で、しかも中央通り沿いの噴水は一番キツイけど、その分時給も良いからね。多分、嬉々としてやってるんじゃない? あ、そうだ! 折角だから見に行こうよ! そんで『働け! 子供の為に、馬車馬の様に働け、この社畜め!』って言おう!」

「流石にカンジ悪すぎだろう、それは」

 お父さんは何時だって子供の為に頑張っているんだ。まあ、あの水龍も何時かは『ちょっと~。パパ、鱗から加齢臭がするんだけどぉ。有り得なくない?』とか娘の子竜に言われるんだろうが……って、それはどうでもイイんだよ。

「ええっと……」

「うん?」

 そう言って、俺は視線をヒメ――

「いや、『うん?』じゃなくて」

 ――の隣、やたらでかい胸を惜しげもなく主張する女性に視線を移す。輝くような腰まで伸びる銀色の髪に、垂れ目気味の優しそうな瞳。唇にはグロスが塗ってあるのだろう、キラキラと光り、それらが不協和音を起こす事無く、収まるべき所に理想的に収まっている、見紛う事無き美女。『綺麗なお姉さんは好きで――』『大好きです!』『――すかって、はや!』と、思わず喰い気味で言ってしまいそうな妙齢な美女に。

「えっと……どちら様でしょうか?」

 するりと話に入って来たそんな美女に、頭に疑問符を浮かべながら質問してみる。俺のそんな質問に、美女は顎に人差し指をあてて『うーん』と首を傾げて見せる。

「あれ~? ヒメちゃんから聞いてないの? もう! ヒメちゃん! ちゃんと説明しないとダメでしょ! ごめんなさいね~。ヒメちゃんって小さい時からいっつもこうなの。大事な事を全然言わないのよ~。私の説明もしないとダメって言ったじゃない!」

 口をパクパクと開けて上下に開閉するヒメにそう言い募る美女。なんとも言えないそんな風景に、思わず俺は口を開きかけて。


「――な、なんで此処にいるのよ、ママ!」


 ――その口を閉じる。

「ま、ママ?」

 ……は?

「え、えっと……ヒメの……あ、いや、ヒメさんのご、御母堂様でごじゃりまするか」

「ぷ……クスクス。あはは~。なによ、御母堂様って。面白いね~、キミ!」

 そう言って快活に笑う美女。笑うとより一層、垂れ目が強調され幼く見える。まあ、アレだ。端的に言って。

「そ、その……失礼ながら、本当にお母さん、ですか? お姉さんとかではなくて?」

 結婚する年頃の娘がいる様にはさっぱり見えん。アンチエイジングってレベルじゃねえぞ。

「いや~ん。なになに? それって若く見えるって事? イイ子ね~、貴方! でも、ごめん! 私には愛するダンナが居るの~。口説いても無駄よ~。そ・れ・に! 貴方にはヒメちゃんっていうカワイイ奥さんが居るじゃない~。ダメよ~、浮気は! ヒメちゃん泣かしたら『ぷちっ』ってしちゃうんだから!」

「ぷ、ぷちっ!? いや、そんな――って、なんで! なんで股間を見るんですか!」

 言いながら、思う。俺、結構最低な事を言っている、と。美女に、しかも『フリ』とはいえ、結婚する相手の母親に『股間』って。

「なんで股間を見るかって……やだな~。浮気者には一番じゃない? 股間を『ぷちっ』」

 ……安心した。この人の方が最低な事言ってやがる。

「……しませんよ、浮気なんて」

「そうそう! ダメだよ~、浮気は! あ! でもまあ、『側室』は持ってもイイわよ? 『魔王様』ともなれば側室も必要でしょうし、そうなったらそれはそれで認めるけど……そこはちゃーんとヒメちゃんの了解取るのよ? 元々、側室って言うのは正室の許可が要るって云うのは日本古来の伝統なんだから! だから……そうね、お婿さん? その辺りはちゃんとするのよ? あ! 私の事は『ママ』って呼んでくれていいか――」

 喋りながら、ウインクをしようとして美女――多分、魔王様――が、片目を閉じかけた体勢で止まる、という器用な事をやって見せる。薄目だった右目に合わせるよう、左目もすーっと細くしながら、視線をヒメに向けた。

「……ヒメちゃん?」

「な、なに? っていうか、ママ? その……どうしたの? なんか怒っているの?」

「怒っている? 怒っているに決まってるじゃないの、ヒメちゃん! ママ、言いましたよね? ちゃんと、ヒメちゃんのお相手になる人は『日本』で見つけて来なさいって! なのに……なのに!」

 そう言って、魔王様はビシッと俺を指差して。




「――なんで、オークなんか連れてくるのよ!」




 ……おい。


「しかも! どうせ連れて来るんなら、もっとイケメンのオークにしなさい!」


 ちょ! 流石にそれは酷くねぇか、おい!


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