第七十七話 マリアのターン!
――そもそも、兄貴ってのは損な生き物だ。
だって、そうだろう? 今まで親の愛情独り占めだったのに、自分より下の子供が生まれたら両親はそっちのけで下の弟、妹を可愛がるし、なんかあったらあったで『お兄ちゃんなんだから我慢しなさい』だもんな。不満だってあるし、我儘だって言いたいのに、それでもぐっと我慢しなけりゃならねー。
――でもな? 兄貴ってのは得な生き物なんだ。
だって、そうだろう? 自分より下の弟、妹が怒られたり凹んだりしてたら一番にフォローもしてあげれる。困ったことがあったら助けてやる事も、可愛がる事も出来る。成功すりゃ自分の事の様に嬉しいし、失敗すりゃ自分の時よりも悲しい。懐いてくれりゃこれ程可愛い存在はない。頼られる、ってのは純粋に嬉しいし、あてにされるのだって苦笑しながら受け入れる事が出来るんだよ、兄貴って生き物は。
俺こと大本麻里亜にとって、咲夜は可愛い妹だし――それと同じくらい、麻衣、奏、鳴海の三人娘は可愛い妹分だ。言ってみりゃ、俺は人よりも多く『得』をしてるんだよ。
ボーイッシュではあり、面倒見の良い姉御肌な麻衣。
女性らしく、誰よりも優しい奏。
気が弱そうで、それでいて芯が強い鳴海。
そんな可愛い『妹』達の事が俺は大好きだ。それは、勿論自信をもって言える。此奴らが困っていたら何かをしてやりたいし、なんとかもしてやりたい。此奴らが喜んでいたら一緒に喜びたいし――もし、此奴ら泣かす様な奴が出てきたら、冗談抜きでブッ飛ばしてやろうと、硬く誓っていたんだ。
「「「……」」」
俺の目の前で、不安と期待の入り混じった様な視線でこちらをチラチラと見上げる麻衣、奏、鳴海の三人。いつも、いつだって妹として見て来た三人。絶対に幸せになってほしいと、そう心の底から願っていた、そんな三人。
「……あー……なんだ? その……まず、ありがとう。そんな風に思ってくれていたのは凄い嬉しい」
俺の言葉に、揃いも揃って体をビクリと震わす三人。なんだかその姿が本当の姉妹の様で可笑しくて、ついつい顔に笑みが浮かぶ。
「……あー……その、な? 凄い嬉しいんだ。ホレ、俺はこんな容姿だろ? んで、お前らは……まあ、アイドルやってるだけあって容姿端麗な訳だし? だからな? きっと、お前らには――」
「ストップ」
「――もっといい人が……なんだよ?」
「そういうの、要らない。私らにはもっといい人が出来るとか、そんなのはいいの。私にはマリアしか居ないし、マリアしか要らない」
「そうですわ。誰それと釣り合うとか、釣り合わないとか、そんな打算で恋に落ちた訳ではないんです」
「そうだよ、マリアお兄ちゃん。それに、それって凄く失礼。『お前らには~』みたいなお決まりの言葉じゃなくて……ちゃんと、マリアお兄ちゃんの言葉で言って。き、嫌いなら嫌いって、そう言ってくれれば良いから」
そんな、三人の言葉に。
「――嫌いな訳ねーだろうがっ! お前らの事、大好きに決まってるだろうっ!?」
自分でも信じられないくらいの大声が出た。思わずはっとなり、慌てて頭を下げる。
「す、すまん! そんなつもりは無かったんだが……その、つ、つい」
「……ううん、いいよ。それに、私は今の言葉、凄い嬉しかったから」
「麻衣さんに同じくですわ」
「私も。二人に同じくだよ?」
そんな俺に、優しく微笑みかけてくる三人。あー……なんだろう? こう、穴があったら入りたい気分。何がお兄ちゃんだよ、俺。こいつらの方が人間出来てんじゃねーのか?
「マリア、マリア」
「……なんだよ、ヒメ」
「あのね? 私、前にマイちゃんに聞かれた事があるんだけど……ちょっと聞いてみてもいい?」
「……どうした、藪から棒に?」
「ん~……ほら、このままじゃ三人がちょっと可哀想かなって思うから……そうね? 援護射撃、ってところ?」
そう言ってヒメはコホンと咳払いを一つ。
「それじゃ……マイちゃんやカナデちゃん、ナルミちゃんがマリアに『私、明日からマリアと逢うの止める』とか言いだしたら、どう思う? あ、なにか理由があるんだろうとか、そういうのは全部無視して……寂しいか、寂しくないかで言えば」
「……イヤ、そりゃ……」
……寂しいだろ、普通に。
「『ごめん、彼氏が出来た。マリア、貴方とはこれっきり逢わないから』」
「……」
「マリア?」
「……祝福はするが……寂しいな、そりゃ」
「『これでお別れね、マリア。バイバイ』」
「……寂しいよ」
「『……マリア……私、泣かされた』」
「そいつ連れて来い。ブッ飛ばしてやる」
っていうか今の質問、寂しいとか寂しくないとかのレベルじゃなくねーか?
「まあね。でもね? マリアが此処でマイちゃんとかカナデちゃん、それにナルミちゃんを振ったらきっと彼女たち、泣くと思うな~?」
「……」
「マリア、自分で自分をブッ飛ばすの?」
「いや……そういう訳じゃねーけど」
いや、でもな?
「……コイツらは妹みたいなモンだ」
「妹みたいなモンでも、妹じゃないじゃん咲夜ちゃんとは明確に違うでしょ?」
「いや、そりゃそうだけど……でもな? こいつらまだ中学生だし」
「春から高校生でしょ? それに、二歳差だよ? マリアが百二歳の時は三人とも百歳じゃん。誤差だよ、誤差。魔界ではよくある話」
「そうかもしれんが……それこそ、オムツだって変えたんだぞ? それを今更……その……」
「……じゃあさ? もし妹分じゃなくて、この三人に出逢っていたらどうなの? KIDに所属するアイドルで容姿端麗。性格だって悪くないこの三人から『付き合って下さい』って言われたら?」
「……そりゃ……」
「付き合うでしょ? むしろ、天にも昇る勢いじゃない?」
「……まあ」
……否定はせん。高校の同級生とかだったら、そりゃ凄く嬉しいと思う。
「……とはいえ、それでもいきなり『女の子』として見ろって言うのは難しいと思うから……私から提案なんだけど」
そう言って、ヒメは俺から視線を切って三人娘に向ける。
「……どうだろう? 三人はいきなりマリアの『お嫁さん』じゃなくて、『お嫁さん候補』に取りあえずなる、っていうのは?」
「お嫁さん」
「候補」
「ですか?」
「そ。お嫁さん候補。その……今までが今までだから、きっとマリアが直ぐに三人を『女の子』として見るのは難しいと思うんだ。だから、お嫁さん候補になってマリアに徐々に女の子として意識して貰う。それで……まあ、ちょっと悔しいんだけど……マリアが、『女の子』として見たら、そこで正式に『お嫁さん』になる。これって、どうかな? 三人とも、既にマリアから好意は貰ってるわけだし、あとは関係性の話だけだから……いいアイデアだと思うんだけど、どう?」
ヒメの言葉に、三人が各々の顔を見合わせる。どれくらいの沈黙が続いたか、やがておずおずと、三人を代表する様に麻衣が口を開いた。
「その……正直、私たちにとっては有り難い話だと思います。でも……その……い、いいんですか?」
「ん? なにが?」
「だ、だって! そ、その……ヒメさんと私達って、その……ら、ライバルな訳じゃないですか? その……」
「うん。正直、厳しい戦いだな~とは思ってる。『妹分』って言ってるけど、ようは幼馴染って事でしょ? 敵に塩を送りすぎかな~とも思うよ?」
「だ、だったら! そ、その……ここで、マリアに断らせれば……その……」
言いたいことが纏まっていないのか……或いは、明確に『それ』を口に出すのが怖いのか。そんな麻衣の姿に苦笑を浮かべてヒメが口を開く。
「まあ……確かにそうだけど……でもね? きっと誰を選んでもマリアは心の底から幸せにはなれないと思うのよ。マリアは、ちょっと類を見ないぐらいに底抜けに優しい人だから。私を選んでも、マイちゃんを選んでも、カナデちゃんを選んでも、ナルミちゃんを選んでも……選ばれなかった人の事を考えちゃう人だから」
「……」
「だったらさ? みんなで纏めてマリアのお嫁さんになっちゃえば良くないかな? それに……私だってさ? やっぱりちょっとズルいって気持ちもあるし……」
そう言って、少しばかり照れたようにそっぽを向き。
「……せ、折角お友達になれたのに……もっと、仲良くしたいし」
そう言ってモジモジと足の先で地面に『のの字』を書いた後、照れたように『えへへ』と笑って見せるヒメ。
「……ま、そういう事で。どう、マリア? そろそろ年貢の納め時だと思うよ?」
先ほどまでの笑顔を一転、意地の悪い笑顔を見せるヒメ。そんなヒメにため息を吐きつつ、俺も覚悟を決めて三人に向き直る。
「……麻衣」
「……うん」
「……奏」
「……はい」
「……鳴海」
「……なに?」
「その……なんだ、正直、今はまだお前らの事を妹としてしか見れない。でも……その、なんだ? お前らの気持ちは純粋に嬉しいし、誇らしいとも思うんだ。だから、な? その……もうちょっと、時間をくれたら嬉しい。だから……」
――取りあえず、候補じゃダメか? と。
「その……情けないんだが、そんな感じで――お、おい!」
返答は、なかった。
瞳に涙を浮かべながら、それでも満面の笑みを浮かべた三人が俺の胸に飛び込んできたから。
あれ? ヒメのターンじゃねえ、これ。




