第七十六話 三人娘のターン
「ちょ、ちょっとサクヤちゃん! あ、頭を上げてよ! ちゃ、チャンス? チャンスってなによ!?」
音の鳴りそうな勢いで頭を下げた咲夜に対して最初こそ面食らっていたものの、はっと気付いたようにヒメが慌てて言葉を発す。その声に、下げていた頭を少しだけ上げて上目遣い気味で咲夜はヒメを見やった。
「えっと……その、あの三人って……こう、ガチでお兄ちゃんラブ! な訳じゃないですか?」
「あー……うん、そうだね」
「おい! お、お兄ちゃんラブ? な、なんの事だよ!」
「うっさい。お兄ちゃんは黙ってて! 今は関係ないでしょ!」
「いや、関係ないことなくね!?」
むしろ俺、がっつり関係者じゃね――……おっけー、分かった。黙るよ。黙ればイイんだろ! だからその眼、マジで止めろ!
「……よし。お兄ちゃんはお口にチャックでよろしく。まあ……そういう訳でヒメさん、この三人、このままじゃ色々と『終われない』んですよね。どういう結果になるか分かんないけど……ともかく、『何か』をさせてあげたいんです」
「……なにかって?」
「まあ、一番簡単な所で言うと……告白、とか?」
こくん、と可愛らしく首を傾げながらそんな事を言って見せる咲夜のそんな姿に、咲夜の背後の三人組から非難の声が上がる。
「ちょ、さ、咲夜! 何言ってるのよ!」
「そ、そうですわ、咲夜さん! な、なにを仰っているのですか!」
「そ、そうだよ咲夜ちゃん! こ、告白なんて……そ、そんな……」
「うっさい、黙れ。そもそもね? お兄ちゃんに『いい人』が出来たらアンタら、諦めて無くても試合終了なんだよ、普通は。まさか、この状態になってまで逃げきれるとでも思ってんの? さっさと諦めて当たって砕けろ!」
「砕ける事前提なの!?」
「言葉のアヤだよ。取りあえず、正妻ポジっぽいヒメさんが良いって言ったらだけど……」
そう言って、視線をヒメに向ける咲夜。その視線を受け絶句をしていたヒメだったが、やがて諦めた様に小さくため息を吐いた。
「……まあね? 私もちょっと『ズルいかな~』とは思ってたのよ」
「ズルくはないと思いますよ? 結局、さっさと動かなかった三人娘に非はありますし……そもそも、恋は戦争とも言うじゃないですか?」
「ハーグ陸戦条約って知ってる?」
「……知りません。なんですか、それ?」
「戦争って言ってもルールはあるって事よ。そもそも、横から掻っ攫った様であんまりいい気分もしないし……一応、『女の子』だしね。気持ちが分からないでもないから、私も」
「……人が良いって言われません、ヒメさん? 騙されますよ、いつか」
「あら? 魔王になろうって私を騙す生物がいるなら見てみたいわね。きっと、後で死ぬほど後悔すると思うけど?」
「旦那はガチな魔王面ですしね。それだけで十分後悔しますよ。っていうかヒメさん、余裕綽々ですか?」
「まさか。心臓、バクバク言ってるわよ」
苦笑を一つ浮かべ、ヒメはそのまま視線を俺に向ける。なんだよ?
「……まあ、ローザとクレアの件で分かると思うけど、魔界では重婚に対してなんらの罰則規定を設けてる訳ではないわ。当然と言えば当然よね? 強いものが欲しいものを手に入れるのが当然って風潮だし」
「……まて、なんの話だ?」
「さっきも言ったけど、貴方に取って一番良い選択をしてくれたら良い。私はそれを肯定してあげるから。で、でも……それでも、やっぱり一番は私が良いんだからね! それだけ、忘れない様に!」
頬を朱に染め、そう言ってビシッと俺を指さすヒメ。い、いや……だからさ? 一体、なんの話だ――
「……マリア」
――よ……って、麻衣? どうした? モジモジして。トイレか?
「ば、バッカじゃないの! そうじゃない! そうじゃなくて……」
そう言いながら、それでも相変わらずのモジモジ。そんな麻衣に、『トイレはあっちだぞ』と声を掛けようとして。
「――わ、私は……さ、桜庭麻衣は! 小さい頃からずっと、ずっと……マリアの事が、大好きでしたっ!」
……。
………。
…………は?
「……は?」
「わ、分かってるもん! どうせ、『おいおい、冗談だろ?』とか思ってるんでしょ? でもね! 本気なんだよ! 私の両親が離婚して、ずっとずっと寂しかった私に、いつでも優しくしてくれたのはマリアだから……だから、マリア! 私はあなたが好き! 大好き!」
「や……い、いや! ちょっと待て!」
「待たない! だってマリア、きっと言うもん! 『いや、お前の事は嫌いじゃないが……妹としてだな』とか、言うに決まってるもん!」
……エスパーか。
「ほら! だから、中学に上がった時に言ったんじゃん! 私はもう、マリアの事を『お兄ちゃん』って呼ばないって! 私は、貴方の事が『男性』として好き! 一緒に……仲の
良い家庭を築いていきたいもん! だ、だから!」
――私を、マリアの『お嫁さん』にしてください、と。
「それは……私もそうですわ」
「奏……」
「私だって、小さい時からマリアさんが大好きです。最初は兄として、次第に男性として……もう、狂おしいほど、貴方の事が大好きです。愛しています。自分が傷ついても、人に優しく出来る貴方の事が、本当に、本当に大好きです。ですから……これからは、『妹分』としてではなく、『女性』として私の事を見て頂ければ嬉しいですわ」
見惚れるような笑顔を浮かべ――その後、少しだけワルイ表情を浮かべて見せる。
「それに、ほら? 私と結婚して下されば、ストラディヴァリでもグァルネリでもアマディでも好きなだけ弾き放題ですわよ?」
「……物で釣るな」
「あら? 分かりませんか?」
――そんな事をしててでも、貴方が欲しいのです、と。
「……もう! 二人ともズルい! 先に言うなんて聞いてないよ! なんだか『おまけ』みたいじゃん、私!」
麻衣と奏に対して頬を膨らませて見せる鳴海。そんな表情も一瞬、少しだけ困った様に眉根を下げて見せた。
「あー……うん。もう分かると思うけど……うん、私も大好きだよ、マリアお兄ちゃん。当然、『お兄ちゃん』としてじゃなく、男の人として」
「……鳴海もか」
「うん。まあ、当然って言えば当然だよね? お兄ちゃんは何時だって私たちに優しかったし、そりゃ、好きになるなって方が無理だよ」
「それは……お前らが、可愛い『妹』だから」
「うん、うん! それ自体は凄く凄く、嬉しいんだ! お兄ちゃんの可愛い妹っていう言葉も、甘美なんだけど……でもね、お兄ちゃん? 私はもう、それだけじゃ満足できないかな~って思うんだ」
「……」
「これからは、私がマリアお兄ちゃんを守ってあげる。優しくしてあげる。でも……それでも、たまにはお兄ちゃんに寄りかかって、甘えたい。だから、これからもマリアお兄ちゃんの事をマリアお兄ちゃんって呼ぼうと思う。でもね?」
――本当の『お兄ちゃん』じゃ、嫌かな~と。
「……だから、お兄ちゃん?」
「……だから、マリアさん?」
「……だから、マリア?」
三人そろって、見惚れるような笑顔を浮かべて。
「「「――私を、貴方の『お嫁さん』にして下さい」」」
声を揃えて、そんな事を言いやがった。
次回はマリアのターン!




