第七十五話 オトコマエ
誰が、とは言いませんが主人公は空気です。
「……ナイスで素敵なアイデアだ?」
不意にそんな事を言い出した咲夜に、胡乱な目を向けて見せる。そんな俺に肩を竦めて見せ、咲夜は口を開いた。
「まあね~。一応、ナイスで素敵なアイデアだと思うよ? 少なくとも、皆ハッピーになれる方法かな~とは思う」
信用できない? と言わんばかりの声音と視線にオウム返しに肩を竦めて見せる。つうかな?
「それがどれだけナイスで素敵なアイデアか知らんが……そもそもだな? なんであのバカ妹ズはあんなに挙動不審なんだよ? 何怒ってるんだがしらねーが、兄貴分が幸せになるんだぞ? 少しぐらいは祝福しても罰は当たらんだろうが。なんだ? あいつ等はそんなに俺が幸せになるのが憎い――なんだよ、その顔?」
喋ってる途中だってのに、咲夜の顔が絶望に染まった様な色を浮かべる。ヒメはヒメで口をパクパクさせて震える指でこっちを指してるし……なんだよ?
「さ、サクヤちゃん? マリア……ま、まさか、ほ、本気で言ってるの?」
「……残念ながら、本気です。処置無しですね」
「う、嘘でしょ! あ、有り得ないでしょ!? え? え? だって、あの三人だよ? なんで気付いてないの? 冗談だよねっ!」
「あー…………まあ、別に身内だからフォローする訳じゃないですけど、ある程度は仕方ないところもあるんですよ。私と同い年だし、小さい頃から知ってるでしょ? 本当の妹みたいに思ってるところもあるんです。基本、面倒見良いですし、お兄ちゃん」
「……あー……」
「そもそも、あの三人にしたって『妹分』って地位に胡坐をかいて、努力的な事は何一つしてませんからね。『マリアに彼女? ないない』ぐらいな感じだったに決まってるんですから。それがちょーっとトンビに油揚げさらわれたからって取り乱して……情けないですよ、幼馴染として」
そう言ってじとーっとした目をして見せる咲夜。あ、あれ? これって……
「……なあ、咲夜?」
「なあに?」
「お前……もしかして、怒ってる?」
「激おこぷんぷん丸」
……やっぱりか。まあ、どっちかって言えば気の長い奴ではあるしあんまり声を荒げたりしないんだが、たまーに怒るとすげー冷静になるんだよな。冗談っぽく言ってはいるが、こうなった咲夜は結構怒ってるし……たぶん、怒ったら我が家で一番怖い。
「ええっと……咲夜さん? 何に怒ってらっしゃるんでしょうか?」
「何に? そんなもん、決まってるじゃん。お兄ちゃんに怒ってるんだよ、私は」
「俺かよっ!」
え、ええ~? お兄ちゃん、なんかした?
「何もしてないから怒ってるんだけどね? むしろ、何もしないんだったら息もしないでくれれば良いのにとすら思う」
「おい!」
死んじゃう! 流石にお兄ちゃん、それは死んじゃうから!
「その方が平和に事が済むかもしれないけどね。っていうか、お兄ちゃん? 五月蠅いから黙っててくれる?」
「お、おい! 実の兄に向って五月蠅いってなんだ、五月蠅いって!」
「そういうのが五月蠅いんだってばー。黙っててよ」
「いや、黙ってて! 息もするなって言われて黙って――」
「黙れ」
「――……はい」
眼光鋭い咲夜の視線に口にチャックをするフリをする俺。そんな俺の姿に、ヒメがじとーっとした目を向けてくる。なんだよ?
「なんか……格好悪い」
「……いいか、よく聞け? 咲夜は俺の妹だぞ? 全然似てないが……まあ、血を分けた妹だぞ?」
「なんの話よ、それ?」
なんの話ってお前……分かんないか?
「……お前、俺に眼光鋭く睨まれて余裕な自信、あんの?」
「……あー………………うん、ない」
納得した様に小さく頷くヒメ。あいつ、マジで眼光の鋭さは大本家で一番だからな。親父も黙るもん。コクコクと頷くヒメと俺を交互に見た後、咲夜はため息を吐き視線を三人に戻した。長い付き合いだ、妹ズも咲夜の怒りは分かるんだろう、心持背筋が伸びた気がする。そんな三人を順々に見渡し、咲夜は言葉を紡ぐ。
「まあ……三人の気持ちも分かんないでもないけどさ~?」
慰めるような、それでいて少しだけ非難めかした口調。妹ズがびくりと体を震わしたのを見て、面倒くさそうに咲夜が頭を掻いた。
「……でもさ? 貴方ら三人が一番お兄ちゃんに近かったじゃん? 私、何度も言ったよね? 『お兄ちゃんに彼女が出来たらどうするのさ? 攻めなくていいの?』って」
「そ、それは……」
「そう……」
「だけど……」
「それなのに三人とも一向に攻める事なんかせずに、ただ呑気に過ごしてただけでしょ? なに? お兄ちゃんはぜーんぜんモテないとでも思ってたの? 私のお兄ちゃん、そんなに格好悪いかな? 顔は……まあ、平均点をぶっちぎりで下回る残念さだけど、そこそこ器用になんでもこなすし、頭も悪くない。厳しいけど、それでもむちゃくちゃ優しいし、料理だって洗濯だって裁縫だってギターやヴァイオリンだって弾けるし歌だって巧い、なんだって出来る自慢のお兄ちゃんなんだけど? あれ? あれだけ近くに居たのに、そんな事も知らなかった?」
「知ってるわよ!」
「そ、そうですわ! そんな事、咲夜さんに言われなくても知っています!」
「そ、そうだよ! 咲夜ちゃんに言われるまでもないよ、そんな事!」
順々に非難の声を上げる三人。なんとなく、べた褒めされているようでこっぱずかしい感じではあるのだが……それでも咲夜はそんな三人をジト目で見つめて。
「――知ってるなら、なんで動かないのさ?」
一刀両断。押し黙る三人を睨みつける様に見つめて、言葉を続けた。
「それだけ魅力的なお兄ちゃんなら、いつ彼女が出来てもおかしくないって、そうは思わなかったの? それともなに? お兄ちゃんは何時までも何処にも行かず、私たちの傍にいると、居てくれると思ってたの? 私たちの為なら、お兄ちゃんは自分の幸せをぜーんぶ犠牲にしてくれるとでも思ってたの?」
「ち、ちがっ!」
「違うの、麻衣ちゃん? じゃあなんでお兄ちゃんが『結婚』するって言ったら泣くのさ? お兄ちゃんが言った通り、兄貴分の幸せを祝福してあげれば良いんじゃないの?」
「そ、それは!」
「それは? それは、なに、奏ちゃん? 私の言った事が間違ってるのかな? 私はお兄ちゃんの妹だから? ちゃんとお兄ちゃんの幸せを祝福してあげるよ?」
「で、でも! 私たちはマリアお兄ちゃんの本当の妹じゃなくて! だ、だから!」
「うん、分かる。だから、鳴海ちゃん? 私、ずっと言ってたでしょ? 早く『攻めろ』って。お兄ちゃんの『妹』が嫌なら、その立場が卒業しなくちゃいけないんじゃなかったのかな?」
三人それぞれの反論を切って捨て、咲夜は相変わらずの眼光のまま順々に三人を見渡して。
「結局、纏めるとこういう事でしょ? お兄ちゃんは自分たちを置いて何処にも行かないと思って油断していました。だから、別段今の生活を捨ててまで攻める必要はないと思っていました。でも、いざお兄ちゃんを『盗られる』と思うと、今度は惜しくなりました。だから、泣いたり拗ねたり暴力を振るって見たりして見ました。そうしたら、きっと優しいお兄ちゃんは自分たちの傍から離れていくことは無いと思っているからです。きっと、優しいお兄ちゃんはやれやれって風な顔をして『仕方ないな』と言ってくれると信じています……って、こんなところよね? うん、まあ、確かに? ウチのお兄ちゃんは馬鹿みたいに優しいから、そんな事もあるかも知れない。あるかも知れないけど」
一息。
「――お前ら、マジでいい加減にしろ。私の大事なお兄ちゃんを、これ以上『便利な道具』に使うな」
後、底冷えする様な冷たい声が響く。その声を向けられた麻衣、奏、鳴海は勿論、関係ない筈のヒメやローザまで思わず息を呑んだ。
「……うん、ちょっと言い過ぎた。その点は謝るし……まあ、お兄ちゃんにも非はある。何より、私自身も『この関係がいいな』って思ってた所もあるから、皆にそんなにキツくは言えない。だから――」
そう言って咲夜はくるりと体を反転させ、ヒメに向き直る。
「……え?」
「……だから、ヒメさん。非常に身勝手で、図々しくて、恥知らずで、本当ならこんな事お願いするのもダメな事は重々承知しているんですが、そこを曲げてお願いします」
呆気に取られているヒメを、真剣な瞳で見つめたまま咲夜は。
「――どうか、この三人に、もう一回だけ『チャンス』を上げてください!」
思いっきり、頭を下げた。




