第七十四話 魔王に下った天罰
「……まあ、いいわ。今回の事は不問にしてあげる」
……あの後。
後ろに夜叉を背負ったヒメを必死の勢いで宥めた俺。SAN値がガンガン削られる様な痛手を……まあ、俺のせいと言えば俺のせいではあるんだが……ともかく、その荒行を達成し、さてこれで終了――と思いきや。
「今回の事は不問にしてあげるから……なんとかしてよ、マリア!」
胡乱な目で俺……ではなく、俺の後ろに視線を向けるヒメ。その視線の動きに俺も――まあ、嫌で嫌でしょうがないが、視線を後ろに向ける。と、そこには。
「……びえーん!」
両手をだらりと下げ、天に向かってなく麻衣。
「う、嘘ですわ! マリアさんがご結婚など、絶対に嘘ですわ! み、認めません! 私は絶対に認めませんからっ!」
涙を浮かべたまま、こちらを睨みつける奏。
「……あ……あはははははは……あれ~? おかしいな~? 今は冬だよね~? 冬はヘンな『虫』は沸かない筈なのにな~。あ、あはははははは~。あれ? 夏の間の殺虫が効かなかったのかな~……?」
瞳のハイライトを消し、虚ろな目で一点を見つめて何かブツブツと呟く鳴海……って、鳴海! それ、ガチで怖いヤツや!
「そんな似非関西弁はいいから! ホントになんとかしてよね、あの三人! ナルミちゃんなんか本当に怖いんだけど! ヤンデレ? ヤンデレなの!?」
さっきまで散々こと俺に怒ってた癖に、ぶるぶる震えながら俺の体に隠れてそんな事をのたまうヒメさん。つうかヤンデレって単語、知ってんだな?
「そんな事はどうでもいいから!」
「……わーったよ」
俺の背中に隠れて震えるヒメを引き離し、俺は一歩、三人の元に歩みを進める。そんな俺の仕草が目に入らないのか、心此処にあらずな三人にコホンと一つ咳払い。その仕草でようやっと俺の行動に気付いたか、視線をこちらに向ける三人に心持胸を張って。
「……あー……ええっと、お三人さん? アレだ。聞いてたと思うが……まあ、祝福してくれれば嬉しい。その……まあ、ちょっと照れくさいんだが、そういう事でだな? 俺、結婚する事になっひぐぅーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
アッパー! 世界を狙えそうなアッパーカットが入ったんですが!
「ちょ、さ、サクヤちゃん!? マリア、一体何言ってんの!? アレって火にガソリンを注いでいるのと一緒じゃない!?」
「……ギャルゲーで普通の感性なら絶対に選ばない選択肢選ぶタイプなんですよね、お兄ちゃんって。ちょっと頭が残念と言いますか、人の細やかな心情の機微が分からないといいますか……まあ、そんな感じなんですよ、ヒメさん」
「選択肢云々よりマリアがギャルゲーするのが驚きなんですけど!?」
お前らはお前らでうるせーんだよ! 後、別に俺がギャルゲーしてもイイだろうが! 浩之に借りたんだよ! つうかな!
「いてえよ! なにすんだ、麻衣! つうかお前、さっきまであっちで泣いてただろうが! なんだ? 縮地かなんかの使い手か!?」
結構な距離があったぞ、おい! どんな魔法を使って飛んで来たんだよ、お前は!
「なにすんだじゃないわよ! アンタこそ何言ってんのよ、バカマリア! なにが『俺、結婚する事になっひぐぅーーーーーーーー!』よ!」
「最後の『ひぐ』はお前のアッパーカットのせいだろうが! つうかどんだけ手が早いんだよ、お前は!」
「うっさい! なによ! マリアが悪いんじゃない! 私の気持ちも知らないで……な、なにが祝福してくれれば嬉しい、よ! 普通、そんな事言う!? 何考えてるのよ、貴方! バッカじゃないの!?」
「バカってなんだ、バカって! 言うだろうが、普通は! つうか普通って言うんだったらな? 普通、人が喋っている間に殴るか? どんだけ喧嘩っ早いんだよ、お前は! 絶望するわっ!」
「うっさい! 絶望したのはこっちの方だ!」
「なんでだよ! お前、そうは言っても妹分だろうが! 兄貴分の幸せは喜べ――って、あぶねーよ!? 鳴海!? なんで矢を打ってくるんだよ! っていうか何処にあった、その弓矢!?」
頬! 頬を掠った――っていうか、おい! なんで鳴海を囲むように『矢』が地面に突き刺さってんだよ! 麻衣だけじゃなくてお前も魔法使いかなんかか!?
「ん~? ほら、あそこ。あそこに置いてある甲冑が持ってたんだよ?」
「返して来なさい! 甲冑さん、丸腰でしょうが! アレじゃ戦えないだろうが!」
「あはは~。お兄ちゃん、おもしろーい。甲冑さんは戦わないんだよ?」
「分かってるわ!」
アホな子だと思ってんのか、お前は! あぶねーから返して来いって意味だよ!
「んー……でもね? これ、凄く使いやすいんだ。手に馴染むっていうか……規定に合わないから試合には使えないんだけど……」
眼前の鳴海は相変わらずのハイライトの消えた瞳で弓を構えたままニコーっと笑い。
「――お兄ちゃんを『射る』には、十分だよね~?」
……地面に突き刺ささった矢が異常に怖い。どこの弓兵さんだ、お前は。アンリミテッド・アロー・ワークスとか、俺が『矢マリア』になる未来しか見えないんだが。
「――マリアお兄ちゃんが私の物にならないなら……ばいばーい~。あ、でも、安心してね、お兄ちゃん? 私も後で行くから~」
そのまま、地面に突き刺さった矢を一本引き抜き、そのまま構えて――って、待て待て!
「ストップ! 話し合おう! 俺たちは会話が出来る生き物だ!」
「そうですわ、鳴海さん! マリアさんを射抜いてはいけません! 此処は話し合いで解決できます! まだ慌てる時間ではありませんわ!」
そう言って俺と鳴海の間、射線上に両手を広げて立ち塞がる奏。
「……どいて、奏ちゃん。そいつ、殺せない」
「殺したらダメです! 皆さん、落ち着いて下さい! 私がマリアさんと話し合いをします! 殺すのはそれからでも遅くないでしょう?」
ね? と優しく鳴海に笑いかける奏に、渋々と言った表情で構えていた弓矢を下す鳴海。いや……奏? 助けて貰っておいてなんだが、『殺すのはそれからでも遅くない』は酷くない?
「言葉の綾ですわ。それより、マリアさん?」
俺の言葉を一言で切って捨て、こちらに視線を向ける奏。その眼は真剣そのもので、思わず俺は居住まいを正して。
「――此処に、十万円あります。これで私の物になりませんか?」
「アホかっ!」
右手に持った財布を差し出す奏に全力で叫んだ。つうか中三が十万も持ち歩くな! カツアゲ……はされても身は守れそうだけども!
「なに考えてるんだよ、お前は!」
「わ、分かってます!」
「なにが!」
「これだけでは足りないと……マリアさんはそう、仰るんですわよね!」
「そう仰らねーよっ! つうか金ってなんだよ!」
「も、勿論これだけではありませんわ! きちんと結納代わりに、マリアさんの望む金額を納めさせて頂きますわ!」
「最悪の事言ってるぞ、お前! そもそもだな? 大本家の長男なんだよ、俺は! 奏の家を継ぐつもりはねーよ――って、奏! 目! 目が凄い事になってる! アイドルのする目じゃねーよ!」
……目が『¥』マークになってるんだが。あ、アレ? 目が¥マークってお金に目が眩んだときじゃなかったっけ? なんであいつ、目が¥マークになってるんだよ? むしろ俺がなるパターンじゃねーの、今回?
「……何考えてんだよ、お前ら」
もう、何がなんやら。麻衣は再び泣き出すし、鳴海はなんだかケタケタ笑い出すし、奏に至っては『小切手! 小切手ならどうですか!』とか言い出すし。すっかり途方に暮れる俺のその隣、いつの間にか歩み寄って来た咲夜がちょっとだけ背伸びして俺の肩をトントンと叩いてきた。
「……なんだよ?」
「リア充、爆発すればいいのに」
「なにが!?」
おま、殴られて、射られかけて、買収されかかったんだぞ? 何処がリア充だ、何処が!
「それが分からないなら、お兄ちゃんは本当にオリハルコンにでも頭をぶつければ良いと思う」
「豆腐だろ、そこは!」
「伝説上の金属でも使わなきゃ治らないって意味だよ、お兄ちゃんのおバカは」
呆れたようにそう言ってため息を吐く咲夜。じ、実の兄に向っておバカって、お前……
「兄より優れた妹は存在するんだよ、お兄ちゃん。ともかく! これじゃ何時まで経っても片付かないから」
そう言って、咲夜は手をメガホンの形にして三人の方に向け。
「おーい、そこのおバカ三人衆。今のこの状態を解決するナイスで素敵なアイデアが咲夜ちゃんにあるんだけど」
聞く? と。
笑顔を浮かべて可愛らしく首を傾げて、咲夜がそんな事を言って見せた。




