第七十三話 魔王の失策
「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ?」
ニンニクの山からピーターを救出、泣きながらお礼を言うピーター……一応言っておくが、ニンニクの山から助け出した事にではないぞ? クレアと『家族』で居られる事に対するお礼だ。まあ、そんなお礼と『ヴァンパイア一族はマリア、ヒメ両魔王様に忠誠を誓います』との言葉を貰った俺ら一向は、皆が待つローザの館に帰館した。帰館したん……だけど。
「……なにキャラだ、それは」
いや、分かるけどな? 分かるけど、今それを言う必要があるか? と言わんばかりの視線を向ける俺に、咲夜は半眼でこちらを見つめ。
「……お兄ちゃんが吸血鬼と話し合いをしに行ったと思ったら、何故かお嫁さんが一人増えてた」
一筋、冷や汗が垂れた。
「……何を言ってるか分かんないと思うけど、大丈夫! 私も何が起こったかさっぱり分かってないから!」
半眼から一転、今度は怒りすら籠った瞳をこちらに向ける咲夜。あー……う、うん。その……ご、ごめん。
「いや、ごめんじゃなくて! 訳分かんないんだけど!? なんで? 何時からお兄ちゃん、そんな超肉食系になったの!? お兄ちゃんが肉食系なのは見た目だけだよね! ホントはお裁縫とお料理が趣味な乙女系男子だよね!」
「ちげーよ!」
何処の世界に世紀末覇者な見た目の乙女系男子がいるんだよ!
「……なんだろう? 言葉だけ聞くと確かにマリアって乙女系……っていうか、女子力高いよね? 見た目とのギャップが凄いっていうか……」
そんな事を言いながら、若干奇異な視線を向けてくるヒメ。その視線を胡乱な目で睨み返していたら、そんな俺らの間にローザがその身を滑り込ませて。
「そ、その……さ、サクヤ……さん。この度は本当に――本当に申し訳ございませんでした!」
丁寧に腰を折る。その姿に面食らったよう、慌てて咲夜が両手を胸の前でワタワタと振って見せる。
「ちょ、あ、頭を上げてくださいよローザさん! 大丈夫! 全然気にしてませんから!」
「ですが……」
「大体、誘拐って言ってもステーキご馳走になっただけですし? むしろらっきー、みたいな!」
そう言ってにへへと笑う咲夜。が、そんな笑顔は一瞬、今度は真剣な目でローザを見つめて見せた。
「でも……そうですね、私を誘拐した事については別に構いません。でも、『誘拐』って行為自体は……どんな理由があろうと、やっぱり、いけない事だと思います」
「……はい」
「ですから……そうですね、私に対する謝罪は良いので、今後は態度で示して下さい。ああ、態度でって言っても難しい事じゃなくて……そうですね、『悪いこと』は、もうこれっきりで!」
ブイサインをする咲夜の姿に、ローザの瞳に涙が浮かぶ。そんなローザの姿に若干照れくさくなったか、咲夜は鼻の頭を掻きながら口を開いた。
「ま、まあ! お兄ちゃんと結婚させられるんだから、それだけで十分罰ゲームみたいなモンですよね! いや~、ローザさん綺麗なのに……あ! これが『美女と野獣』か!」
「おい! いや……まあ、否定はせんが。でもな? 俺は別に、『グヘヘ、許して欲しかったら俺の嫁になれ!』みたいな悪役な――」
一息。
「――……見た目はそうかも知れないけど! つうか状況だけ見ればなんとなくそんな感じに見えるかもしれないけど!」
……やばい。どんな事を言ってもドツボにハマる気がする。そりゃそうだろうけどよ! でもな? 俺は別に、そんなつもりは――
「そんなことない!」
――……はい?
「そ、そんな事ないもん! ば、罰ゲームだなんて、そんな事ありえない! わ、私は……そ、その……」
俺の言葉を遮って叫び、その勢いは最初だけ、どんどん声を小さくしながらそれでもチラチラとこちらに視線を向けるローザ。そんな姿にポカンとしていた俺の肩を、トントンとラインハルトが叩いた。
「……ラインハルト?」
「今こそ、お前にこの言葉を贈ろう。リア充、爆発しろ」
「はぁ!? な、なにがリア充だ、なにが!」
「まあ……考えてみれば当然だな。反乱を起こしたローザ殿を許し、救い、ローザの実家までを守ったのだ。これでローザ殿がお前に思慕の念を抱かなければ、それこそ嘘だろう」
「思慕――っ! ちょ、ラインハルト!」
「まあ、その行動自体もマリア、お前が自らが起こした事ではあるしそれについては別段文句を言うつもりもないんだが……なんだろうな? そんな状況が向こうからやってきて、その上で解決するあたり、英雄の素質があるのだろうな、マリアには。ふむ、そう考えれば、正しく魔王の器だよ、お前は。やはりリア充だな。死ねば良いのに」
「最後のがガチな罵倒!? つうか、なに一人で納得してんだよ! 英雄の器? どこのラノベの主人公だ、俺は!」
どっちかって言うと日陰者タイプだぞ、俺! いや……まあ、図体でかいから陰からはみ出るけど、基本は目立つ……のは目立つけど、そういったタイプじゃないんだよ!
「……そ、その……ま、マリア様?」
「だか――っと、ローザ? どうした?」
ラインハルトに言いかけた言葉を止めるように、ローザがくいくいっと俺の服の端を摘まんで引っ張る。どちらかと言えば大人っぽいローザらしからぬ、まるで幼子が親の愛を拒否されるのを怖がるように、震える指先で服を摘まんだまま、少しだけ瞳を潤ませた上目遣いで。
「――私が貴方を慕うのは……迷惑、ですか?」
……。
………。
…………鼻血が出るかと思った。なにこの可愛い生き物。
「そ、その! わ、私、本当に『一番が良い』とか、そんな我儘は言いません! で、ですが……そ、その……し、慕うぐらいは、させて……下さい。そ、その……よ、欲を言えば、す、少しだけ、ほんのちょっとだけでも、貴方様の『愛』を分けて頂ければ……す、すみません! わ、わがままを! あ、あの! そ、その……」
「……」
「……ま、マリア様? だ……だ、だめですかぁ?」
巧く言葉が出ない。だから、不安そうな瞳をこちらに向けるローザに俺は拳をぐっと突き出して。
「――あっ……!」
親指を上げて、サムズアップ。俺のその仕草に、まるでぱーっと華が咲くようにローザの顔に満面の喜色が浮かんだ。
「え、えへへ……う、嬉しいです、マリアさまぁ」
服の端を摘まんだ力が少しだけ強くなる。安心しきった、蕩ける様な笑顔を浮かべるローザに、俺の顔も自然に緩んで――
「――って、いってーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
突如、脇腹に激痛が走る。慌てて痛みの発生地に視線をやった俺の視界に、手に血管を浮かばせる程の力を入れて俺の脇腹を抓るヒメの姿が映った。
「………………なにデレデレしてんの?」
「あ、い、あ……ひ、ヒメさん?」
「うん、それは、そうだよ? 確かに、私はローザを側室として召し上げる案に賛成したよ? でもね、マリア? 貴方、私の『伴侶』なのよね? え? なに? その伴侶の前でなに鼻の下伸ばしてデレデレしてるの?」
ひ、ヒメの後ろに夜叉が見える。
「ちがっ! で、デレデレなんてしてない!」
「どうだか。まあ? ローザは綺麗だもんね? そりゃ、貴方が『いいな』って思う気持ちも分からんでも無いわよ? でもね?」
そこで一度言葉を切る、そのままヒメは大きく息を吸い込んで。
「――私の目の前でイチャイチャするなっ! この浮気者がぁ!!!!!」
絶叫が、屋敷内に響き渡った。ま、マジで怖いんですが……




