第六十六話 魔王様はマジで我儘!
まるでエレベーターに乗った様な浮遊感と、それに伴って感じる眩暈の様な感覚。それが収まって目を開いた先には、一目で『高価です!』と主張する机と椅子に腰掛けるロマンスグレーの豊かな髪をオールバックにしたイケメンが目に入った。さっきまではクレアの屋敷に居たのに、指パッチン一つで転移をやって見せるって実は意外に凄い奴なのか、クレア?
「……お待ちしておりました、魔王――マリア様、ヒメ様」
そんな場違いな感想を浮かべる俺の目の前で、椅子に座ったロマンスグレーの渋いオジサンイケメンがにこやかな笑みを浮かべながら口を開いた。あれ?
「あれ? 驚かねーのか? 『一体どうやって入ったんだ!』とかよ?」
「魔力の『流れ』が微妙に乱れておりましたので。誰かが転移の魔法でここを訪ねて来るであろう事は分かっておりました」
「魔力の流れって。スゲーな、おい」
「我ら一族の得意技ですので。と、失礼いたしました。直ぐに紅茶でも淹れさせますので、そちらのソファにでも腰を掛けてお待ち頂けますか?」
そう言って、ロマンスグレーの渋いイケメンが椅子から立ち上がり応接セットのソファを手で勧めて来る。そんなイケメンを手で制し、俺はコホンと咳払いを一つ。
「まあ、今更っぽいんだけど……大本麻里亜だ。次期魔王……候補ってヤツか? ともかくそれだ」
「これは失礼しました、マリア様。私の名はピーター。ピーター・レークスと申します。ヴァンパイア族の族長を務めさせて頂いております。以後、お見知りおきを」
そう言ってにこやかに笑うイケメン――ピーターに肩を竦めて見せる。
「まあ、お見知りおきはしておく。宜しくするかどうかはこれからだけどな?」
「……ふむ。マリア様? このピーター、マリア様のご不快を買う様な何かを致しましたでしょうか? その様な……そうですな、挑戦的な言葉を使われるとは」
相変わらずのにこやかな笑みのまま、瞳の色だけを獰猛なソレに代えるピーター。温厚そうな見た目の癖に、目だけ笑ってない所がマジでこえーよ。
「そ、そのピーター? 私達、は、話があって来たの!」
「これはこれはヒメ様。不義理をしていて申し訳御座いません。しばらくお見掛けしない内に随分とお綺麗になられまして。アイラ様のお若い頃によく似ておられます」
「あ、そ、その……あ、ありがとう……って、じゃなくて! その……」
「なにか?」
「……なんでもない」
剣呑の雰囲気を察してか、ヒメが会話のカットに入るも敢え無く撃沈。それは良いんだが、美人って言われて直ぐに頬染めるなよ。チョロインか。
「ま、言いたい事は腐る程あるんだけど……取り敢えずだな? お前らの所の若いのが不始末ぶっこいたんだ」
「……ええ、存じ上げております。アインベルク家のローザに御座いますね」
「おろ? 知ってるのか?」
「アインベルク家にも幾人か密偵を放っております。直ぐに馳せ参じようとしたのですが……申し訳御座いません、新魔王様。貴方の行動が余りに素早過ぎて、私共が動く前に全てが解決してしまっておりました」
「そうかい。なんだ? それで、ジブントコには責任が無いって論法か?」
「いえ。アインベルク家には然るべき措置を取らせて頂きます。具体的にはアインベルク家は取り潰しとし、一族郎党、全てを――」
「ああ、それ無しな」
「――……ほう? なし、とは?」
「だから、アインベルク家の取り潰しはなし。無論、ローザに対するお咎めも無しだ。分かったか?」
そう言ってジロッとピーターを、自分的には結構本気で――具体的には、動物園のライオンが腹見せて服従のポーズを取った事もある視線の強さで睨む。そんな俺の視線を意に介さず、ピーターは肩を竦めて見せた。
「……ヴァンパイア一族の事はヴァンパイア一族で処理を致します。幾ら貴方が『魔王様』になろうとも、我が一族の掟にまで口は出させませんぞ?」
視線だけで人が殺せるんじゃなかろうか、という程の強い瞳を向けて来やがる。一応、『魔王様』なんて持ち上げて見せてはいるが、腹の底では小馬鹿にしてるんだろうと思わせるその瞳に若干『むっ』とするも……まあ、良い。
「別にヴァンパイア一族の掟とかは良く分かんねーんだけどな? まあ、アレだ。取り敢えず、お前らの考えてる様な『罰』は無しだ」
傲岸不遜。敢えて、そう受け取られる様に心持胸を張って言い切る。そんな俺に、ピーターの端整な顔立ちが少しだけ歪んだ。
「……その提案は受けかねます、新魔王様」
「提案?」
おいおい、ピーターちゃんよ?
「これは提案じゃねーよ。『命令』だ。新魔王として、魔族の王としての命令だよ。無論、従うよな? ピーター?」
「……ふむ。では、論法を変えましょうか。今回、我が娘であるクレアも関わっているとお聞きしております」
「ああ、そうだな。あ、言っておくけどクレアの処分も無しだぞ? つうか別に、アイツは悪くはねーんだし」
「ありがとうございます、新魔王様。ですが、新魔王様がクレアをお赦し下さったとしても、あの娘の父親としてローザを見逃す訳には行きません」
「ふーん。なんでよ?」
「娘を誑かし、卑しくも臣下の身でありながら新魔王様に対して反旗を翻させたのです。新魔王様の采配で恩赦を賜りましたが、本来であれば断罪されても可笑しくありません」
「ほーん。そんで?」
「これは娘の父として許すまじ暴挙に御座います。であるのであれば、私自らアインベルク家を打ち滅ぼしたいと存じます」
「なるほど。つまりピーターは身内として、自分の娘を傷物にしようとしたローザを許さないって事だな?」
「御意に御座います」
そう言って、恭しく頭を下げて見せるピーター。うん、ピーター。その言葉が聞きたかった。
「うし、ピーター。お前の言いたい事は良く分かった。そりゃそうだよな? 身内に犯罪者の片棒担がされそうになったら、そりゃ親として気分が良いもんじゃねーよな? うん、分かる分かる。そりゃ、身内の為にも許して置けねーよな? うんうん、そりゃそうだ。なんせ大事な『身内』だもんな!」
「……新魔王様? その……何が仰りたいので?」
俺の言葉を聞いて、何かに気付いた様にピーターが……って、まあ普通は気付くよな。ともかく、訝し気な顔を浮かべるピーターに、俺はイイ笑顔を浮かべて。
「あ、そうそうピーター。俺さ? ローザの事、愛人にする事にしたから!」
グイッと親指を立てて二カッと笑い。
「――なあ、ピーター? まさか俺の大事な『愛人』の実家、潰したりしねーよな?」
唖然とするピーターに向けて、そう言って見せてやった。
説明は次回!




