第六十四話 兄妹の絆
「……よう」
「『よう』じゃないよ! 遅いよ、お兄ちゃん! 何してるのさっ! さっきから一生懸命呼んでたのにっ!」
囚われ――っていうのか、これ? ともかく、『人質』扱いだった咲夜の下に歩みを進めながらそんな疑問が浮かぶ。いや、だってさ? 炬燵の上にはミカンとお菓子にジュース、それに漫画の単行本まであるんだぞ? 随分快適な人質生活じゃね?
「……堪能してるな、おい」
「いや~、受験終わるまで新刊我慢してたんだけどさ? 『あるわよ』ってローザさんが言うから……つい、ね?」
「『つい』じゃねーよ、『つい』じゃ」
あー、まあ別に良いんだけどよ? 願掛けてたんじゃねーのかよ、お前? 『合格までは漫画を読まない』って。
「……」
「……なんだよ?」
「いや……だってお兄ちゃんが魔王になっちゃう様な世の中だよ? 神も仏もあったもんじゃないっていうか……」
「……なんか、済まん」
幼気な女子中学生の夢を壊して。まあ、そうだよな。血を分けた実の兄が『魔王』だったら、仮に神様が居ても助けてくれそうにないよな、流石に。汝の隣人を愛せとは言ってるものの、魔王は範囲外っぽいし。仏教? ありゃ宗教っていうより哲学だろ?
「いいよ、別に。っていうか、そんな事よりなんなのよ、あのイケメン! なんでちゃんと紹介してくれなかったの! お兄ちゃんのバカ!」
そう言ってほっぺたをフグの様に膨らましてじとーっとした視線を向けて来るマイシスター。いや、紹介って……
「……誘拐のショック……はないか。なんだ? まさかお前、ラインハルトの事すら忘れちゃう様なおバカだったのか?」
バカだ、バカだとは思っていたが……なんだろう、この不憫な感じ。良かった、辛うじて顔面の造詣が良くて。そう思い、そっと目頭を熱くする俺の足に咲夜のイイ感じのローキックが決まった。いてーよ!
「いてーよ! つうかな? お前、仮にも空手の有段者が素人相手に本気のローキック打つなよな!」
「何が素人よ! お兄ちゃん相手なら免責されるに決まってるじゃん!」
「ひでーなおい!」
「お兄ちゃんの顔面のミスプリント程じゃないよ!」
「本当に酷いな、おいっ!」
幾ら兄妹でも言って良い事と悪い事があるだろうがっ!
「お兄ちゃんのミスプリントは今に始まった事じゃないでしょ! 『白』の方がまだマシってお父さんも言ってたもん!」
「……白?」
「麻雀牌のだよっ!」
「なんにも書いて無い方が好いって事かよっ!」
確かにのっぺらぼうよりは怖い自信はあるけどっ! つうか、親父! 顔面のプリントがよろしくないのはお互い様だっ! つうかアンタの遺伝だ、アンタのっ!
「ともかく! そんな事はどーでも良いの!」
「いや、あんまり宜しく――」
「良いったら良いの! っていうかお兄ちゃん、私の事なんだと思ってるのよ! 流石にラインハルトさんの顔忘れる訳ないでしょ!」
「……じゃあどういう意味だよ?」
「あんなオトコマエな人だなんて聞いてないって話っ!」
……いや……あんな?
「……お前、イケメンって言ってなかったか、ラインハルトの事」
「うん? なに言ってるの、お兄ちゃん? 今はオトコマエの話してるんだよ? イケメンの話は関係ないじゃん?」
「え?」
「ほへ?」
……うん?
「……すまん、日本語が不自由。どういう意味だってばよ?」
「だ・か・ら! イケメンってのは単純に顔面の偏差値が高いって事! イケてる顔面って意味でしょ、イケメンって?」
「どっちかって言うとメンズの『メン』だと思うが……それで? オトコマエは?」
「オトコマエはアレだよ。こう……なんて言うのかな? 内面から滲み出る優しさとか、男――漢らしさとか、考え方とか、こう、なんか全体的なイメージ……ううん、どう説明を……ああ! 生き様! 生き様がオトコマエだって話だよっ!」
「……なんともファジーな」
言わんとしてる事は分からんではないが。要は顔面よりも内面重視って事だろ?
「まあ、外見だって本人の立派な個性だって言うから、別に一目惚れを否定はせんが……個人的にはちゃんと内面を見ようとする子に育ってくれてお兄ちゃん嬉しい」
「だって周りの男ってお父さんとお兄ちゃんだよ? 人は見た目じゃないを地で行く二人なんだから、そうもなるよ」
「……そっか」
「そういう意味ではお兄ちゃんもオトコマエだとは思う。じゃなきゃ、あの妹ズがあんなに懐くはずが無いでしょ?」
「……それは……アレだ。付き合い長いからだろ?」
「本気で言ってるならいっそ清々しい程の愚かさだねっ!」
……おい。イイ笑顔で親指下にしながらそんな台詞言うな。
「……もういい。それで? わざわざ俺を呼んだのはどんな用事だ?」
胡乱な目をしてそういう俺に『あ、そうだった!』とポンと手を打ち、その後頬を赤らめて下を向きモジモジとし出す咲夜。なんだ?
「トイレか?」
「死ねばイイのに。そうじゃなくて! え、えっとね? ね、ねえ、お兄ちゃん? えーっと……そ、そのね? ら、ラインハルトさんってさ? そ、その……か、彼女、とか……い、居るのかな~って」
「……」
「そ、その! も、もし居ないのなら、ね? こ、こう……ど、どんな子がタイプかな~って。お、お料理とかお掃除とか、出来る子のが好きなのかな~って……そ、それとも! も、もしかして、運動できる、か、活発な子が好きかな~って……」
若干潤んだ瞳で、上目遣い。そうは言っても基本美少女の咲夜だ。身内の贔屓目抜いても容姿自体は非常に愛らしい、そんな咲夜の涙目上目遣いは端的に言って。
「脳が腐るな」
「ひどっ! お兄ちゃん、酷いよ、それ!」
お前の気持ちが良く分かる、鳴海。これは酷い。
「は、恥を忍んで聞いた妹に言う言葉なの、それっ!? っていうか、協力してよ、お兄ちゃん! 妹の初恋だよ! 協力するでしょ、普通! 千葉の兄は妹ラブなんだよっ!」
「俺らは兄妹だが千葉じゃねーだろうが」
「じゃあ、妹の事が嫌いなの、お兄ちゃん!? 俺の妹はこんなに可愛いって言ってよ!」
「俺の妹の青春ラブコメは間違っている」
「そっちじゃないよっ!?」
涙目のまま俺の襟を掴んで前後に揺さぶる咲夜。や、止めろ! 脳が揺れる!
「あーもう! 分かった! 分かったよ! ともかく、ラインハルトに彼女が居るかどうか聞けばいいんだな! それで? ラインハルトに言えば好いのか? 咲夜がお前の事好きらしいんだけ――へぶぅ! いてーな! なんでアッパーだよ! 頭おかしいんじゃねーか!?」
「お兄ちゃんこそ頭おかしいんじゃないの!? なんで妹の代わりにこ、こ、こここここ告白しようとしてんのよ! 空気読んでよね! 探りでいいの、探りで! とにかく、それを聞いてくれるだけでいいから!」
「……わーったよ。ついでに好みのタイプでも聞いて置けばいいか?」
「う、うん! お願い!」
「でも、どうするよ? 『毎日、君の味噌汁が食べたい』って言って来たら」
オークが味噌汁飲むかどうか知らんが、そんなこと言われたら即死亡だぞ。お前じゃなくてラインハルトが、だが。
「練習するっ!」
「……お前、毎食外食にするって言ってなかったか?」
「恋は人を変えるんだよ、お兄ちゃんっ!」
そう言って親指をぐっと上にあげる咲夜。そんな姿に俺は苦笑を浮かべて。
「……わーったよ。んじゃそん時は手伝ってやる」
未だに若干、『もにょ』っとはするが……まあ、咲夜には咲夜の人生がある。ラインハルトはちょっと融通が利かねー所はあるけど、良いヤツは良いヤツだし――
……ん?
「……おい、咲夜? お前、ラインハルトの内面がオトコマエって言ったんだよな? いや、それを否定するつもりはないんだがな? 一体、どの辺りでそう思ったんだ?」
「……え……る……た……」
「……咲夜?」
「……え、えへへ……『毎日、サクヤ嬢の味噌汁が食べたいな』『そ、そんな……』『僕の為に練習してくれたんだろう? 嬉しいよ、サクヤ嬢』『そ、そんな事……え、ええっと……で、出来れば私の事はサクヤと、呼び捨てで……』『分かったよ、サクヤ』……な、なーんちゃって! なーんちゃって! きゃ、きゃーーー!!」
「……」
……ダメだ、コイツ。
「……あー、もういいや。ともかく、咲夜? ローザとクレアは許すからな? 別にバツとかいらねーだろう?」
「『これからは一緒に、暮らしていこう』『は、はい』なんて! なんちゃって! アレかな!? 式は小さめの、真っ白なチャペルで!」
「……うん、もうイイや」
未だに頭の中お花畑の咲夜に小さく溜息を吐いて、俺はローザとクレアの正座している場所まで足を進めた。
……脳が腐ってるの、咲夜じゃねーのか?
タイトル負けが続くね、うん。




