第六十二話 魔王とは。
「い、いや、済まん! その……決して忘れていた訳じゃなくてだな?」
涙目のまま、頬を『ぷくっ』と膨らまして睨んで来るローザに平謝りする俺。うん、なんか誘拐犯と被害者のする様な事では無いんだが……
「……なによ、なによ! だ、大体、貴方達ってちょっと非常識過ぎない? 折角色々考えて段取りしてたのに、それを全部ぶち壊すように乗り込んで来るし! ふ、普通はもうちょっと色々あるでしょう? 門の前に居る部下とか張り切ってたのに! こないだ子供が産まれたから、臨時ボーナスは有り難いって!」
「り、臨時ボーナス? いや、それ――ああ、分かった! 悪かった! 色々俺が悪かったよっ!」
……泣くんだもん、コイツ。別にお約束に乗ってやる義理はこれっぽちもねーんだけど、流石に泣かれるのは寝覚めが悪いし。それに……
「……おい、クレア。取り敢えずその土下座、マジで止めてくれねーか? なんかガチで俺、悪者っぽいんだけど」
瞳にウルウルと涙を溜めて正座するローザの隣で、床から煙が出るんじゃねーかって勢いで額を擦り付けるクレア付きだ。本当に、罪悪感が半端ねーよ。
「……まあ、なんだ? クレアはその……アレだ。ローザに脅されてたんだろう? だったらこう……なんだ?」
物凄く言い辛い。アレだ。ローザを悪者にして――まあ、実際今回の主犯はローザなんだが……ともかく、全部ローザのせいにしてクレアの罪悪感を拭ってやりたい所ではある。あるんだが……それするとローザ、ちょっと可哀想だし。
「いえ、マリア様! このクレア・レークス、マリア様、ヒメ様の側仕えとしてお側に侍る御恩情を賜ったというのにそのお二人を裏切るような行為をしたのです! この罪、わが命を持って償いと――」
「いらんわ! クレアの命なんか貰えるか!」
「そう! クレアは悪くないわ! 全部私、このローザ・アインベルクが一人で考え、そして実行した計画よ! 私が謀反を計画し、そして失敗したの! トるならこの私の命をトりなさい!」
「だからいらんって言ってるだろうが! 命、命ってうるせーんだよ!」
そもそもお前ら、ノーライフキングなんだろうが! どうやって命で償うんだよ!
「えっと……心臓に杭でも打ち込んで貰えれば簡単に絶命するけど?」
「世界残酷拷問史か! んなえぐいの出来ねーよ!」
流石にんな事出来る訳ねーだろうが! ああ、もう! どうしたもんか……
「……ヒメ」
「……うん」
「……これ、どうしたら良いと思う?」
「……」
俺の言葉に、ヒメも悩んだように眉根を寄せる。
古来、『王権』に対して反逆したモノは幾つかの例外を除いてその命を奪われている。まあ、考えて見れば当たり前の話ではある。誰だってノーリスクで王位を奪えるのであれば、謀反というチャレンジをした方が絶対に得だからな。負けて元々、勝てば王様なら誰だって挑戦するさ。だから、抑止行為としてローザやクレアの言う通り、コイツらを此処で殺してしまえば話は早い。
「……どうしよう、マリア?」
……だよな。殺した方が早い、んじゃ殺します、なんて簡単に言えねーよな。俺は生粋の平和主義者である日本人だし、ヒメだって考え方は日本人よりだし。つうかハーフだもんな、ヒメ。
「……マリア」
「んあ? どうした、ラインハルト?」
二人でうんうんと頭を捻っているとラインハルトから声が掛かった。今忙しいと言わんばかりの胡乱な表情を向ける俺に、ラインハルトは小さく肩を竦めて。
「何を悩むことがある? クレア殿、ローザ殿両名がこう言っているんだ。さっさと命を貰えば良かろう?」
理解が、追い付かない。
「…………は? 何言ってるの、お前?」
「お前こそ何を言っている? この者共はお前と、そしてヒメ様に反旗を翻したのだぞ? 魔王とならんとしているお前らに、だ。そんなモノを生かしておいてなんになる?」
「な、なんになるって! だってお前、死んじゃうんだぞ? 楽しいことも嬉しいことも、何にもできなくなるんだぞ? そ、そんなのって!」
「それぐらいのリスクがあるものだ、『簒奪』という行為には。そしてローザ殿もクレア殿も、そのリスクは十分承知していた筈だが?」
そんなラインハルトの言葉に、ローザが力強く頷いて見せる。
「当たり前よ。私は、私の意思で新魔王に挑んだの! 私は貴方を倒し、新魔王にならんと欲した! 敗れれば命を奪われるのは魔族の宿命よ! さあ、遠慮はいらないわ! さっさと殺しなさい! 一応、忠告しておいて上げるけどね? 私を此処で殺しておかないと、貴方の命を狙う輩はどんどん増えるわよ! 優しいだけの魔王なんて、絶対に認められないんだから!」
堂々とそう言い切るローザ。その姿に、先程抱えていた頭を更に抱える俺。んな事は分かってるんだよ! 分かってるけど、そんな事出来ねーって言ってるだろうが!
「……どうした? 殺したくないのか?」
「さっきから言ってるだろうが!」
「いや、お前は一度も言っていない。殺したくないのか、殺したいのか、はっきりしろ」
「だから! 俺は殺したくないんだよ! ローザも、クレアも、それ以外の誰も、殺したくないんだよ!」
そんな俺の絶叫に。
「――なら、殺さなければ良い」
何でもない様に、ラインハルトがそう言った。って……は?
「……殺せって言ってたじゃないか、お前」
「あくまで一般論に過ぎんし、殺さなければならないというルールがある訳ではない」
「いや……でも……反旗を翻したって」
お前が言ったんじゃ無かったっけ?
「確かに反旗を翻しただろう。だがな? そういう事なら私も、それにオーク族もそうだ。私の父に至ってはお前の腕を折っているんだぞ? そんな父に、お前は死ねと命令したか?」
「いや……あれは……」
……こう、なんて言うんだろう? 拳と拳で語り合ったっつうか……
「拳で語り合おうが、策略を使おうが同じ事だろう? 魔王の座を狙うのも、魔王の言う事を聞かないのも、本質的には一緒だ」
「あー……いや、うん……そうだね」
そう……なのか? なんか巧く丸め込まれた気すらしているんだが……
「……でもよ? ローザも言ってただろうが? 此処でローザを許したら、これからドンドン魔王に挑戦する魔族が出て来るんだぞ? それってリスク高くねーのか?」
そんな俺の言葉に、ラインハルトはふんっと鼻を鳴らし。
「勝てば良いだろう」
「…………は?」
「いいか、マリア? お前が今、継ごうとしているのは『魔王』だ。力とチカラの象徴、最強にして最凶の称号だ。命を狙われる? 返り討ちにして仕舞えば良いだろう、そんなもの。その後で、言え。『まだまだ弱いな』と、そう言え。そして、言え。『今度はもうちょっと力を付けて、俺の首を狙って来い』と。どれ程の敵が来ようと、必ず打ち倒して、そして許せ。何時でも泰然として構え、戦え。誰の挑戦でも受け、そして誰にも負ける事なく勝ち続けろ。それが、それこそが」
――魔王だ、と。
「……」
「……」
「……」
「……戦ってばっかりだな、魔王」
「当たり前だ。魔王だからな」
「……つうかラインハルト? お前、こうなる事分かって言ってたか?」
「バカみたいに優しいお前の事だ。きっと、許すと言うと思ったからな。グジグジ悩むだけ時間の無駄だ」
そう言ってもう一度肩を竦めて見せて。
「まあ、そうは言っても一番の被害者はサクヤ殿やマイ殿やカナデ殿、それにナルミ殿だ。あの方々が許さないと言えば、それ相応の罰も必要だろうが」
ラインハルトが口の端をニヤリと歪めて見せる。
「――まあ、お前の『妹』達だ。お前に似て――そうだな、『バカ』なんだろう?」
「……何言ってくれちゃってんの、お前? 人の妹をバカ扱いするの止めてくんない? まあ、バカだけど」
ラインハルトに倣う様、俺もニヤリと口の端を歪める。そうして、そのまま視線を咲夜の方に向けて。
「…………………………は?」
頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳でラインハルトを見つめる咲夜の姿を見た。は?




