第六十一話 芸達者リターンズ
チートですよね、これだって
時はネット全盛時代。ヌコヌコ動画、通称『ヌコ動』と呼ばれるサイトが一世を風靡した。ヌコ動は所謂動画共有サイトの一つでありバンドのPVやゲームの動画、『弾いてみた』や『踊ってみた』などの素人投稿系の動画や面白動画投稿などを取り扱うサイトである。
そんなヌコ動で一ジャンルを築いているのが○○を歌ってみた、通称『歌ってみた』だ。投稿者は歌い手と呼ばれ、プロの歌手とは一線を画しながらそれでも一定の人気を誇っていたりする。
「そんな歌い手の中で『伝説』とまで呼ばれるのがマリアさんなんですわ!」
……少しばかり興奮した様に捲し立てる奏に、ヒメとラインハルトが驚いた……っていうか、何となく微妙な顔を浮かべてこっちを見ていやがる。
「マリアさんは『聖母』というアカウントで活動しておられましたが、少しだけ鼻に掛かった様な甘い抜ける声が評判で、『お耳が幸せ』のコメントがまるで弾幕の様に画面中を埋め尽くす様は正に圧巻! 聖母が動画をアップした日には一晩で三十万回の再生を誇る、いわば生ける伝説なんです! ヒメさんもラインハルトさんもそんなマリアさんの生歌が聞けたのですわよ? 超ラッキーですわ!」
おい、奏。『超』とか言うな。キャラがぶれる。
「……えっと……そうなの、マリア?」
「……一晩に三十万なんてのはちょっと盛り過ぎだ。精々、二十万ちょっとぐらいだろ」
「……それにしても凄いと思うんだけど……?」
……まあ、否定はせん。一応、人気歌い手だったりした事もあったからな。
「プロになりたい、とか?」
プロって……歌手って事か?
「ないない」
「じゃあ、なんで? 目立ちたい、って訳じゃ……無いよね?」
疑問符が頭の上に可視出来るぐらい、『私、気になります!』の表情を浮かべるヒメ……とラインハルト。お前もかよ。
「……今だってそうだけど、昔は麻衣が壊滅的に音痴でな。KIDとしてデビューが決まった時に、これじゃ不味いって事で特訓を兼ねて動画投稿したんだよ」
某国民的人気漫画のガキ大将なみ、というと麻衣に失礼だが、本当に当時の麻衣は音痴だった。なんだろう? 音が外れているとかそういうレベルじゃなくて、こう……人を不快にさせるというか。アレだ。窓ガラスの『キー』って音みたいな感じの音痴だ。しかもアイツ、スポーツっ子だから肺活量もあって声量もあるから、マイクのスイッチ切っても鳴海より声がでけーんだよ。
「……マイちゃんが音痴っていう所よりも、そんな状態でデビューを決めるって方にびっくりするんだけど」
「……ギャンブラーだからな、あそこのプロダクションの社長は」
やり手の女社長ってカンジなんだけどな。美人だし。
「……」
「なんだよ、ラインハルト?」
「いや……その女社長もマリアに惚れてるってクチか?」
こっちをジト目で見ながらそんな事を言って来るラインハルト。はあ?
「ないない。あの社長、俺の顔見たらすぐに目を逸らすもん。しかも涙目で」
どんだけ怖いんだよ、俺の顔。
「……こう言っているが……カナデ嬢?」
「乙女ですから、ウチの社長は」
「……把握した」
「何がだよ?」
乙女なら怖すぎて眼を逸らすってか?
「もういい。取り敢えずマリアは地獄に落ちろ」
「おい!」
「もう! 話が進まないでしょ! それで?」
「あー……ともかく、それで麻衣に動画投稿させたんだけど、流石に酷過ぎてな? ちょっとヒくぐらいのレベルだったから、俺が一緒に歌ったんだよ。麻衣よりはマシだったし、音楽の成績も悪くは無かったから」
覚えてますよ、中学三年間お世話になった中島先生。『大本君は……声は、良いんだけどね~』と言われた事を。良く考えたら酷くね? いじめだ、いじめ。まあ、中島先生は小動物系の可愛らしい先生だったから、どう考えてもイジメてる方は俺にしか見えないという不具合はあるが。クマとハムスターみたいな感じだったし。
「……まあ、正直ちょっと自信もあったんだよな。そしたらまあ、アレよアレよという間にランキングを駆け上がって……」
あの時は焦った。アレだ、人間、予想以上の好評を貰うとちょっと怖くなるんだよ。
「えっと……プロ、とかは目指さなかったの?」
「……色気を出さなかったか、というと嘘になる」
「……なるの?」
「鏡を見て諦めた」
アイドルじゃないんだし、別に歌手が全員イケメンである必要はないとは思うが、それだって限度があるだろう。流石に魔王ルックスは不味いだろ。自慢じゃないが、金曜のゴールデンタイムに俺の顔が全国放送で流れたら子供は泣くと思う。んで、歌い出したら声と顔のギャップに大人も泣く。それこそ麻衣の歌なみに、不快感を催す違和感しかねーし。
「ちなみに今は歌ってないの?」
「あー……久しぶりに歌った気がするな、そう言えば」
色々忙しかったしな。
「そうなんですよ! 折角、人気の歌い手さんなのにマリアさん、殆ど歌っておられなくて! 最近は専ら『弾いてみた』にばかり――」
「ストップ、カナデちゃん。なに、『弾いてみた』って」
「――ああ、『弾いてみた』は楽器を演奏する動画の総称ですわ。マリアさんがギターで、麻衣さんが歌を歌うのですが、最近はマリアさんが一人で弾いている事が多いですわね」
「……ギター弾けたんだ、マリア」
「まあ、趣味程度だけどな」
「でも、プロの歌手の伴奏って事でしょ? 凄いじゃん」
いや……まあ、プロっちゃプロだが……麻衣だぞ?
「ヒメさん、ヒメさん」
「なに、カナデちゃん?」
「認識的に逆です。ギターを弾いているマリアさんは……」
一息。
「――凄いですわよ?」
「……ホント?」
「そうで無ければ、麻衣さんの伴奏などをさせませんわ、勿体ない。ずっと歌って貰います!」
「言い過ぎだ、バカ。ギターは本当に齧った程度だし、そこまで巧くはねーよ」
「……認識にズレがあるようなんだけど……」
おい、ヒメ。なんで俺の方を見ずに奏に聞くんだよ。奏、お前も肩を竦めて『やれやれ』じゃねーよ!
「……まあ、一理ありますわ。マリアさんのギターはとてもお上手なんですが……マリアさん、本職はヴァイオリンの方ですし」
「本職は学生だ」
「……待って。マリア、ヴァイオリンも弾けるの?」
イメージに合わないだろう? 済まんな。
「……奏は良いトコのお嬢様だからな。家には名器が沢山あって……奏の親父さんも『好きに使って良い』って言ってくれてるんで、甘えさせて貰ってる」
足向けて寝れねーよ、親父さんには。文句も言わずにあんな高価な楽器を貸してくれるんだからな。まあ、甘える俺も俺でどんだけ面の皮が厚いんだって話だが……でもな? やっぱり高いヴァイオリンは高いだけあるんだよ。マジで音が違うんだから。
「必要なら差し上げますのに。ストラディヴァリでもグァルネリでもアマディでも。お父様もそう言っておりますわよ? 『どうせウチに帰って来るんだし』と」
「あんな高級ヴァイオリンが貰えるか」
ちなみに好きなヴァイオリンはヴィヨームな。イタリア偏重のヴァイオリン業界にあって、フランス人で頑張ってる所に好感が持てる。なんとなく、自分を見ている様で。実はいつかお金を貯めて奏の親父さんに売って貰いたいと思ってる。
「……ねえねえ」
「ん? なんだ?」
「実は私もピアノが弾けるんだけど……今度、一緒に弾いてくれる?」
「お? お前も楽器――って、そっか。お前だってお嬢様だもんな」
魔界のお姫様だからな。ピアノぐらい弾けても可笑しくはねーか。
「んじゃ今度演奏会でもしてみるか。奏も来るか?」
「宜しいので?」
「ヒメ?」
「うん、全然イイよ!」
「うふふ。それでは楽しみにしていますわ。私はフルートを――」
「……ねえ」
「「「……あ」」」
「『あ』って言った! ねえ!? 貴方達、私の事、忘れてたでしょう!?」
奏の言葉を遮る様、涙目を浮かべたままでローザが叫んだ。




