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第五十九話 ヤバい女


 刃物を突き付けられて震える鳴海を見て、最初に声を出したのは意外にもローザだった。

「何をしているの、ユリウス!」

「戦況は圧倒的に我が方に不利です。ならば、折角の人質を有効に活用しなければならないかと」

「何を言っているの! 人質には傷を付けないって約束したでしょう! 今すぐ止めなさい!」

「……そのご命令はお聞き出来ません、ローザ様。このままでは我らの敗北は必至です」

「私の命令よ! 誇り高きヴァンパイア一族が、人質を盾にする様な薄汚い真似をしても良いと思っているの!? あくまで、人質は新魔王様を呼び出す為なの!」

「……それでもです。それでも……それでも!」

 ユリウス、と呼ばれた男が声を大きくして叫ぶ。

「それでも! それでも、我々は負ける訳には行かないのですっ! ローザ様の悲願の為、我々は……我々は!」

 悲痛な顔でそう言って、こちらに『きっ』とした視線を向けるユリウス。

「今の話を聞いていただろう! ローザ様は人質を盾にする様な卑怯な真似は為さらない、慈悲深きお方だ! これは全て、私の独断だ! 新魔王よ! この娘の命が惜しくば両膝を尽き、頭を垂れろ! ローザ様に、永遠の忠誠を誓え!」

「ユリウス! 止めて! 私はそんな事を望んでいない! そんな方法で新魔王の地位を得たい訳じゃ無い! 実力で勝たなくちゃ意味がないの!」

「結果が同じであれば同じ事です! 過程の汚名は、全てこのユリウスが引受けます!」

「ユリウス!」

 殆ど睨み付ける様なユリウスの視線を受け、俺の隣に居たヒメが狼狽した様にわたわたと両手を振った後、ぎゅっと俺の服の袖を掴んで来た。可愛いじゃねーか、おい。

「か、かわ――じゃなくて! なにバカな事言ってるのよ、マリア! どうするの? どうするのよ!? このままじゃナルミちゃんが……ナルミちゃんが危ないじゃない!」

 完璧にテンパっているのか、上目遣いプラス涙目のあざといコンボでこちらを見上げて来るヒメ。そんなヒメから視線を逸らし、俺はユリウスに視線を――

「……」

「ま、マリア?」

 視線を、向けない。俺が見ているのはユリウスではなく、鳴海だ。

「……おい、ローザ」

「……心より謝罪するわ、新魔王様。この勝負は私の負けです。貴方様に絶対の服従を誓います。あの子の身体の無事も、私の名に懸けて保証します。名に恥じる行いをした我が僕の無礼、平にご容赦の程を」

「……潔いな、おい」

「……卑怯な真似をして勝っても仕方ない。それは、私達に流れる『血』への侮辱よ」

 なるほど。人質を取ってどの口が、と思わんではないが……アレか。その辺りは認識の差か。

「まあ、それはそれで良いんだけど……そんな事より、ちょっとヤバいぞ」

「……分かってる。直ぐにユリウスを――」

「ああ、そうじゃない」

「――説得……そうじゃない?」

「ああ」

 頷き、俺は視線の先にいる鳴海の表情を……ああ、ダメだ。もうヤバい。咄嗟に、神に――魔王なのに変な話だが――祈ろうと、両手を組みかけた俺の耳に。



「きゃあああああああァアァアアアアアアアア!!!??? キャハハァ!」



 ――あかん。遅かった。

「「「……………………は?」」」

 ラインハルト、ヒメ、そしてローザの声がハモった。恐らく、三人には今俺が見ている光景と同じ光景、即ち、『きょとんとした表情で宙を舞う』ユリウスの姿が映っているはずだ。

「――――――キャァハッーーーーーーーーーーーー!!! なに? なに? アタシに刃物突き付けるとかチョーウケるんですけどぉ! アンタ、そんなに死にたい訳ぇ~?」

「……は? し、しにた――うぐぅ! ちょ、ま、まて――」

「ま・た・な・いぃ~♡」

 ナイフ程度の刃渡りの刃物を持っている手を捻り上げる鳴海。堪らず、ユリウスが持っていたナイフを落とすと、あっという間にそれを拾い上げてガンガンと打ち下ろす鳴海。正に、地獄絵図。

「……」

「……」

「……」

「……ねえ、マリア?」

「……KIDの四人で最初に武道を始めたのは咲夜なんだよ」

「う、うん」

「んでその後に麻衣が柔道、奏が合気道始めたんだけど、鳴海も『私も何かやりたい!』って言いだしてな? 武道は礼儀も身に付くし、まあイイかなって思ったから、『なぎなた』道場に連れて行ったんだよ」

「……え、えっと……え? そ、それ、今なにか関係あるの?」

「俺らが鳴海の『異常さ』を知った初めての経験だから、まあ聞け。んで、なぎなた道場に連れて行ったんだが……鳴海ってさ? 自分が『傷つけられる』事に凄い敏感な奴でさ? 素手ならともかく、武器を持って向かって来られるとテンパるんだよな。まあ、誰だってそうっちゃそうなんだが……こう、一線を越えるとだな?」

 そう言って、俺は嬉々としてナイフを振り下ろす……ちなみに、『柄』の方だぞ? 刃の方じゃないからな? ともかく、ナイフを振り下ろす鳴海を指差し。

「……ああなる。相手から武器を奪って、ハイテンションになって返り討ちにするんだ」

 ……なぎなた道場に行った時も酷かった。あの時は二つ上の女の子からなぎなた奪い取って二刀流で滅多打ちにしてたもんな。そう考えれば、『柄』の方で殴ってる今は随分成長したと言えるかも知れない。

「……それ、成長なの?」

「……ナンパされて補導された話、したっけ?」

「サクヤちゃん達からはきちんと聞いた」

「あの時、一人バタフライ・ナイフ持ってたヤツが居てさ。そのバタフライに逆上して、結局一番ナンパしてきた奴らをボコボコにしたの、鳴海なんだよ。咲夜や麻衣、それに奏は……こう、対人格闘経験があるから限度を知ってるんだけど、鳴海って弓道だからさ? 相手が動かなくなるまで徹底的にヤる」

 目標、完全に沈黙しました、ってヤツだ。ちなみにあの状態の鳴海を俺らは『暴走モード』と呼んでいる。それ、どこの汎用人型決戦兵器だよ。

「……」

「……」

「……もしかして、一番『危ない』のって……ナルミちゃん?」

「一応、鳴海の名誉の為に言っておくが、アイツが一番どん臭そうに見えるから狙われる率が高いのもある。必然、反撃の機会も多くなりがちではあるんだよ」

 色々仕方ない面もあるんだ。うん? うん、完全に身内の贔屓目だ。赤の他人だったら、ドン引きする自信がある。

「……いいの、アレで? 治さないの?」

「武器を持って襲って来られてからの反撃だからな。やり過ぎを止める必要はあるんだろうけど、止めろって言うのもなんか違う気がするし……」

 過剰防衛はともかく、正当防衛ぐらいは出来た方が良い気もするし。まあ、『アレ』が完全にやり過ぎな感は否めないのだが。

「まあともかく、現状ではどうとも言えん。取り敢えず、ユリウスをフルボッコにしたら止まる――」

 ……ん?

「……な、なに? どうしたの、マリア?」

「……暴走モードになった鳴海は、基本内部電源が切れない限り止まらない」

「……なによ、内部電源って」

「要は腹が減ったら止まるって事だ。止まるって事なんだが……」

 ……アイツら、にんにくたっぷりのステーキ食ってたって言ってたよな?

「……」

「……」

「……ユリウス一人じゃ止まらんかも知れんな、アレ」

「キャハハ! あれ~? もう終わりぃ~?」

「も……う……かん……べん……」

「詰まんない~! アタシ、まだまだ元気なのにぃ~!」

 ボロ雑巾の様になったユリウスを『ぺい!』と放り投げる鳴海。その後、ナイフを持ったまま辺りをぐるりと見回して。



「――あ。えもの、みっけ~♡」



「ひぅ! し、新魔王様!? 怖い! なんかあの子、無茶苦茶怖いんですけどぉ! 獲物って! 獲物って言ってるんですけど!?」


 ……いかん。ターゲットがロックオンされてしまった。


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