第五十六話 空気を読まない人々
まるで、博物館かどっかのホールみたいに天井の高い部屋。部屋の四隅には彫像みたいなモノも置いてあり、部屋の最奥にデーンと鎮座ましますソファに座ったローザがこちらをキッ! とした視線で睨んでいた。
「……アンタらね?」
「あー……はい」
「アンタラね? お約束ってモンがあるでしょうが! 入口に二人、エントランスに三人、一階にも二人、配下の吸血鬼を配置してたのよ? 普通、そいつ等と戦ってから此処まで来るもんでしょう! どうするのよ、コレ! 人質なんてステーキ食べてるのよ? 全然、人質っぽくないのよ!? ねえ、この状態でどうしろって言うのよ? どうしろって言うのよ、私にぃいいい!」
……いかん。ローザさん、若干涙目になってやがる。うん、まあ、気持ちは分からんでもないが。
「……ぐす」
「……」
「ぐす……ぐす……なによ……いっしょうけんめい、かんがえたのに……ばかみたいじゃない……せっかく……がんばって……ひっく……」
つ、ついに泣き出しおったぞ、ローザ。いや、泣かれてもこう、なんだか物凄く困るし、そもそも誘拐犯が計画通り行かないからって泣いても同情の余地はこれっぽちも――
「……人質は全然人質っぽくないし……っていうか、なんで? なんでニンニクたっぷりのステーキとか要求するの? 私達、吸血鬼だよ……いじめだよ……」
「…………なんか、本当にすまんかった」
――ないんだけどさ。でも、こう……なんというか、物凄く身内の不始末感が半端ない。この感じは、アレだ。ナンパしてきた男たちを叩きのめした妹ズを警察署に迎えに行った感じに近い。悪いのは間違いなくナンパ男なんだが、こっちが悪い気がするあの感じだ。
「その……悪い、ローザ。こう……な? 今回はちょっと運が悪かっただけで、計画自体は悪く無かったと思うぞ、うん!」
「ぐす……ひっく……うそばっかり……」
「いや、本当だって! 妹ズが人質取られた時とか、マジで焦ったからさ!」
「……」
「ホントにお前の計画は悪く無かったんだって! いや、マジで! 俺の弱点を狙って来るとか、本当にお前よく考えてると思う! でもな? こう、アレだ! 予期せぬ事だって起こり得るだろ? 今回はたまたま、そのちょっとしたトラブルが重なってそうなっただけで、本当に計画自体は悪く無かったんだって! だから、もう泣くなよ? ホラ、今回の経験を糧に、次は――」
「……ねえ、マリア?」
「――もっと良い計画を……って、なんだよ、ヒメ?」
「……なんだよって……」
そう言って、ヒメは物凄く冷たい視線を向けて。
「…………なにやってるのよ、貴方?」
「……」
「……」
「……何やってるんだろうな、俺?」
こちらにジト目を向けて来るヒメに、明後日の方向を向く事で返答にする。仰る通りだよ、うん。何やってるんだろう、俺?
「……ま、まあともかく! 何時までも泣くんじゃない! お前は俺を追い込みたいんだろう? だったら敵の前で泣くな! さあ、ローザ! 妹達を返して貰おうか!」
あまりの視線の冷たさに耐え兼ねた俺の強引なハンドリング。そんな俺の姿に、ポカンとした顔を浮かべていたのは一瞬、ローザがクスリと笑みを漏らした。
「……新魔王様?」
「なんだ?」
「……新魔王様は……優しいね?」
「……そうか?」
「……うん。優しくて……そして、暖かい人だぁ」
いまだ、瞳に涙を溜めながら。
それでも、ふんわりと、まるで向日葵が咲くような大輪の笑みを見せるローザの姿は、とても、とても美しくて――
「……いや、ローザ? 貴方、誘拐犯だからね? なに『ちょっとイイ話』風に纏めようとしているのよ?」
――そんな風景を、ヒメの言葉で作られた氷の刃が切り裂きました。いや、あの、ヒメさん? 言ってる事は正論ですが、もうちょっとこう、空気をですね?
「~~っーーー! わ、分かってるわよ! な、なによ、ヒメ様のイジワル!」
……ホレ見ろ。ローザさん、激おこじゃねーか。
「ええ、ええ、分かったわよ! 私は誘拐犯だもんね! 魔王様の身内を攫うなんて、魔界史上最大の極悪人だもんね! なら、悪人らしく戦ってやるわよ! 来なさい、闇の僕たちよ!」
そう言ってローザがパチン、と指を鳴らす。と、同時、まるでローザを守る様、四本の真っ黒い柱が地中から生えて来た。
「……我が主よ、待ちくたびれたぞ?」
「イーッヒヒヒ! ようやく血が見れるぜぇー! ひゃーっははは!」
「……ふん」
「皆さん? 主の御前ですよ? 言葉を慎みなさい」
立ち上った柱がパリンと音を立てて割れ、中から現れたのは、まるでクマの様な大男に、真っ黒な羽を生やした小男、侍の様な風体の男に、執事服を着た眼鏡とタイプもバラバラな男達だった。
「……ふふ……ふふふ! 驚いたかしら? これが私を守護する四柱の下僕たちよ! それぞれがそれぞれに特化した能力を持った、吸血鬼の眷属たちよ!」
先程までグズグズ泣いて事を忘れたのか、そんな男たちの中央で高笑いしながら胸を張るローザ。そんなローザに、現れた四人の内の一人、クマの様な大男が声を掛けた。
「我が主、最初は我から参らせて頂いて宜しいか?」
「あら? 最初から貴方が行くの、クラウス?」
「イーッヒヒヒ! おい、クラウス? 抜け駆けはズルいぜ? まずは俺からだろ?」
「ふん、黙っておれカエサル。貴様は血が見れればなんでも良いのであろう? ならば私があの者共を粉砕する。それで血が見れるであろうが」
「分かってないね~、クラウスぅ? 俺は、自分で血を流させるのが好きなのぉー!」
「ふふふ。まあまあ、カエサル? 少し我慢しなさい。クラウス、それでは貴方から行きなさいな?」
「有り難き幸せ」
「えー! 主、俺から行かせてよぉー!」
「カエサルはやり過ぎるから駄目よ? クラウス? 相手は人の子です。貴方がやり過ぎたら、カエサルが拗ねてしまいます。カエサルの分も残して置くのですよ?」
「御意」
ローザの許可を貰ったクマの様な大男が嬉しそうに――獰猛な笑みを浮かべて一歩、また一歩と俺に歩みを進める。
「……貴様が新魔王か?」
俺の目の前でその歩みを止め、不躾な質問をしてくるクマの様なおお――めんどくさい、不躾な質問をしてくるクマ。おい、人に尋ねる前は自分の名前から言えよな? クマは礼儀もなってねーのかよ?
「……正確には候補だけどな?」
「我が主より手加減をしろ、と仰せつかった。貴様にハンデをやろう、新魔王よ。人の子の力、私に見せて見ろ」
そう言って両手をだらんとさせてノーガードの姿勢を取るクマ。そんなクマの態度に訝し気な視線をローザに向ければ、自信満々にローザが胸を張って見せた。
「心配しないでいいわよ、新魔王様? クラウスは私が吸血鬼に『した』吸血鬼の中で最も戦闘に特化した吸血鬼よ? 吸血鬼二人がかりで戦って、ようやく互角の戦いが出来る程の力を持つ吸血鬼なのよっ!」
「……そうかい」
二人分、ね~。
「……ほんじゃ、良いんだな? 本気でブッ飛ばすぞ?」
「ぷっ! っくっくくく……! し、失礼したわ。そうね、新魔王様? 本気でやってくれたらいいわよ? それで、貴方が満足するなら。ああ、心配しないで良いわよ? 後で『ハンデがあったから負けた』なんて、そんな事は――」
「――――へぶぅうううううううううううううううううーーーーーー」
「――言わないか……」
自身の横を高速で飛んでいく『ソレ』に、喋りかけていた口を閉じるローザ。後、ギギギと音が鳴りそうな程にぎこちない仕草で後ろを振り返り。
「……………………え?」
壁に、頭から突き刺さった状態で気絶しているクマを見て、固まる。が、それも一瞬。先程の巻き戻しの様、ギギギとこちらに首を向けて来た。
「……あー……『本気』でイイって言われたから、本気で行ったんだが……」
クマを殴った右手の拳を解き、そんなローザに俺はその解いた拳をプラプラと振って見せ。
「……手加減、した方が良い?」




