第五十四話 記憶のカケラ
耳元で聞こえた俺の大声が余程耳に来たのか、魔王様が目をバッテンにして耳を押さえて蹲る。きっと、絵文字にしたら面白い顔になっているだろう。
「っーーーー! もう! マリア君! 耳元で大声出さないでよ! 耳が遠くなったらどうしてくれるのさ!」
不満そうに口を尖がらせて抗議の声を上げて来やがる。いや、そうじゃないでしょうよ!
「あのね、魔王様? そこまで色んな方面に気が回せて、なんで一番大事であろう当事者への連絡を怠るんですか? 有り得なくないですか?」
「だって、仕方ないじゃない! こっちにも事情があるんだよ!」
「仕方ない? 仕方ないって……っていうか、事情?」
事情? なんだよ、事情って?
「……マリア」
頭に疑問符を浮かべる俺の肩に、優しくラインハルトが手を置く。なんだよ?
「……魔王様」
「……なーに、ラインハルト?」
「……確かに、マリアはどちらかと言えば『腹芸』の得意な方ではありません。マリアに全ての事情を説明し、その上でマリアが巧くクレア殿と接して居られたかと言うと……そうですね、中々難しいとは思います」
……ん?
「……おい、ラインハルト」
「なんだ?」
「えっと……なに? お前、分かるの?」
なんで魔王様が黙っていたか、その理由。
「分からん。分からんが、ある程度は想像が付く。お前の性格を考えればきっと、クレアの境遇に憤り助けに向かおうとするだろうからな」
「いや、それは流石に……」
……。
………。
…………う、うーん……
「……分からんが、可能性はゼロでは無さそうだ」
ほれ、袖すり合うも他生の縁って言うだろう? 特にクレアは俺とかヒメの側仕えなんだし、こう、明らかに不幸な境遇なら……う、うん。
「ホレ見ろ。だから、お前には話が出来んのだ。勝手な事をしそうだからな」
「ぐ、ぐぅ……で、でも! それでクレアが不幸じゃなくなるなら別にいいじゃねーか!」
「ウチの所……オーク族でもそうだが、権力争いは中々に根が深い。簒奪者と言えば聞こえは悪いが、こと魔界の絶対的なルールは『チカラ』だからな。族長の座を奪おうとすること自体は別段非難される事ではない。負ける方が悪い」
「……じゃあ、クレアの家が我儘なだけか?」
「明確に反逆の意思がある家であれば、叩き潰せば良いだけだが……ヴァンパイアは賢い一族だからな。巧く隠す。そして、『チカラ』で支配するだけなら族長家は続かない。ある程度の徳は居るからな」
「……めんどくせーな、族長」
「魔王の方がもっと面倒だと思うがな。ともかく、九割方謀反を起こすであろう事が分かっていても、クレア殿の実家はローザという輩の家を叩き潰す訳にはいかん。そんな事をすれば誰もがソッポを向いてしまうからな。だから、今回のこの……そうだな、『作戦』は得な作戦なんだ。クレア殿を救い、ヴァンパイア族は謀反のタネを取り除ける。加えてマリア、お前はヴァンパイア族から『魔王』として認められる。一粒で三度おいしい作戦なのだ」
「……」
……あれか? そりゃ、俺が勝手に動いたら話がややこしくなるから蚊帳の外に置いて置くって……そういう事か? なんだ? ガキか、俺は!
「拗ねるな。秘密の守り方を知っているか?」
「……しらねー」
「誰にも知られたくない事は、誰にも喋らない事だ」
自分しか知らなければ、秘密は確実に守られるからなと笑って、ラインハルトは視線を魔王様に向ける。
「……こんな所ではないですか、魔王様? 確かに魔王様のお気持ちは良く分かりますが、流石にマリアに何も話をしていないのは些か頂けません。マリアが知っていればもう少し違った方法も取れたかと思いますが?」
俺に笑いかけた顔から一転、真剣な顔で魔王様を睨みつけるラインハルト。俺を疎外した事に対する『怒り』の表情に……こう、なんだろう? ホレ、自分の為に自分以外の人が怒ってくれてるのって結構……こう、嬉しいモンだろ? だから、なんとなく『ほっこり』する感情を覚え――
「ぶっぶぶー! ラインハルト、不正解!」
――……なんですと?
「……ふ、不正解……で、ですか?」
「うん、不正解! いや、そんな小難しい事考えてないよ、私。そりゃね? 確かにマリア君にはくもりなき眼でクレアちゃんを見て欲しいな~とは思ってあんまり情報を渡して無かったのはある。でもね? 私、嫌いなんだ。『何かを得るためには、何かを犠牲にしても良い』って考え方」
「……」
「ラインハルトの話だったら、全てを丸く収める為にサクヤちゃん達を敢えて誘拐させたって事でしょ? まあ、サクヤちゃん達は平気っぽいけど……でも、普通誘拐されたら恐怖だって覚えるじゃん? 体は傷つかなくても、心に大きい傷を負っちゃうかも知れないでしょ? 私はそういう……なんて言うのかな? 餌? 餌みたいなやり方、好きじゃないんだ。だから、そんな事はこれっぽちも思ってないんだ」
「で、では!」
「うん、だからね? 今回マリア君に話をしなかった事情は」
そう言って魔王様は視線をこちらに向けると、『パチン!』と両手を合わせて頭を下げて。
「ごめん! かんっぜんに、忘れてた!」
……
………
…………は?
「いや、本当にごめん! もうね? すっかり頭から抜け落ちてた!」
「……」
「いや、悪かったと思ってるよ。でも、だってホラ、仕方ないじゃん? まず、マリア君でしょ? ラインハルトにクレアちゃん、それにサクヤちゃん、マイちゃん、カナデちゃん、ナルミちゃんにマリアパパとマリアママだよ?」
「……なんですか、それ」
「最近出逢った人たち」
「……」
「これだけ色んな人に出逢って、色んな話をして、色んな遊びをして、それでお酒まで飲んだんだよ? そりゃ、忘れるよ」
そう言ってあはは~と頭を掻く魔王様。なんだろう……なんだろう、おい。
「……」
「あ、あはは……」
「……」
「……」
「……」
無言でジトーっとした目を向けてやる俺に、乾いた笑いを浮かべていた魔王様がそっと視線を逸らす。それも限界なのか、やがておずおずと視線をこちらに向け、両手の人差し指を『ちょんちょん』と合わせて。
「……そ、その~……お、怒ってる?」
「呆れてるんですよ!」
通り越したわ、怒りなど! もうね? なんだろう? 呆れるしかねーよ!
「そりゃ人間――じゃねーけど、誰だって忘れる事はありますよ? でもね? 恐らく一番大事な事、忘れますかね!? なに考えてるんですか、魔王様!」
「だ、だってだって! 私、本当に人の名前とか覚えるの苦手なんだよ! 今回、物凄く頑張って覚えたから、古い情報から抜け落ちて行くの! 仕方ないんだって!」
「仕方なくないでしょうよ!」
「し、仕方ないんだって! なにさ! 私だって別に忘れたくて忘れてた訳じゃ無いもん!」
「いや、それはそうでしょうけども!」
「それなのに私を責めてばっかりで……酷いよ、マリア君!」
待て! なんだか瞳をウルウルさせていますけど魔王様? 貴方が泣くのはおかしくないですか? むしろ泣きたいのはこっちの――
「……ら、ラインハルト? そ、その……お、落ち込まないで? 大丈夫! は、恥ずかしくなんてないって! ほ、ホラ! 普通だったらラインハルトの考えで正しいと私も思うんだよ? で、でも、ま、ママってちょっと……少し……だいぶ……ま、まあ! 変わってるから! 仕方ないよ!」
「……」
「……ら、ラインハルト?」
「…………ヒメ様」
「な、なに?」
「……慰められたら、恥ずかしくて死ねますので結構です」
――うん。泣きたいのは部屋の隅で丸まってるラインハルトだな。完全な巻き込まれ事故じゃねーか。
明らかにタイトル負け




