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第五十二話 ヴァンパイアの瞳


 綺麗な黒髪をぐしゃぐしゃと搔き毟った後、ローザが『きっ』とした目をこちらに向ける。恐らく彼女も色々といっぱいいっぱいなのだろう、唯でさえ真っ赤なその目の周り、白目まで充血してやがる。なんだろう? こう……物凄く、申し訳ない。

「……流石、新魔王候補だけあるわね。まさか、身内も此処まで規格外とは思わなかったわ」

「あー……いや。その納得のされ方は非常に不本意なんだが」

 正直、これって全く俺のせいじゃなくね?

「でも! コレを見てもそんな事が言えるかしら!」

 そう言ってローザは不敵な笑みを――髪はボサボサ、目は充血しきっているんで非常に怖い――見せた後、徐に着ていた上着を脱ぎ捨てた。ノースリーブのキャミソール姿のローザの女性を象徴する、豊かな双丘が露わになる。その姿は細い腰と相俟って、まるで一枚の絵画の様で――



「……痴女?」



 ――……麻衣さん?

「……麻衣? え? 何言ってんの、お前?」

「いや、だって! 『コレを見てもそんな事が~』なんて言っていきなり上着脱いでの公開ストリップでしょ? え? 痴女?」

 ……おい。マジで止めとけ。見ろよ、ローザ。不敵な笑みを浮かべたまま、頬がひくひくしてるじゃねーか。

「っていうか、あの胸がマジでムカつくんだけど。なに? 喧嘩売ってんの、アイツ? 言っとくけどマリア、私はまだ成長期なだけだからね!」

「……いや、だからさ? そうじゃなくて」

「そうですわ、麻衣さん。今はそんな事は重要ではありません」

 俺の言葉を遮る様、奏が言葉を被せて来る。

 ……心持、胸を反らしてな。奏さん? なんで敢えて麻衣を挑発するような行動をするんですかね? マジで止めて貰えませんか?

「……そりゃ、貴方は良いわよ。順調に成長している様だし?」

「ですから、胸の話が重要なのではありません」

「んじゃなんで胸を反らしてるのよ!」

「ともかく! 良いですか、麻衣さん? 今は十二月ですよ? 十二月だというのに!」

 麻衣の抗議を軽く受け流し、奏はビシッとローザを指差して。

「今は十二月だというのに――あの方、ノースリーブを着ていますのよっ!」

「このポンコツシスターズがぁああああ!」

 あ、ローザがキレた。

「確か……コウモリは冬眠をする動物ですし、寒さには決して強くは――」

「コウモリ言うな! 私はヴァンパイア! 吸血鬼! コウモリと一緒にしないでくれるっ!?」

 おずおずと手を挙げて発言する鳴海を一刀両断、ローザがもう一度、『きっ!』とした視線を向けて来る。

「ホントにどうにかしなさいよね、この子達!」

「いや……もう、ホント、なんか済まん」

 なんも言えねーよ、うん。そんな俺の謝罪の言葉になにかを言い掛け、直ぐに諦めた様にローザが肩を落とす。

「……なんかもう、今更感が半端ないけど……とにかく! コレを見てもまだ同じ事が言えるかしら!」

 そう言うが早いか、ローザの背中から『バサっ』という音と共に、漆黒の羽が姿を現した。映画に出て来る『ドラキュラ』同様、自分の体を包める程の大きさの羽を優雅に一度羽搏かせて見せる。

「……確かに、私達ヴァンパイアはロザリオは苦手だよ? 近付きたいとも思わないわ。でもね?」

 ヒュン、と短い風切り音が聞こえる。何事か、と思った瞬間、頬がまるで熱を持ったかのように熱い事に気付いた。次いで、襲ってくるのは痛み。

「……は?」

「かまいたち、って知ってる? アレ、真空説は否定されたけど……でもね? 『風』で人体を傷つける事って出来るんだよ?」

 つーっと頬から流れて来る血を手の甲で拭い、俺はローザを睨みつける。

「……いてーんだけど?」

「痛くしたからね? どう? 確かに近接戦闘は出来ないけど、私達には『飛び道具』があるのよ。だから……あんまり調子に乗ってると、ブッ飛ばすわよ?」

 そう言って、にーっと微笑むローザ。その姿に、慌てた様にクレアが言葉を発した。

「ろ、ローザ様! や、約束が! 約束が違います!」

「は? 何言ってるのよ、貴方? 約束通り『人質』を傷つけては居ないでしょう? 私が傷付けたのは新魔王様だけじゃん」

「で、ですが!」

「……大体さ? 誇り高いヴァンパイア一族、アインベルク家の姫であるこの私に痴女だコウモリだって失礼過ぎると思わない? ねえ、クレア? 思うわよね? 思うって言いなさいよ? ほら!」

「……ローザ……さま……」

 そんなローザの言葉に、唇を噛み締めるクレア。その姿を見たローザの口元が、先程同様にひくっと動いた。

「……そうだ! 折角だし、ちょっと私の『チカラ』も見て貰おうか? さっきは手加減したけど、ちょっとだけ本気、だしちゃおうかな~」

「! ろ、ローザ様! いけません!」

「だ~め。だって、イライラしちゃったんだもん。それじゃ、『様式美』に従って……その、クレアが捕まえている子にしようっと!」

 言うが早いか、ローザの羽がバサッと音を立てて大きく広がる。

「咲夜!」

「おそいよ~、新魔王様?」

 そのまま、一陣の『風』が咲夜に向かって翔ける。足を踏み出す間も無いほどのそのスピードに、咲夜が小さく声を上げて眼を瞑り。


「――あ」


 そんな咲夜を庇う様、咲夜の前に躍り出るクレア。ローザのその『攻撃』をもろに受けたか、頭を抑えて蹲った。

「く、クレアさん!」

「サクヤさん……お怪我は……?」

「う、うん! 大丈夫! クレアさんが庇ってくれたから! で、でも!」

「問題ないであります。かすり傷です――っ!」

「クレアさん!」

「だ、大丈夫です。少し、目が……ですが、問題ないであります」

 右の額の部分を抑えたまま、それでも笑顔を浮かべるクレア。切れでもしたのか、血が滴り落ちているその姿が痛々しい。

「……庇っちゃうんだ。あーあ! ホントにつまんないな~! もう! バカクレア!」

 そんなクレアを見やり、心底詰まらなそうに溜息を一つ。呆れかえった様な視線のまま、ローザは俺達に視線を向けた。

「……取り敢えず、もうイイよ。誰か一人を攫うと面倒くさいのは分かったから、四人纏めて連れて行けばいいんでしょ? クレア? その、アンタが庇った子はアンタが連れて来なさいよ。それじゃ、残りの三人は私が」

 そう言ってパチンと指を鳴らす。その瞬間、麻衣、奏、鳴海の三人の姿がまるで煙の様に掻き消えた。

「――――は?」

 何が起こったか分からない。呆けていた俺の気持ちを代弁するかの様、ヒメが声を上げた。

「マイちゃん! カナデちゃん! ナルミちゃん! ローザ、貴方! 一体何をしたの!」

「怖い顔しないでよ~、ヒメ様。『転移』の魔法だよ、転移の。今頃はちゃーんと私のお屋敷に居るから、心配しないで良いわよ~」

 そう言ってヒラヒラと手を振った後、ローザは視線をクレアに向けた。

「貴方は転移の魔法、使えなかったでしょ? 一人だけ残して行くのも面倒くさい事になりそうだから、アンタが連れて来なさいよ」

「……そ、その……ろ、ローザ様! 僭越ですが、申し上げるであります! 既に、人質は三人、これ以上の人質は――」

 言い掛けたクレアを、手で制し。

「――なに? 私に意見するの?」

 急速に、クレアの表情が硬くなる。そんなクレアに、咲夜が笑んで見せた。

「だいじょーぶ、クレアさん! そんな顔しないでよ! きっと、お兄ちゃんが助けてくれるから!」

「……サクヤ……さん……」

「だから、さっさと私を連れて行ってよ! 飛ぶんでしょ? さっきのローザさんみたいに羽をばさーって! 私、小さい頃からタケコ――憧れてたんだ、空飛ぶの!」

 だから大丈夫! と弾けんばかりの笑顔を見せた後、咲夜がこちらに視線を向ける。

「という事で、お兄ちゃん! 私達四人――じゃなかった、『五人』、助けてね! 待ってるよ! さあ、行こう! クレアさん!」

「……済みません、サクヤさん」

 言うが早いか、クレアは背中からバサリと羽を出すと、そのまま額を抑えていた手をどけて、咲夜を抱える様に背後から抱く。

「……済みません、マリア様、ヒメ様」

もう一度、一礼。

「待て、クレア! おい、咲夜、お前も――!?」

 上げたクレアに言葉を掛けようとして……思わず口籠る。

「本当に……本当に、申し訳御座いません!!」

 その一瞬の隙、クレアがもう一度頭を下げて窓の桟からその身を戸外に放り出す。重力に従う様、一度窓の下にその姿が消えた後、バサッという音と共にクレアの体が窓の上の方に消えて行くのが見えた。

「……んじゃ、そういう事で。待ってるわよ~、新魔王様?」

 最後にウインクをしてそう言うと、ローザの姿が掻き消える。

「ローザ! マリア、直ぐに助けに行きましょう! 大丈夫、ローザの屋敷の場所は把握して……る……か……ら?」

 声を掛けて来たヒメの言葉が、徐々に小さくなる。不審げな顔をこちらに向けるヒメに、俺はゆっくりと視線を送り。

「……なあ、ヒメ?」

「……なに?」

「ヴァンパイアの目の色って……『赤』だよな?」

「……なによ、急に。そうよ? ヴァンパイア一族の瞳は『紅』。それはヴァンパイア一族がヴァンパイア一族である証なのよ。でも、それがどうしたのよ! そんな事より早く皆を――」

「……黒かった」

「――助けに……え?」

 もう一度、マジマジとヒメを見つめて。



「……クレアの瞳……右目だけ、『黒』かったんだけど?」




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