第五十話 お姫様に、憧れて
一話一話は短いも、気付けば五十話まで来てしまった……これも皆様のお陰です。多謝!
「――マリア!」
「分かってる!」
咲夜の悲鳴を聞いた俺とヒメは先程までの空気は何処へやら、慌てて立ち上がると直ぐに扉を開けて咲夜達が勉強をしているであろう、二階の広間に飛び込む。
「咲夜っ!」
最初に感じたのは、肌を刺すような冬独特の冷気。暖房を付けているであろう部屋で、まるで外に居るかの様な空気に違和感を感じ、その発生元を確かめるために俺は視線を彷徨わし。
「――こんばんは。新しい魔王様?」
――和風の美女。
腰まで届く豊かな黒髪は、遠目に見てもさらさらである事が分かる。まるで白磁器を思わせる白い肌に、整った目鼻立ち、そして何より印象深いのが、まるで血の様に深紅に輝くその両の瞳。
開け放たれた窓の桟に腰を掛けて、こちらににっこりとした微笑みを浮かべるそんな美女の姿を見つけた。
「おにいちゃんっ!」
窓に美女が座ってます、なんて異常事態だって言うのに、一瞬見とれてしまった俺の意識を現実に戻すかの様、咲夜の声が耳朶を打つ。慌てて声のした方向に視線を向けた俺の目に飛び込んで来たのは、クレアに右腕を首元に回されて顔を顰める咲夜の姿だった。
「……なんだよ、これ?」
パニックになりながら、それでも努めて冷静な声が出せた事に自身で驚く。びっくりするぐらい低い声であった事は自覚出来るもこればっかりはどうしようもない。
「え? え? ちょっと! な、なによ! なんなのよ、これ! マリア! どういう事よ! なに? ま、魔王? っていうか、誰よ、アレ!」
部屋の反対側、ファイティングポーズを取ったまま美女とクレアを睨み付ける麻衣からそんな言葉が飛んだ。自分以上に取り乱した人間が居れば意外に冷静になれるもの、そんなあからさまに冷静さを欠いた麻衣の言葉に、逆に冷静さを取り戻した俺は肩を竦めて見せる。
「あー……なんだろうな、これ? ちょっと俺も理解できねーから……教えてくれるか、クレア?」
「……」
「クレア?」
「……申し訳……ないであります」
「いや、謝られてもな? 説明してくれって言ってるんだよ、俺は」
辛そうに、悔しそうに――そして、悲しそうに。
瞳を伏せて俯くクレアの後ろ、窓の桟に腰を掛けたままの美女が不快な笑い声を上げた。
「キャハハ! 仕方ないな~、クレアちゃんは。しょうがないから私が教えてあげようか~、魔王様?」
「あー、そうだな。取り敢えずお前、その窓の桟から腰を降ろせ。っていうかお前、何処のどちらさん? 呼ばれてもねーのになに勝手に人の家にお邪魔してくれちゃってんの? しかもこんな時間に」
「……あー、なんだろう? 今、ちょっとカチンと来たかも。なに? なんでアンタ、そんなに偉そうなの?」
「此処が俺んちだからだよ。わりぃーけどウチ、礼儀を弁えないヤツは家に招くなって家訓があるんだよ。そういう点ではお前、最悪だな」
「……ま、いいわ。申し遅れました、私の名前はローザ、ローザ・アインベルク。ヴァンパイア族の……まあ、貴方達に分かり易いように言えば『貴族』とでも思って貰えればいいんじゃない?」
「そーですか。そんで? その貴族様がなんの御用だよ?」
「この状況見て、大体分かんない? 『誘拐』だよ、ゆ・う・か・い。人質に戴こうかな~ってね? 貴方の大事な妹を」
「堂々と犯罪宣言ですか」
つうかだな?
「ヴァンパイア族? んじゃお前、クレアの部下じゃねーのかよ? 今の立場、逆じゃね? 下っ端のお前が咲夜を攫って、クレアが高笑いしてるんだったら分かるケドよ?」
クレア、ヴァンパイア族の族長の娘だろうが? そんな俺の単純な疑問に、ローザと名乗った目の前のこのオンナが『くわっ!』と目を見開く。
「誰がこの『出来損ない』の部下なのよっ! 誇り高きヴァンパイア一族の、アインベルクの娘であるがこの私が、こ、こんな血も吸えない、出来損ないの部下ですってぇ! ふざけるのもいい加減にしてくれないっ!」
……こえーな、おい。美女の憤怒の形相ってこんな怖い顔になるのかよ。
「……わーったよ。ほんで? わざわざ人の家に乗り込んで大事な妹様を人質に取ってまで何のご用件だよ、貴族サマ?」
「……ふー……ふー……ふー。そうね。まあ、大した用件じゃないわ。ねえ、新魔王様? 私に『新魔王』様になる『権利』を」
譲ってくれない? と。
「……はい、わかりましたって言うと思うか?」
「まさか。そんな事は思わないわよ」
そう言って、何がおかしいのかケラケラと笑うローザ。
「ヒメ様もだし、アイラ魔王様にも聞かなくちゃいけないでしょ? それにさ? 私だって譲って下さい、はい、分かりました~で譲って貰った『魔王様』なんてまっぴら御免ってわけ。やっぱり『実力』で奪い取らないと。それこそ、『魔王』に相応しいでしょ?」
「……人質取っておいて実力とか、恥ずかしげもなくよく言えるな? どの口が言うんだよ、そんな事」
「あ、私がこの子になんかするって思った? だいじょーぶ、だいじょーぶ。貴方が私と戦ってくれれば、それで構わないから。この子には指一本、触れないわよ?」
「……此処でか?」
「まっさか~。こんなトコで派手にドンパチやったら目立ってしょうがないじゃん。だから魔界の……そうね、ウチの館まで来てよ? 歓迎するわよ?」
「……卑怯者の極みみてーな奴だな?」
人質取った上で、本拠地でやり合いましょうってか?
「別に断ってもイイわよ? それならこの子、連れて帰るだけだから」
「連れて帰って、それで?」
「なんにもしないわよ。ただ……そうね、『飼って』おくだけ。いつか、貴方に対する『切り札』になるかも知れないでしょ?」
そう言って、その後忌々しそうな視線で咲夜を睨みつけるローザ。
「……っていうか、なんでこの子、ロザリオとか付けてんの? そこの子達もだけど……なに? クリスチャンの集いか何かなの? 指一本触れたくても触れられないじゃない」
「んな訳ねーよ。ウチは浄土真宗だ」
浄土真宗だが、ナイスだ咲夜&妹ズ。
「ファッションなら趣味悪いと思うわよ?」
「放って置けよ。中三だぞ? 十字架に憧れる年頃だろうが」
黒系統の服とか、二つ名とか言い出したら完璧だな。人、それを中二病と呼ぶ。
「……マリア」
ローザを睨みつけたままの俺の服の袖がくいっと引っ張られる。その動作に、俺は視線を逸らす事なく謝罪の言葉を口にした。
「……ああ、わりぃーな麻衣。変な事に巻き込んじゃってよ。詳しい事情は後で説明する」
「ああ、別に良い。取り敢えずマリア、アンタ『魔王』になったの?」
「正確には候補だけどな」
……っていうかだな?
「……なんだ? お前、やけに冷静じゃねーか? 言わないのか? 『これは夢だ!』とか『こんなの、有り得る訳ない!』とか」
テンプレだろ? 不意に今まで暮らしてきた生活と全く違う場面に出くわして取り乱すの。そんな俺の言葉に、麻衣が小さく溜息を吐いた。
「……あの人、空飛んで来たし」
「……それが?」
「常識で考えなよ? 二階の窓から空飛んで入って来る美人さんが人外じゃない方が怖い。吸血鬼の方がまだ納得できる」
「……」
まあ……確かに。
「後は、話を聞く限りたちまち咲夜の命が危ないって訳でもなさそうだからちょっと冷静になったってのもあるし……それにさ? なんか『魔王マリア』って言われて凄くピンと来たのよ。魔王面だし、アンタ」
「……今までの人生で一番酷いディスられ方をしたぞ、俺」
「別にディスってないけど……ともかく、こんな事態で『嘘だっ!』って騒いでも仕方なくない? 多分、私が此処で騒いでも邪魔になるだけだし……だから、まあ、それは別に良い」
「……有り難いけど順応性高過ぎねーか、お前?」
「そう? 多分、マリアだってそう言うと思うケド?」
そんな事は――おい、ヒメ。なんだよ、その『うんうん!』みたいな頷きは。
「……魔王にスカウトした時も『慌てても仕方ない』って言ってたじゃん。今私は、本物の『この兄にしてこの妹あり』を見た」
「そんな事は……」
……あったな、うん。
「まあ、ともかく! マリアは魔王で、咲夜が今ピンチで、あの二階から飛んで来たお姉さんが敵って認識で良い?」
「……そうだな。後はクレアもか?」
そう言って未だ目を伏せたままのクレアを睨みつける。今まで味方みたいなツラして、よくもまあ――
「クレアさんが敵? ないない」
――って、ん?
「……なんで分かるんだよ?」
「なんでって……」
そう言って麻衣は、首から掛かったロザリオを俺の目の前で左右に振って見せて。
「だってこのロザリオ、クレアさんに貰ったもん」
「……は?」
「本当に敵なら、きっと私達にロザリオなんか渡さないわよ。そもそも、私の趣味じゃないしね、十字架。詳細は分からないけど、きっとクレアさんは脅かされてるだけだって! だから悪いのはあのお姉ちゃんだけだ!」
そう言って、麻衣はビシッとローザを指差した。
「ともかく! クレアさんを脅して咲夜を攫ったアンタを許して置く訳には行かないわよ! 攫うんなら咲夜じゃなくて私にしなさい!」
「……へえ? なに? 美しい友情とでも言うつもり?」
そう言ってふんっと、嘲笑を浮かべるローザ。そんなローザに、麻衣も同じように口元を歪めて嘲笑を浮かべて見せる。
「美しい友情もそうだけどね? そもそもアンタは勘違いしてんのよ」
「……勘違い?」
頭に疑問符を浮かべるローザ。何を言っているのかと言わんばかりの視線を向けられた麻衣は『うん』と一つ頷き。
「――攫うなら、『妹』じゃなくて『彼女』でしょうがっ!」
――――――は?
「だってそうでしょ? こういう時ってさ? 普通、『妹』を攫っていくかな? 攫わないよね? なに? アンタ、漫画とかアニメとか見た事ないの? 普通は妹なんか攫わないでしょ? こういう時は、『恋人』を攫うのが筋ってもんでしょうよ!」
「………………は?」
麻衣の言葉に、ポカンとするローザ。その後、なんだか困った様な表情をこちらに向ける。うん、ローザ。心配するな。俺も困ってる。
「……あー……麻衣? 何言ってんの、お前?」
「何言ってんのじゃないわよ? いい、マリア? 普通さ? こういう時に妹攫うって選択肢はなくない? マリアも分かるでしょ? ホラ、こういう時ってお約束じゃん! 恋人を攫うのが!」
「えっと……え? っていうか、待て。何時の間にお前が俺の恋人になったんだよ!」
「言葉のアヤ! とにかく!」
そう言って、堂々と胸を張り。
「――攫われた『お姫様』の役は、この私がやるっ!」
――なんともバカな事を言いだした。は?




