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第四話 ヒメの良く分かる魔界講座 その1


 俺の承諾が余程嬉しかったのか、涙目のまま俺の両手を握ってぴょんぴょんと飛び跳ねた後、はっと気づいたかの様に頬を赤く染める美少女、なんて、眼福モノの光景を堪能してしばし。

「……にしても、スゲーなコレ。なんだ? これ、魔法かなんかか?」

 真っ暗闇の空間、その中央にポツンと置かれた炬燵に足を入れて、目の前で幾分持ち直したのか、にこにこしながらミカンを頬張るヒメに声を掛ける。

「んー……まあ、『魔法』って言えば『魔法』かな?」

「原理的なモノってどうなってんだ、コレ?」

「原理?」

「なんつうんだろ? こう……制約的なモノみたいなのがあるのか?」

「んー……制約、みたいなモノは無いかな? この空間に限ればだけど、『私』が望めば、好きなモノが手に入るのよ。例えば」

 パチン、とヒメが手を鳴らす。その音と同時、炬燵の上で『ひょこ』っとタンポポが咲いた。

「……こんな感じ?」

「……タンポポ、欲しかったのか?」

「ううん。なんとなく、『花出そう』って思ったらタンポポが出て来ただけ。この空間は『イメージ』が重要になって来るから、きちんとイメージしないと……例えばさっきみたいに『花』だけなら、好きな花が出てくるのよ」

「んじゃ、質問変える。タンポポ好きなのか?」

「好きよ。可愛いじゃない、タンポポ。意思が強いし」

「……意思が強いとか初めて聞いたが……にしても」

 なんだ、それ? 質量保存とか、そういう物理法則を――ああ、まあ魔法だしな。深く考えるのは辞めておこう。

「ちなみに、ヒメの魔法って言うのはこの空間だけの話か?」

「んー……流石に、此処みたいになんでも好きなモノを出せるって訳じゃ無いけど、さっきマリアに掛けたみたいな……そうね、『呪い』みたいなモノなら出来るかな?」

「……マジで?」

「マジで」

「ええっと……俺の記憶が確かならお前、ナンパされた時に『呪うわよ!』とか言ってたよな?」

「ああ、うん。呪ってやろうかと思った」

「……ちなみに、呪ったらどうなるんだ?」

「……聞きたい?」

 そう言って妖艶に微笑んで見せるヒメ。その姿に若干ドキドキするが……これは恋とか愛とか、そんな甘酸っぱいモンじゃね。純粋な恐怖だ。

「……俺の助け、要らなかったのか?」

「ううん。本当に、マリアには感謝してるよ?」

 一転、陽だまりの様な温かな微笑みを見せながら、ミカンを頬張るヒメ。その姿に少しだけほっとしながら、俺は脳内に浮かんだ疑問をそのままヒメにぶつけた。

「……んで? 具体的に俺は何をすればいいんだ?」

「ん?」

 頬をリスみたいに膨らませたまま、首を傾げるヒメ。ちくしょう、可愛らしい……じゃなくて。

「週末だけ魔王……っていうのか?」

「んぐ……はぁ。美味しかった。うん。正確には共同統治だし、今はまだ候補だけど……まあ、魔王ね」

「その魔王になって、俺は何すりゃいいんだよ?」

「なにをって……その、なんだろう? 居てくれるだけで十分だよ? マリアは何にもしなくても、大丈夫だよ?」

「……」

「……なに?」

「いや……セリフだけ聞くと、女に養われるヒモ男にしか聞こえんな、とな」

 男として生まれたからには、一度は言われてみたい台詞ではあるが。

「ひ、ヒモって! そ、そういうつもりじゃ……」

「ああ、悪かった。顔真っ赤にすんな。変な事聞いた俺が悪かったから」

「……もう」

 そう言ってぷくっと頬を膨らましたままヒメが睨んでくる。その視線に悪いと謝りもう一度頭を下げた辺りでヒメの溜飲が降りたか、言葉が頭上から降って来た。

「そうね。それじゃ、まずは根本的な『魔界』について説明しましょうか」

 そう言って、ヒメはもう一度『パチン』と指を鳴らす。

「では、このフリップを見て下さい」

魔法で取り出した『良く分かる魔界講座』と書かれたフリップを掲げて見せるヒメ。マジで便利だな、アレ。

「えっと……まあ、一口で『魔界』って言っても結構広いのよ」

「まあ、魔『界』ってぐらいだからな。一国レベルの大きさじゃねーんだろう事は分かる」

「そう。それで、それだけ広い分、どうしても……そうね、色々問題が起きる事があるのよ。王都辺りはそうでも無いけど、辺境に行けば辺境に行くほど、その傾向は強くなる」

「中央から離れれば離れる程、反乱分子が増えるって事か?」

 戦国時代みたいな話だな。

「反乱分子は言い過ぎだけど……まあ、一枚岩な組織って訳じゃ無いのは事実よ。今の魔王――私のママだけど、ママだって辺境出身だし、魔王に即位する前は普通の魔族だったんだからね」

「そうなのか?」

「そ。それで、魔界の中でも力を持った一族たちに……まあ、『七大魔族』っていうんだけど、そこの族長に認められて、魔王に即位したって事。前の魔王を退位に追いやってね?」

「えっと……それってアレか? 王位簒奪みたいなカンジ?」

「イメージ、そんなカンジ。ただ、別に『簒奪』では無いかな? 単純に、今の先代の魔王よりもママの力の方が強かったから、魔王になっただけ。魔界ってそういう所なのよ。さっきも言ったけど、力の強いモノが、力の弱いモノを虐げる事が許される場所……だったのよ。だから、前魔王の娘なのも何の関係も無いのよ」

 そう言って、溜息一つ。

「……ママがそういう即位の方法を取ったから、辺境ではママは英雄視されている一方で、生きた前例でもあるのよ。『辺境出身でも魔王に成れるんだ。なら、俺だって!』ってね。私が魔王に成れなければ、魔王の座を巡って争いが起きるのは必至ね。勿論、七大魔族だって例外じゃない。次こそはってなるだろうし……そうなったら、魔界は大変な事になるの」

 ……ふむ。

「……王侯将相いずくんぞ種あらんや、ってやつか」

陳勝かよ。でもまあ……ようは、アレだろ? 

「魔王って言ってるけど、実際は盟主って感じの方が近いんだろう? そんで……そうだな、放伐が行われて王朝が変わるってイメージか? 中国大陸の易姓革命が近いか」

 そうなると、『強い盟主』じゃないと不味いって訳か。前魔王の即位もチカラだけってなると、ヒメの実力が重要に――

「……なんだよ?」

 一人中空を見つめながら考え込む俺の視界の端に、奇妙なモノを見る目で見てくるヒメの姿が映った。なんだよ?

「えっと……おう……なに?」

「王侯将相いずくんぞ種あらんや、か?」

「そ、そう、それ! それに、ほ、放伐? 易姓革命? なに、それ?」

「最初のは秦を倒すために組織された農民軍のボスの言葉。易姓革命ってのは、暴君や暗君の代わりに、有徳の君主が変わるって事で、放伐ってのは武力で倒した時に使う言葉だ。ちなみに、平和的な解決方法だと禅譲な。姓が易わって天命が革まるから、『易姓革命』って言うんだよ」

「……」

「……だから、なんだよ?」

 俺の説明に眼を丸くした後、ヒメは俺の方をプルプルと指差して。



「――キャラがブレる!」



「おい!」

 どういう意味だ、それ!

「いや……だって、おう……おう……王なんとかとか易姓革命とか放伐とかって普通、そんなに簡単に出てくるの? 私もそんなに人間界の常識に詳しい訳じゃ無いけど……普通、出て来なくない? なに? オタクなの?」

「オタクじゃねーよ。純粋に、世界史に出て来るしな。それで覚えてるだけなんだよ。好きこそものの上手なれ、っていうだろう?」

「……世界史? え? マリア、世界史好きなの?」

「世界史っつうか……まあ、好きなんだよ。勉強全般が」

 最初は習慣だったが。まあ、それで勉強してたら『趣味:勉強』みたいになったがな。そんな俺の言葉に、ヒメは思いっきり俺を指差して。

「だから、キャラがブレるって!」

「ホントに失礼だぞ、それ!」

「え? なに? そんな世紀末覇者みたいな体で勉強が好きってなんなの!? 『血が見たいぜ!』とかじゃないの!?」

 ヒメ、パニック。そんなヒメの姿に溜息を吐きつつ、俺は首を左右に振って見せる。

「……それだよ」

「どれよ!?」

「俺のこの見た目で『趣味は喧嘩です。俺より強いヤツに逢いに行く』とか言った日には、もう『がっつり』そっち系にしか見えないだろう。戦闘民族みたいな見た目の俺が、だ。周りの人間は恐怖しか覚えねーだろうが」

「……あう」

「だから……まあ、俺の親父が教えてくれたんだよ。『麻里亜、お前は取り敢えず勉強しとけ。ああ、別にイイ大学に行けとか、そういう事じゃない。お前の見た目は人様に恐怖しか与えないが、そんなお前が真面目に勉強をしている姿を見れば、『あ、大本君ってそんなに悪い子じゃないかも』と思って皆が安心するからな。父さんも若い頃はそう思って勉強、結構真面目にやってた』ってな」

 実際、この見た目で背中を丸めて勉強する姿は随分と好感度の上昇幅が大きい。特に俺は『最低』からのスタートだからな。不良が野良犬助けるみたいなモンだ。これを俺は不良野良犬理論と呼んでいるが……世間ではギャップ萌え、とか言うらしい。まあ、俺の勉強姿では誰得、ではあるが。

「まあ、キャラに合わんのは重々承知しているがな。でも、これで生きやすくなるんだったら、それぐらいの努力はまあしても良いとは思う」

 流石にボッチで便所飯はイヤすぎるからな。つうか、俺が便所飯とか色んな意味で怖すぎるだろうし。

「……その」

「ん?」

「その……マリアは、さ?」

 少しだけ、言い難そうに。

「……マリアは、嫉妬した事とか……ないの?」

「嫉妬?」

 誰にだ?

「その……マリアのお父さんが言ったように、マリアの容姿って、そ、その……」

「怖いな」

「う……まあ、うん。その、なんて言うんだろう? もうちょっとこうなりたいな、とか、その……う、羨ましいな、とか……なんで、自分ばっかり……とか……」

 ああ。

「『俺がもうちょっとイケメンだったらいいのに! アイツら、ズルい!』って事か?」

「えっと……う、うん。い、イケメンっていうか、こう……」

 言い難そうに言葉を紡ぐヒメ。まあ、『イケメンじゃ無くて残念だと思ったことない?』なんて中々聞けないだろうし、気持ちは分からんでもないが。そんな、若干『あうあう』するヒメに、俺は苦笑を浮かべて。



「――あるに決まってるだろうが」



「ひ、ひぅ!」

 ヒメの口から小さな悲鳴が漏れる。苦笑のつもりだったが、邪悪な笑みだったらしい。

「あるに決まってるだろうが。イケメン? ふざけんなよ? 人よりちょっと顔の造詣が良いからって、人生楽勝モードなんて舐めんじゃねぇぞ? あ? なんだ? 俺の顔がミスプリントってか?」

 が、止まらない。ヒメの顔がますます怯えた顔になるが……知らん。お前が聞いたんだからな。止めんぞ、俺は。

「勿論、世のイケメン達が努力をしてるのを認めないなんて事を言うつもりは無い。俺が勉強したり体を鍛えたりしている間、アイツらはオシャレな服を探して見たり、自分に似合う髪型を見つけて見たりするからな。ベクトルが違うだけで、努力は認めるさ」

 だがな?

「不公平だろうか、どう考えても! 言ってみればアイツらが短距離走で、俺はフルマラソンしている様なモンだぞ! よーいどんでスタートしたらアイツらが先にゴールするに決まってるだろうが!」

 本当に。どれだけ奴らの股の間の生殖のマテリアルを握り潰してやろうと思った事か。

「分かった! 分かった! ごめん、マリア! 私が悪かった!」

 大慌ててで、涙目になりながら頭を下げるヒメ。そんなヒメをチラリと見つめ、俺は肩で息を整えながらこちらも頭を下げる。

「……すまん、ちょっと興奮した」

「……ごめん、正直マリアが興奮して怒鳴り出すと本気で怖いから勘弁して欲しいです」

「いや、マジですまん。ちょっと心の叫びが漏れた」

 俺だってモテてみたいんだよ、少しぐらいは。

「……マリアもモテたりとかしてみたいの?」

「男子高校生だからな、こう見えても。男子高校生なんてそんなモンだろ?」

 脳内見て見ろ。きっと、ドン引くから。そんな俺の言葉に苦笑を浮かべ、ヒメはもう一度小さく頭を下げた。

「なんか……その、ホントにごめん。キャラがブレるなんて……失礼な事言って」

「いいさ。さっきはああ言ったけど、俺だって『キャラじゃねーな』とは自分でも思ってるからな」

「で、でも……」

「人は見た目じゃねーって意見は耳障りは良いけどよ? だからって、それは外見の欠点を中身で補えるってだけの話なんだよ。中身も外見も良かったら、それが一番良いに決まってんだよ。俺の外見は……残念ながら、人が見たら怯える様な外見だからな。この外見と十七年付き合って来てるんだぞ?」

 恐怖を覚えられるのにも、流石に慣れる。慣れるが、気持ちのいいもんじゃねーよ。

「恐怖ってのは悪意だからな。人の悪意なんて、好き好んで受けたいモンじゃないだろう?だから、防衛手段でやってるだけで、確かにキャラじゃねーのは十分承知しているし……まあ、さっきのはツッコミみたいなモンだ。そんなに気にするな。な?」

 そう言って……こっちも『キャラじゃねーな』と思いながら、ポンポンとヒメの頭を撫でる。『ドゴン、ドゴン』じゃねーぞ、勘違いすんなよ? ポンポンだ。俺のその行動に、少しだけヒメが表情を明るくした。

「なんか……マリアって、強いね?」

「強い……のは多分、強いかな? 平均的な男子高校生をぶっちぎってる自覚はある」

「力の話じゃ無くて……こう、なんだろう? 生き方?」

「そうでもねーよ。一遍配られちまったカードなら、泣いても拗ねてもどうしようもねーだろ? だったら、手持ちのカードでどう戦うかしかねーんだよ」

 決して前向きな話じゃねーよ。精々、横向きだ。

「……ホントに強いね。強くて――」

 ――優しいね、と。

「そうでもねーよ」

「ううん。悪いのは私なのに……頭を下げて謝ってくれて、こうやって頭を撫でてくれて、慰めてくれて……」

 うん、と一つ頷き。


「――マリアは優しいよ」


 嫋やかに笑んで見せる。余りにも綺麗なその笑顔に、少しだけ頬が熱を持った事が分かった。なんだかそれが無性に照れ臭く、俺はソッポなんぞして見せる。

「……普通だ、こんなモン。もしくは野良犬理論だよ」

「……もう。なによ、野良犬理論って」

 今度こそ回復したか、横目で窺ったヒメの表情が笑顔に変わる。うん、やっぱり美少女は笑ってる顔の方が良いからな。

「話の腰を折って悪かったな。それじゃ、ヒメ。続きの話をしてくれ」

 どうぞ、どうぞ、と言わんばかりに右手を差し出す俺に、ヒメの笑顔が苦笑に代わる。それでも『うん』と一つ頷き、ヒメが言葉を続けようとして。

「……そう言えば」

「うん?」

「趣味が勉強ってのは分かったけど……ちなみに、どの教科が一番好き?」

 ……ああ、それ聞いちゃう?

「やっぱり体育?」

 そんなヒメの言葉に、俺はゆっくりと首を左右に振り。




「……数学」




「……ごめん、もう一回だけ言わせて? キャラがブレるって!」


 ……仕方ねーだろ。理系クラスなんだよ、俺。


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