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第四十八話 この世で一番大切なモノ


 ちゅんちゅん、と雀が鳴く声に俺はゆっくりと目を開ける。窓から差し込む光に、今の時間帯が朝だという事と、床の堅さで此処が自分のベッドの上ではない事を認識し、俺は回らない頭でゆっくりと左右を見回して。




 ――目の前に、ラインハルトの顔があった。




「――うおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

「っぐ!」

 思わず渾身の右ストレートを繰り出し、ずざざぁーっと部屋の隅まで後ずさる。ドゴン、と、家が揺れたんじゃねえかって程の勢いでぶつかった壁のお陰でようやくその動きを止めた俺は、バクバクと五月蠅くなる心臓を抑える様に右手を左胸にやった。

「び、びっくりした……な、なんだ! どんな世界線だ、此処は!」

 あ、アレか! 流行りの『異世界トリップ』ってヤツか! いやいや、それにしたってラインハルトと一夜を共にする様な異世界なんてイヤすぎるんだが! なんだよ! なにが起こったんだ! 一体此処は何処で、何が起こって――

「……ああ、そっか」

 慌てて辺りを見回した俺の視界に入って来たのは、ペットボトルとコップ、食べかけのポテチに。

「……寝落ちしたのか」

 そして、ゲーム機。側に落ちているパッケージを見るまでもない、ゲーム機の中に入ってるのはレースゲームだ。アレだよ。日本が世界に誇る配管工兄弟のレースゲームだ。

「……弱かったもんな、コイツ」

 ラインハルト、あれ程格闘ゲームは強かったくせに、レースゲームはからっきしだったからな。しかも負けを認めやしねーし。やれ、キャラが悪いだ、やれ、今のはインチキだって五月蠅かったよ。しまいには『仕方ないな。今日は飲酒運転だからだ』とか言い出しやがった。いや、確かにオークは負けず嫌いなんだろうけどよ? 負けず嫌い過ぎだろう? まあ、熱くなった俺にも非があるんだろうけど……

「……起きるか」

 俺の渾身の右ストレートを喰らいながら、それでも幸せそうにむにゅむにゅと寝息を立てるラインハルトに溜息を吐きつつ、俺はペットボトルとコップ、それに食べかけのポテチの袋を持って階下へ降りる。階段を降り、リビングのドアを開けると、そこには昨日の様に死屍累々とした酷い光景が――


「……あれ?」


 ――酷い光景が、広がってなかった。綺麗に片付いたその部屋に俺は二、三度瞼を瞬かせた後、ぐるりと室内を見回すように視線を回して。

「……クレア?」

「あ、マリア様! やっと降りて来て下さったでありますか! お待ちしておりましたであります!」

 リビングに備え付けられたテーブルの椅子に座り、こちらをキラキラと見やるクレアと視線が合った。いや、お待ちしておりましたって……

「……何やってんの、お前?」

 ああ、いや、別にクレアがリビングで座ってるのは良いんだ。昨日の掃除の実力を見る限り、きっとこの部屋を綺麗にしてくれたの、クレアだろうしな。感謝する事こそありこそすれ、文句言う筋合いじゃないの、十分分かってんだ。だからそれは良い。それは良いんだが。

「……ホントに、何やってんの、お前?」

 クレアの対面に座った俺の視線の先――机の上に、所狭しと並べられた『モノ』達。

 包丁、まな板、ボウル、ハンドミキサーの調理器具にはじまり、布団叩きに洗濯バサミ、果ては親父秘蔵のブランデーまで、よくもまあこのスペースに置いたものだと言わんばかりの品々が並べてあった。え? なにコレ? 大処分市かなにかか?

「集めて来たであります!」

「……は? 集めて来た?」

「はい!」

「……え? なんの為に?」

「決まってるであります!」

 そう言って、クレアは胸部にそびえる豊満な双丘を自信満々に張って。



「――マリア様の『大事なモノ』を見つける為でありますっ!」



 ……やべぇ。コイツが何を言っているのか、これっぽちも分かんねーんだけど。異文化交流って超むずかしい。

「……はあ?」

「さあ、マリア様! この中でマリア様の大事なモノはなんでありますか! 本官はこの包丁とかが良い線を言っていると思うでありますが!」

 そんな俺の頭の疑問符はすっきりと無視し、クレアがぐいっとテーブルの向こう側から

「……まあ、確かに大事にしているっちゃ大事にしてるよ。料理に使うモンだし」

 長い事使って愛着もあるしな。

「そ、そうでありますか! それではマリア様! コレが『この世界で一番、マリア様が失いたくないモノ』で宜しいでありますね!」

「宜しい訳ねーよ!」

 なんだよ、世界で一番失いたくないもんって! そうは言ってもその包丁、1,980円だぞ! 流石にイチキュッパの包丁が世界で一番失いたくないモノな高校生はイヤすぎんだろうが!

「な……ち、違うでありますか……?」

「当たり前だ!」

「そ、そうでありますか……そ、それではコレ! コレなんてどうでありますか! この布団叩き! 年季を感じさせるこの布団叩きなら、マリア様が世界で一番失いたくないモノではありませんかっ!」

「いや、だから! そりゃ、粗末に扱うつもりはねーけど、世界で一番は流石にねーよ!」

「布団叩きに愛は無いのでありますか!」

「世界一愛されたら布団叩きだって愛の重さで折れるわ! ちげーよ!」

「で、では……こ、これ! これはどうでありますか!」

「……なんだ、これ?」

 テーブルの上を一頻り漁っていたクレアが満面の笑みを浮かべて差し出した『ソレ』。茶色がかった、薄い羽根の様な物に俺は首を捻る。なんだ、コレ?

「セミの抜け殻でありますっ!」

「この真冬に良く見つけて来たな、そんなもん!」

 そして違う! つうか初めて見たわ!

「では、コレではどうでありますか! 先程、庭で拾った石ころであります!」

「お前、実は俺の事バカにしてるのかなぁ! 石ころが大事な訳ねーだろうが!」

「それではこのハンドミキサー!」

「むしろ買い換えようと思ってたんだよ!」

「ブランデー!」

「そりゃ親父の大事なモノだ!」

 って言うか、なんでコイツ、今日はこんなに『ポンコツ』なんだよ! 返せ! 俺の『どっちかって言えば格好イイ系お姉さん』的な、ちょっと抱いた尊敬の念をかえ――

「べ、ベッドの下にある――」


「………………待て」


 ……うん、待て。話し合おう。

「……なんで知ってるんだよ、おい?」

「さ、昨日、その……掃除をしていて……」

「……おうふ」

「あ、い、いえ! そ、それは当然、マリア様も健康な男子高校生でありますから! 本官もその辺りについて、理解が無い訳では無いであります! む、むしろ、その……そ、『そういう』モノが一切ないと、それはそれで――」

「……おっけー、もう喋らないでくれ」

 マジで。何か、大切なモノがガンガン削られて行く感じがするから。

「……サキュバス物がお好みでありますか?」

「お願いだから喋らないでくれるかなぁ!」

 一応言っておくけど、俺じゃない! ありゃ、浩之の趣味だから! あ、いや、その、非常に優秀な作品であった事は疑いようもなく――じゃなくて!

「そ、そもそも! どうしたんだよ、急に! なんで俺の世界で一番失いたくないモノなんて言い出したんだよ?」

 自分でも若干、強引な話題転換だと思う。それでも、クレアには効果覿面だったか、少しだけ興奮の色を抑えて視線を落とした。

「そ、それは……」

「……なんだよ? 言い難い事か?」

「……はい」

「……ふーむ」

 なんだか、泣きそうな感じで下を向いたままのクレア。なんとなく、悪い事をした気になって来たぞ、おい。

「……あー……なんだ? 取り敢えず、お前は俺の『世界で一番失いたくないモノ』ってのを聞けば納得するのか?」

「……はい」

「……世界で一番か~」

 何があるかね? いや、結構色々大事なモノはあるけど、『世界一』と言われると中々に難しいんだ――

「……で、ですが! 出来ましたら、世界で一番失いたくないモノでありながら、ある程度の金銭で代用が効くモノが良いであります! 或いは、失くしたその瞬間は落ち込むけど、直ぐに忘れて次の大事なモノが出て来る、というモノであればもう最高であります!」

 ――なんか、ぐっとハードルが上がったんだが。

「……っていうか、それって世界で一番失いたくないって言えるのか?」

「あ……そ、それは……そ、そうでありますが……ですが……」

 なんとも言えない、微妙な空気。その空気が余りにも居た堪れなくなって、俺は小さく溜息を吐く。

「……仲間」

「……え?」

「だから、『仲間』だよ。いや、仲間って言い方は微妙にアレなんだが……例えば咲夜とか麻衣とか奏、それに鳴海の妹ズもそうだし、浩之や孝介――ああ、これは俺の高校のダチだけど、そいつらも居なくなったらイヤだな。ヒメとかラインハルトもそうだし……出来りゃ、お前だって側に居てくれたら嬉しいと……まあ、そう思う」

 ……うわ、スゲー臭い事言ってるぞ、俺。でも……まあ、そうだよな? こんな見た目だからこそ、気にせず付き合ってくれる『仲間』ってのは何より有り難いモンなんだよ。

「……れ」

「うん?」


「……それ、ガチなやつでは無いでありますかぁー!?」


 ……あれ? なんで怒られてるの、俺?

「なんの為に……なんの為に本官がこんな無駄なモノを集めたと思っているでありますか! なぜ……なぜ、その様に、『本当に失くしたくないモノ』を答えるでありますか!」

「……って言うかな? 無理があんだろうが、『替えの利く世界で一番失いたくないモノ』なんて。替えが効く時点で世界で一番な訳はねーんだよ。さ、これで満足しただろ? ホレ、さっさと片付けろ! アイツら起きて来る前に朝飯作るぞ。お前も手伝え」

 そう言って俺は席を立つ。その姿に、慌てた様にクレアも席を立った。

「ま、待って! 待ってくださいであります、マリア様!」

「待ちません。俺、顔洗って来るから、冷蔵庫から材料出しといてくれ」

「ま、待――」

 クレアの言葉を最後まで聞くことなく、俺はリビングのドアからその身を出すと、後ろ手でそのドアをゆっくりと閉めた。


 まるで、クレアの言葉をシャットダウンするかのように……ゆっくりと。


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