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第四十四話 予想通りと、予想外


 海津市一円に店舗網を広げる『スーパー海津』の旗艦店でもある駅前店で食材を調達し、俺とヒメは家路に付いていた。

「……結構買ったね」

 黒王号の前の籠だけでは収まらず、荷台プラスハンドルにも買い物袋をかけている俺の姿を見て、ヒメが若干引き気味にそんな事をのたまう。

「人数が人数だし、よく食べるヤツが沢山いるからな。そら、こんな量にもなるさ」

「そうなの?」

「俺は普通に食うし、親父も結構食うだろ? 母さんも食べない方じゃないしな。ラインハルトだって昨日の見たら食うだろうし」

 だがまあ、この三人は良いのだ。どうせ酒飲みだしたらつまみ程度にしか食わねーんだからな。

「問題は咲夜と麻衣と奏だ。アイツら、食う量が半端ねーんだよ」

「え? サクヤちゃん達? 嘘だ~。絶対、食べれる様な体じゃないもん」

「……」

「……」

「……」

「……嘘、だよね?」

「……マジだ」

 ヒメの言う通り、あの細い体の何処に入るかと思うんだが……マジで、結構食うんだよ、アイツら。

「アイツら、ちょくちょく泊まりに来るんだよ。普通は麻衣だけとか、奏だけとか、鳴海だけのパターンが多いんだが……三人同時に襲来してみろ。我が家の食糧は底を付くぞ」

「……妹分に言う言葉じゃないね、『襲来』って」

「ウチの炊飯器、一升炊きなんだけどよ? 女子中学生四人の一回の晩御飯で空になるって異常だと思わないか? 三十分くらいの食事時間で」

 蝗だってもうちょっとお淑やかに食うぞ?

「……う……そ、それは……す、凄いかも」

「だろ? しかも、三人揃ったら絶対俺に『御飯作れ!』って言うしよ?」

 別に嫌じゃないんだが……学校終わって家に帰って玄関に見慣れた、それでも普段は見慣れない靴が三足並べてあったら恐怖を覚えるからな。

「……でも、作って上げるんだよね?」

「作らないとアイツら、壮絶に拗ねるからな」

「……ふふ」

「なんだ、その笑顔は。カンジ悪いぞ」

「ううん。なんだかんだ言ってマリアはやっぱり優しいな~って。それに、皆に愛されてるね?」

「愛が重いぞ、それは。でもまあ……最近は少し楽になって来たからな。鳴海がいれば手伝ってくれるし」

「ナルミちゃん、料理出来るの?」

「最近、めきめきと腕を上げて来た。どん臭そうに見えて、意外に手先が器用なんだよな、アイツ」

「どん臭そうって……怒られるよ?」

「まあ、少なくともあの四人の中じゃ一番どん臭いぞ? ダンス覚えるのも遅いし」

 ただ、残りの三人が異常というのもあるが。あの三人、一回見ただけでムーンウォークとか出来る様になりやがったし。

「……なんか、流石マリアの『妹分』って感じがする」

「一緒にすんな。アイツらはガチでチートキャラってやつだよ」

「ふーん……でも、鳴海ちゃんが料理か~。あれ? 他の皆は料理を手伝ったりしないの?サクヤちゃんはともかく……マイちゃんとカナデちゃん、そういうの憧れそうなイメージあるんだけど」

「咲夜は端っから手伝おうとしねーな。『お兄ちゃんが作る料理がおいしい。美味しいモノを作れる人が作れば良くない? なんで皆、わざわざ危険物を作ろうとするの?』ってな」

「……ま、まあ……う、うん」

「ただ、咲夜の言う事も一理ある。鳴海はともかく……」

「ともかく?」

「……麻衣な、柔道やってるから腕力強いんだよ。んで、包丁とか持たすと……切っちゃうんだ」

「……なにを? 野菜? お肉?」

「まな板」

「……」

「『だ、大丈夫! 次は手加減するから!』なんて言いながらまな板を三枚、天に帰した後で包丁を持たすの止めさせた」

 幾つあっても足りやしねーからな、まな板が。

「か、カナデちゃん! カナデちゃんは!?」

「アイツの家、結構大きな会社やってるんだよな。んで、奏は超が付く程のお嬢様だから、料理なんかした事ねーんだよ。『私だって、料理ぐらい出来ますわ!』って言うから、米でも洗わせて見たんだが……」

「……なによ? タめないでよ」

「……アイツ、洗剤で米を洗いやがった」

 衝撃だったな、アレは。洗剤で米を洗った事が、じゃねーぞ? 携帯と会話が出来る様なこんなご時世に、『洗剤で米を洗う』なんて昭和の漫画みたいなベタな事かますヤツが居るという事に、だ。しかもそれが妹分だぞ? 呆れるとか怒るとか通り越して、なんだか悲しくなったよ、うん。

「普通、小学校の家庭科でもあるんだけどな、調理実習」

 何やってたんだよ、アイツ。寝てたんじゃないか?

「あ、あはは……で、でも! し、仕方ないんじゃないかな! だってカナデちゃん、お嬢様なんでしょ? 家政婦さんとか居るんじゃないの!」

「まあな。だから、出来ないのも仕方ないと言えば仕方――」

 ……ん?

「……待て。そう言えばお前、魔界の姫様だよな? 料理とか出来るのか?」

「へ? りょ、料理? い、いや……そ、それは……」

「……」

「…………で、出来ない……ケド」

 ……やっぱりか。そんな俺の視線に、慌てた様にヒメが両手をワタワタと振って見せる。

「で、でも! 流石に私もお米を洗剤で洗おうなんて思わないよ!」

 一緒にされるのがイヤなのか、そんな主張をドヤ顔でし出すヒメ。なに鬼の首取った様な顔で言ってんだよ。あんな? 浩之だって米を洗剤で洗うなんて思って――



「ちゃんと洗濯機で洗うもん!」



 ――……。

「……」

「え? な、なに? なんか違うの? お米って、洗濯機で洗うんだよね!?」

「……すげーな。一周回って尊敬するわ」

「え? ええ?」

「……ちなみにお前、野菜を切った事あるのか? 切り方、分かるのかよ?」

「や、野菜の切り方? え、ええっと、ほ、包丁を持って、それで……」

「ああ、待て。それじゃ分かりにくい」

 そう言って俺は黒王号の籠に乗った買い物袋をガサゴソと漁り、一本の人参を取り出すとそれをヒメに手渡す。

「な、なにコレ?」

「それを包丁だと思って……そうだな。『エアキャベツ』の千切りをして見ろ」

「え、エアキャベツの千切り!? そ、そんなの……だ、大体! 食べ物で遊んじゃダメなんだよ!」

「大丈夫だよ、最後はスタッフが美味しく頂けば許されるんだよ、この国では」

「スタッフってなに!? っていうか、私の知ってる日本と違う!」

「いいから早くやれ。注目が集まって恥ずかしいから」

 そこそこ人通りの多い駅前で結構な美少女が人参持って叫んでるんだからな。ある意味、ホラーな光景だ。

「う……ううう……分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば! えっと……まず、包丁を逆手で持って……」

「ストップ、もういい。料理をする時に包丁は逆手で持つものじゃない」

 指を切らない様に逆の手を『猫』にするとか、そういう所を見たかったんだが……なぜか、スタートからホラーになってしまった。何処の殺人鬼だ、お前は。

「取り敢えず、良く分かった。ヒメ、お前は麻衣や奏以下だ」

「うぐぅ!」

 ヒメから人参を取り上げ、袋の中に戻す。胸を抑えて『ううう……』なんて小芝居をするヒメの頭を軽く『ぺチ』と叩き、俺は黒王号を家に向かって進めた。そんな俺に置いて行かれると思ったのか、慌てた様にヒメが小走りで俺の傍まで駆け寄ると不満そうに頬を膨らました。

「ちょ、ちょっと! ふぉ、フォローしてよ」

「フォローのし様が無かったからな」

「で、でも! なんかあるでしょう! こう……そう! これから巧くなるよ、とか!」

「悪いヒメ、嘘は吐きたくないんだ」

「はあ!? どういう意味よ、それ!」

「さっきの包丁の握り方見たら一目瞭然だけどよ? お前に料理は向いてないと思うんだ」

「そ、そんな事ないよ! が、頑張ればきっと、出来る様になるし! さ、最初は誰だって素人じゃない!」

「普通は素人でも包丁の握り方ぐらいは分かるモンなんだがな?」

 それこそ魔界にはあるんだろうが、テレビ。料理番組とか見ろよ。

「て、テレビは……アニメとバラエティとドラマぐらいしか見ないし……」

「……」

「なによ、その目! ま、マリアだってそうでしょ! 男子高校生でしょ!」

「失礼な事を言うな。俺はちゃんとニュースも見るぞ? むしろ、ニュースしか見ないまである」

 最近流行りのドラマとか付いていけてないしな、俺。男子高校生なのに。

「う、嘘だ! そんなの、マリアのキャラじゃないし!」

「キャラじゃないって……っていうかな? お前も魔王を目指すんだったらニュースぐらい見ろよ? 政治や経済の話もあるし、勉強にもなるだろうが」

「な、ならないよ! 日本と魔界じゃ色々違い過ぎるもん!」

「聞きようによるだろうが、それは。そもそも、使うか使わないかはその時の判断だろうけどよ? 使えないってのはまた別の話だぞ?」

「せ、正論なんて嫌い! テレビは娯楽だもん!」

 耳を抑えて『イヤイヤ』と首を振って見せるヒメ。いや……まあ、その意見を否定はせんが。

「……分かったよ。でもまあ、少しぐらいはニュースも見とけ。な?」

「な、なんで急にそんな『手の掛かる子』に対応する様な態度になるわけ!? 不満! 私、その扱いは結構不満だよ!」

「いや……なんだろう? 魔界って、お前ぐらいは常識人だと思ってたんだけどな?」

「じょ、常識人だって! 私は常識――ちょ、ま、マリア! なんで『はいはい』って顔してるのよ!」

「はいはい」

「口でも言った! ちょっと、マリア!」

 ぎゃいぎゃい騒ぐヒメを適当にあしらいつつ、俺は家路を急ぐ。早く帰らなきゃ、支度が間に合わないからな。

「ちょっとマリア! 聞いてる!?」

「……家まで言い募った根性は褒めてやるが、その行動がお前からどんどん『常識人』という肩書を奪っている事に気付けよ?」

「だ、だから!」

 尚も文句を垂れるヒメを適当にいなし、俺はカーポートの下にある駐輪場に自転車を止めると荷台と籠、それにハンドルに付いている袋を持つ。

「……どれか持とうか?」

 一旦、文句を言う口を止めてそんな殊勝な事を言って見せるヒメ。そんなヒメに首を左右に振って俺は口を開いた。

「あー……いや、いい。ありがとよ。持つのは良いから、ドアだけ開けてくんね?」

 重さは大した事ねーけど、両手が塞がってるからな。

「ん、分かった」

俺の言葉に頷き、ヒメが先導して玄関へ。一度、チラリと後ろを振り返り俺の動きを確認した後、ヒメはドアを開けて。



「「――――へ?」」



目に入ったのは、まるで鏡面の様に光り輝く廊下だった。

「「……」」

 ヒメと二人、絶句。いや、流石にそんなに汚くは無かったけど……少なくとも、出るときにワックスがけなんか――って、おい? 玄関に並んだ靴までピカピカだぞ? っていうか玄関自体に塵一つ落ちてないし。

「……おや? お帰りでありますか?」

 階段をトントンと降りて来る足音と、特徴的な喋り方。その声に、俺とヒメは顔を上げて。




「お疲れ様であります、マリア様、ヒメ様」




「……なに、その格好?」

「格好? ああ、コレでありますか? これから年始までお世話になるのでありますから、せめて掃除ぐらいはお手伝いをさせて頂こうと思って御母堂様からお借りしたのでありますが……」

 視界に入ったのは、そう言って自身の全身を――ほっかむりと、割烹着を着て『はたき』を持ったクレアの姿だった。っていうか……え? お前がやったの、これ?


「はいっ! 本官、掃除は少しだけ心得がありますので!」


 いや……これ、少しってレベルじゃ無くね?


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