第四十三話 友達
コーヒーとケーキをご馳走になった俺とヒメは、いつの間にか『リズちゃん』『ヒメちゃん』と呼ぶようになって連絡先も交換済みのオーレンフェルトの『いつでも連絡してね、ヒメちゃん!』なんてイイ笑顔と『……本当に遠慮しないんだな、お前ら。特にマリア! 前々から思ってたけどお前、その面でスイーツ大好きってどういう事なんだよ! 地獄に落ちろ!』なんて呪詛の言葉を吐き出す浩之に笑顔で手を振って、並んで商店街を歩く。流石に黒王号の二人乗りは目立ち過ぎたし、今回はちゃんと手で押してるぞ。
「……ホントに」
「ん?」
「ホントに、仲が良いんだね」
「あー……」
なんだか、孫を見るお祖母ちゃんみたいな微笑ましい視線を向けて来るヒメにちょっとだけ言葉が詰まる。言うか言わないでおこうか、悩みながら……それでも、俺は言葉を紡ぐ。
「……まあ、なんだ。俺ってほれ、こんな見た目だろう? だからまあ、天英館の付属の中等部に入学する時はちょっとだけ不安だったんだよ」
「不安? その……イジメ、とか?」
「……」
「な、なに?」
「いや……」
一息。
「ちょっと俺がイジメられてる姿って想像が付かんな、と思ってな」
俺をイジメるって……一体、何処の勇者だそれは。
「……う、うん……確かに」
想像したか、言い淀むヒメ。その姿に苦笑を浮かべ、俺は言葉を続けた。
「まあ、イジメではないけど、流石に『怖がられるかな』とは思ったんだよ。つうか普通は怖がるだろう? だからまあ、それも仕方ないかなと思ってたんだけど……天英館って男女混合の出席番号で前から順番に並ぶんだけどよ? 大本と十条だから、ちょうど隣同士になったんだよ。んでまあ、隣の浩之に『一年間、宜しく』って声を掛けたら……」
当時の情景を思い出し、くくくと喉奥だけで笑い声を漏らしてしまう。そんな俺の行動に『続きを早く!』と言わんばかりの視線を向けて来るヒメ。
「じーっと俺の顔を見た後に、『ええっと……なんだ? お前、格好いいな』って言いやがったんだ」
「…………は?」
ポカンとして見せるヒメに苦笑を浮かべ、俺は言葉を続ける。
「だよな? 俺だってポカンとしたから。んでまあ、詳しく話を聞くとどうやら『強い男』に憧れてたらしいんだよ、アイツ」
「……強い男?」
「詳しくは教えてくれねーんだけど……なんか小さい頃に物凄く辛い事があったらしくてな。それで、今度はそんな状況になった時に自分で動ける男になりたいらしい」
「……その、辛い事って何なのかな?」
「さあな」
『強くなりたいんだ』と言った浩之の眼は真剣そのものだった。何があったかは知らんが、あれ程意思の籠った眼を出来るんだ。きっと、物凄く辛い事があったんだろうとは思う。
「聞いてないの?」
「興味本位で聞いちゃいけねー気がしてな。教えてくれるまで待とう、とは思ってる」
俺が浩之に取ってもっと信頼できる人間になれば、きっと浩之も教えてくれるだろう。その時までの楽しみにしておくさ。
「そんな風には見えないね、浩之さん」
「だろ? そこがまあ……アイツを尊敬している所でもある。アレほど意思の強い瞳をして強さに憧れる程辛い事があっても、アイツはそんな姿をちっとも見せやしねーからな。普通に孝介とか俺とかとバカやってるってのは、ある意味すげーと思う」
「その……さっきから良く『孝介』って名前を聞くけど……」
「ああ。孝介ってのも天英館の同級生でツレだ。聞いて驚け、腹立つぐらいイケメンだぞ? 何度滅びろと思った事か」
加えて運動神経も良くて、頭も良くて、大学生の美人な彼女まで居るんだぞ? 爆ぜろ、マジで。
「ま、マリア!?」
「っと、すまん。思わず怨念が漏れてしまったが……まあ、そんな奴もいるんだ。しかも……残念な事に、すげー良いヤツなんだ」
「ざ、残念な事なの、それ?」
「当たり前だ。イケメンで、運動神経も良くて、頭良くて、良いヤツだぞ? 何処の漫画の主人公だ、アイツは」
「……う、うん。主人公って言うよりは、ライバルキャラみたいな感じだけど……確かに現実味がないかも。弱点ない感じがする」
「……」
「あ、あれ? 違う?」
「あー……厳密には孝介の弱点って訳じゃないんだが……」
いや……まあ、孝介の弱点なのか、アレ?
「イケメンで、運動神経も良くて、頭良くて、良いヤツなんだが……残念な事に、物凄く女性の趣味が悪い」
「…………………………は?」
「あ、待て。女性の趣味が悪い訳じゃないんだ。悪い訳じゃ無いんだが……こう、なんて言うのか……孝介、女子大生の結衣さんって彼女が居るんだよ」
「……うん」
「顔は間違いなく美人なんだ。正直、一山幾らのアイドルよりは全然美人だしな。加えて頭の回転もはえーし、多趣味でマルチな才能も持ってる。性格だって優しいし……」
なんて言ったっけ? ああ、アレだアレだ。
「チートキャラみたいな人だ」
「……そんな人が彼女なの? それ、全然趣味が悪くないと思うんだけど?」
まあ、確かに今の話だけ聞けばそう思うだろうな。でもな?
「そんな美点を全部合計しても、スキップしてマイナスになる程……ぶっ飛んだ人なんだ」
「……」
「例えば魔王様……アイラさんだってスゲー美人だし、魔王になるぐらいだから色々スペック高い人だと思うんだよ。思うんだけど……なんだろう? こう、素直に尊敬出来ない感じがしないか?」
「……自分の母親を悪く言われてるのに、なんだろう? 全然反論出来ない」
「結衣さんもあんな感じ。しかも魔王様は『魔王』って肩書の上で無茶してる感じがするけど、結衣さんなんて唯の……って言ったら他の女子大生に失礼か。まあ、女子大生の域を出無い筈なのに、なんであんな無茶苦茶出来るのか……本当に謎の人だ」
「……なんとなく、凄い人だってのは分かった」
「だろ? 多分、悪魔と勝負しても勝つぞ、あの人」
無論、これは褒め言葉だ。
「なもんで、俺と浩之の共通の認識として孝介は凄い人だと思ってる。だって『あの』結衣さんの彼氏だからな。聖人か菩薩か、どっちかに決まってる」
もしくはドMかだな。これが一番有りそうではあるが。
「……なんか、良いね」
「孝介が?」
「ううん、そうじゃなくて……なんか、そんな関係性が良いなって」
何が楽しいのか、ニコニコした顔でそんな事を言って見せるヒメ。関係性?
「俺と浩之と孝介か?」
「うん。リズちゃんもだし、多分、その結衣さんって人もだけど……なんか、皆の仲が凄く良いんだろうな~って思って」
「……まあ、悪くはないかな」
「うん。多分、仲が良いからそんな……悪口? って言うのか? なんて言ったら良いのか良く分からないけど……」
「ああ、まあ言わんとしている事は分かる」
「そう? それでね、それが分かるから……こう……なんだろう? 嬉しくなった」
「……嬉しく、か?」
「うん。嬉しくて……ちょっと、羨ましいな~って」
照れ臭そうにそう言って、ヒメが視線を前方――既に年末ムード一色の商店街に向ける。横顔に浮かんでいる表情がなんだか泣き出しそうなのを堪えている様に映って。
「……マリア?」
思わず、俺はヒメの頭に手を置いた。
「……あー……なんだ? その……年明け、皆で初詣に行こうって話をしてるんだよ。流石に男女差でバランスも悪いし……こう、なんだ? 新年早々、一人でイチャラブっぷりを見せつけられるのも胸糞悪いだろ?」
「……えっと……」
「その……だから、アレだ。折角だしお前も一緒に行かねーか? んで、あのバカップル二組を指差して笑ってやろうぜ?」
俺の言葉に、驚いた顔は一瞬。
「……いいの、かな?」
おずおずと、でも期待の籠った瞳を向けて来るヒメ。
「良いに決まってる。浩之やオーレンフェルトとはもう逢ってんだし、孝介と結衣さんは人が増えるを喜ぶ事こそありこそすれ、疎む事はないし……二人とも、凄い良い人だから」
きっと、お前も直ぐに好きになって。
「……成れると思うぞ、友達に」
「……あ」
「まあ、無理にとは言わんが」
「う、ううん! 無理じゃない! 絶対に行く!」
「うし。それじゃヒメも参加で……っていうか、良いのか? 魔王候補的に初詣って」
「大丈夫! 魔界はそんなに心狭くないから!」
「心の広さが問題かどうかはまた別として……問題ないなら良いか。よし! それじゃ初詣、行こうぜ! 来年は行けるかどうか分かんねーしな」
「え? そ、そうなの?」
「来年は受験生だしな、一応。オーレンフェルトと結衣さんは良いんだろうが、俺と浩之と孝介は勉強しないと」
併設の大学に進むって方法もあるが……なんとなく、浩之は東京の大学に行きたいって言ってるしな。孝介だって勉強できるし、天英館じゃ勿体ないだろうし。
「そうなんだ……それじゃ、皆で遊びに行くことも無くなるの?」
「なんだかんだで行くとは思うけどな」
既に来年の夏は海に行く事になってるし。鬼だって大笑いだぞ、きっと。
「そうだ。お前も来るか?」
「……私? 私も行っていいの?」
「つうか、むしろ来い」
「……マリアは来てほしい?」
「当たり前だ。海だぞ? 水着だぞ? 来てほしいに決まってんだろうが」
「……」
俺の言葉に黙り込むヒメ。その後、頬を赤く染めてこちらを睨んで来る。なんだよ?
「……なんだよ? 急にジト目を向けて」
「……えっち」
……は? 『えっち』って――っ! ち、違う! そういう意味じゃねー!
「え――ば、バカ! そういう意味じゃ――」
……う、うん。
「――そういう意味じゃねーよ!」
「言い淀んだ! 何よ! じゃあどういう意味!」
「だ、だから! 海で水着でバカップル二組プラス一人ものだぞ! そんなモン、明らかに俺が浮くだろうが!」
何が悲しくて海でカップル二人のじゃれ合いを見続けなきゃいけねーんだよ! どんな拷問だ、それ!
「ホレ、『お一人さま』が二人居れば、その辺りも少しは緩和されるだろうが!」
「……そうかな? なんかむしろ底なし沼にはまりそうだけど」
うぐ……ひ、否定は出来んが……
「……というより、マリア? それだけなの?」
「それだけって……なにがだ?」
「だから……その、一人で居るのがイヤだから来てほしいの? 私の水着、全然楽しみじゃないの?」
「……さっき、『エッチ』って言ったのは何処のどいつだ」
「そ、それは! で、でも! その……」
顔を真っ赤にし、言い淀むヒメ。そんな姿に、溜息を一つ。頭をガシガシと掻いて、口を開く。
「……あんな? お前ってちょっと見かけねーぐらいの美少女の訳だよ? そんな美少女が水着姿って、楽しみじゃねーわけねーだろうが」
「……」
「……」
「……うふふ!」
「……うわ、カンジ悪い。言わせた感があるのがスゲーカンジ悪い」
「ごめん、ごめん。でもちょっと聞きたかったから。うん! それじゃ、すっごい可愛い水着用意しておくから楽しみにしておいて!」
「……へえへえ。楽しみにしておきますよ」
「もう! 照れない、照れない!」
バーカ。照れるに決まってるだろうが。
「うふふ! そうね。流石に初詣は厳しいだろうけど……」
「は? 厳しい? 何が――」
言い掛ける俺を、制する様に、ヒメが爪先立ちで俺の耳元に唇を寄せて。
「――来年の夏までには、バカップルが『三組』になってたらいいなっ!」
耳元を抑える俺の顔は、目の前で嬉しそうに笑いながらクルリとターンを決めるだろうヒメと同じくらい、きっと真っ赤だろう。




