第四十二話 既知との遭遇
一遍やってみたかったんですよ、クロスオーバーってやつ。
「……で? 二人はどんな関係なの?」
「……いや、どんな関係って。別に普通の――」
「恋人? まさか、本当に恋人なの!? やだ、マリア君! やったじゃない! まさかこんな美少女捕まえるなんて! マリア君、やるぅー!」
「――って、話を聞け! おい、保護者! 何とかしろ、コレ!」
「……すまん、マリア。おい、リズ。その辺にしておけ。変な詮索するなよな? マリアだって困ってるだろう?」
「なによ、ヒロのエエ恰好しい! それに、私には知る権利があるわ!」
「ねーよ」
「そんな事ないもん! 主は仰ったわ。『『非』のない所に煙は立たぬという。ゴシップは、ゴシップを書かれる方にも問題があるって事だ。それでも反論する様な奴には言ってやれ! 報道の自由だ!』って!」
「言ってねーよ! 自由ってのは何してもイイって免罪符じゃねーんだよ! あー……マリア、マジですまん」
そう言って俺に頭を下げる同い年ぐらいの男――私立天英館高校の級友である十条浩之に胡乱な目を向け、俺は隣で呆気に取られているヒメに視線をやった。
「なんかすまんな、ヒメ」
「あ、いや……」
そう言って、きょとんとした表情のままヒメが首を傾げて見せる。
「……と、言うか……なんだろう? 頭が付いて行かないんだけど……アレ? 私、マリアと一緒に買い物してなかったっけ? それが、なんで小洒落たカフェで四人でお茶してるの?」
「……うん、俺もそう思う」
……事の起こりは今から一時間ほど前。咲夜の言い付け通り、俺とヒメは買い物に出かけたんだよ。時間がちょっと早かったから、親父やおふくろ、それにラインハルトの朝飯作って……十時前ぐらいにな? 愛車である黒のママチャリ『黒王号』に二人乗りで。
「……たぶん、二人乗りが行けなかったんだろうな」
「……そうなの?」
「美女と野獣がママチャリで二人乗りだぞ? 知らない人だって注目するし――」
……知ってる人間だったら声を掛けるし、そこそこ仲が良ければ『なんで美女と野獣が二人乗りしてるの!?』って事情を聞きたくもなるもんだろうよ。
「……そう言えば自己紹介がまだだったな。ヒメ、こっちの女の子が……」
……ええっと。
「……どこだっけ?」
「ファストリア。ファストリア公国よ」
「そうだ。ヨーロッパにあるファストリア公国の出身で、名前がエリザベータ・サオリ……ええっと?」
「エリザベータ・サオリ・リグドゥナシャル・ファン・オーレンフェルト。マリア君、貴方ね? 人の名前、そろそろ覚えなさいよね? 国名も!」
「……悪かったよ」
覚えにくいんだよ、マジで。なげーし。
「まあ、取り敢えずオーレンフェルトさんだ。そんで、その隣に座ってる冴えない面の野郎が十条浩之。オーレンフェルトの保護者だ」
「お前に面の事は言われたくねーとか、誰が保護者だとか、言いたい事は腐る程あるけど……ええっと、初めまして。マリアのクラスメイトの十条浩之です。ええっと……?」
「あ! も、申し遅れました。私はヒメ。ヒメ・マ・オー・エルリアンです。マリアとは……ええっと……と、友達?」
「……ま、そんな所だな」
上目遣いでこっちを見て来るヒメに頷き、視線を十条――浩之に向けかけて、思い出す。
「あ、大事な事言ってなかった」
「大事な事?」
頭に疑問符を浮かべるヒメに一つ頷き。
「――コイツのあだ名は『ナイト』、或いは『神父』だ。ヒメ、好きな方で呼べ」
「お前と孝介しか言ってねーよ! エルリアンさん! 違うから! 俺のあだ名、そんなのじゃないから!」
こっちを睨みつけながらそんな事をのたまう浩之。いやいや、何を必死に否定しているんだ、ナイト君。いや、格好イイじゃん、ナイト。
「……どういう事?」
含み笑いをして見せる俺に、浮かべた疑問符を大きくしたヒメがそう問いかける。
「浩之、ファストリア公国で『ナイト』の称号を持つ貴族なんだってさ。その上、ファストリア教会の日本で一番エライ神父様なんだ」
「……は?」
「な、浩之?」
「…………そうだよ、一応な」
苦々しい顔を浮かべる浩之に対し、ヒメは相変わらずのポカン顔。そんなヒメに含み笑いを浮かべて見せながら、俺は言葉を続けた。
「こっちのオーレンフェルトがファストリア公国の……公爵で、まあ国家元首なんだよ。んで、この浩之に『恩』があるらしくて、ナイトの称号と領地と与えたんだとよ。そうだろう、浩之?」
「そうだよ! ついでに屋敷まで用意してくれてるらしいよっ! 行った事ねーけどな!」
そう言って不貞腐れた様にカップに入ったコーヒーを口に含む浩之。アレは衝撃的だったな。だってコイツ、夏休み前まではエロゲー大好きの普通の高校生だったんだぞ? それが夏開けたらお前、いきなり爵位持ちの貴族サマだ。
「……一応言っておくけど、俺は別にエロゲー大好きじゃないぞ? アレは孝介が持ってきているだけだ」
「なんだ? 嫌いなのか、お前は?」
「……」
「……」
「……ノーコメントで」
ホレ見ろ。格好つけるな、バーカ。
「……うるせぇ。お前だって大差ねーバカだろうが」
「いやいや。成績は俺の方が良いだろうが。あ、保健体育はお前の方が良いな? 流石!」
「何が流石か、この場で直ぐに言ってみやがれ!」
俺らのバカな会話を聞いていたヒメだったが、会話が途切れた所を見計らったか、興味深そうに視線を俺達二人の間で彷徨わせて口を開いた。
「……仲良いの? 二人……って言うか、絶対仲良いよね? 二人」
そんなヒメの言葉に、視線だけで浩之に問いかける俺。そんな俺の視線を受け、少しだけ嫌そうに浩之が言葉を発した。
「……非常に不本意ながらね。悪くは無いと思うよ」
「不本意って言うな、中等部からの腐れ縁だろうが」
「えっと……オーレンフェルトさんも?」
「オーレンフェルトは二学期から転校して来たから、付き合い自体はそんなに長くは無いけど……まあ、アレだ。浩之の彼女だからな、コイツ。そこそこ仲良くなる」
最初こそ、『浩之に銀髪の超絶美少女の彼女だと!?』と怨念すら芽生えたモンだが……まあ、さっきの言動で分かる通りオーレンフェルト、若干『残念』なんだ。
「おい、マリア! 別に俺らは付き合ってねーよ!」
「嘘付け。こないだも委員長が言ってたぞ? 『朝、十条君の家からオーレンフェルトさんが出て来たんだけど? 大本君、友達よね? ちょっと注意してくれない? 不純な異性の交遊は認められないわ』って」
「ちが――わないけど! そういうんじゃねーの! アレはサキさんも居たんだよ!」
「サキさんってメイドさんだよな? あの残念な」
「残念――だけど……お前、絶対本人の前で言うなよ?」
「言わねーよ、俺もあの人怖いし。いや、そんな事より……朝っぱらから三人って……お前、まさか……」
「それ以上言うな! お前が考えてる様な事は一切ねーよ!」
「は? 俺、『三人で朝までトランプでもしてたのか?』って考えただけだけど? なに想像したんだよ、お前?」
「お、お前と云う奴は……顔だけじゃ無くて底意地も悪いなっ!」
「顔は似たりよったり――では無いけど、お前だって人様の顔に文句言える程の面構えかよ? ちょっと彼女が出来たからって調子に乗ってるのか?」
「乗ってねーし、彼女じゃねーよ! お前も孝介も、一々しつこいんだよ! 迷惑だって何回い……わ……せ……え、ええっと……り、リズ? リズさん? えっと……ど、どうしました? そ、そんなに不機嫌そうな顔をして……ほ、ホラ! やっぱり女の子は笑顔が…………いち……ばん……」
浩之の言葉が徐々に小さくなり、ギギギと、堅い動きで視線をオーレンフェルトに向ける。向けられたオーレンフェルトは、優雅に紅茶を一口飲んで、お返しとばかりに冷たい視線を怯える浩之に向けた。
「………………別に」
……うん。とっても怖い。
「え、あ、う!?」
「……なに? ヒロ、貴方は私が貴方の彼女って思われたら『迷惑』なわけ?」
「あ、いや! そ、そういう訳じゃ無くてだな! そ、その……ご、誤解は解いて置かないと! お前だってイヤだろうが!」
「……」
「……り、リズさん?」
「……ふん。なにさ。そうよ? 別に私達は付き合ってないわよ? ええ、ええ、そうよ? 勝手に私が日本に来ただけだもんね? そうね。そうね? そうね! 別に付き合ってないですわよねぇー!」
「こ、声が大きい! ちょ、リズ! 此処、喫茶店!」
「ふんだ! ヒロのばーか!」
ツンとソッポを向くオーレンフェルトにオロオロとしながら『け、ケーキでも頼むか! な!』なんて必死に機嫌を取る浩之。
「……まあ、こういう関係性だ」
「……大体分かった」
「中々面白いだろう?」
「…………否定はしない」
だろうな。言い難そうにしながらもヒメ、目がキラキラしてるぞ?
「マリア君、エルリアンさん? ヒロがケーキ奢ってくれるって。時間大丈夫だったら、一緒に食べていかない?」
そんな俺らに、オーレンフェルトが中々魅力的な提案を持ちかけて来る。オーレンフェルトに見つからない様、小さく両手で『バッテン』を作って見せる浩之。うん、うん、分かってるよ、浩之君。
「……」
浩之だけに見える様、小さく頷く俺に浩之が安堵の息を吐いたのが見えた。そんな浩之をもう少しだけ安心させてやろうと思い、俺は心持声を張って。
「お! 浩之の奢りか! それじゃ御相伴に預かろうぜ、ヒメ!」
「マリアぁああーーー! お前、裏切ったな!?」
此処のケーキ、高いからな。ラッキーだ。
「ま、マリア! その……じゅ、十条さんに悪いわよ!」
「いいのいいの、エルリアンさん。ね? ヒロ? 皆にケーキ、奢ってくれるんだよね?」
「ちょ、リズ!? 俺、今月結構ピンチ!」
「奢ってくれるんだよね?」
「いや、だから! 本当に今月――」
「だ・よ・ね?」
「――好きなモノ頼めよ、コンチクショウ!」
やけっぱちに叫ぶ浩之に心の中で感謝の気持ちを現し、俺はヒメに見える様にいそいそとメニューを開いた。持つべきものは友達だな、うん。




