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第三十八話 大本家の女子会 その5


「……で? どーなのよ、咲夜?」

 麻衣、奏、鳴海の三人娘の、もう何回目を数えたら良いのか分からなくなるぐらい行って来た『マリア争奪戦』からしばし。『ちょっと小腹が空きません?』という咲夜の提案で、お菓子を摘まみながら話に花を咲かせていた五人であったが、話の切れ間、継ぎの意味も込めて麻衣が咲夜にそう話しかけた。

「はむっ! ……んぐ。へ? なにが?」

「恍けないの。ラインハルトさんよ、ラインハルトさん! いい雰囲気だったじゃん」

 言いながら、チョコレートを摘まむ麻衣。結構な遅い時間、今から食べたら主に腰回り辺りが大変な事に成りそうなモノではあるが……それを指摘する無粋な輩がこの場に居ないのは果たして幸せな事か、或いは不幸な事か。

「えー……いい雰囲気だったかな? 別にそんなつもりは無いんだけど……」

「そう……ですわね。咲夜さんがお酌をしている時のラインハルトさん、顔が真っ赤でしたわ。優しい目もされていましたし……アレは好意のある人間に見せる表情だと思いましたわ、私も」

「奏ちゃんもそんな事言うの?」

 参ったな~と頭を掻きながら、それでも満更ではなさそうな表情を浮かべる咲夜。

「でも……私、あんまりラインハルトさんの事知らないし。まあ、あのお兄ちゃんの友達が出来るんだから、良い人ではあると思うけど……」

 そう言って咲夜がチラリとヒメに視線を送る。その視線に気が付いたヒメが、ポテチの油が付いた指を舐めながら口を開いた。

「ラインハルト? 良い人……うん、良い人よ、とっても」

「……なんで言い淀んだんですか、ヒメさん?」

 人じゃないから。

「あ、あはは……ま、まあそれはともかく」

 流石にそんな事は言えず、コホンと一つ咳払い。そんなヒメにジト目を向けつつ、それでも咲夜は言葉を続けた。

「えっと……それじゃ! ラインハルトさんって日本人じゃないですよね? どんな……うん! どんな家庭で育ったんですか? お父さんとかお母さんとか!」

「……ラインハルトのお父さんは……まあ、ちょっと見た目は怖いけど、悪い人じゃ無いわ。お母さんは凄く美人よ。その……気品のある感じだし」

 枕詞に『一線を越えなければ』が付くが。

「へー! まあ、そう言われて見ればラインハルトさんも落ち着いた印象だし……良い所の出! とか?」

「あー……まあ言ってみれば『貴族』かな」

「…………へ?」

「だから貴族よ、貴族」

「え? き、貴族? 貴族ってアレですか? 『わはは! 働け、愚民どもよ!』とか言っちゃう、あの貴族ですか!?」

「……どの貴族よ、それ。そんな感じでは無いんだけど……まあ、『実家』は貴族にあたるかな~ってカンジ」

 オーク族は魔界七大魔族の一つであり、その族長の息子であるラインハルトは……まあ、拡大解釈である事に目を瞑れば『貴族』である事は間違ってはいない。

「……うへー。んじゃラインハルトさん、マジで良い所のボンボンだったんだ~」

「あー……まあ、ボンボンって訳じゃないけどね。蝶よ花よと育てられたというよりは……こう、どっちかって言えば……格闘に生きる一族? みたいな感じだし、ラインハルトの実家」

「おりょ? いいじゃん、咲夜。お似合いだよ! 格闘好きだし、アンタ」

「麻衣ちゃんには言われたくない。でも……いやー流石に、ちょっと貴族の人とお付き合いは精神的にしんどそうだよ? 『ヲホホ』とか言わなくちゃいけないんでしょ? マナーとか五月蠅そうだし」

「お困りならお助けしますわよ?」

「あー……まあ確かに奏ちゃんはマナーとか結構五月蠅いもんね~。でもまあ、当分いいかな~って。ホラ、私まだ色気より食い気だし」

 そう言ってチョコレート菓子をひょいっと口に運ぶ咲夜。そんな姿に、呆れた様に麻衣が溜息を吐いた。

「……あのさ? 一応、私らアイドルだし? 別に恋愛しろって言うつもりはないけど……でもね? 流石に中三にもなって初恋もまだって……どうよ?」

「うっ……」

「そうですわ、咲夜さん。咲夜さんの天真爛漫な所は確かに魅力的な所ではありますが、それでもそろそろ恋の一つや二つ、経験為されていた方が良いのではないですか」

「あう……」

「そうだよ、咲夜ちゃん。もうちょっと、お洒落に気を使ったりして……いつも、『動きやすい!』ってパンツばっかりでしょ? 偶にはスカートも履こうよ。制服以外、見た事ないよ?」

「ぐうぅ!」

 幼馴染からの容赦のない連撃。咲夜のヒットポイントは既にゼロだ。言ってる事は一理ある。まあ、揃いも揃って『不毛な恋愛』をしているこの三人には言われたくないというのもあるにはあるが。


「……おや? 夜に間食は感心しないでありますよ?」


 と、そこへお風呂上がりの髪をタオルで拭きながら室内へ入って来る一人の女性の姿があった。特徴的な喋り方に、紅い瞳、水に濡れて輝きを増した黒のストレートヘアー。誰あろう、クレアだ。そんなクレアに咲夜が『救いの神だ!』と言わんばかり、にこやかな笑顔を浮かべて。

「あ! クレアさん! お疲れ……さ……ま……?」

 その笑顔を、『ひくっ』と引き攣らせる。呆然とその姿を見つめたまま、ポツリと。



「……『彼シャツ』……だと……!」



 クレアが着ていたのは、マリアのチェックのシャツだった。クレア自身も長身ではあるが、なんせマリアは身長二メートルを越す大男。ワンピースの様にだぼっと羽織ったマリアの下から覗く艶めかしい素足に、誰かが『ごくり』と生唾を呑む音が聞こえた。

「……ああ、このシャツでありますか? 本日、急な宿泊となりましたので、寝間着を用意していなかったでありますよ。本官は制服のままでも構わなかったのですが……御母堂様が、『皺になる』という事で、お貸し頂いたであります」

そんな視線を軽く受け流し、クレアは微笑のままに言葉を続ける。その姿に、はっと意識を取り戻した様に咲夜が言葉を続けた。

「あ、あはは! お、お疲れさま、クレアさん!」

「ありがとうございます、咲夜さん。ですが、別段『疲れて』はおりませんので」

「え、えー! だってあの酔っ払い共の相手してたんだよ? 私も偶に相手させられるけど……絶対、疲れるじゃん!」

「……ご、ごめんね、クレア。ウチのママが……」

 冷静さを取り戻したか、うへーっと言わんばかりに顔を歪ませる咲夜と、心底申し訳無さそうに頭を下げるヒメ。そんな二人に苦笑を浮かべ、クレアはゆっくりと首を左右に振った。

「いえ……久しぶりに『楽しい』酒席であったであります。我らの……そうでありますね、『身内』での集まりはもう少し暗い感じでありますので」

「……そうなんです?」

「あまり活動的な身内ではないでありますので……特に、本官の両親は際立っていたでありますから」

 微笑を浮かべたまま、そう言ってゆっくりと奏と鳴海の間、一つだけ空いたスペースに腰を降ろすクレア。シャツ一枚、あまりにも無防備なその格好のままにクレアが腰を降ろしたばかりに、艶めかしい太ももが惜しげもなくさらされる。太過ぎず、細過ぎず、健康的な瑞々しさを放つその太ももに、思わず全員の視線が集まった。

「……どうしたでありますか?」

 全員の視線を集めたクレアが、コクンと首を横に傾けて見せる。少しばかりお酒が入っているのか、頬を薄紅に染め上げてまるで幼子の様な円らな瞳を見せるクレア。大人の女性のギャップのある可愛らしいそんな仕草に、思わず同性である事も忘れて五人はクレアに見入る。ゴクリ、と再び誰かの生唾を呑んだ音が聞こえた。

「あ……あははは! い、いやー! な、なんでもない! な、なんでもないですよ! た、ただ……そ、そう! あんまりに座り方が……そ、その……き、綺麗! 綺麗だったから!」

 咲夜、無理がある弁明。しかし、咲夜のその声にまるで金縛りが解ける様。

「そ、そうだよ! いやー、びっくりした! 何だろう? 『所作で魅せる』ってヤツ?」

「そ、そうですわね! とても嫋やかで、大和撫子の基本を見せて頂きました!」

「す、凄く綺麗でした!」

「そ、そうね!」

 皆、それに乗っかる。流石に『いや、あんまりに色っぽくて』とは同性でも――否、同性だからこそ言い難いか。口々に紡がれるべた褒めの雨霰、普通の人であれば照れて頬の一つでも染めて見せる所であろうが、クレアは全く動じず、にこやかな笑みを浮かべたままで言葉を紡いだ。

「ただ座っただけでありますが……ですが、ありがとうございます。それで? 皆さま、どの様なお話をされていたのでありますか?」

 巧く誤魔化せられてくれた事にほっと息を吐きながら、麻衣がクレアの質問に答える為に口を開いた。

「え、えっと……こ、コイバナ! コイバナしてたんですよ! あ! クレアさんも良かったらしません、コイバナ!」

「……こいばな、でありますか?」

「あ……い、イヤですかね?」

「いえ……その、イヤとかイヤでは無いとかではなく……大変申し訳御座いません、麻衣さん。本官はその『こいばな』というモノがどの様なモノかわかりません。ご教授願えれば幸いです」

「……へ? え、クレアさん、コイバナ知らないんです? 恋の話ですよ、恋の話! こう、誰が好き~とか、誰が格好いいとか……」

「ああ、色恋の話でありますか」

「色恋って。えっと……う、うん。良かったら教えてくれません? その……クレアさん、美人だし……こう、後学の為に」

「恋愛感情に限った話ではないでありますが、基本的に『感情』とは定型化出来ない類のものではありませんか? 百人居れば百通りの動きがあるのが感情というものだと愚考致しますが」

「……う……で、でも! ほら、なにかの参考にはなりますし!」

「……なるほど。確かに定型化は出来ないがある程度、想定されるパターン分けは可能であると? そのお考えはアグリー出来るであります」

「……正直、何言ってるか良く分かんないけど……う、うん! そうそう! 聞きようによる、ってやつです!」

「で、あるのであれば大変申し訳御座いません。本官は生まれてこの方、『恋愛』という感情の動きを行った事が無いであります。無いモノはご説明出来ません。この場に置いて皆様のお役に立てない事、重ねてお詫びいたします」

 淡々と、『初恋もまだです』と言い切るクレア。その姿に、咲夜がポカンとした顔を浮かべた。

「……え? く、クレアさん、初恋もまだなの?」

「申し訳ないであります」

「いや、申し訳なくは無いんだけど……」

 信じられないという表情を見せる咲夜。その表情に、この部屋に来て初めてクレアは表情を苦笑に変えた。

「……その……我が一族はプライドの高い一族でしたが……本官は所謂『落ちこぼれ』でありましたので。恋愛対象にもならなかったし、本官自身も誰かを『愛する』など、相手に対して迷惑であると考えておりましたので」

 苦笑を浮かべたまま、なんでも無い様にそう言い切るクレアに、五人が絶句する。その姿を見やり、クレアは場の空気を重くした事に頭を下げた。

「折角の楽しい場を台無しにしたであります。重ねて、謝罪を」

「あ、いや、その……あ! クレアさん! そ、その……飲み物! 飲み物、注いで無かったですね!」

 慌てた様に、麻衣が布団の中央のペットボトルとガラスコップに手を伸ばす。

「そ、そうだね!」

 同時に、咲夜も。まるでコント、打ち合わせをしたかのようにお互いに伸ばした手がガラスコップに当たり、そのまま『ガシャン』という鈍い音が室内に響いた。

「――っ! つう……」

「ちょ、マイちゃん! だ、大丈夫!?」

「あ、あはは~……ちょっとドジっちゃいました」

「ドジったって……あ! 手! 手、血が出てるじゃない!」

「あー……大丈夫です。ちょっと指の先を切っただけですか――」


 麻衣の言葉が、中空を舞う。


「……く……れあ……さん?」


 麻衣の視線をなぞる様、ヒメの視線がクレアを捉え――そして、ヒメは息を呑む。




「――…………あ」




 頬を上気させ。


瞳をトロンとさせ。


吐く息は……荒い。

 

酒酔いとは違う、隠し切れない興奮の朱にその頬を染めたまま、一点――『血』の出る、麻衣の指先を見つめたクレアのその姿に、ヒメの脳髄が忘れていた事実を呼び起こす。

「……? ……っ!」



 ――クレア・レークスは……『ヴァンパイア』である、という事実を。



「――クレア! ダメ!」



 叫びは、殆ど衝動的。


「…………あ……ひ……め……さま?」


そんなヒメの叫びに、ゆっくりとクレアはヒメに視線を向ける。爛々と輝くその瞳と――そして、伸びる犬歯に思わずヒメが息を呑み、それではいけないと思い直して息と言葉を吐き出す。

「クレア!」

「……ヒメ様」

「だ、ダメ! クレア、だ――」


 ヒメの言葉を遮る様に。



「……済みません、ヒメ様……本官は……『血』を見るのが……苦手なのであります」



 そう言って、笑顔を浮かべて。




「――――……きゅぅう……」




「――めぇ…………って……へ?」


 上気させていた頬を真っ青に染め、漫画だったら絶対に瞳が『ぐるぐる』しているであろう表情を浮かべたまま、パタンと後ろ向きに布団に倒れ込んだ。


ひとまずコレで三人称は終了。

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