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第三十五話 大本家の女子会 その2

 ピーマンが嫌い、という突然の奏の告白。そんな奏に、ヒメは『なんで急に?』と言わんばかりに頭に疑問符を浮かべながら、それでも言葉を返した。

「……まあ私も……その、そんなに好きじゃないかも、ピーマン」

「苦いですしね、ピーマン。栄養はあるのでしょうが……あまり子供の好む味ではありませんし」

 そう言って見惚れる様な微笑みを浮かべながら、奏は言葉を続ける。

「……私の家は会社を経営しておりますが、有り難い話業績も順調でして……まあ、『裕福』な家ではあると思います。幼い頃から何不自由なく暮らさせて頂きましたので……その、恥ずかしながら私も小さい頃は『我儘』でした」

「だよね~。あの頃の奏ちゃんに、今の奏ちゃんを見せてあげたいよ。『誰コレ?』だもんね。もう、完全無欠の『お嬢様!』って感じだったし!」

 昔を思い出したのか、ニヤニヤした笑みを浮かべながらそう言う咲夜に、奏は困った様な笑顔を浮かべる。

「……お恥ずかしい話ですが、咲夜さんの仰る通りです。我儘放題で育った私は、嫌いなピーマンが出ると直ぐに癇癪を起してテーブルをひっくり返していたんです。『こんなもの、食べられませんわ!』と……一生懸命作って下さる方がおられるのにも関わらず……本当に、子供だったんです」

「いや、まあ本当に子供の時の話だろうけ――」

 そこまで喋り、ヒメは何かに気付いたかのようにポンっと手を打って見せる。

「――ああ、分かった! それをマリアが叱ってくれた、とか?」

 正解だろうと言わんばかりのそんなヒメの言葉に、奏も麻衣同様に首を振って見せた。

「……いいえ」

 横に。

「……違うの?」

「ええ。躾自体は厳しい家でしたので、私が癇癪を起しても父は許してくれなかったんです。その様に癇癪を起した日は、父は食事を与えてくれませんでしたので。それでも、私は『食べたくない』と我儘を突き通しておりました。ピーマンを食べるくらいなら晩御飯を抜きにした方が良いとすら思っていましたので」

「……それ、我儘って言うより意思が強いとかじゃないの? 他のを食べたい、じゃなくて、何も食べないを選択するって」

「そう言えば言い方は宜しいですが……ですが、ピーマンですからね? 単純に、意固地なだけです」

 苦笑をしながら、なにかを懐かしむ様に奏はそっと瞳を閉じる。

「一度言いだしたら聞かないのが当時の私でしたから文字通り三日三晩、食事を抜いていたのです。成長期の子供が三日三晩なんて百害あって一利なし、そんな私に困り果てたお父様は、マリアさんに相談したそうです。その……今とは別の意味ですが、あの時から私は『マリアお兄ちゃん』を慕っておりましたし、そんなお兄ちゃんの言葉なら私も耳を傾けるのでは無いかと、お父様も思ったのでしょうね」

「……それで?」

「マリアさんは私に仰いましたわ。『奏、ピーマンの『味』が嫌いなんだろう? 俺もあんまりあの味、好きじゃねーんだよ。苦いし。だから……二人で食べられるように練習しようぜ? 食べ易い様に俺が調理してやる!』って」

「……ああ」

「それから毎日、ピーマン料理を作って下さいました。肉詰め、チンジャオロース、ピーマンの微塵切り入りのハンバーグ……毎日毎日、手を変え品を変えて、私の為に料理を作って下さいました。確かに、マリアさんの作られるピーマン料理はピーマンの味がしませんでしたので、私も何とか食べる事が出来ました。自分だって嫌いなピーマンをマリアお兄ちゃんも一緒に食べて下さると言うのもありましたし……なにより、マリアお兄ちゃんに嫌われたくありませんでしたから。そうやって、なんとかピーマンを食べていたのですが……」

「……食べていたのですが?」

 言い淀む奏に言葉を重ねるヒメ。そんなヒメの質問に、奏は困った様に眉根を寄せる。


「……マリアさん、ピーマンアレルギーだったんですよ」


「……あるの、ピーマンアレルギーなんて?」

「主に消化器系に出るアレルギーなのですが、マリアさんは肌に出る方でしたので……その、体中に湿疹が出てしまいまして」

「……ああ、あの時のお兄ちゃん、とんでもなく怖かったよね? 普通にしてても怖い顔してるのに、あの顔中に発疹が出てるんだもん」

 言葉を引き継いだ咲夜に小さく苦笑を浮かべて、奏は口を開いた。

「その……怖い、怖くないはともかく、見るも痛々しい顔にはなっておられました。『もうイイです!』って何度私が止めても、『大丈夫、大丈夫。俺の事より奏、ピーマン美味いか?』って……」

 慈しむ様に両手を重ね合わせて。

「……いつの間にか、私はピーマンを食べられる様になっていました。マリアさんをこれ以上……そうですね、『傷つける』訳には行かないと思ったのもありましたが……純粋に、美味しかったんですよ。マリアさんのお料理は」

 ヒメさんもお分かりいただけるでしょう? と目線だけで問いかける奏にヒメも小さく頷いて見せる。確かに、今日のカレーも抜群に美味しかった。

「美味しい料理だったから、マリアの事が……その……」

 そんな訳は無いと思いながらの、確認。そんなヒメの言葉に、奏は笑顔を浮かべて首を左右に振った。

「胃袋を掴まれた、というのも否定はしません。しませんが……先程も申した通り、我が家はそこそこ裕福ですので。やはり、シェフが作る料理に比べればマリアさんの料理は幾分劣ります。ああ、それでも十分美味しい料理である事は間違いないのですが……なんと言うのでしょうか? 私は、私の為にあれ程自分が傷付いてまでも何かをして下さったマリアさんのそのお気持ちが、とても、とても嬉しかったのです」

「……」

「それからはもう……『ずぶずぶ』ですわね。マリアさんは常に私達の事を気に掛けて下さっていましたし、それがたまらなく嬉しく……願わくば、ずっと私に『優しく』あって欲しいと思いました。他の誰でもなく……この、私に」

 もう一度、にこり。その微笑みのまま、奏は視線を鳴海に向けた。

「……さあ、鳴海さん?」

「……私も言うの?」

「それはそうですわ。私達だけ、では不公平でしょう?」

「うー……」

 涙目上目遣いで奏を見上げる鳴海に、慈悲深い様でいて有無を言わせぬ瞳を向ける奏。見つめ合う事しばし、諦めた様に鳴海は小さく溜息を吐いた。

「……うー……え、えっと……その、私は最初マリアお兄ちゃんの事が……その……き、嫌いだったんです」

「……へ?」

「あ、き、嫌いって言うとちょっと語弊があるんですけど……」

 少しだけ、言葉を選ぶように視線を中空に向ける鳴海。


「そ、その……苦手、かな? 苦手だったんですよ」


 やがて、意を決した様に鳴海が言葉を続けた。

「私、小さい頃から人見知りで、保育園でもずっと一人でお人形遊びとか絵本とか読んでいたんです。私自身、それでも全然満足していたんですけど、ある日ですね?」

 一息。

「……絵本読んでたら急に、『高い高い』されたんです。マリアお兄ちゃんに」

「……わあ」

「不意打ちだったんでパニックになって、慌てて下を向いたら……その、マリアお兄ちゃんの顔があったんです。笑顔の」

「…………怖かったでしょ、それ?」

 ヒメの言葉に小さく微笑みを浮かべ、鳴海はコクンと頷いて見せる。


「物凄く。火が付いた様に泣きました」


「……」

 ヒメ、言葉もない。此処にはいないマリアがあまりに不憫で……そして、当時の鳴海がそれに輪を掛けて不憫に思え、心の中で手を合わせる。

「マリアお兄ちゃんは私が一人で遊んでいるのが気になったんでしょうね。友達が居ない様に見える……まあ、実際居なかったんですが、友達が居ない私が可哀想に映ったんでしょう。あの人は、優しい人ですから」

「……そうね」

「ただ、当時の私は全然苦痛じゃ無かったんですね。マリアお兄ちゃんはその後も話しかけて来てくれたんですが……『怖いお兄ちゃんに話しかけられてる』ぐらいにしか思いませんでした。もっと言えば、折角遊んでいる私の邪魔をする人にしか見えなかったんですね」

 そう言って、照れ臭そうに頬を掻く鳴海。

「……ある時ですね? 保育園で遠足……というか、お外に遊びに行くことになったんです。それで、例の如くマリアお兄ちゃんが話掛けてきてくれたんですが……体力も無かったし、疲れていたんでしょう。イライラしていた私は『話しかけて来ないで!』って、マリアお兄ちゃんから逃げる様に……その、車道に飛び出したんですよ」

「っ!」

「……気付いた時には目の前に軽自動車があったんですね。死んじゃうんだって思って、怖くて、悲しくて、ぎゅっと目を瞑っていたら、不意に横からドンって押されて。慌てて眼を空けたら――」

「……マリアが、助けてくれていた?」

 ヒメの言葉にコクリと頷いて見せる鳴海。それでは足りないと思ったか、鳴海はまるで大事な宝物を扱う様に、そっと口を開く。


「――マリアお兄ちゃんは命の恩人なんですよ、私の」


 言葉を紡ごうにも巧く紡げない。口を二、三度開閉させ、その後唇を噛み締めるヒメに、少しだけ呆れた様に麻衣が口を開いた。

「……と、鳴海は言っていますが? 咲夜、実際は?」

「運転していたのが八十を超えたお爺ちゃんだったから、物凄くスピードがゆっくりだったんだよね~。お兄ちゃん、『引かれた』っていうか『当たった』だけだし。むしろ軽自動車のバンパーが壊れた」

「これが真相です、ヒメさん」

「……言葉も無いんだけど」

「あ、ちなみにマリアさんに押された鳴海さんは溝に足を嵌らせて骨折していましたね?車に当たった方が軽傷だったのではないですか?」

 口々にそんな事を言いだす幼馴染たち。そんな幼馴染に対し、鳴海はぷくーっとほっぺたを膨らませて見せた。

「もう、皆して! いいの! 私は嬉しかったんだから! 身を挺してまで庇ってくれたの、マリアお兄ちゃんは!」

 鳴海の言葉に、咲夜、麻衣、奏の三人が目を見合わせ、苦笑を浮かべて両手を挙げて降参のポーズ。その姿をジトーっとした目で見つめた後、鳴海が小さく溜息を吐いた。

「……まあ……皆の言う通りその時、足を骨折したんですよ。そしたらマリアお兄ちゃん、物凄く責任感じちゃって。別にお兄ちゃんが悪い訳じゃ無いのに、お兄ちゃんは助けてくれたのに、何度も何度も私に謝って……なんでしょう、そんなマリアお兄ちゃんを見てると、物凄く、胸の奥がぎゅーってなって……」

「……うん」

「……その時、『この人がこんな顔をしなくて済む様にしたい』って思ったんです。こんな可愛げの無い私を構ってくれて、助けてくれたこの人に……私の為に身を挺して救ってくれた『マリアお兄ちゃん』に、こんなに辛そうな顔をさせるのはイヤだって……そう思ったんですよ」

 手元のオレンジジュースのコップを手に取り、中身を一口嚥下。『ほうぅ』と息を吐いて、鳴海は視線を麻衣に向けた。

「……これで良い、麻衣ちゃん?」

「おっけー、おっけー。やっぱり、これじゃなきゃフェアじゃないしね」

 親指と人差し指で『丸』を作り、オッケーのサインをして見せる麻衣。その姿に、奏が呆れた様に溜息を吐いた。

「……はあ。本当に麻衣さんは。恥ずかしったんですよ、私?」

「ごめんって。でもね? 奏だって鳴海だって気にならない?」

「それは……」

「気になる……かな?」

「でしょう?」

 二人の同意の声。その声に、麻衣はにこやかに頷く。

「さて……これで私達の話は終わりました」

 そのまま、視線をヒメに向けて。



「――宜しければ、教えて貰えませんか? ヒメさんは……マリアの、私達の『お兄ちゃん』の、何処が好きですか?」



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