第三十三話 初デート
「……さて」
ヒメを初めとした魔界組四人と、咲夜率いるKID四人、プラスして俺、母親、父親の総勢十一人分の料理を作る為、俺はキッチンに置いてある冷蔵庫の扉を開ける。
「あれ? 結構イイ食材あるじゃん?」
思った以上に豊富な冷蔵庫の中身に首を捻りつつ……そういえば年末年始に向けて両親が買い出しに行っていた事を思い出す。そっか、これ年越し用か。
「……流石にこれ使ったら怒られるよな」
冷蔵庫のドアをパタンと閉め、取り敢えず米を水で洗う。しっかり洗い終わった後に水を入れて炊飯器のスイッチを入れると、俺は一度二階の自分の部屋に戻る。財布と携帯をポケットに仕舞うとコートとマフラーを引っ掴み、そのまま階下のリビングのドアを開けた。
「ごめん、ちょっと出てく――」
「ははは! アイラさん、イケるクチですか!」
「にゃはははは! うん! 全然イケるクチっす! いやー美味しいですね、このお酒! さっすが、マリア君のお父さんの秘蔵の一品だぁ!」
「そうでしょう、そうでしょう! ん? ラインハルト君? 盃が進んでないのではないか? 遠慮せずにガンガン飲みたまえ! さあ、咲夜! お酌をして差し上げなさい!」
「はーい! ラインハルトさん、どうぞー!」
「あ、ああ……そ、その……ありがとう、サクヤ殿」
「ねえねえ、クレアちゃん? その髪、綺麗に手入れしてるわね~。何処のシャンプー使ってるの? 高いヤツ?」
「本官でありますか? 御母堂殿、これはその様な良いモノではなく……」
「えー! ズルいよ、クレアさん! 教えてくださーい!」
「そうですわ。髪は女の命と申しますし……宜しければクレアさん、お教え願えれば」
「私も興味あります!」
「――る……よ?」
……おい、お前ら。俺に食事任せて酒盛りとはいい度胸ですね? 後、ラインハルト。鼻の下伸ばして無いのは評価してやるが、顔が真っ赤だ。酔いだけじゃねーだろ、それ?
「――あ、ま、マリア!」
俺の言葉に唯一気付いたか、盛り上がっている酒盛りの輪を抜け出してトテトテとヒメが駆け寄って来る。
「よう。楽しんでるか……って、あれじゃあ楽しめないか。つうかなんで出来上がってんだよ、親父と魔王様」
「ええっと……あ、あはは。そ、それよりマリア、何処か行くの?」
「ちょっと食材が心許ないからな。買い出しに行って来ようかなって思ってな」
「あ、そうなんだ」
「おう。まあゆっくりしててくれ。直ぐに戻るから」
ヒメに片手を上げ、見つかると厄介だと思った俺は心持静かめにドアを閉める。と、閉まり切る直前、ダウンの裾が引っ張られた。
「……どうした?」
「その……私も一緒に行ったら……ダメ?」
なんですと?
「いや……え?」
「そ、その……なんだか酒盛り組は出来上がってるし、マリアのお母様の方は……お洒落の話題で盛り上がってて……」
「……あー」
「た、楽しくない訳じゃないのよ! で、でも……その……わ、私は、友達がいた事ないから……そ、その……」
……なるほどな。どう話を転がしていいか、良く分かんねーってやつか。でもな、ヒメ? これから魔王様になろうってヤツが、コミュ障じゃ格好が付かないだろうが? 目の前の困難から逃げるのは、流石にあんまり賛成は――
「……その格好じゃ寒いだろ? コート取ってこい」
――こ、今回だけだからね! 俺の言葉に、ヒメの顔がぱーっと華やかになる。そんな姿に苦笑を浮かべ、俺は人差し指を口の前に立てて『しー』のポーズ。こくんと頷いたヒメが隠密行動でコートを無事に救出すると、そのまま二人で連れ立って玄関から外へ。
「……」
「……」
「……クス」
「……くくく……」
後ろ手でそっと玄関のドアを閉めた後、悪戯が成功したみたいな顔を浮かべたヒメと二人、玄関前で笑い合う。
「……と、あんまり此処で笑ってたら見つかっちまうな。行くぞ?」
「うん! えっと……何処に?」
「人数も多いし、カレーにしようかって思ってな。カレー、知ってるか?」
「あ、うん! 私もカレー好きだよ? カレーの日はパパが作ってくれるの。『カレーはお父さんが作るもんなんだよ?』って」
「あー……そういう家庭もあるかもな」
まあキャンプの定番だし、典型的な『親父飯』かも知れん。ウチの場合は鍋と焼肉が親父の管轄だけど。
「えっと……それじゃ、スーパー?」
「スーパーって単語が分かる事に俺は今、ちょっと驚いてる。まあスーパーも行くけど、後でだな。ちょっと歩くけど、香辛料が豊富な専門店に行っていいか?」
「……」
「どうした? 歩くの嫌か?」
「いや、歩くのは良いんだけど……え? こ、香辛料? え? カレーってカレールーを入れたら出来るんじゃないの?」
「久しぶりの料理でルーから作ったカレーだと、鳴海が拗ねるからな。『マリアお兄ちゃん、手を抜いた~』って」
本当はもうちょっと凝った料理も作りたかったんだが……でも、あの人数で食べるんなら鍋かカレーがベストだろう。
「お鍋はダメなの?」
「ダメじゃ無いけど……鍋って難しいんだよな。こう……さじ加減が」
「さじ加減?」
「ぶっちゃけ、鍋って野菜と肉を適当に切って放り込んでも出来るだろう? 簡単っちゃ簡単なんだけど……逆に、出汁とかに凝り出したらとことんまで凝れるし。『いい塩梅』ってのが難しいんだよ、鍋は」
野菜と肉を放り込んだだけだったら、ルーから作ったカレーよりも鳴海が拗ねるかも知れんしな。かといって、あんまり凝るには時間がない。
「その点、カレーは圧力鍋使えばある程度時間は短縮出来るし。スパイスから作ったカレーなら、鳴海も文句言わねーだろうしな。後は……まあ、初対面の人も多いだろう? 鍋は皆でつつくのが醍醐味だけど、イヤな奴もいるかも知れないだろう?」
勝手なイメージだが、クレアとか。ホレ、吸血鬼とかって潔癖症な感じがしねーか? 美女以外の生き血は飲まないって所とかさ。
「……驚いた」
「なにが?」
「マリア……本当に『お母さん』みたいね」
「……それは俺に取っては不名誉な話なんだがな?」
「あ、ご、ごめん! 悪い意味じゃなくて……そ、その……凄く、色んな事に気を使ってるんだな~って……」
「そうか? 別に特別な事をしてる訳じゃねーんだけど……」
普通に考えりゃそうだろう? 折角作る以上は皆には楽しんで食べて貰った方が良いしさ。
「あんまり男子高校生が考える事じゃないと思うけど……でも、うん! 素敵な考えだと思う!」
素敵と来たか。そんなオーバーなヒメの言葉に苦笑を浮かべ、俺はヒメと並んで海津の街を歩く。既に年末モード一直線のその街並みを見るとは無しに眺めつつ、ゆっくりと。
「……ねえ?」
あと二、三日でこの街がすっかり新年モードに模様替えするんだよな~なんてぼーっと見ていた俺にヒメから声が掛かる。
「なんだ?」
「その……お裁縫とお料理が趣味って、ホント?」
「まあな。似合わねーだろう?」
「え、えっと…………う、うん」
気まずそうに、それでもコクリと頷いて見せるヒメ。その後、おずおずと言葉を続けた。
「そ、その……な、なんか理由があったりする?」
「理由?」
「お裁縫とか、お料理が趣味になった……理由、とか……」
「あー……まあ、あるちゃあるな」
「……えっと……」
言外に、『教えて!』と言わんばかりにキラキラした瞳を浮かべて来るヒメ。その姿に頭を掻きながら、俺は言葉を続ける。
「その……なんだ? 咲夜達が小学校の一年……か、二年の時か? 学芸会で演劇やる事になったんだよ」
「うん」
「ホレ、アイドルなんてしてるから分かる通り、アイツらって見た目、可愛いだろう? まあ、四人とも重要な役だったから……こう、な? 衣装を作ってやったんだよ。そしたら喜んで喜んで……まあ、それからかな」
麻衣なんて泣いて喜んでたからな。あんなの見せられたら、お兄ちゃん冥利に尽きるってモンだ。
「……そうなんだ」
「何かを作るってのは楽しいんだなって思って、それからちょくちょくアイツらの服を作ってる。嬉しそうにして貰えるのは有り難いし……嬉しいしな。あんな古着で、安上がりな奴らだと思うけどよ」
ちなみに、咲夜だけは頑なに俺のリメイク洋服着ようとせん。なんだよ? 俺から加齢臭でもしてるってか?
「……あー……なんとなく、理由分かるかも」
「咲夜が俺の服を着ようとしない理由か?」
「うん。私の口から言うのはアレだからあんまり言わないけど……でも、そうね? サクヤちゃん、とっても友達思いだと思う」
「兄貴の古着をツレに着せるのが友達思いか?」
「うん!」
「……意味分かんねーんだけど?」
たぶん、憮然とでもした表情をしていたんだろう。そんな俺の表情にヒメはクスリと笑って見せて。
「……なんか、いいな」
ポツリ、と。
「……何がだよ?」
「ん……なんか良いな~って。貴方達……マリアと、マリアの『妹達』の関係性が凄く……なんだろうな? 羨ましいな~って」
そう言って、儚げに、笑う。
「……ヒメ?」
「私ってホラ、『お姫様』でしょ? なんていうのかな……ああいう、幼馴染に凄く憧れるのよ。言いたい事言い敢えて、甘えられて、お互いを気遣いあって、仲が良くて……そういうのに……凄く、凄く……」
――憧れるの、と。
「だからね? ちょっとだけ、羨ましか――って、ま、マリア!? ちょ、何するのよ!」
最後まで、喋らせない。
「……あー……なんだ? そのな? 『幼馴染』ってのは今からは難しいと思う」
置いた手の下にある頭を撫でながら、言葉を継ぐ。
「……マリア?」
「幼い頃からの馴染みだから、幼馴染だしな。流石に今から『幼馴染です!』ってのは無理があると思うんだよ」
「マリア? 何言ってるの?」
「……何言ってるんだろうな、俺。えっと……だからな?」
まあ……アレだ。詰まるところだな?
「幼馴染は無理でも――『友達』には、なれるんじゃないか?」
「……え?」
「アイツらは……まあ、ああ見えて結構バカな奴らだけど、それでも気が良い奴らなんだよ。だから……その……なんだ? お前もコミュ障拗らせて壁作るんじゃなくてだな? その……もうちょっと、心の壁を取っ払って突入してみてもだな? そんで、我儘言ったり、甘えたり、そういう事も……なんだ? ちょっとして見てもだな?」
「……もしかして……マリア、慰めてくれてる?」
「…………はん」
巧く言葉に出来ず、ソッポを向く俺。そんな俺の姿に、ヒメがぷっと噴き出した。
「……ぷっ……あはは! なにそれ!」
「……うるせー」
「ホント、バカ! ぷっ……何よ、『友達にはなれる』って! あはは!」
「だー! もう! 悪かったよ!」
似合わねー事言ったよ! 笑いたきゃ笑え!
「ぷっ……ご、ごめん……あ……」
「……」
目の端に涙を浮かべてまで大笑いするヒメに、半眼を向ける。そんな俺の視線にコホンと咳払いを一つ。ヒメは目尻の涙を拭って笑顔を見せた。
「……ありがと、マリア」
「……そう思うなら大笑いしないでくれねーか?」
「だって……ぷっ……コホン。うん! でも、マリアの言う通り……そうね? 私も『妹』達と……」
一息。
「――『いもうと』達と仲良くしてみるわ!」
「おい、なんで『妹』を二回言う?」
大事な事なのか? 大事な事だから二回言ったのか?
「マリアには分からなくていいんですよーだ!」
そう言って、楽しそうに笑って『たたたっ』と俺の隣から前に走り出すヒメ。
「おい! お前、道分かんねーだろうが。先に行くな」
一体、何処に行くつもりだと少しだけ大きな声を出す俺に、二、三歩走った所でヒメが振り返り。
「――ねえ? 今度、時間がある時で良いから……私にも一着、仕立てくれない?」
思わず見惚れる様な、蕩ける様な素晴らしい笑顔を浮かべて見せた。
「……仕立てるなんて大したもんじゃねーよ。つうか、お姫様に古着なんか着せられるか」
なんだか、その笑顔を見るのが気恥ずかしくて、俺は憎まれ口をたたきながらヒメの隣までそそくさと足を進める。隣に並べばもう見なくて済む、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ヒメが回り込む様に俺の前に顔を出した。
「えー! ねえ、お願い! 私もマリアの服、着てみたい!」
『お願い!』と俺の前で手をパチンと合わせるヒメ。
「……いや、だから」
「お願い!」
「……あのな、ヒメ?」
「お願い、お願い、お願い!」
「…………気が向いたらな」
梃子でも動かないと言わんばかりのヒメの態度に溜息と共にそんな言葉を吐き出す俺。なんて無力なんでしょうか。
「ホント? やった!」
そんな俺の心情とは裏腹、その場でぴょんぴょん跳ねるヒメに……なんだろう? もう、どうでも良くなって来た。
「あー楽しみだな! ねえ、マリア! 私、青い服がいいな~」
「青、か……半袖なら直ぐにあるけど、流石に寒いだろうし……うーん……お? ヒメと俺のサイズ差ならワンピースとかも出来るかも知れないな。上にコートでも羽織って」
「あ、ワンピース良いな! 格好良く仕上げてね!」
「格好良く? 可愛くじゃなくてか?」
「うん! ホラ、私も魔王候補な訳だし、そろそろ『大人の女』を目指そうかなって!」
「……大人の女は『痛いの痛いのとんでけー』とか言わないと思うがな?」
「あ、あれは! も、もう! 今言わなくてもいいじゃない! マリアのバカ!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「はーい」
「伸ばさない!」
そんなバカな会話をしながら――それでも笑顔を浮かべ、俺達二人は海津の街を心持ゆっくりと、肩を並べて歩いた。
ちなみに、家に帰ったら玄関で仁王立ちになっていた麻衣に『……なに二人でデートしてんのよ! ちゃんとしなさいよ、このバカマリア!』って滅茶苦茶怒られた。いや、デートじゃ無くてお前らが食べる為のモノを買い出しに行っただけなんだが……なにさ、この理不尽?




