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第三十二話 アイドルの、お兄さん

一応、この話は『主人公無双』ですので。


 海津駅前に林立するファーストフード店の一軒、『わくわくどーなつ』通称『わくど』。ドーナツを名乗りながら一切のドーナツ関連商品の販売を行わないという、JAROに真っ向から上等切ってる様な店だ。その最奥の十二人掛けのテーブル席で、俺の隣に座った麻衣がアイスコーヒーの入ったグラスにストローを付けてブクブクと泡を立てていた。

「……おい、麻衣。行儀が悪い」

「ばびぼ。ばびばばばぶびんべびょ!」

「……何喋ってるか分かんねーよ。取り敢えずお前、ストローから口離せ」

 俺の言葉に不満げにしながら、それでも麻衣がストローから勢いよく口を離す。その拍子に、コーヒーの飛沫が麻衣の口元に飛び散った。

「あー、もう……口の端、コーヒー付いてるじゃねーか。ホラ!」

「……ん!」

 口をコッチに突き出す麻衣に溜息を吐き、俺は手元のナプキンで丁寧に麻衣の口を拭う。

「……お前な? 何が悲しくて来年高校生になる女の子の口元のコーヒーを拭わなくちゃいけないんだよ」

「ふんだ!」

「ふんだって……お前――」

 可愛げなく『つーん』とソッポを向く麻衣に、尚も注意を仕掛けた俺はヒメ、魔王様、ラインハルト、クレアの視線がこちらに向いている事に気付いた……えっと?


「「「「……」」」」


「…………え? な、なんだよ、皆して」

 びっくりした様な表情を浮かべて此方を見やる四人――じゃないや、ヒメ、魔王様、ラインハルトの三人だな。クレアは相変わらずにこにこしてるだけだし。

「その……マリアとマイちゃんって……つ、付き合ってたり……するの?」

 そんな俺の疑問におずおずと、だがはっきりとそう口にするヒメ。

「……は?」

 付き合ってる? なんだ、それ?

「だ、だって! 今だって、こう……し、自然に口元を拭ってたし……か、カップルみたいだな~って……」

「いや……麻衣の口元拭うなんて結構何時でもやってる事だぞ? コイツ、喰い方下手くそだし」

「ちょ、マリア! 喰い方下手くそって何よ、喰い方下手くそって! そ、そりゃ……奏みたいにお上品には食べれないけど……さ、咲夜程じゃないもん!」

 麻衣のその言葉に、奏は口元に手を当てて上品に笑い、咲夜は『事故!? 巻き込まれ事故だ!』なんて騒いでやがる。鳴海? 頼んだハンバーガーにリスみたいに齧りついてるよ。

「まあ、咲夜は当然だけど……麻衣も奏も鳴海も妹みたいなモンだしな。それぐらいはするさ」

「だから私は『妹』じゃないって言ってるでしょ!」

「ああ、はいはい。分かった分かった」

 ぶくっと頬を膨らませてそんな事をのたまう麻衣。おい、顔がフグみてーになってるぞ。

「まあ、コイツはこう言ってるけどな……全く、手間の掛かる妹様だ」

「え、ええっと……ええ? そ、そうなの? そんなに変な事じゃない……のかな?」

 頭に疑問符を浮かべ、うん? と首を捻って見せるヒメ。まあ、下に妹が居れば面倒ぐらいは見る――ん?

「……おい、奏」

「はい? なんでしょう、マリアさん」

「ちょっと立って見ろ」

「……」

「奏?」

「……え、ええっと……今、でしょうか?」

「ああ」

 有無を言わさない俺の口調に、渋面を浮かべながら奏が立ち上がる。渋々と言った感じで……心持、背中を丸めて。

「奏?」

「……あー、もう! 分かりましたわ!」

 俺の言葉に諦めが付いたか、奏が背筋をピンっと立てる。チェックのシャツに厚手のジャケットを羽織り、下はデニム生地のショートパンツ。ショートパンツから延びる足には黒のニーソックス装備だ。そんな奏を上から下までじっくりと見やり。

「…………奏」

「……はい」

「…………お前、またでかくなったろ?」

「……な、なんの事でしょう? 私にはさっぱり分かりませんが?」

 あ、あはは~と明後日の方向を向いて笑う奏。そんな奏に、小さく溜息を吐き。



「胸だよ、胸。またサイズ、変わったんじゃないか?」



「「「――マリアっ!」」」

 ヒメ、魔王様、ラインハルトの突っ込みが入った。うお! な、なんだよ?

「なんだよ、じゃないわよ! 何考えてるのよ、貴方!」

「そ、そうだよ! マリア君、白昼堂々女子中学生になにセクハラぶっかましてくれちゃってんのさ!? ちょっとビックリしたよ、私!」

「……マリア……流石に、それは……その……不味いのではないか?」

 三者三様、白い眼を向けて来る。いや……え?

「……妹が居る家庭では――」

「「「普通は言わない!」」」

 え、ええー……いや、でもな?

「えっと……皆さま? その、仰っている意味は分かるのですが……あまり、お気を使われずに。いつもの事ですので」

 困惑する俺に、フォローが入る。奏だ。

「え? ちょっと何言ってるかわかんない。『胸、でかくなった?』って聞かれたら普通は怒っていい所だよ! まさか……奏ちゃん、マリア君に脅されたりしてるの!? 可哀想に……そりゃ、マリア君の見た目は怖いもんね……でも、大丈夫だから! 私がブッ飛ばして上げるから! 月まで!」

「こえーよ!」

 マジでやりかねないからな、この人!

「ああ、いえ……その、確かに普通は胸部のサイズについて、異性の兄や弟と語る事など無いのですが……」

 そう言って、奏は自身の赤と黒のチェックのシャツをちょんと摘まんで見せて。



「……このお洋服、マリアさんが作って下さったものなのです。ですので、サイズは伝えておかないと……その……作って頂く時に困るので」



「「「――――――は?」」」

 三人の顔が、『はにわ』になった。

「え、ちょ、ちょっと待って? ま、マリア君……服とか作れるの?」

「……あれ? 言ってませんでしたっけ?」

 うん? あー……そっか。言ってないか。


「俺、裁縫するの趣味なんですよ」


「「「聞いてないよっ!」」」

「いや、済みません。大きく出ましたが、作れるって程大したモンじゃないですよ? 今日のだったら……奏のシャツとデニムのショートパンツ、後は……麻衣のTシャツぐらいか?」

「マリアお兄ちゃん」

 何かを主張する様に、デニム生地のトートバックを掲げて見せる鳴海。ああ、そっか。

「鳴海のトートもだったな」

「うん!」

「ちょ、ちょっと待って? え? えええ? カナデちゃんにマイちゃんの服に、ナルミちゃんのバックって……す、凄くない?」

「趣味なだけですよ?」

「趣味にしたって……っていうか、マリア君の口から『趣味、裁縫です』なんて、天地がひっくり返っても出て来ないと思うんだけどっ!」

「放っておいて下さいよっ!」

 俺だって似合わねーとは思ってるよ!

「……まあ、作ったって言ってもアレですよ? リメイク洋服ってやつですよ。元は俺の古着ですし」

 ようは古着のリサイクルだ。ミシンと型紙がありゃ誰だって出来る。デニム生地はちょっと難しいが……でも、生地の重なりが少ない所だけ使えば家庭用のミシンでも出来るしな。

「それにしたって十分凄いよ……」

「いや、本当に大した事はないんですが……それより、奏? 裾の所が引っ張られて上にあがってんぞ? みっともないだろうが、それじゃ。無理して着るなよそんなもの」

「あ……で、ですが……そ、その……お、『お気に入り』ですし……それに、これは今年の秋に作って頂いたばかりですので……その……」

「ああ、勿体ないってか? その精神は立派だが……でも、流石にそれじゃみっともないし……おい、麻衣?」

「なに?」

「お前、アレ着るか?」

「え!? い、いいの!?」

「お前、奏にアレを作った時散々ぶーたれてたじゃねーか。『奏ばっかりずるい!』って。お前と奏じゃサイズが違うし、少し手直しが必要だけど……まあ、アレはまだ新しいしな。お前さえ良ければもう一遍、サイズ合わせるけど?」

「う、うん! いい! 全然いい! なんの問題もない! すっごく嬉しい!」

 そう言って小躍りする麻衣。まあ、あのシャツはお前も結構イイって言ってくれてたしな。

「だ、ダメです! これは私に頂いた物じゃないですか! なんで麻衣さんに行くんですか!」

「お前は……あのな、奏? そうやって代々受け継がれていくんだよ、『おさがり』ってやつは。つうか、今に始まった事じゃないだろうが。奏が着たら麻衣が着る順番だろが、いつも」

「そ、そうですけど……そうですけど! でもこれ、作って頂いたばっかりですよ!? まだたんの――コホン! ではなく! そんなに何回も着てませんし!」

「んだよ。ケチケチするなよ。胸がでかくなったんだから仕方ねーだろうが」

「け――ケチではなく! ケチでは無いのですが! 無いのですが……」

 うーっと可愛く拗ねながら涙目で何かを訴える様に麻衣を見つめる奏。その姿に、麻衣が『うっ』と言葉を詰まらせた。

「……ええっと……マリア? その、流石にちょっと奏が可哀想かな~って」

「でも、着れない服を何時までも持ってても仕方ないだろう? パジャマにするにはまだ新しいし……なんだ? 飾っとくってか?」

「そ、そうします! 額縁に入れて飾ります!」

「アホか。冗談だ。とにかく! 奏は麻衣にその服を渡す。お兄ちゃんのいう事を聞きなさい!」

「……う……ううう……うううううーーー!」

 完全に拗ねたモードの奏。コイツはコイツで、こうなると結構面倒くさい。はあ……仕方ないか。

「……分かった」

「……ううう……え? わ、分かった? マリアさん? 何が……」

「麻衣にその服を上げるんだったら、今度また服作るから。まあ、俺の古着じゃ――」

「イイです! それでイイです!」

「――いやって……早いな、おい。っていうか良いのかよ、俺の古着で?」

「も、勿論です! あ! ま、マリアさん!」

「ん? ああ、色落ちするからあんまり洗うなって話だろ?」

「は、はい! ……え、えへへ……えへへ……」

 先程までの拗ねモードから一転、今度はニコニコ笑顔を浮かべる奏。と、テーブルの向かい側で鳴海がはーいっと手を上げた。

「……お前もか?」

「んー……でも、どうせそのチェックの服も、麻衣ちゃんが着れなくなったら私に回してくれるんでしょ? だったら服はそれで十分だよ?」

「……なんかお前ばっかり申し訳ないよな? 奏、麻衣、鳴海の順番になっちまうし」

 サイズ的に仕方が無い所ではあるのだが……どうしても小柄な鳴海は俺のおさがりのおさがりのおさがりになっちまう。代わりに小物系は多めに作ってはいるんだがな。

「何言ってるの、マリアお兄ちゃん? 貰う方が我儘言う訳ないじゃん。十分有り難いし……嬉しいよ?」

「そう言って貰えると……でもな? 流石に四人目ともなるとだいぶ傷んでも来るし……」

「大丈夫。奏ちゃんも麻衣ちゃんも、凄く大事に着てるから。私の所に来るときは全然新しいよ?」

「……奏はともかく、麻衣もか?」

「麻衣ちゃん、お兄ちゃんの作った服は必ずクリーニングに出すもん」

「……意外だな?」

 ちらっと横目で麻衣を見ると、何が楽しいのかニコニコ笑顔でコーヒーを飲んでやがる。そんな麻衣を苦笑で見やり、鳴海が言葉を継いだ。

「だから、私は別に服は良いんだけど……でもね? やっぱり二人がマリアお兄ちゃんに甘やかして貰ってるのに私だけ無いのはイヤだな~って」

「別に甘やかしてる訳じゃないんだが……まあ、分からんではない」

「自分でも我儘言ってるのは分かってるんだけど……でも、やっぱり『妹』的には平等に扱って欲しいなって」

「我儘なモンか。そりゃそうだな、うん」

 んじゃ……どうする? ぬいぐるみでも作るか?

「ぬいぐるみも嬉しいんだけど……出来れば久しぶりに、マリアお兄ちゃんのお料理が食べたいな~って」

「料理?」

「うん! 最近、作って貰ってないし!」

「あー……料理か。今日か?」

「うん! 今日!」

 そう言われて見ればそうかな? 確かに最近、KIDが忙しくて大した料理を作ってやった記憶が無いっちゃ無い気も――

「はい! はいはいはいはーい!」

「……なんですか、まお――アイラさん?」

「今の会話の流れで大体分かるんで、一応確認なんだけど……その、マリア君って料理とかも作れるの?」

「えっと……はい。まあ、料理も趣味です」

「……マジか。えっと……お、美味しいの?」

「自分ではそこそこのつもりなんですが……どんなもんだよ、鳴海?」

「マリアお兄ちゃんのお料理、美味しいですよ? その……高級料亭! みたいな豪華さは確かに無いんですが……なんでしょう? 完璧な家庭料理と言いましょうか……」

 それは流石に褒め過ぎだと思うが?

「そ、そんな事ないよ! 特に、『マリアラーメン』は絶品だもん!」

「あ! 私もマリアのラーメン大好き!」

「そうですわね。どんな高級中華料理よりも、マリアさんのラーメンが一番美味しいですわ。あれなら、お金を払う価値があります」

「そりゃお前、身内の贔屓目だろうが。ちなみにラーメンは無理だぞ? あれ、出汁取るのに時間かかるし」

 最低でも八時間は煮込なきゃいけないしな。

「うん、残念だけど仕方ないね。マリアお兄ちゃん、ラーメンは絶対妥協しないし。でも、なにか作ってはくれる?」

「あー……」

「それにね? 麻衣ちゃん、もう忘れているみたいだけど……そもそも、マリアお兄ちゃんの『事情説明』に呼んだんだもん。皆さんも一緒に居た方が良いんじゃないかな? それを抜きにしても……私も、その、皆さんともっと仲良くなりたいし」

 そう言って上目遣いでチラリとこちらを見やる鳴海。どっちかって言えば引っ込み思案の鳴海らしからぬ発言に少しばかり驚き……ちょっとだけ嬉しくなった俺は、心持笑顔を浮かべて視線を魔界組に向ける。

「えっと……鳴海もこう言っているんで……良ければ手料理でも振る舞わして貰おうと思うんですが……どんなもんでしょうか?」

「私は良いよ~! マリア君のお料理、食べてみたいし!」

「私も大丈夫。ちょっとドキドキするけど……うん、宜しければお邪魔させて下さい」

「本官はそもそも、お二人に付いて行くであります。ご迷惑で無ければ」

 口々に賛成の声をあげる三人。

「ラインハルトは?」

 そんな中、なにかを考え込む様に瞑目していたラインハルトがゆっくりと目を開ける。なんだ? 用事でもあったのか?

「あー……いや、別に問題はない。お邪魔させて頂けるのであればお邪魔するし、御相伴にも預からせて頂きたいと思う。思うのだが……」

 そう言って俺に視線を向けて、その後順々に視線を咲夜、麻衣、奏、鳴海に向ける。

「……どうした?」

「いや、大した事では無いのだが……」

 一息。



「……なんとなく、『兄』というより『母』の様だな、と」



「……うるせーよ」

 誰がオカンだ、誰が。


女子力無双

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