第三十一話 熱烈歓迎、魔界ご一行様
魔王様の部屋にて、麻衣から受け取った呪詛メールに溜息を吐きつつ肩を落とした俺は、流石に弁解をしなければ――主に、俺の家での立場的に不味いと思い、魔王様に一時帰宅の許可を乞うた。まあ、仕方ないよね~っと笑って許してくれた魔王様、そのまま快く俺を人間界に帰してくれた。帰してくれたのだが。
「んーーーーー! 久しぶりの日本! やっぱりいいね~! この雑多な感じがたまらないわ! あ! みてみてヒメちゃん! あれ!」
「ちょ、ま、ママ! 止めてよ、おっきな声出すの! 恥ずかしいじゃない!」
「え? そう? いいじゃん、別に! 皆、『え? なにしてんのあの人?』って見ていくだけだし」
「それが恥ずかしいの!」
……付いて来たんですけど、ヒメと魔王様。仕方ねーだろう。魔王様がめっちゃごねるんだから。『やーだ! やだやだやーだ! 私も人間界に行くぅ~! 直接、サクヤちゃんと電話番号交換するぅ~!』って、仰向けに寝転がって手足をバタバタさせて我儘言う、なんて漫画でしか見た事の無い姿を見せられた俺の気持ちを少しは慮って欲しい。ヒメも、『ご、ごめんね? ママ、こうなったら梃子でも動かないから……』なんて申し訳無さそうにしながら、それでも瞳をキラキラさせてやがったし。ブルータス、お前もか。
「……ふむ。此処が人間界でありますか。魔界と違って発展しているでありますね。人も多いでありますし」
「クレア殿は初めてか?」
「そうであります、ラインハルト殿。ラインハルト殿は来られたことはあるのでありますか?」
「いや……私も来るのは初めてだな。テレビでは良く見ていたが」
……こっちも付いて来てるんだよな。クレア曰く、『ヒメ様とマリア様が外出されるのであれば、側付として本官も行くであります』とか言って聞きゃしねーし、ラインハルトだって『……クレアが行くのであれば、私も行かなければならないだろう。マリアの側仕として』とか言いやがるし。まあ、仲間外れはちょっとアレだから、来るのは別に構やしねーんだ。構やしねーんだが。
「……その服装、何とかならなかったのかよ?」
「本官でありますか?」
俺の言葉に、クレアが首を傾げて見せる。『これから、コスプレ会場にでも向かうんですか?』と言わんばかり、がっつり軍服にしか見えないクレアの服装は、秋葉原とかならいざ知らず地方都市に過ぎない海津の街では結構良く目立つ。加えて、そんな服着てるのがボン・キュ・ボンの超絶美人なモンだから、さっきから人の視線が物凄く痛い。
「……お前じゃねーよ」
が、それは別にイイんだ。『ちょっと変わった人が居るな~』ぐらいの視線だしな。問題はクレアじゃなくて。
「……ラインハルト。お前、もうちょっと何とかならなかったのかよ、それ?」
上は黒のダウンジャケットに、下はデニム。それだけならまあ、普通の格好なんだが。
「……マスクとサングラス、それにニット帽はやり過ぎだろう?」
よくもまあ、ラインハルトの顔の半分隠すほどのマスクが有ったもんだと思う様なマスクに、サングラス、それにニット帽だ。どう見ても変質者です、本当に有難うございました。
「……確かに、私もこの格好が所謂『イケている』格好だとは思っていない」
「いや、イケてるとかイケてないとかのレベルじゃないから! 見ろよ、街の人の視線の痛さ! 『え? なに、あの人?』みたいな視線じゃねーか!」
マジで。さっき歩いてた女子高生、俺ら見てきゃーきゃー言ってたもん。黄色い悲鳴じゃないぞ? 普通の『悲鳴』だ。初めてだよ、俺。俺が居ながら俺以外のモノに悲鳴が上がるの見るの。お化け屋敷のお化け役ですら、俺見て悲鳴上げてたのに。
「……お前の言っている事も分からんではない。だがな? 私の肌の色は……その、緑色だろう? この肌の色は人間界では悪い意味でよく目立つし、皆にも迷惑を掛けるからな」
「……ああ、そっか。悪い、気を使ってくれて――」
「……これがダメなら、もう後はフルフェイスのヘルメットを被るぐらいしか方法は無いのだが……そちらの方が、より危ない気がしてな」
「――いたんだなって、それはマジで止めろ! そして、GJ! その判断は間違っていない!」
変質者から犯罪者にランクアップするじゃねーか!
「……ああ、なるほど。肌の色が問題でありますか?」
そんな俺らの会話を聞いていたクレアが、得心した様に頷いて見せた。なんだよ?
「肌の色が問題であるのであれば、本官が『幻視』の魔法を掛けさせて頂くでありますが……如何でありますか?」
……へ?
「……なにそれ? 『幻視』?」
「ええ。本来は自分自身の姿を別のモノに見せる魔法でありますので、流石にラインハルト殿の姿形を変えるのは難しいでありますが……肌の色ぐらいであれば可能であります」
ナニソレ、超便利。今の変質者バージョンのラインハルトは流石に連れて歩くのはちょっとアレだし、出来るんだったらして貰いたい処なんだが……
「……どうよ、ラインハルト?」
クレアの提案になんだか渋い顔をするラインハルトさん。俺の言葉に少しばかり悩んだ後、小さく溜息を吐いて頷いて見せた。
「……緑色の肌はオークがオークである事のアイデンティティでもある。本来であれば、肌の色を変えるなど、オークとしての誇りを汚す行為だが……」
「え? そんな重い感じなの?」
「我らは元々、虐げられる種族であったからな。仲間内の結びつきは強固であるし、『オークの証』に誇りはあるのだが……背に腹は変えられんか。クレア殿、お願いできるか?」
「了解したであります」
言うが早いか、クレアが親指と中指でパチンと音を鳴らす。たったそれだけの動作、その後でクレアがにっこりと微笑んで見せた。
「もう大丈夫でありますよ?」
「……マジか。おい、ラインハルト。マスクとサングラス、取って見ろよ?」
「あ、ああ」
たったアレだけの動作で本当に魔法が掛かっているのか。俺以上にそう思っているのであろう、ラインハルトがおっかなびっくり、それでもマスクとサングラスを外して。
「…………なにこのイケメン」
健康的に日焼けした小麦色の肌をしたラインハルトさんが登場した。元々ワイルド系の顔立ちと体格と相俟って、なんだか物凄く健康的なイケメンだったりする。死ねばいいのに。
「死ねばいいのに」
「……酷い事を言ってくれるな。しかし……これが音に聞こえる『ヴァンパイアの魔法』か。凄いとは聞いてはいたが、これ程のモノとはな。まるで昔からこの肌の色であったかの様ではないか」
自身の腕や掌をしげしげと見つめ、感嘆の息を漏らすラインハルト。そんなラインハルトに、クレアは苦笑を浮かべて見せた。
「お褒め頂き光栄であります。ですが、幻視は初歩の魔法でありますので、それ程難しくはないのでありますよ? ですのでそこまで褒められると、なんとなく気恥ずかしいモノがあるであります」
「そうなのか?」
「ええ。魔王様やヒメ様だって使えるのではありませんか?」
そんなクレアの言葉に、話を振られたヒメと魔王様が揃って斜め上を見上げて眼を逸らしやがった。流石親子、行動がそっくりだ。
「……使えないんですか、魔王様?」
「……いや、私は……こう、ああいう『細かい』魔法、苦手なんだよね? 敵をブッ飛ばす系の魔法は得意なんだけど」
「……」
……なんだろう。凄いイメージ通りだ。
「ヒメは?」
「わ、私? 私は、そ、その……り、理論は完璧なのよ! 魔力の動きとか、必要魔力とか、暗唱できるわよ? し、して見せましょうか!?」
「……いるよな、理論は完璧なヤツ」
典型的な運動音痴の台詞だ、それは。俺のジト目に気付いたか、ヒメがワタワタと手を振って見せる。
「そ、そんな事より! サクヤちゃんたち、本当に来るの!」
「……その筈だがな」
あからさまな話題転換に取り敢えずの相槌を打って見せて、俺は手元の携帯に目を移す。駅前に居るから暇なら来い、というメールを受けた麻衣の返答が『すぐ行く。首を洗って待っていろ』だった所に若干――というか、ぶっちゃけ不安しか無いのだが。
「……マイちゃんって怖いの? 電話でも怒ってばっかりだった気がするし……」
「ん? ああ……そうだな。怖さで言えば間違いなく俺の顔の方が怖いが……どっちかって言うと怖いよりも『面倒』だな」
「面倒?」
「アイドルだから当たり前っちゃ当たり前なんだが……アイツ、学校で人気者なんだよな」
「……まあ、それはそうでしょうね」
「普通はサバサバしてる男前なヤツだから、男女ともに人気あるんだよ。なのに、意外によく拗ねるし、よく泣くんだよな。その辺りが……若干、面倒臭い」
「……そうなんだ」
「まあ、その辺りも含めて可愛いとは思うんだがな。『お兄ちゃんなんて呼ばないんだから!』とか言ってる癖に、意外に甘えたの所もあるし」
咲夜曰く、『お兄ちゃんは学校でも姉御肌な麻衣ちゃんの心の拠り所なんだから!』だってさ。なら、もうちょっと俺に優しくしてくれよとは思うが。少なくとも、心の拠り所に『海津港に沈める』とかは言わないと思うな、お兄ちゃん。
「だからアレだ。ヒメはそんなに心配しなくても大丈夫だぞ? きっと仲良くできるさ」
「……出来るかな?」
心持顔が曇るヒメ。そんなヒメに苦笑を浮かべ、俺はヒメの頭をポンポンと撫でる。
「だいじょーぶだって。俺の妹分だぞ? ホレ、俺みたいに心の清い良いヤツに決まってるだろう?」
「……自分で言うかな? 心の清い良いヤツって」
おどけて見せる俺に、ヒメの顔にも笑顔が浮かぶ。そうそう。これから人に逢うのに、暗い顔してたらダメだぞ? 明るく笑顔で――
「――おい、マリア。今アンタ、何してたのよ?」
――不意に、地の底から響くような低音が俺の耳元に響く。次いで、右肩に鈍い痛みが走る。そのあまりの痛さに、慌てて俺はそちらに視線を向けて。
「……人を海津駅まで呼び出しておいて……ポンポン? 良い御身分ですね~、マ・リ・ア?」
修羅の笑顔を見せる麻衣の姿を見た。つうか、アイドルがする笑顔じゃねーよ!




