第二十八話 後ろの正面だーれ?
取り合いの末に切れた電話が掛かって来たのはそれから一分と経たない間。今度こそ妹である咲夜からの電話に少しだけほっとし、加えて妹分達の『やんちゃ』に厳重注意を行う俺。侘び代わりって事ではないのだろうが、スピーカーモードだけではなくアプリを使ったテレビ電話での会話となった。なった、のだが……
「「「「「…………」」」」」
……誰も喋りやがらねー。あっちもこっちもチラチラ、チラチラ、画面越しにお互いを見た後にこそこそと身内で喋ってやがる。まあ、『こっち』サイドは分からんでもない。芸能人相手に何喋っていいのか分かんないのもあるだろうし。でもな?
「……おい、咲夜」
『な、なに?』
「お前ら、仮にもアイドルだろうが。こう……なんだ? ファンサービスの一つでもして見ろよ。それだって仕事だろうが」
『いや~……身内相手にファンサービスとか流石にどうかと思うってのもあるんだけど……こう、なんだろう? 『こっち』側が随分牽制し合っていてさ』
「……牽制?」
何の話だよ?
『……はあ』
「おい。なんだ、その溜息は」
『……これだからお兄ちゃんは。だってさ? お兄ちゃんの側にいる女の子、物凄い美人さんじゃん? 手強いライバル出現! って感じで……様子見っていうか……取り敢えず、物凄くこちらはピリピリしております、大佐』
「誰が大佐だ、誰が。つうか……なんだよ、ライバルしゅつげ――」
――ん? ああ、なるほど。そういう事か。
「心配スンナ、咲夜」
『なにが?』
「確かにヒメはそこら辺のアイドルなんてメじゃねーぐらいの美人だけど、事情があってアイドルとしてデビューする事はねーから。ライバルなんてなりようがねーよ。美人なのは認めるけど、安心していいぞ?」
幾らなんでも『魔王アイドル』は流石に一周回り過ぎてるしな。
『……ねえ、お兄ちゃん? お願いだからさ? あんまり『美人、美人』って、こっちを刺激するような事、言わないでくれるかな? 後で可愛い可愛い妹が酷い目に合うな~って、ちょっと気を使ってくれない? あと、そっちの美人さん……ヒメさん? とにかく、ちょっと有り得ないくらいに顔真っ赤にしてるからちゃんとフォローして置きなさいよ? この天然旗折師め』
「……機織り? なんの話だよ?」
『そんな事も分からないから、『麻里亜は一遍、コンクリートかなんかで頭を打てばいいと思う』って言われるんだよ?』
「……誰にだよ、それ!」
『私。まあ……もういいよ。っていうか、どうでもイイよ。どうせお兄ちゃんはそんなモンだし。ええっと……それじゃ、改めまして! KIDのサクヤです! 本名は大本咲夜で、そこのウドの大木の妹でーす。はい、次! マイちゃん』
『ええっと……初めまして。私はKIDのマイ、本名は桜庭麻衣です。そこの朴念仁の……幼馴染です、今は。カナデ?』
『お初にお目に掛かりますわ。KIDのカナデこと、御堂院奏です。そちらに居られる唐変木の幼馴染です。今は、ですが。ナルミさん?』
『え、えっと! 私、KIDのナルミです! 本名は笹塚鳴海です! えっと……そこに居る、女の敵の妹分です! 勿論、今は、ですけどっ!』
「……お前らなあ?」
黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! なんだよ、ウドの大木って! なんだよ、朴念仁って! なんだよ、唐変木って! なんだよ、女の敵ってぇ!
「誰の事言ってるか言ってみろ!」
『『『『え? 貴方だけど?』』』』
「声を揃えて言うなっ!」
本当に仲良いよな、お前ら! 泣けてくるよ、コンチクショウ!
『お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃんの容姿で泣いたら放送事故だから』
「愛の無い発言をありがとよ、妹様! なんだよっ!」
『こっちも自己紹介したから、そっちも自己紹介……あ、ストップ。やっぱりお兄ちゃんから皆さんをご紹介してよ』
「……なんで?」
『自己紹介も良いけど、お兄ちゃんが……そうだね、皆さんを『どう』思ってるか聞きたいし』
「……は?」
『皆さんも緊張してるみたいだし? ホラホラ! さっさと紹介する!』
有無を言わさぬ咲夜のそんな態度に、小さく溜息を吐く。こうなったらコイツ、梃子でも言う事を聞かないからな。ええっと……それじゃあ。
「ヒメ?」
「……え? わ、私? 私からなの!?」
「まあ、お前と知り合ったのが一番早いからな。おい、咲夜」
『はーい。ん? おお、美人さんからご紹介してくれるの?』
「おう。この美人さんはヒメ・マ・オー・エルリアン。ええっと……」
……どうしよう?
「……まあ、色々あって今に至る」
『色々って! でも、『エルリアン』って事は、異人さん?」
「……流石兄妹、同じ感想だよ。まあ、そんな感じ。異人さんで美人さんだ」
『語呂がイイね~。んじゃ、ヒメさん……って呼んでいいかな? ヒメさん!』
「は、はひぃ!」
『緊張しすぎだよ~、ヒメさん。リラックス、リラックス! さあ、深呼吸して~』
「し、深呼吸? え、えっと……ひーひーひーひー」
『……ラマーズ法ですら無いんだね。っていうか吐いてばっかりじゃん! ホラ、落ち着いて』
「……う、うん」
画面の前でにっこり微笑む咲夜と、一目でガチガチに緊張していると分かるヒメ。フォローが必要かと思ったが、それでもぎこちないがらも笑顔を浮かべて見せるヒメに、俺も少しだけ安堵の表情を浮かべ――
『それで……ヒメさん、お兄ちゃんの何処が好き?』
「何言ってんだよ、お前っ!」
その表情を修羅に変える。が、俺の修羅モードも見慣れたもの、咲夜がケラケラと笑いながら片手を振って見せた。
『えー。だって聞いて置きたい処じゃん? ヒメさん、お兄ちゃんの事嫌いなの?』
「き、嫌いじゃないわよ! で、でも、そ、その、す、すすすすす好きかと言われると、中々に難しく、ですが決して好意的に捉えていない訳では無い訳でありましてですね!」
「……何言ってんだよ、お前も?」
顔を真っ赤にして両手を左右にわたわたさせるヒメ。その姿に、画面の向こうの咲夜が溜息を吐いて、その後苦笑を浮かべて見せた。
『うん、大体分かった。現段階では三人娘が一歩リードかな~って』
「……なんの話だよ?」
『こっちの話。ヒメさん、ちょっとお話無理そうだし……次のお方、どうぞ~!』
「はいはーい! 私、私! アイラ・マ・オー・エルリアンでーす! きゃー! サクヤちゃん、かわいー!」
『ありがとー! アイラさんも超美人さんです! えっと……『エルリアン』って事は……あれ? ヒメさんのお姉さんですか?』
笑顔の後、画面の向こうできょとんと首を捻る咲夜。その姿に、魔王様が『ピシっ』と固まった。
「………………お姉さん?」
『……え? あ、ご、ごめんなさい! 妹さんでしたか? う、うわー! 済みません! その、物凄く大人っぽく見えて……し、失礼しました! え、えっと……お、怒ってます?』
両手の拳を握りしめて、プルプル震える魔王様の姿に、『やっちまった!』顔を浮かべて咲夜が恐る恐る問いかけてくる。あー、咲夜。心配するな。これは怒ってるんじゃなくて。
「――サクヤちゃん、めっちゃイイ子っ!」
……喜んでるだけだ。
「あー……咲夜? まお――アイラさんはヒメのお姉ちゃんでも妹でもねー」
『えっと……でも、親戚の方だよね?』
「親戚もクソも……アイラさんはヒメのお母さんだ」
『……』
「……咲夜?」
『……あ、有り得ないんですけどぉ! え、え? 嘘っ! 見えない! うわー、アイラさん、まじぱねーっす! なんですか、それ! アンチエイジングってレベルじゃないですよ!』
「マリア君! サクヤちゃん、本当に良い子っ! 頂戴! 私にサクヤちゃんを頂戴!」
「上げませんよ!」
何言ってんだ、この人! つうか鼻息! 貴方、美女なんですから鼻息荒いのは勘弁して下さい!
「ケチ! それじゃサクヤちゃん! 私の所においで! 世界の半分を上げるわ!」
『あはは! アイラさん、面白い~! 魔王みたいですよ、そのセリフ』
「……」
魔王『みたい』じゃなくて、マジモンの魔王様なんだけどね?
「あー……取り敢えず、アイラさんの紹介はこのくらいで。鼻息がトンデモ無いことになってるし。えっと、次は――って、あれ?」
先程まで側にいた筈のラインハルトがいない。おかしいなと思い、部屋の中をぐるりと見回して――
「……何してんの、お前?」
居た。炬燵に隠れる様に体を隠すラインハルトが。でかい図体で何してんだよ、お前?
「……私は良い」
「いや、良いって」
「……私はオークだ。魔王様やヒメ様の様な容姿であればともかく、私の様な醜いオークが人前にその姿を晒しても……怖がらせるだけだ」
そう言って寂しそうに笑うラインハルト。は?
「いや……怖がる? んな事ないと思うけど?」
「怖がるさ。私の肌は……そ、その……緑色だろう? 明らかに人とは違う、その様な私が、サクヤ嬢の前に出たりなんかしたら……」
そう言って、大きな体を小さくするラインハルト。あー……なんだろうね、このイライラ感。女々しいというか、うじうじしているというか……あのエドアルド相手に大啖呵切った人間――じゃないけど、同じオークだとは思えないぞ、おい。
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない」
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃない」
「あんな? 大丈夫ったら大丈夫なんだよ!」
「だから、大丈夫じゃ――ま、マリア!」
……あーもう、イライラする! グジグジ言うラインハルトの腕を掴んで、部屋の隅から引き摺るように連れて行く。
「おーい、咲夜?」
『ん? なーに、お兄ちゃん?』
「これから紹介する奴、お前が『推しメン』らしいぞ? しっかりファンサービスしろよ?」
『ま、マジか! ふ、ふぅ……緊張する!』
「なんでお前が緊張するんだよ? とにか――」
「ま、マリア! 止めろ! 本当に止めてくれ!」
「――お前はお前で往生際が悪い! さ! さっさと行け!」
腰を低くし抵抗するラインハルトを力一杯引き上げ、ドンっと携帯の前に『置く』。事ここに至っては抵抗する事を諦めたのか、少しだけ躊躇する様にラインハルトが頬を掻き、小さく溜息を吐いた。
「その……初めまして、サクヤ嬢。その……私はラインハルトと言う。マリアの……そうだな、友人だ……と、思う」
「なんだよ、『思う』って。ツレだ、ツレ」
「……友人だ」
俺の言葉に少しだけ笑み、ラインハルトがそう言いなおす。その姿を見て、画面の向こうのサクヤが固まっていた。
「……サクヤ嬢?」
『……』
相も変わらず、バカみたいに口を開けたままのサクヤ。その姿に、ラインハルトが寂しそうに笑った。
「……ああ、すまんな。この様な醜い容姿でファンなどと、気持ちの悪いことを言った。どうか、忘れ――」
『――なにこのイケメン?』
「――てくれて…………な、なに?」
『え? え? マジで? マジでラインハルトさん、私推し?』
「……その……ああ。君が快活に動く姿は見ていて気持ちが良い。私は……君の、その……ファン、だ」
『……』
「……サクヤ嬢?」
『………………ま、マジでぇーーーー!? ふほー! やったよ、お兄ちゃん! こんなイケメンに可愛いって言われちゃった! こりゃ、私の時代が来たね、うん!』
「……落ち着け、バカ咲夜。可愛いとは言われてねーよ。快活に動く姿が見ていて気持ちが良いって言ったんだよ。アレだ。犬とか猫が動き回る動画見たのと同じ感想だ」
『はうわ! マジか! サクヤちゃん、ショック!』
「い、いや、それは違うっ! そ、その……サクヤ嬢の容姿は愛くるしい容姿だと思う! そ、その……サクヤ嬢は……か、可愛い……と……お、思う」
顔を真っ赤にしてそういうラインハルトに、画面の向こうで咲夜も頬を染めながら『きゃー!』なんて狂喜乱舞してやがる。
「……実の兄の前で何口説いてくれちゃってんの?」
そんな俺のジト目に、慌ててラインハルトが両手を左右に振った。
「ち、違う! そうではない! そうではないが――」
そう言って、チラリと画面越しにサクヤの顔を窺い見る。言おうか、言わまいか、しばし躊躇した後で。
「……その……サクヤ嬢?」
意を決した様に、ラインハルトが口を開く。
『なんです? 今、私結構気分が良いのでなんでも答えますよ! スリーサイズ以外は!』
「す、スリ――い、いや、そうではなくて……そ、その……こ、怖くないのか?」
『怖い?』
「その……私は……こ、この容姿だぞ?」
そう言うラインハルトに、サクヤが首を捻る。
『……え? 全然?』
「ぜ、全然だと? い、いや、だが――」
『だってお兄ちゃんの方が全然怖いし』
「――…………………ああ」
おい、ラインハルト。そこで納得されるとそこはかとなくムカつくんだが?
「す、すま――ではなくて! そ、その……わ、私の肌は……み、緑色だ。気持ち悪いとは……」
『んー……そうですかね? まあ、確かに『変わってるな~』とは思うけど、それだけじゃないですか。私だって肌は黄色いし、アメリカ人は白いし、アフリカ人は黒いですよ? ラインハルトさんが緑色ってだけでしょ?』
「いや……そ、それは……そ、そうなのか?」
『そうですよ! それに、ホラ! ラインハルトさん、お兄ちゃんのお友達なんでしょ?』
「……ああ」
『お兄ちゃん、見た目は……ちょっと残念ですけど』
「おい! 実の兄に向って残念は酷いだろうが!」
『残念ですけど! 人を見る目はありますから! 友達なら知りません? お兄ちゃん、バカみたいに優しいって』
「……ああ、良く知っている」
『そんなお兄ちゃんが『友達』って言うんですもん。絶対、ラインハルトさんは良い人ですよ! イケメンだし、何より私の事を可愛いって言ってくれたし! ……って、これは余分か。てへ?』
そう言って、ペロッと舌を出して見せる咲夜。その姿を呆気に取られた様に見つめた後、ラインハルトはこちらに向き直った。
「……マリア」
「なんだよ?」
「……今、本当に信じた。サクヤ嬢は、間違いなくお前の妹君だ」
「最初から言ってんだろうが、最初から」
それにな?
『ちょ、サクヤ! イケメン――うわ! ホントだ。マリア、並んだら見劣りするってレベルじゃないね?』
『ちょっと、麻衣さん! そ、その……確かにラインハルトさんは容姿が整っていると思いますが……私は、マリアさんの方が、このみで――』
『マリアお兄ちゃんの方が格好いいもん! そ、その……か、顔は惨敗でも……こ、心のイケメンだもん!』
『ちょ、アンタ達! べ、別に私だってマリアが格好悪いって言ってるんじゃないんだからね! ま、マリア! 違うから! ホントに、そういう意味じゃないんだから!』
画面越しで先程同様にわちゃわちゃ騒ぐ三人を苦笑で見やり、そのまま視線をラインハルトに向ける。
「……な? 誰も怖がらないだろう?」
「……ああ。そうだな、流石はお前の『妹達』だ」
『怖い』容姿には慣れてるって言いたいのか、おい?
「そうではない。そうではないが……だが、やはりお前は良い奴だな、マリア」
そう言って柔らかい笑みを浮かべるラインハルト。あんがとよ。
「……さて。それじゃこっちの自己紹介は終わりだな。じゃあ、後はしばしご歓談をって感じで」
取り敢えず、後は勝手に喋るだろう。そう思い、言葉にする俺に画面の向こうの咲夜が首を傾げる。なんだよ?
『いや、お兄ちゃん? もう一人いるじゃん』
「……は? なに? お前、霊感ある人だっけ?」
止めろよ。此処、魔王城だし全然その可能性もあるんだからさ。
『いや、霊感なんて無いんだけど……そうじゃなくて、ホラ?』
そう言って俺の後方を指差す咲夜。やけに真剣なそんな咲夜の姿に、俺はおっかなびっくり、恐る恐る後ろを振り返って――
「…………え?」
腰まで届く、黒のストレートヘアー。まるで、抜身の日本刀の様な凛とした雰囲気が醸し出されているのは深紅に染まる釣り目気味の瞳だけではなく、一見すると軍服にしか見えない紺のジャケットにブラウスと、ジャケット同色のネクタイ、膝下まである紺のスカートを穿いている影響が大きいのだろう、ちょっと巷で見つけるには難しいぐらいの美人がそこに立っていた。
「……えっと……」
いきなり現れたその人物に、俺のみならずヒメもラインハルトもポカンとした表情を浮かべている。
「……あ」
そんな中、一人魔王様だけが何かに気が付いたかの様にポンっと手を打って見せる。えっと……え?
「……ごめん、すっかり忘れてた! 紹介しまーす。今日からこの城で働いてくれる事になった、ヴァンパイア族の族長の娘、クレア・レークスちゃんでーす! クレアちゃん、ご挨拶!」
そんな魔王様の言葉に、『クレア』と呼ばれた美女は小さく頷いて。
「はっ! 本日、1200付にて魔王城勤務を申し付かりました、クレア・レークスと申します! 未熟者では御座いますが、誠心誠意勤務に付かせて頂きますので宜しくご指導、ご鞭撻のほどを何卒お願い致します!」
ビシッと敬礼を決めて、そんな事をのたまいやがった。って……は?




