第二十六話 イケメンなんか滅びてしまえ
顎が天板に付くんじゃ無いかって程にあんぐりと大口を開けたヒメがギギギと、まるで油の切れたブリキのおもちゃみてーな動きでこちらに視線を向ける。いや、ヒメだけじゃねー。魔王様にしてもラインハルトにしても、皆同じ様な視線でコッチに視線を向けて来やがる。んだよ? こっち見んな。
「そ、その……マリア?」
「……なんだ?」
「い、今、その……サクヤちゃんが言ってた事って、そ、その……」
「……ああ、そうだよ。サクヤは――」
「もしかして海津市では、男の子に『マリア』って付けるの、流行ってるの!?」
「――俺のって、ちげーよ! 調べた訳じゃねーから分かんねーけど、少なくとも俺は俺以外にマリアって付いてる男と逢った事ねーよ!」
「じゃ、じゃあ、どういう事!? え? え? 意味わかんないだけど!」
「……まあ十中八九、そうなるだろうと思ったけどな。KIDのサクヤ――大本咲夜は俺の妹だ」
「……」
「……なんだよ?」
「普通、逆じゃない? 男の子に『サクヤ』で、女の子に『マリア』じゃないの?」
「……まあ、『サクヤ』自体は汎用性の高い名前ではあるから別に女の子に付けてもおかしくは無いだろう? 木花咲耶姫って女神さまも居るぐらいだし」
俺の『麻里亜』が異常なだけで、別に咲夜自体はそんなに変じゃない……と思う。というよりだな?
「……気持ちは分からんでもないが、現実を認めろ。アレは俺の妹だ」
「あ、アレかな? もしかして、妹『分』とか? ほら、昔近所に居て懐いた子とか!」
「同じ家に住んでる妹だ」
「じゃ、じゃあ……実は、義理の妹?」
「同じ両親から生まれた実の妹だよ」
「……」
「……」
ああ、やっぱりこのパターンか。すでに俺も慣れたもの、ヒメの口の動きに合わせる様に、自身の両手で両耳を閉じて。
「――有り得ないよぉおおおーーーー!」
ヒメの絶叫が、炬燵の間に響いた。その状態のまま放心しているヒメに代わり、魔王様がマジマジと俺を見つめた後、視線をテレビに移す。
「……いや……凄いね、人間。何だろう? 同じ両親から生まれてこうも違うなんて……こう、遺伝子の神秘を感じるよ……いや、ここ数年で一番驚いたかも、今日」
「……でしょうね。見る人見る人、最初は笑って冗談だろって言いますけど……真実知って愕然としますもん」
だからあんまり言いたくないんだよ。あんまりに容姿が違い過ぎるから、皆ドン引きするんだよな。
「いや……ごめん、なんか巧く言葉に出来ないんだけど……その、本当に?」
「まあ別に信じても信じなくても良いんですけど……一応、本当です。大本咲夜は、俺の二つ下の妹です」
「……えっと……今の番組の流れを見ると、カナデちゃんとかマイちゃん、それにナルミちゃんともお知り合いっぽいんだけど……」
「カナデもマイもナルミも、保育園の頃から知ってますから。オムツまで変えた仲ですよ」
「仲、良いの?」
「んー……悪くはない、と信じたいですね。アイツら一人っ子だから、昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って良く懐いて来てくれたんですよ」
「……がっつり仲良しじゃん、それ」
「いや、最近はそうでも無いですよ? マイ……麻衣なんか中学校に上がる時に『きょ、今日から絶対にお兄ちゃんなんて呼ばないんだからね! おにい――『マリア』の妹なんて、絶対イヤなんだから!』とか言ってましたし」
「……おうふ。ヒメちゃん、ピンチ」
「まあ……気持ちは分からんでもないんですが。俺だって、こんな世紀末覇者な兄貴はイヤすぎますから。個人的にはちょっと寂しかったりするんですが……でもまあ、一応友人付き合いは続けてくれてますんで、良しとしようかな、と」
「……え? それは冗談で言ってるの? なに? 私、笑えばいいの?」
「は? 笑う? ええっと……なんの話ですか?」
「こ、こやつ……ま、まあいいわ。それで? 今でも交流はあるの?」
「仲良いですからね、アイツら。良く四人集まってウチで駄弁ってますよ。その時に軽く挨拶するぐらいっすかね? カナデ……奏の家なんか超豪邸なんだから、わざわざ俺ん家に集まらないでも良いのに」
「……ちなみにそれ、カナデちゃん本人に言ったりしてみた?」
「言いましたよ。夜中までキャイキャイうるせーから、もっと広い所に行けよって。そしたらみるみる不機嫌な顔になって……アイツ、合気道してるんですけど、俺を投げ飛ばしやがりました。柔よく剛を制すって、ああいうことを言うんですね」
「……その時、なんか言ってた?」
「投げ飛ばした後ですか? 確か……『こ、此処がイイんです! それともマリアさんは、私が此処に来るのはイヤなんですか!?』って、エライ剣幕で怒鳴られたのは覚えてますけど」
「……」
「ああ、そう言えば……『普通、『うるさい!』って怒鳴りこんで来るでしょう! なんですか! 折角可愛い――な、なんでもありません!』とも言ってましたね。なんで怒鳴り込んで行かなかったのに怒られてるのか今一良く分からなかったんですけど……アレですかね? アイツ、しっかりしてるから、偶にはハメ外して怒られてみたかったりするのかな?」
「なにこのポンコツ。なんだかヒメちゃんが可哀想になって来たんであんまり聞きたくないけど……ナルミちゃんとのエピソードとかも有ったりする?」
「ナルミ――鳴海は昔っから変わりませんね。変な所で引っ込み思案のままで……あの三人以外の友達は中々作らないから、良く俺にラインして来ますよ? なんかいい本ないですか~って。あ! ちなみにこないだ、ゲーセン行きました、ゲーセン。『たまにはお外で遊びたいです!』とか言うんで」
某太鼓ゲームでてんやわんやしてたな。結構笑わせて貰ったが……その後のダーツでコテンパンにされたよ。『何かを射る』って所で弓道と共通する所でもあるのか?
「……人、ソレをデートという」
「……は? デート?」
鳴海と? ははは、ないない。
「鳴海に至っては『おねしょ』したシーツまで洗ってやったんですよ? そんな鳴海とデートって。ははは。面白い冗談ですね、魔王様」
「……」
「? どうしたんです、魔王様? 微妙な顔して」
「いや……ねえ、ラインハルト? どう思う?」
俺の言葉に呆れた様に溜息一つ。そのまま視線をラインハルトに向ける。向けられたラインハルト、重々しくふむと頷き、腕を組んで。
「マリアは一度、死んだ方が良いと思う」
「酷くね!?」
俺がなんかしたか!? アレか? アイドルの妹か? アイドルの妹が居ただけで『死んだ方が良いと思う』って、マジで酷いと思うんですけど!
「……ん?」
……ははーん。ああ、なるほど、なるほど。ピンと来た。
「お前……アレだろ? 自分がファンだって言った子の兄貴が目の前に居るのが悔しいのか? それとも、照れ隠しか?」
「そんな子供の様な真似をするか。サクヤ嬢が健康的な美少女である事は誰の妹であっても認めるし、むしろマリアの妹君という事で好感度が上がる事こそありこそすれ、下がる事などない」
「……お前、俺の事好き過ぎねー?」
そういう趣味ないぞ、俺は。
「安心しろ、私にもない。いや……それにしても、マリア……本当に一度、死んだ方が良いんじゃないか?」
「だから、酷くね!?」
「お前、私に言っていただろうが? 『イケメン、死ね』と。そっくりそのままお前に返そう。イケメン、死ね」
「俺の何処がイケメンなんだよ!」
世紀末覇者だぞ! 何処の世界に俺をイケメン認定してくれる世界があんだよ!
「あー……ラインハルト? 気持ちは分からないでも無いけど、その辺で」
「……ですが」
「……まあね? これだけポンコツだと罵りたくなる気持ちも分かるわ。つうかヒメちゃん? 貴方も罵っていいのよ?」
「わ、私は別に……そ、その……ま、マリアがどうであっても……ど、どうせ……私なんて……魔王の娘だし」
「……弱気にならないでよ、魔界の王に成ろうって子が。ともかく! マリア君!」
「……なんで俺、罵られなきゃいけないんですかね?」
「それが分からないんだったら一遍、マジで死んだ方が良いと思う。まあそれはともかく、マリア君、ちょっと電話してみてくれない?」
「……電話?」
「そ、電話。サクヤちゃんの電話番号なら知ってるでしょ?」
「そりゃ知ってますけど……」
え? なんで?
「えー? だって私、マリア君の言ってる事、全然信じられないもん。マリア君がサクヤちゃんのお兄ちゃんってだけでもびっくりなのに、カナデちゃんやマイちゃん、ナルミちゃんとも仲良しなんて、そんなの信じられないじゃん~。もしかしたら、全部マリア君の妄想かも知れないし~。だから、電話! 本当にマリア君がサクヤちゃんのお兄さんかどうか、証明してよ、ショーメイ!」
「いや、証明って言われても……」
「あれ? あれあれ? 出来ないの? ああ、無理だったらいいよ~? その代り、これからマリア君の事、『アイドルと幼馴染って妄想してる、痛い中二病患者』って呼んでやるから」
そう言って、まるで煽る様にニヤニヤとした顔を浮かべる魔王様。そんな姿に俺は――
「別に構いませんよ?」
別に、構やしないのだが?
「………………へ? い、いいの? ホントにイイの!?」
俺の言葉に、なぜか焦った様にワタワタと両手を振る魔王様。
「ええ。俺とサクヤが兄妹な事も、あの三人と幼馴染な事も地元のツレは皆知ってる事ですし。嘘を付いて見栄張ってる訳でも無いんで、別に……事実知ってる人からすれば『ああ、またか』ぐらいなモンですし」
「ちゅ、中二病って呼ぶよ! 良いんだね!?」
「ホントに妄想してて、そう言われたのならそりゃ恥ずかしいんですけど……事実ですし。それを勝手に妄想と決めつけられるんだったら、まあ仕方ないかな~って」
「……」
「……なんです?」
「……仙人かなんかなの、マリア君? 普通、あらぬ誤解を受けたら怒らない?」
「慣れてますんで」
この容姿だからな。悪い噂はアホほどされて来たし……今更、中二病と言われたぐらいなら問題はない。むしろ、『怖い』噂が中和されるかも知れんし……海津で流してくれねーかな?
「……分かった。降参する」
そんな俺に溜息を一つ吐き、魔王様が両手をあげて見せる。いや、降参とか言われても……
「……なんか勝負してましたっけ?」
「いいの! とにかく! ねえ、お願い、マリア君! 私、一度でいいからアイドルとお話、してみたかったの! 老い先短い年寄りのお願いじゃん! 聞いてよ~!」
「年寄りって。いや、貴方は殺しても死ななそうですが……っていうかですね? アイツ、今日は仕事かも知れないですよ? 今だってテレビに出てるんだし」
「今やってるのは録画だよ! 右上に『LIVE』って出て無いもん!」
「そういう判断基準なんですか? まあでも、今は別の番組の収録中かも――わ、分かりました! 分かりましたから、引っ張らないで下さいよ!」
わざわざ俺の傍まで来て、着ているダウンジャケットをぐいぐい引っ張る魔王様。ったく……分かったよ! 分かりましたよ!
「……はあ。分かりました。でも、仕事中とかだったらアイツ、絶対出ませんからね? そしたら諦めて下さいよ?」
「うん!」
「ったく……と、此処、携帯通じるんですか?」
「大丈夫! 電波、届くようにしといたから!」
「……なんでもありですね、本当に」
キラキラとした目を浮かべる魔王様に溜息を一つ。俺はポケットからさっきのピンクじゃない方、自分の黒いスマホを取り出して咲夜の番号をタッチ。ツツツ、という音の後、程なくコール音に変わる。
「……出ませんね」
1、2、3、4と続くコール音。それでも件の相手が出る気配がない事に、視線だけで魔王様に『無理です』と送る。そんな俺の視線に、魔王様は残念そうな顔になり――
『―-も、もしもし!』
俺が電話を切ろうとした瞬間、受話器の向こうで心持上ずった声が聞こえて来た。聞こえて来た……のだが。
「……あれ? 俺、咲夜に掛けた筈だよな?」
受話器の向こうから、聞こえて来たのは。
「――なんで麻衣が出るの?」
『え、えへへ! お久しぶり、マリア!』
妹の幼馴染にして親友の――麻衣の声だった。
まあ、ハーレム物ですし。




