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第二十四話 少しだけの『勘違い』


「……なあ」

「……」

「いや、別に忘れてた訳じゃ無くてさ? その……なんだ? 機嫌直せよ? な?」

 どんな結び方をしたらこうなるのか、疑問に思う程に固く結ばれたヒメの拘束をどうにかこうにか解いた俺であったが、今度は膨れ面を浮かべたお姫様の機嫌を解かなければいけないらしい。なんだ、この罰ゲーム。

「……おい」

「…………えっち」

「えっ――! ちょ、おい! どういう意味だよ!」

「ふーんだ! ママに膝枕して貰って鼻の下伸ばしてた癖に! マリアのバカ!」

「は――なの下は……えっと、伸ばしてない……と、思うけど……」

「言い淀んだ! なによ! 普通、こういう時って『そんな事ないよ』とか言うもんじゃん! なんで言い淀むのよ! エッチ! マリアのエッチ!」

 い、いや……その、一応気持ち良かったのは気持ち良かったし……嘘付くのも、ねえ?

「……悪かったよ。鼻の下、伸ばしてたのは伸ばしていたのかも知れん。いや、お前の母親に失礼だなってのは重々承知しているんだが……悪かった」

「……」

「ただな? 別にお前の事、忘れてた訳じゃないんだよ。ホラ、魔王様ってあんなだろう? だから、放置してお前の方に……って、これも言い訳だな。その……ごめんな、ヒメ?」

 そう言って頭を下げる俺に、呆れたような、それでいて優しい溜息が聞こえてくる。その声に顔を上げると、そこにはバツの悪そうな顔をしてソッポを向くヒメの姿があった。

「……もう……その……そ、そんなに素直に謝られたら……わ、私だって困るじゃない……」

「……なんだ? 『はあ? んな事ねーよ!』ってキレればいいのか?」

「そうじゃないわよ! そうじゃないけど……ああ、もう!」

 ぐしゃぐしゃと、綺麗な銀髪を搔き毟って盛大に溜息を吐いた後、ヒメがその頭を思いっきり下げる。

「その……ご、ごめん! マリアは私の為に頑張って戦って、傷ついてくれたのに……カンジ、悪かった」

「えっと……そ、そんな事ないぞ? 俺だって悪い所はあったし」

「だ、だから! マリアはアレだけ頑張ってくれたのに、ちょっと放って置かれたからって拗ねるのは違うな、って思ったの!」

「いや、でもな? 流石にぐるぐる巻きにされて放置されたら怒ってもいい所だと思うぞ?」

「で、でも! あの『ママ』だよ? そりゃ、あのママの前じゃ誰だって私の事なんて放置するよ!」

「言ってて悲しくなるだろう、それ。いや、でもな?」

「いやいや」

「いやいや」

「……」

「……」



「「――ぷっ……」」



 噴き出したのは、二人同時。まるっきり、ベタな昭和の漫才みたいなソレについつい二人して笑い合う。

「……分かったわ。それじゃ、マリアに甘える事にする。お互いに悪い、これでどう?」

「……おっけー。話も終わらねーし、それで行こう」

 苦笑したままそういう俺に、にっこりと笑うヒメ。

「え、ええっと……そ、それでね?」

 と、その後顔を真っ赤に染めて何やら視線をあっちにチラチラ、こっちにチラチラ、挙動不審な動きをしだした。なんだよ?

「……どうした?」

「そ、その……まあ、お互いに悪いって事で一応の決着を見た訳ですが、それでも私的にはこう、今一つ納得していない所もある訳ですよ」

「……本当にどうした?」

 なんだよ、その喋り方。

「う、五月蠅いわね! そ、その……だ、だから! こう……そ、その、ま、マリアは頑張ってくれた訳じゃ無い? そしたら、やっぱりソレに報いなきゃいけないかなって、そう思う訳よ!」

「……報いる?」

 報いるって……なんだ? 日給でも上げてくれるってか?

「そうじゃないわよ! バカマリア!」

「……お前、それって流石に酷くね?」

 あんまりバカバカ言うなよ。ちょっとへこむぞ、マジで。

「あ、ご、ごめん! そ、その、そういうつもり――」

 そこまで喋り、言葉を止めるヒメ。まるで何かを閃いた様、手をポンッと打って見せ、そのまま地べたに正座して見せた。へ?

「……は?」

「そ、その……マリア、ヘコんだんでしょ? じゃ、じゃあ、私が慰めてあげる! ほ、ホラ!」

 そう言って、ポンポン、と自分の膝を叩いて。



「ひ……膝枕、してあげる!」



 ――時間が、止まった。

「……」

「ほ、ホラ! 辛い事とか悲しい事があったら、『よーしよし』ってお母さんに撫でて貰ったりしたでしょ、マリアだって! そ、それよ! それと一緒よ!」

「……別にお前はお母さんじゃねーとか、そもそも母親にもそんな事して貰った記憶はねーとか、つうか俺をへこました張本人が慰めるって意味が分かんねーとか色々と言いたい事があるが」

 一息。

「――どういう化学変化が起きたらいきなり『膝枕する』って発想になるんだよ!」

 飛び出した俺の絶叫。『殆ど吠えてるみたいで怖い』と評判の俺の絶叫だが、そんな俺に負けず劣らず、結構怖い顔をしながらの絶叫をヒメが上げた。

「な、なによ! ママにはして貰ったんだから、私にだってして貰いなさいよね!」

「いやその理屈はおかしい!」

「お、おかしくないわよ! なんでママの膝枕は良くて私の膝枕は嫌なのよ!」

「な、なんでって……いや、普通に恥ずかしいだろうが!」

「ママにはして貰ったくせに? 恥ずかしいなんて言わせないわよ!」

「あれは別に俺の意思じゃねーよ! 気付いたらあの状態だったんだよ! つうか絵面が最悪過ぎるだろうが!」

「私は気にしない!」

「俺が気にするんだよ!」

「な、なによ! マリア、私に膝枕して貰うのがイヤなの!」

「あ、いや……そんな事はない……んだが」

 そりゃ、ヒメみたいな可愛い女の子に膝枕して貰ったら幸せだとは思うよ?

「……じゃあ、いいじゃん。お願い、マリア。私に、膝枕……させて?」

 そう言って、上目遣い。うるうると潤んだ瞳を向けて来るヒメ。思いっきり庇護欲をそそるそんな姿に、知らず知らずの内に小さな溜息が漏れた。

「あー……汗臭いぞ、今の俺」

「構わないわ」

「……頭だけって言っても、結構重いぞ?」

「イイわよ」

「……足、痛くなるぞ?」

「マリアの方がいっぱいいっぱい、痛かったもん。だから、全然平気」

 地べたに座ったまま、潤んだ瞳を見せるヒメ。その姿に、もう一度溜息を吐き。


「……あ」


 俺はヒメの目の前に背中を向けてドカッと座り込むと、そのままゆっくりと頭をヒメの膝の上に置く。地面とは別の、柔らかい感触が後頭部から伝わって来た。

「……え……えへへ」

「……だらしない顔してるぞ」

「え? ――っ! ちょ、も、もう! 思ってもそんな事言わないの!」

 緩んだ頬を引き締めて『めっ!』なんて言いながら俺の額をぺちっと叩くヒメ。頬を膨らませたのは一瞬、そのまま……こう言っちゃなんだが、聖母の様な笑顔を浮かべて叩いた手で俺の髪の毛を撫でる。ゆっくりと、優しく、このまま寝ちゃいたくなる様なその触り方に、ついつい俺の頬も緩んで行くのが分かった。

「……だらしない顔、してるわよ?」

「可愛い女の子に膝枕して貰って凛々しい顔してる男なんぞ、男じゃねーよ」

「かっ! も、もう! マリアは直ぐにそんな事言うんだから! い、言っておくけどね! 思っても無い事を言っちゃダメなんだからね!」

「思っても無いとか言うな、失礼な。可愛いモンは可愛いんだよ。その辺は素直だぞ、俺」

 嘘ついても仕方ないし、『か、可愛いなんて思ってないんだからね!』とか言うキャラでもないしな。

「お、思って――で、でも! い、言わなくてもいいじゃない! 心の中でだけ思っててよ、そういう事は!」

「俺が黙ってると、『お、大本君……お、怒ってる?』とか聞かれるからな。しかも、涙目で。思ったことは素直に口に出した方が良いんだよ」

 本当に。酷い話だと自分でも思うが……まあ、仕方ないさ、うん。

「……」

「なんだよ?」

 そんな俺の言葉に、顔を赤くしたまま俯くヒメ。そのまま、蚊の鳴くような声で、ポツリと。

「…………そ、その……あ、ありがとう」

「別にお礼を言われる事でも無いし……つうか、お前なら言われ慣れてるだろうが?」

 ラインハルトも言ってたしな。『ヒメ様は可憐だ』って。

「……他の人に言われるのと、マリアに言われるのは……ち、違うもん」

 ……だからな、ヒメ? 顔を赤らめながらそんな事を言うなよな?

「……おい。お前の方がカンジ悪いぞ? いいのか? そうやって俺を弄ぶと勘違いするぞ?」

 男子高校生の妄想力舐めんなよ? 目があっただけで勘違い出来るんだぞ、俺らは。

「……ふふふ」

 そんな俺の視線を受けてヒメが嫋やかに笑う。思わず見惚れる様なそんな笑みに、上げかけた抗議の言葉が喉に掛かって胸に落ち、俺はバカみたいに口を開けて――




「……ちょっとだけなら……『勘違い』、して欲しいかも」




 ――なんですと?

「お、おい、ヒメ! 今の話、詳しく!」

「あ、そう言えばマリア? ママとどんな話してたの?」

「おい、今はそんな場合じゃない! ちょっとだけって、具体的にどれぐらいまで勘違いしても良いんだ!」

「ママとどんな話してたの?」

「ヒメ!」

「ママとどんな話してたの?」

「……」

「ママとどんな話してたの?」

「……RPGの村人かよ。つうか……マジでカンジ悪い。なんだ? 小悪魔でも狙ってるのか?」

「失礼ね。狙ってるのは魔王よ?」

 そう言って素晴らしい笑顔を浮かべたまま、ペロッと舌を出して見せるヒメ。その姿に一瞬、呆気に取られて――その後、肩を竦めて見せる。

「……マジでカンジ悪いな、お前」

「まあ、自分で考えて見てよ。それより……ママと、どんな話してたの?」

「……はあ」

 この話はコレでお終い、とばかりににっこり微笑むヒメに、俺は溜息を一つ。

「魔王様とか? どんな話って言われても……ちょっと一言では言えないかな」

 色んな意味で。ヒメのチカラの話とか、魔王様もヒメ自身にしてないみたいだし……それを除いても『俺は、君の声援で強くなる』とか、何処のゲームの宣伝だよって感じでちょっと木っ端ずかしいし。

「そこを敢えて一言で言うと?」

「……不束な娘ですが、どうぞ宜しく?」

「……ホントに?」

「……嘘は言ってない、嘘は」

 まあ、当たらずとも遠からずだとは思う。

「……それで?」

「それでって?」

「どうぞ宜しくって言われて……マリアはどう答えたの?」

「……」

「……マリア?」

「……前向きに善処します」

「……そっか」

 そう言って、ヒメが笑う。ふんわりと、まるで陽だまりの様な笑顔を浮かべるヒメのその姿になんだか照れ臭くなって、俺は慌ててヒメの笑顔から視線を逸らし、満天の夜空に視線を移す。

「……どしたの、マリア? あ! もしかして照れてる?」

「て、照れてねーし!」

「うっそだ~。照れてるんでしょ? うん? ううん?」

「おま、マジでカンジ悪い! そのニヤニヤ顔を止めろ!」

「え~。別にニヤニヤしてないし~」

 そう言いながら、先程までの陽だまりの様な笑顔をニヤけ切った笑顔に変えるヒメ。何が腹立つって、それでも十分可愛く見えるのが腹立つな、うん。

「でも……そうね、前向きに善処してくれるのは……う、嬉しいかも」

「勘違い――ああ、そっか。ちょっとは勘違いしても良いんだったな?」

「そう。週末魔王じゃなくて……せめて、休日魔王に成るくらいには、魔界を気に入ってくれたらいいかな~とは思うわ」

「……魔界を、か?」

 自分で聞いていてなんだが、『ヤラシイ』とは百も承知。それでも、そんな俺にヒメはゆっくりと微笑んで見せた。


「……今のところは、ね。今のところはそれで十分。もっと……そうね、もっと『勘違いして欲しい』って思うまでは」


「……へいへい」

 ったく。わーったよ。それじゃ、精々『休日』くらいは頑張ってこっちに来るようにはするよ。

「……うん、そうして?」

「ったく……我儘なおヒメ様だよな?」

「我儘な女の子って、嫌い?」

「そういう聞き方する女の子が嫌いだよ」

「……じゃあ、私は嫌いって事?」

 少しだけむくれて見せるヒメ。そんなヒメに、小さく溜息を吐いて。

「……おい。足、大丈夫か?」

「へ? あ、足? う、うん。大丈夫だけど……」

「……んじゃ膝枕、もうちょっとしてくれ」

 それだけで、俺の言いたい事は伝わったか。



「――うん!」



 花の咲くような笑みを見せるヒメに笑顔を返し、俺はもう少しだけこの至福の時間を味わう為に、ゆっくりと瞳を閉じた。


第一部完! みたいな感じです。

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