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第二十二話 戦い済んで、日が暮れて


 ……一体、どれ程の拳を打ち合い続けただろうか。


「――ちっ! くそがぁ!」

「下がれ、マリア!」

 高かった太陽が西の空に沈みかけ、夕焼け空がオークの里を染めるそんな時刻、俺とラインハルトの額からは珠の様な汗が噴き出していた。心臓がバクバクと五月蠅いぐらいに鳴り、そんな疲れを誤魔化すかの様に俺の隣で同じように肩で息をするラインハルトをジト目で睨んだ。

「……化け物かよ、お前の親父」

「……否定はせん。化け物だ、父は」

 俺とラインハルト、その二人を相手にしながらそれでも善戦――と云うより、むしろ俺らコンビが押され気味に勝負が進む。足を引っ張るのは当然、ラインハルト。

「マリア、さっきから大振りが過ぎる。もっとコンパクトに狙って行け」


 ――ではなく、俺だ。


 パワー勝負ではエドアルドといい勝負が出来ている筈なのに、純粋なパワーでは遥かに劣る筈のラインハルトの方がエドアルドに対してその拳がヒットする確率は高い。最初こそ、頬を掠める程度のパンチも出たが、疲れに比例してその命中度はガンガン下がっていっていた。

「……全然当たんねーぞ、くそが」

 ――まあ、考えて見れば当たり前の話ではあるが。俺はちっちゃい頃からこの容姿だから、ぶっちゃけ『喧嘩』というモノをした事が無い。筋トレだけは欠かさずしていたから筋力自体はそこそこあるが、それでも圧倒的に経験値がたりねーんだ。これにプラスしてヒメのチカラが乗っかてるから、正直どう体を動かして良いのか、それすら良く分かってねえ。ハイスペックな体に技術が追い付いていないというか……ああ、アレだ。ペーパードライバーがF1のマシンに乗ってる様なモンだ。

「マリア、少し落ち着け。拳の出だしが単調だし、軌道も一直線だ。もっと慎重に、フェイントも織り交ぜて使っていけ」

「やってるって」

「やってない! いいか? お前は右のストレートを繰り出す際、視線を少しだけ右に向けるだろう? 自分の腕の軌道を見る様にな。それではダメだ」

「そんな事――」

「してる。横から見ている私だって分かるんだ。真正面の父には絶対にバレている。だから、お前の拳は当たらないんだ。父は化け物だからな」

「……マジかよ」

 つうか……お前も十分化け物だよ、ラインハルト。この乱戦で良く見えるな、お前。

「ただの『慣れ』だ。そんな事より、マリア。お前の一撃は確かに全てをなぎ倒す一撃ではあるが、当たらなければなんの意味もない。その代り……一発、一発綺麗に決まればきっと……父を倒す事が出来る」

「……さっき一発当てたけど、奥歯しか折れなかったんだけど?」

「綺麗に、と言っただろう? あれはインパクトの瞬間、父が体を後ろに引いて勢いを殺していたからな」

「……つくづく化け物だよ、お前の一族は」

「褒め言葉と受け取っておこう。それより……このままでは不味い」

「……やっぱり?」

 息が上がる俺ら二人に対し、エドアルドは涼しい顔だ。普通、二対一で戦えば『一』の方が疲れる筈なのに、である。レベル差が無茶苦茶にある訳ではない……どころか、純粋に俺とラインハルトを足したらこっちが勝っているのに、である。

「今の父は母の強化の影響でスタミナまで無尽蔵だ」

「……それ、もう強化ってレベルじゃ無くね?」

「心肺能力を強化している。ようは、全然疲れない」

 ……さいですか。なんでもアリだな、魔法。

「このままでは確実に負ける。だから……作戦を変えよう」

「あんのか、作戦?」

「正直、あまり格好良い方法では無いが……構わないか?」

「心配スンナ。お前はともかく、俺は既に十分格好悪い」

 今更格好つけても仕方ねーよ。エドアルド倒せるんだったら、這い蹲ってでもやってやるさ。

「俺よりお前は大丈夫なのかよ? オークの誇り的に」

「築き上げた自信が音を立てて崩れるぐらいの圧倒的力量差だからな。是非も無いさ」

 俺の言葉に小さく溜息を吐き、その後苦笑を浮かべるラインハルト。その後、真剣な瞳を俺に向ける。

「……耳を貸せ」

 そう言って、俺の返答を聞く前に耳元に口を寄せるラインハルト。つうか俺、男に耳元に口寄せられて喜ぶ趣味はねーんだけど?

「心配するな、私もだ。それより」


 ――出来るか? と。


「……やるしかねーだろうな、流石に」

 そんなラインハルトの言葉に溜息一つ。小さく頷くと、俺はエドアルドに視線を向けた。


「話し合いは終わったか?」


 俺らの話し合いを律儀に聞いていたエドアルドの言葉に、俺は黙って肩を竦めて見せる。

「なんだ? 俺らの『相談』が終わるまで待っててくれたってか? 油断は大敵だぜ、エドアルド?」

「油断? これは油断などではない。ラインハルトは私の次に強いオークだし、マリア、お前の拳は当たれば脅威だ。油断など出来る筈が無かろう?」

「……そうかい。それじゃなんだ? オークの様式美か? 話し合いが終わるまでは攻撃を仕掛けないってのは」

「そんな様式美はないな。これは純粋に」


 ハンデだ、と。


「――そう、かいっ!」

 その言葉と同時、俺は全力でエドアルドに駆ける。一瞬でも虚を付ければ儲けもの、そう思った俺の攻撃に、しかしてエドアルドは冷静に一歩バックステップで華麗に回避行動を取って見せる。振り切った右腕が、ブンッと風を切って虚しく宙を舞う。

「こっちですよ、父上!」

 一歩の回避行動の先、俺の後ろから詰めていたラインハルトが、そのまま右にステップを踏んだ踊り出し、勢いそのままに右拳をエドアルドに向けて放つ。

「……目くらましか? 下らん作戦だな?」

 一言、エドアルドがラインハルトにそう言って拳を軽く受け流し。



「――そうですかね?」



 受け流された右腕と、溜めていた左腕。ラグビーのタックルの要領で、ラインハルトがエドアルドの下半身目掛けてその巨体を走り込ませる。その行動に一瞬目を見開きながらも、エドアルドは咄嗟に回避行動に移る。


「――貰ったぁー!」


 ――上。空へと。


 ……幾らオークが強いとは言えども、羽根が生えている訳では無いし、上空で二段ジャンプが出来る訳じゃ無い。言ってみれば、『空』に逃げた瞬間、エドアルドは既にただの『的』。後は、俺の全力の右ストレートを叩き込めば、それでしゅうりょ――



「――下らん、と言っただろう?」



 俺の右ストレートが叩き込まれる寸前、腹筋の力で両足をグルンと上に持ち上げ、拳を足で受け止めるエドアルド。まるで軽業師の様にその拳を蹴り、更に上空へ、高く、高く舞い上がる。



「――私も言いましたよ、父上。そうですかね? と」



 ――舞い上がる、寸前。体勢を立て直したラインハルトが、エドアルドの体に後ろからしがみ付き、天に舞う巨体を無理やり地面に引き摺り降ろした。驚愕に歪むエドアルドの瞳と、ニヤリと笑うラインハルトの顔が視界に映って。




「マリアぁーーー! いけぇーーーーーーーーーー!」




 後ろからエドアルドを羽交い絞めにしたラインハルトが、力の限りを尽くして叫ぶ。そのラインハルトの呪縛を逃れようと、エドアルドが鬼の形相で体を捩った。既に満身創痍、ラインハルトの何処にそんな力が残っているのか、どれ程振り解こうとしてもラインハルトの体はまるで磁石の様に、エドアルドから少しも離れる事無く密着し続けていた。


「――狙い通りだ、ラインハルト!」


 ――そう。狙っていたのは、コレ。


 拳が当たらないんだったら、無理やり拘束して、『止まっている的』を打ち抜けば良いだけの話。シンプルで、だからこそ強力な――二人がかりだからこそ出来る、芸当。


「喰らえぇーーーーーーーーーーーー!」


 全力を以って右腕を振り抜く。まるで吸い込まれる様に、俺の拳がエドアルドの左頬にのめり込む。




「――ふむ。今のは中々、悪くなかったぞ?」




 ――その一瞬前。エドアルドが小さく呟き、ラインハルトの呪縛からその体をするりと抜け出させた。

「っちぃいいい!」

 紙一重、俺の拳はエドアルドの前髪を掠めるに留まる。全体重を乗せた攻撃、慣性の法則そのままに、俺の体は向かって左に大きく流れた。


「マリア、避けろっ!」


 この体勢が隙だらけなんて、ラインハルトの大声に教えて貰う必要なんてないぐらい、分かり切った事実。流れ切った体のまま何とか顔だけエドアルドの方に向ければ、そこには嬉々とした表情を浮かべるエドアルドの姿があった。まるで、獲物を狙う獅子の様に瞳をらんらんと輝かせて、大きく右腕を振り被るその姿に。




 ――俺は『敗北』を悟る。




「中々、楽しかった。だが、これで終わりだ」




 エドアルドの言葉と共にゆっくりと、まるでスローモーションの様な動きで振り下ろされる拳。この拳が俺の右頬を打ち抜き、そのままの勢いでこの体を叩きのめし地面にキスをさせるであろう事ぐらい、分かり易いぐらいに分かる、当然の帰結。そんな、最悪な想像を浮かべながら……だって言うのに、それでもなんだか妙に清々しい気分が胸の奥から湧き上がって来た。

 


 ――そりゃ、俺だって負けるのは悔しい。



 でも、全力で戦ったのは間違いじゃない。既に、体中の筋肉が悲鳴を上げ、休養を五月蠅く要求する程に、全力で。力と、チカラの限り全力で、ベストを尽くして戦ったんだ。こっちは二人がかりで、あっちは一人ってハンデまで貰って、だ。この期に及んで、言い訳する気にすらならないくらいに、完膚なきまでにな。そりゃ、もう、単純に『俺が弱かった』としか言い様がない。



「……悔しいなぁ」

 


 湧き上がる悔しさと……それ以上、『次はぜってー負けねー』っていう、なんだか変な闘争心が俺を包み――




「――マリアぁあああああああああああああああああーーーーーー!!!」




 ――ヒメの声が、聞こえた。


「――って、それで良い訳あるかぁーーーーっ!」


 なにが清々しい気分だ! なにがベストは尽くしただ! なにが次はぜってー負けねーだっ!! 何時からそんなスポーツマンみてーな爽やかな事考えてやがんですかねぇ、この愉快な脳ミソはっ!

「負けれねーんだよ! 負けてやる訳には行かねーんだよっ!」

 約束したんだ、ぜってー勝つってな! ヒメの夢を――嫁さんの夢をかなえてやるってな! こんな所で負けてられっか!

「――なにっ!?」

 左に流れる体をせき止める様に、大股で一歩、左足を踏み出す。無理な体勢から出したせいか、左足が悲鳴を上げているのが分かった。わりぃな、左足。もうちょっと、働いてくれや?

「お――りゃぁーーーー!」

 踏み留める為に出した左足で地面を蹴り、流れていた体を強引に戻す。ブチブチという筋線維がキレる音を気にも留めず、殴る為に伸ばしていた右手を裏拳の要領でエドアルドの拳の軌道線上に乗る様に動かした。


 ――ガチン!


 俺の拳とエドアルドの拳が、中空で音を立てて衝突。不意な俺の反撃に驚いた様な顔を浮かべながらも、それでも流石はエドアルド。直ぐに体勢を立て直し、直ぐに左のストレートを繰り出さんと、左腕を大きく振り被って。


「――っ! ラインハルトぉーーーー! 貴様ぁーーーーっ!」


 その腕を、ラインハルトが掴む。いや、コレは掴むなんて、そんな格好のいいもんじゃない。全身の体重を乗せて『ぶら下がる』が正解だろう。

「マリアぁーーー!」

 思いっきり振り切ったせいで、俺の体はさっきの裏拳の勢いのままに後方に流れる。その体の流れを止める為、右足を体の後方へ、一歩。全体重が右足に掛かり、人体から聞こえちゃいけねーミシミシと言う音が耳に響く。慣性のままに流れる体を止める事には成功したが、右手は未だ後方に流れたまま。攻撃の方法は残されちゃいない。


「…………………………はーっははははっ!」


 残されちゃいない? はっ! 何を仰る、ウサギさん。右足も、左足も、右手ですら攻撃が出来なくたって。




 ――まだ、残ってるだろう? 




「うらぁあああああーーー!」


 一度、自身の体の勢いを止めた右足を思いっきり後ろに『引く』。ただ、腕の力で殴っただけで効かないんだったら、全体重を右足から腰に、そして背骨を通して肩から『左手』に乗せろ! 折れてる? そんなの、関係ねーんだよっ! 左手が粉々に砕けても良いから、とにかく、スピードと、回した腰の回転と――そして『想い』を丸っと全部乗せて、そのまま、そのままっ!



「マリアぁあああああ! いっけぇーーーーーーーーーーーー!」



 ――おっけー、おヒメさま。


「う……うおぉおおおおおーーーーー!」


 エドアルドが吠えた。避ける事も、防御する事も叶わないエドアルドの人中に、俺の左拳が深々と突き刺さる。瞬間、脳味噌に五寸釘でも打たれたんじゃないかってぐらいの鋭い痛みが走り、目の前がホワイトアウトした。そのあまりの衝撃に、俺は意識を手放しかけて。


「ふんっ!」


 ――それでも、両の足でしっかりと大地を踏みしめる。

「……ラインハルト」

「……なんだ?」

「俺の……」



 ――違う、そうじゃない。



「――『俺達』の、勝ちか?」

 視線の先、地面に大の字で転がるエドアルドを見つめる俺に、ラインハルトが満面の笑みを浮かべて。



「――ああ、『私達』の、勝利だっ!」



 ……そうかい。

「そいつは……良かった。あんがとよ、ラインハルト」

 ラインハルトのその宣言に安心した俺は、視界の端に映る――涙を浮かべながら、それでも満面の笑みを浮かべて駆けて来るヒメの姿を安堵の気持ちで見つめて。



「……すまん、ラインハルト。ちょっと洒落にならんぐらい、痛い。後は……頼んだ」



 体中を満たす充足感のまま、俺は意識を手放した。



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