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第二十一話 伴侶の夢


 俺の目の前でダブル・スレッジ・ハンマーを、クロスさせた両手で受け止めたラインハルトが振って来たソレを力の限りを尽くして上に押し返す。不意の闖入者に驚いた訳では無かろうが、それでもエドアルドはあっさりと振り下ろした腕を解き放ち、ラインハルトから距離を取る様に後ろへ跳んだ。

「……どういうつもりだ、ラインハルト?」

 視線だけで人が殺せるんじゃないだろうかって程に、冷めた瞳。その瞳を受けてなお、毅然とした姿勢で視線を逸らす事無く、ラインハルトは背後の俺に声を掛けて来た。

「……マリア」

「……悪い、助かった」

「良い。それより、早く下がれ。その腕ではまともに戦う事は出来ん」

「な! 戦う事は出来んって……俺はまだ戦えるぞ!」

 幸い、折れたのは利き手じゃない左手だ。まだイケるぞ、俺は!

「当たり前だ」

「だから、俺はまだ――って、へ?」

「我らオークに、その『誇り』を捨てさせてまで農業をしろと言ったお前だ。たかだか腕の一本、足の一本折れたぐらいで軽々とその言を翻させる訳が無かろう。我らは誇りに命を懸けるオーク。ならばお前も、自身の言葉に『誇り』を掛けろ」

「……ラインハルト」

「残念ながら、父はお前よりも強い。その腕でこのまま戦ったとしても、敗戦は火を見るより明らかだ。だから、『一旦』下がれ。下がって腕を治療し、その上でもう一度『此処』に帰って来い。それまでは――」



 ――私が、場を繋ぐ、と。



「……さっさと下がれ」

「……頼む」

 ラインハルトに頭を下げ、俺はラインハルトの背中に守られる様に後ろに下がる。そんな俺を待っていたかの様、ヒメが俺の右腕を掴んだ。

「マリア!」

「よう、ヒメ。格好悪い所、見せちゃったな」

「そんな事、どうでも良い! それより腕を――ひぅ!」

 掴んだ腕を自身の目線の高さまで向け、ヒメが息を呑む。まあ、アレだ。アレほど重い拳を受けていたんだ。俺の両手は痣だらけ、当社比で1.5倍ぐらいの大きさまで無残にも膨らんでいた。

「……待ってて。直ぐに治療するから!」

 そう言って、ヒメは俺の右腕を丁寧にさすりながら、口の中でブツブツと何かを呟きだす。その声と同時、少しずつ手の痛みが――


「…………ヒメ? なんだ? その……全然、痛みが引かないんだが。つうか、お前が擦ってくれてる所、ボコボコにされた処だから、触られると逆に痛いんだけど?」


 ――引かない。むしろ、ヒメの『擦り』で血行でも良くなっているのか、逆にすげー『じくじく』痛むんだけど?

「黙ってて! 集中しているんだから!」

「お、おう」

 怒られた。なんだか若干理不尽な気がしながら、それでもヒメの言葉に従う様、俺は黙ってされるがままに。ちらりと視線を向けた先、ラインハルトとエドアルドが睨み合う光景が目に入る。腹の探り合いでもしているのか、動こうとしない二人を俺と、いつの間に復活したのか俺に吹っ飛ばされたオーク達が固唾を呑んで見守る。場を支配するのは、圧倒的な静寂。その静寂の中で、ゆっくりと、優しく、まるで詠う様に俺の腕を擦り続けるヒメの言葉が耳に入って来て――




「――痛いの痛いの、飛んでいけぇ。痛いの痛いの、飛んでいけぇ」




「何考えてんだお前はぁーーー!!!」

 ――叫ぶ。飛ぶか! そんな子供騙しで俺が『うし、元気!』とでも言うと思ったのか!

「あのな! そんなもんで俺の腕が治ると思ってんのかよ! んな訳ねーだろうが! 残念だ残念だと思ってたけど、本当に残念だな、お前は! 無いのかよ! もうちょっとこう、あっちのラインハルトママみたいな素敵な能力は!」

 別にあんな濃厚なキスかませって言ってる訳じゃねーぞ! でも、こう……もうちょっとあるだろうが! 癒しの呪文的なモノを掛けてくれているのかと思ったのに、スゲー騙された気分だよ! 普通に血行が良くなっただけじゃねーか!

「……もん」

「あん? なんだ? 言いたい事があるんだったら、もっと大きい声で――」



「――私にはそんなチカラ、これっぽっちも無いんだもん!」



 ――言い掛けた言葉を飲み込み――同時、息も呑む。


「……ひ、め?」

「ええ、そうよ? 私には癒しのチカラなんてモノは無いわ! それどころか、敵を圧倒する程の武力も、全てを焼き尽くす様な魔法も、先の先まで見通せる様な知力も無いわよ! 私には……私には、何にもないわよ!」


 俺の腕から視線をあげたヒメの瞳が、涙で真っ赤になっていたから。


「ええ、ええ、そうよ? 私には、本当に何もないわ! そんな私が、『魔王』になりたいなんて、そんなの最初から無理だったのよ!」

「なっ! お前、何言ってんだよ! 何の為に俺が戦って――」



「それが、イヤなのっ!」



「――ると……ヒメ?」

「それがイヤなのよ! 私、言ったよね? 争い合う魔界はイヤだって! 誰かが悲しむ魔界はイヤだって! 誰かが――貴方が! 私の為に、私の我儘の為に、その為に傷付くような魔界は――そんな魔界はイヤなのよっ!」


 まるで……悲鳴のように。


「……ごべ……ごべんなざい……あ、あなだに……こ、こんな……き、きず……」

 両手で顔を覆い、涙を流すヒメ。そんなヒメの頭になるだけ優しくなる様に、俺は右手をそっと置いた。

「あー……その、すまん。酷い事言っちまった」

 俺の言葉に、ブンブンと左右に首を振るヒメ。その姿に、情けない話だが少しだけほっとし、俺は言葉を継いだ。

「……なんだ。ヒメの言ったことも分かる。そうだよな? お前、誰かが傷付く魔界はイヤだもんな。平和が一番って考えだもんな。その、コレは別に嫌味とか、小馬鹿にする訳じゃなくてよ? 純粋に、心の底からその理想は貴いと思ってるんだよ」

「……」

「それで……まあ、その、なんだ? 俺自身、そのお前の思い描く『魔界』の姿ってのも悪くはねーと思ってんだよ。見た目はこんなだけど、一応準日本人だしな? 戦争なんてなきゃ無い方が良いし、争い事だってしなけりゃしない方が良いとは思ってんだよ」

「……でも……現に、今、マリアは……傷ついてる」

「……まあ、そうだよな。でもな? これはアレだ。その『理想』を叶えるための、必要経費みてーなモンだからな?」

「でも、でも! だって、その理想は、その想いは、その願いは! それは……そ、それは、私の……私の我儘で! だ、だから、それで貴方が、マリアが傷付くのは……」

 まあ……そりゃそうだよな。確かに、『平和な魔界』ってのはヒメの願いであって、俺の願いではないさ。その通りだけど、な?

「……おいおい、つまんねー事言うなよ、ヒメ?」

「つ、つまんない事? な、何がよ!」

「仮もイイ所だけど、俺たちは一応、『伴侶』だろ?」

「そ、それは……そ、そうだけど」

 照れた様に頬を赤く染め、こくんと可愛らしく頷いて見せるヒメ。だろ? それってつまり、俺の嫁さんって事だろ? だったら、話は簡単だ。



「嫁さんの『夢』ってのはな? 旦那の『夢』なんだよ」



「――っ!」

「お前が笑顔になる為なら、多少俺が怪我するぐらい何ともねーよ。つうか、折角……仲良くなったんだ……って、そこそこ仲良いよな、俺ら? まあともかく、仲良い奴の夢なら叶えてやりてぇのが人情ってモンなんだよ」

 そう言って、ポンポンとヒメの頭を撫でる。

「……バカ」

そんな俺の手に、おずおずと、だがしっかりとヒメの手が重なった。

「……馬鹿よ、貴方。底抜けのお人好し」

「顔は怖いけどな。でもな? 男ってのはそもそも馬鹿なイキモノなんだよ。俺も当然そうだし――ホレ?」

 見て見ろ、と顎をしゃくったその先では、俺と同等か――それ以上の『バカ』が、化け物と拳を戦わせていた。

「ラインハルト! 貴様、オークの誇りを忘れたか! これは一対一、男と男の決闘だ! それを横からしゃしゃり出る様な真似をしおって!」

「そんなっ――っく! そんな事は先刻承知! これが男と男の決闘である事など、分かり切った事です!」

「ならば、なぜ横入りなどする!」

「横入り――ぐはぁ! ぐ……横入りではありません!」

「なんだと!」

「これは横入りではない! 私は――私はただ、マリアの『左腕』となっているだけだ!」

「――っ! ラインハルト、貴様! 自らが戦うではなく、あの男の『手足』として戦うと、そういうつもりか!」

 自身の意思ではなく、ただの『手』。オークの誇りを自ら汚す様なそんなラインハルトの発言に、エドアルドの形相が憤怒の表情に染まる。


「そうだ!」


 そんな、エドアルドの形相に一切怯むことなく。


「私は、マリアの理想を貴いと思った! マリアの想いを嬉しく思った! マリアの願いを――この、オークの里に住む民が、飢える事無く、死ぬ事無く、誰もが幸せに暮らせるというそのマリアの『優しさ』に、打ち震える程、有り難いと思ったっ!」

 大きく一歩、後ろに飛び、里中に響けとばかりにラインハルトが大音声を上げる。

「この里が豊かになる為に、この里に笑顔を溢れさす為に、この里から悲しみが無くなる為に! 縁も所縁もない、人間であるマリアが戦ってくれているんだ! その恩義に報いず、何がオークの誇りだっ! 何が武門の一族だっ! オークの誇りとは、武門とは、その様なモノでは無い! 断じてない!」

 周りを見渡すように、視線を一周させて。



「だから、私は戦う! オークの誇りではなく――異郷から来た、真にこの里を思ってくれる、『友』の為に、私は戦うんだ! 傷付いた友の左腕になる事が、傷付いた友の左腕に『なれる』事が誇らしいと思いこそすれ、一体なんの痛痒を感じようかっ!」



「……だってさ。あんな臭いセリフ、良く言えると思わねーか? ったく……これだからイケメンは感じが悪いんだよ。なに言っても決まりやがるし」

「……そんな事言ってマリア、ニヤニヤしてる」

「……まあ、嬉しくないと言ったら嘘になるからな」

 最後にポンポンともう一度、ヒメの頭を軽く撫でて俺は立ち上がる。あそこまで言われちゃ、流石にそろそろ代わってやらなきゃ不味いだろうよ?

「待って!」

 さて行くかと歩みを進めた俺の背中から、ヒメの声が掛かった。んだよ? 今、結構燃えている所なのによ? さっさと――


「――って、おい! 何やってんだよ、お前!」


 振り返った俺の目に映ったのは、ロングのスカートを太ももの高さまで持ち上げるヒメの姿。瑞々しい、ハリのあるしなやかな、それでいて健康的な色気のある太ももが惜しげもなくさらされて――って、そうじゃなくて!

「ば、バカ! 何考えてんだ、はしたない! 仕舞え! さっさと仕舞え!」

「んーーっ!! ……えいっ!」

 そんな俺の言葉を華麗にスルー。ヒメが捲し上げたスカートを勢いよくビリっと破いて見せた。ば、バカ! お前、それじゃ太もも丸出しじゃねーか! 何処の女子高生だ、お前は!

「マリア!」

「マリア、じゃねーよ! お前、何考えて――」

「いいから早く、左手出して!」

「――るんだ……左手?」

「早く!」

 ヒメのその余りに真剣な表情と声音に、反論する事も忘れて俺は素直に手首が折れてプラプラしてる左手を差し出す。その左手の痛々しさに一瞬顔を顰め、直ぐに頭を左右にぶんぶんと振って、ヒメが何かを探す様に視線を地面に向ける。

「応急処置だけど、コレで!」

 やがて足元の一本の木の棒を見つけると、それを拾い上げて俺の左手の手首をしっかり固定し、そのまま先程破いて自身のスカートでグルグルと巻きだす。

「添え木って奴か?」

「そう。正直、無いよりはマシ、程度だけど……」

「いいさ、十分だ」

 そんな俺の言葉に、少しだけ視線を落とすヒメ。

「……私に出来る事は、これぐらいしかない」

「……いいさ」

「でも……でも、本当に、貴方の言葉は嬉しかった。だから――ごめん、マリア。私は、貴方には……我儘を言わせて貰いたいと思う。その……い、イイかな?」

「……あったりまえだ。ドンドン言え」

 そんな俺の言葉に、嬉しそうに笑んで見せて。



「……勝って、マリア。私の、私の『我儘』の為に。私は応援しか出来ない、非力な身だけど……でも、お願い、マリア」



 ――私に、勝利を、と。



「本当に馬鹿だな、ヒメ」

 いいか? 耳の穴かっぽじって良く聞け。



「最初に言っただろう? 俺は――お前のその『応援』で強くなれるんだ」



 単純に、ヒメの『チカラ』だけの話じゃねー。

「美少女の応援は、何にも勝るんだよ」

 ホント、自分でもイヤになるぐらい単純だけど……でもな?

「――うん! 私、一生懸命応援するから!」

 見て見ろ、この花の咲いた様な笑顔。こんな笑顔向けられて、気張らなきゃ男じゃねーだろうが? 後ろから掛かるその声に軽く手を振って、俺は一足飛びにラインハルトの元まで駆ける。

「……来たか」

「待たせたな、色男」

「お前が言うな。それで……どうだ? 腕の方は」

「ふっ……聞いて驚け、ラインハルト。ヒメの持つ治癒の魔法は『痛いの痛いの飛んでけ~』だぞ?」

 俺の言葉に、呆気に取られたのは一瞬。

「くっ……はーはっは! 『痛いの痛いの飛んでけ~』と来たか。成程、それはとても効果がありそうじゃないか」

 快活に笑うラインハルトに、肩を竦めて見せる。

「……全くだ。お陰で気力マックスだぜ? まあ……体力は若干残念な感じだけどな?」

 それでもさっきのハメ技みてーなの喰らってた時よりは大分マシだけどよ?

「奇遇だな、マリア。私もたったアレだけの殴り合いで既に大きく体力を持って行かれてる。我が父ながら化け物だな、アレは」

「その意見には全面的に同意する。んで? 対策はなんかあるか?」

 少しだけ期待を込めた俺の質問に、ラインハルトは涼しい顔をして見せて。

「それを考えるのはお前の仕事だ。私はお前の『左腕』だからな」

「……それを人、丸投げという」

 まあ、そう言うだろうと思ってたけどな。

「んじゃ聞け、左腕。あんな化け物相手に小細工なんて通用しねー。出来る事は正面突破ぐらいしかねー。そもそも、そんな小細工を思い付きゃしねーしよ」

「……そうだろうな。苦手そうだし、お前」

「うるせー。だから……これからは『全力』で行く。二人がかりでな」

「……ふむ。まあ、それしか方法は無いか」

 俺の言葉に納得した様に首肯するラインハルト。流石、バトルジャンキーのオーク族。話が早くて助かるぜ。

「下手な考え休むに似たり、だ。シンプルに行こう。延々、バカみたいに殴り合って、最後に立って方が勝ち。どうだ? 分かり易いだろう?」

「ああ。分かり易くて良い」

 ラインハルトの言葉に、俺は大きく頷いて。



「最後まで倒れんなよ? こっからは、ベタ足インファイトだ」



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