第十四話 衣食住足りて礼節を知る。
「オークの族長って……え? ちょ、ま、マリア? オークの族長に逢いに行く? ちょ、何言ってるの? っていうか、何しに行くのよ!」
「あ? ちゃんと人の話を聞けよ、ヒメ。言ってるだろう? 我儘言いに行くってよ? あ、地下ってどっちから行くんだ?」
「え? あ、ああ、そこを右に――って、じゃ無くて! わ、我儘ってなによ!」
そんなヒメの言葉を華麗にスルーし、俺はヒメに言われた通り右に曲がって歩みを進める。俺の後を少しだけ慌てた様にヒメとラインハルトが付いて来る。
「ちょっと、マリア!」
「うるせぇな~。我儘は我儘だよ。『俺』は、コイツらの……オークの考えが気に入らねえんだ。だから、ちょっと我儘言いに行こうかって思ってな……おい。次は?」
「へ? あ、えっと……左に曲がればすぐに階段が……って、お、オークの考え? な、なによ、それ!」
そこでようやく『こうすれば早い!』と気付いたのか、俺の行く手を遮るようにヒメが目の前で両手を広げて通せんぼをして見せる。まあ、このまま進む訳にもいかねーしな。そろそろ説明するか。
「おい、ラインハルト」
まるで睨み付ける様な瞳を向けて来るヒメから視線を外し、俺はその視線を背後、俺の後ろに居たラインハルトに向ける。
「……なんだ?」
「俺はこれからオークの族長……って、お前の親父になるのか? 親父に逢いに行く。お前も付いて来い」
「……話の流れで大体分かる。付いて行く事自体も構わん。このまま進めば転移の魔方陣のある地下室だろう? 私も帰る手間が省けて助かる……のだが……」
暗に、『なんの為に?』と言わんばかりに首を捻るラインハルト。その姿に溜息を吐きながら俺は言葉を続ける。
「何遍も言わすなよ、お前ら? さっきから言ってるだろう? 我儘言いに行くって」
「それは分かる。私が……恐らく、ヒメ様も聞いているのはそういう事ではない。我儘の『内容』を聞いているんだ」
内容? 話の流れで大体分かるだろうが、内容なんて。
「――お前らに『農業』をさせに行くんだよ、俺は」
ラインハルトが、息を呑むのが分かった。
「の、『農業』? 『農業』だとっ! 貴様っ! 武門の民である我ら誇り高きオーク一族に農奴の真似をしろというのか!」
一瞬にして、ラインハルトの顔が怒気に染まる。余程怖かったのか、ヒメが『ひぅ』と小さく悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。おい、ラインハルト? ヒメをビビらすなよな?
「農奴って。農業バカにすんなよ? 農家の皆さんが汗水たらして米や野菜を育ててくれるから、俺らは飯が食えるんだよ。つうかな? なーにが『誇り高きオーク一族』だ。何が『武門の民』だ、バーカ。人間風情に吹っ飛ばされて瞬殺された癖に、何をいまさら格好つけてるんだか」
まあ、俺の場合はウルトラチートのお陰だが……敢えて此処で言う必要はあるまい。ホレ、見て見ろ。ラインハルトが悔しそうに唇噛み締めてるし。
「う……ぐぅ……だ、だが……」
「そもそも、農業ってのは結構重労働なんだよ。畑だって田んぼだって、それ相応のチカラが無くちゃ出来ねーんだよ。お前ら、チカラは無駄に強いんだろ?」
なんせ、普通の高校生十人分だろ? 最近の農業はやれコンバインだトラクターだと色々使っているが、コイツらのチカラなら人力……じゃねえか。『オーク力』で出来るんじゃね? 冗談抜きで馬並みに働けそうだし。
「ま、待って! 待って、マリア!」
うぐうぐ言ってるラインハルトから視線を逸らし、俺の背中に隠れながらおずおずと俺を見やる、なんて器用な事をするヒメ。ちょっと可愛いじゃねえか。
「なんだよ?」
「お、オークに農業をさせるって……そ、その……お、オークよ? 戦に生き、戦に死ぬのを誇りとするオークに……そ、その……の、農業は……」
「なんだ? お前も『オークの誇りガー』とか言い出す口か? ホレ、さっきの闘技場でのヤツ。あれ、聞いて無かったのかよ?」
「……ううん。ちゃんと聞いてたよ。オークは……そ、その……」
言い淀むヒメの言葉を引き取り、俺は言葉を継ぐ。
「そうだよ。オーク族は『戦争』がしたいんだとよ。お前の大好きな、平和で争いの無い魔界はイヤでイヤで仕方ないんだとよ」
「――っ! ……」
ヒメが寂しそうに唇を噛んで下を向いた。その姿を見て、慌てた様にラインハルトが言葉を発する。
「ひ、ヒメ様! ち、違います! あ、いや……ち、違わないのですが……え、えっと、そういう意味では――無い訳では……ま、マリア、お前っ!」
「なんだよ? 事実だろうが?」
今更取り繕うなよ、このエエ恰好しいのバトルジャンキーが。
「ヒメは良いのかよ? そんな戦うばっかりの魔界なんて。お前の好みじゃねーんじゃねーのかよ? 平和で、争いが無くて、皆が手を取り合える様な平和な魔界が好きなんじゃねーのかよ?」
「……争いは好みじゃ、ない。平和な……今みたいな、楽しい『魔界』が良い」
「……だって、ラインハルト? どう思う?」
そんな俺の言葉に、ラインハルトが小さく溜息を吐いて視線を逸らす。
「……私には、今の『魔界』は楽しくありません」
「ラインハルト!」
「例えヒメ様の言葉でもこればっかりは譲れません! 我らオークの民は――」
「はい、ストップ。言い争いは後でしろ、後で」
あんまり無駄な時間を取らせるな。忙し……くはないが、さっさと終わらせようぜ。
「まあ、とにかく……俺はヒメの意見に賛成だ。戦争なんて出来りゃねー方がいいだろ? だから、オークの一族に農業して貰ったらいいじゃねえか。自分らの食い扶持ぐらい自分らで作れ。腹が一杯になって、飢えるオークが居なくなれば……そうだな、戦争しようなんて馬鹿な考えは出て来ねーんじゃね?」
「で、でも……」
「なんだよ?」
なんだ? お前、反対なのかよ?
「そ、そうじゃない! そうじゃないけど……で、でも……お、オークの誇りが」
「誇り?」
その言葉に、ふんっと俺は鼻を鳴らす。
「誇りで腹が膨れるかよ。そんなしょーもない事ばっかり言ってるからやれ戦争だ、やれ間引きだなんて言葉が出て来るんだよ」
別に誇りが悪いって言う訳じゃねーぞ? ただ、それが『命』に代えて守らなくちゃいけねーモンだとは俺にはどうしても思えないってだけだ。
「……お前らには分からんさ。これは、オークの問題だ」
「まあな。さっきも言ったけど、俺にはコレぽっちも分かんねーよ。きっと、俺のする事は余計なお節介なんだろ? でもな? 『俺』にはそれが気に喰わねーんだよ。だから、『我儘』言いに行くんだ。『オークの誇りは取り敢えず脇に置いて、農業をしませんか?』ってな? つうかお前ら、仲間内で殺し合いとかしたいのか? なんだ? オークは戦い続けて無いと死んじゃうのか? マグロみてーな奴らだな?」
「その様な事はない! 我らは仲間を大事にする!」
「んじゃ、問題なくね? そのご大層な『誇り』つうモノ脇に置きゃ、仲間が救えるんだ。さっきも言ったけど、人間風情に負けちゃう誇りと、仲間、どっちが大事なんだよ?」
俺の言葉に、ラインハルトが目を伏せて。
「だが! だが……我らオークの民が住まう土地は貧弱な土地だ。仮に農業に力を入れても、我ら一族を賄えるだけの食糧が手に入るとは、とても……思えない」
俺の言葉に反論して見せる。はあ? 貧弱な土地だ?
「あんな? 俺、何が嫌いってやる前から『無理だ』とか『駄目だ』とかいう奴が一番嫌いなんだよな? 手に入るとは思えない? 育てた事もねーのに何が分かんだよ、お前ら」
「……だが」
「それにな? 人間界には内政チート御用達のノーフォーク農法ってのがあるんだよ。必要な事とか分かんない事があっても、Gが付く先生とかYの付く先輩に聞きゃ、大抵の事は教えてくれるしな。しかも二十四時間、年中無休、加えてロハでな」
どうせ『週末魔王』なんだ。平日は家に帰るんだし、そん時プリントアウトして持って帰って来てやるよ。必要なら、荒れた土地でも育つ野菜の種でもなんでも仕入れて来てやるしな。知らんけど、多分なんかあるだろう、そんな強い野菜が。
「おい、ヒメ」
「……え? は、はい?」
「お前だって平和な魔界がイイんだろう? 俺が人間界に帰ったらタネ買って来てやるから、日給分は先払いしてくれるか?」
「……え、えっと……う、うん! それは大丈夫……う、ううん! 私も! 私も出す! それで平和な魔界になるんだったら、私のお小遣いも出す!」
「ああ……そうだな。コンバインやトラクターはともかく、鍬やら鋤やらもいるだろうし……日給と俺の小遣いじゃ心もとないか。よし、ヒメ! お前には財布係を任命する!」
「うん、分かっ――って、ちょっと待って! 自分で言っておいてなんだけど、財布係はイヤ! っていうか、女の子にそれ、酷くない!?」
「ま、待て! シュウマツの魔王とはなんだ!? 終末の事か? それに……に、日給? 魔王とは日給制なのか!?」
「そこはどうでもイイんだよ。ともかく! 俺はお前らが農業をするって説得しに行くって事だ。ほんで、お前はソレについて来いって事。これだけ分かればイイんだよ」
俺らの会話に突っ込みを入れるラインハルト。こまけーことは良いんだよ。禿げるぞ? つうかむしろ、禿げろ。
「……なぜ?」
禿げる呪いを掛けながら、あっかんべーをする俺の耳に、ラインハルトの呟きが届く。
「あん?」
「……なぜ……お前はそこまでしてくれる? 日給はともかく……お前は、我らの為に自身の財を投げうってくれると言うのだろう? なぜ? 我らは昨日、初めて出逢った。お前と私の間には未だ、何もない。戦闘を――否、拳を交えてすらいない。それなのに……なぜ?」
「拳交えたら分かり合えるって所がバトルジャンキーだよな」
ラインハルトの言葉に肩を竦めて見せて。
「嫌なんだよ、俺は。『一族の存続の為に……!』みたいな悲壮な覚悟で子が親を殺し、親が子を殺す様な、そんなお涙頂戴のブルーな展開は大っ嫌いなんだよ。俺が動く理由なんて、それだけで十分だ」
「……そ、それだけ……? たった……それだけの事で? たったそれだけの事で……お前は私達の為に私財を……?」
「私財っつう程大した額じゃねえよ。使い道のない金だしな」
『真琴の為のプレゼントはやっぱ、自分で貯めた金で買う!』とか勢い込んで貯めたバイト代の余りだ。無駄遣いするぐらいなら――……って、あれ?
「……アレ? もしかしてコレ、超有意義な使い方じゃねえか、コンチクショウ! ありがとな、真琴!」
「ま、マコト?」
「忘れろ、心の叫びだ」
中指を突き立てる所存だよ。『愛してる』って意味なんだろ、アレ?
「……後はまあ……お前、カンジは悪いケド、悪い奴じゃ無さそうだし。そんなヤツが悲痛な顔であんな叫んでるの聞いたら、なんとかしてやりたいと思うじゃねえか、普通は」
なんとなく、照れ臭い。そう思い、頬をポリポリと掻く俺を唖然とした顔で見るラインハルト。あんだよ? 自分でも似合わねーと思ってんだよ。文句あるか、オラ?
「……なるほど。『優しさ』か」
「……は?」
「いや……なんでもない」
そう言って、まるで憑き物が取れた様な顔で笑うラインハルト。イケメン、二割増しだなこの野郎。
「……そもそも、私はお前に『負けた』身だ。オークの、武門の民として、勝者な言葉には諾々と従おう」
「いや、そんな重く捉えて貰わなくても……ま、いっか」
ラインハルトも納得した様だしな。チラリと視線をやると、両手に握り拳を作って『むん!』のポーズをして見せるヒメの笑顔があった。その二人同様、俺も『多分、悪魔が笑った方が可愛げがあると思う』と噂の笑顔を浮かべて。
「……んじゃまあ……ちょっくら、行きますか!」
そんな俺の言葉に。
「「――おう!」」
……お? なんだよ、ノリいいじゃん。




