第十三話 醜いアヒルの子
一話に纏めたので長くなった……
闘技場に、こう……なんて言うんだろう? なんとも言えないビミョーな時間が流れた。俺は眼を点にしたままだし、ヒメに至ってはちょっと美少女がしちゃダメな表情を浮かべてやがる。おい、ヒメ。顎が地面に付くぞ、それじゃ。
「……んー……うん! 綺麗に一発貰って目を回してるみたいだけど生きてるね! おーい、ヒメちゃーん」
そんな中、一人だけ冷静な魔王様。大穴開けたラインハルトのもとまで近寄って頬をぺちぺちと叩き、息があるのを確認なんぞした後で大声を出してヒメを呼んだ。
「……え? あ、ああ! なーに、ママ!」
「ちょっとラインハルトの怪我見てあげて~。私、マリア君と話があるから」
「み、見てって……ママ、私、治療の心得なんて無いわよ!」
「いいの、いいの。診て、じゃなくて、見て、だから。美少女に見られてたら傷なんて直ぐ治るわよ」
いや、んな事は無いと思います。むしろ、アレだけ派手にやられたら、俺だったらちょっと立ち直れないかも知れん。
「ちょ、ちょっとママ!」
「それじゃね~。後、宜しく~」
ヒメの抗議の声を無視し、軽い足取りで魔王様が俺の所まで歩いて来る。そのまま、流れる様な動作で俺の右手を取って。
「――え?」
眩暈の様な一瞬の感覚に思わず目を瞑り、慌てて眼を開けた俺の視界に飛び込んで来たのは、初めて魔王様と出逢った時に使われていた玉間の景色だった。は?
「どう? わーぷ! だよ! 驚いた?」
全身でわくわくを体現する魔王様に口を開きかけ――俺は黙ってその口を閉じて首を左右に振る。
「えー!! 驚いてよ! 私の必殺技だよ!」
「……今更それぐらいじゃ驚きませんよ」
なんせ魔界だからな。人の内臓鷲掴みにする様な金縛りがあるんだ。ワープぐらいは合ってもおかしくないし……それに。
「……ええっと……此処まで連れて来られたって事は、何かしらの説明がある感じです?」
ヒメとラインハルト曰く、オークと人間には越えられない種族の差があるらしい。だって言うのに、試合始まってすぐの秒殺だぞ? ラインハルトが俺に、じゃねえ。俺がラインハルトに、だ。なんだ? これも『魔界』特有か?
「こう……なんです? 実は魔界……ってか魔族? 魔族って俺が思うより……こう、ずっと弱かったりします?」
何かの漫画だかアニメだかで見た記憶に過ぎんが……例えば重力的なモノが地球より弱く、その分体が軽くて強い、みたいな? あんな感じか?
「ぶっぶー! 外れ~。普通はマリア君がラインハルトに勝つなんて有り得ません~。ホントなら、マリア君がラインハルトにボッコボコにされてハイ、おしまいよ!」
……普通なら、ね。
「……じゃあ、コレが関係します?」
そう言って俺は右手を上げて見せる。甲に刻まれたミミズバレの様な痣を見て、魔王様がうんと一つ頷いた。
「その通り。さっすが――と、言いたい所だけど、簡単に分かるかな?」
「……まあ、これぐらいしか理由ないですしね。これが、ヒメの『チカラ』ですか?」
俺の言葉に苦笑を浮かべたまま、魔王様は言葉を続ける。
「……ヒメちゃんってさ、どんな子だと思う?」
「どんな子って……」
そんなに長い付き合いでも、深い付き合いでもない。昨日絡まれた所、助けただけだしな。なんで、正確にどうか、と言われるとちょっと困るが……
「……『優しい子』ですかね?」
なんだかんだで、優しい奴だとは思う。俺の回答が満足の行くものだったのか、魔王様が満面の笑みで頷いた。
「そう。とっても優しいの。誰にでも分け隔てなく優しくするイイ子なのよ。でもね? ヒメちゃんには『それ』しかないの」
「……」
「……オークの様なチカラがある訳じゃない。ドラゴンの様に火を吹く訳じゃない。吸血鬼の様に魔術に長けている訳じゃ無い。魔族として、ホントに平均的な子なのよ」
その、魔王様の言葉に。
『チカラも全然ないし、ママには何をやっても勝てないの。年齢とか、経験とかじゃなくて、純粋に才能が無いの。魔界を統治する事なんて、力不足だって自分でも分かるぐらい……ホントに、何もないの』
思い出される、そんなヒメの言葉と、悲しそうな顔。
「……自分で落ちこぼれって言ってましたからね、ヒメ」
「そ。ヒメちゃんには何のチカラも無い魔族なの。だから……とてもじゃないけど、魔王なんて継がせられない。そんなの、直ぐに討伐されちゃうから。ヒメちゃんには、私の、『魔王』アイラ・マ・オー・エルリアンのチカラは宿らなかったのよ。だから――彼女に、魔王の『素質』はない」
そう言って言葉を切り、悲しそうに眼を伏せる魔王様。その姿に、なんだか胸を詰まらせるものを感じ、俺も魔王様に倣うように視線を下げて――
「……と、思ってるね、ヒメちゃんは!」
「……はい?」
――視線を、上げる。その先には、茶目っ気たっぷりに笑んで見せる魔王様の姿があった。
「ヒメちゃんのチカラはね? 『相対』って云うチカラなのよ」
「……『ソウタイ』……ですか?」
なんだ、それ?
「うん。ヒメちゃんの持つ『相対』は、ヒメちゃんの伴侶のカテゴライズされた括りでの基礎能力を、対峙する『敵』まで高める事が出来る能力なの。幾つか制約があるけど、概ね敵の種族の平均値まで能力を上げる事が出来るの」
「……うん、全然意味が分かんないです」
魔王様の言っている事がこれっぽちも理解できない。そんな、捨てられた子犬の様な瞳を向ける俺に、魔王様が苦笑を浮かべて見せた。
「マリア君、気持ち悪い」
酷くねぇ!?
「ごめん、ごめん。んーっと……そうだね? 一般的な男子高校生と、オークってどれくらいの差があると思う?」
「……」
「……ホラ、悪かったって。だから拗ねないの! ホラ! 答えて、答えて!」
「……無茶苦茶差があると思います」
だってオークだぞ、オーク? ラインハルトも言ってただろう? 種族には越えられない差があるって。んなもん、無茶苦茶差があるに決まってるじゃねーか。
「聞き方が悪かった。えっとね? 一般的な、ホントに普通の、取り立ててなんの取柄もない男子高校生が勇気を持って、束になって……こちらも一般的な、取り立ててなんの取柄も無い一般的な普通のオークに立ち向かったとしたら……ざっくりだけど、十人ぐらいいればいい勝負になるのよ」
「……一対十って事ですか?」
「そういう事」
……なるほど。
「えっと……『レベル』みたいなイメージでイイんですかね? RPGの」
「ああ、それ! それが近いかも! ただ、具体的に数値化出来たりはしないから『ふわっ』とした話だけどね。オークがレベル10で、人間がレベル1。そう考えて?」
魔王様の言葉にこくりと頷く。それに気を良くしたか、魔王様がにこにこしながら言葉を続けた。
「ヒメちゃんのチカラは相手の――まあ、伴侶の基礎能力を相手の種族まで高める事が出来るの。レベル1の種族とレベル10の種族が戦うのならレベル10の基礎能力まで、そのチカラを高める事が出来る。そんなチカラなのよ」
ちょ、ちょっと待ってください。整理します。
「えっと……結局、俺は人間九人分のチカラが上乗せされた、って事ですか?」
俺の質問にゆっくり魔王様が首を横に振った。
「……あれ? 違うんです?」
「ヒメちゃんのチカラはね? 『足し算』じゃないの。『掛け算』なのよ」
「……は?」
「時にマリア君? 貴方、一般的な男子高校生を相手に喧嘩したとして、何人までなら相手できる? 一人? 二人?」
「……実は勇者でした~、みたいな裏ワザ無ければ……三人ぐらい、ですかね?」
四人はちょっとキツイ。両手両足を死ぬ気で掴まれて顔面タコ殴りにされたら流石に俺も勝てるかどうか怪しいからな。
「じゃあ、さっきの理論で言うとマリア君のレベルは『3』でしょ? オークと人間のレベル差が『10』だとしたら、マリア君は3×10で、レベル30! って事になるのよ」
「…………は?」
「全く見えないけど……一応、『人間』の『男子高校生』ってカテゴライズでしょ、マリア君? だから、その基礎能力をオークの基礎能力まで高めるのよ。人間の基礎能力に、貴方自身の基礎能力、それにヒメちゃんの補正が掛かるってわけ」
「……」
「ラインハルトはオーク族の族長の息子だし、チカラを持ったオークでもあるの。普通のオークが人間十人で倒せるのであれば、ラインハルトは人間が十五人ぐらい、よってたかって戦って、どうにか引き分けに持ち込めるかな、って強さなのよ。これはオーク族の中では超優秀な部類に入るけど……でも、ヒメちゃんの補正付の貴方には勝てないでしょ? だって、人間三十人分なんだもの、貴方のチカラ」
わ、分かったような分かんないような……え、ええっと……
「え、えっと……例えば……普通の男子高校生五十人でどうにか倒せる魔族が居るとするじゃないですか? ソイツと俺が戦ったら……」
「その魔族の基礎能力の50に、一般男子高校生の基礎能力の1、貴方自身の基礎能力の3を掛けて、貴方のチカラはレベル150になるって事。イメージの話だけどね?」
「……」
……なんだよ、そのウルトラチート。それって殆ど無敵って事じゃねえか。
「話は最後まで聞きなさいな。さっき言ったでしょ? 『制約』があるって」
「……ああ、やっぱりです?」
ですよね~。そりゃ、そうですよね? そんな巧い話はないですよね?
「まず一つ。このチカラは『ヒメちゃんの』チカラなの。だから、ヒメちゃんが望まない限り、絶対に発動しない」
「ええっと……」
どういう事?
「例えば……そうね? もし、私とマリア君が戦ったするじゃない? ヒメちゃん、マリア君の事だけ応援すると思う? 産みの親である私とマリア君、どっちを応援すると思う?」
どっちを応援って、そりゃ……
「……別に自惚れる訳じゃ無いですけど、その選択肢で魔王様を取ります?」
「……え? い、いや! そんな事ないよ! だってヒメちゃん、優しい子だもん! 私とマリア君だったら、きっと私を取るよ!」
「いや……でも魔王様、自身の行動思い返して下さいよ? あんだけヒメに酷い事してたら、俺を取りませんかね?」
なんせ色々やり過ぎだからな、この人。普通はイヤになる気がするが。
「そ、そんな事ないもん! ヒメちゃんイイ子だもん! ママの事だーいすきっ! ってよく言ってたもん!」
「小さい頃の話じゃないですか、それ?」
「そ、そうだけど! き、きっと……きっと!」
いじいじし出す魔王様に、少しだけ溜飲を降ろす。いや……ちょっとムカついてたんですよ、実は。
「……マリア君のいぢわる……と、とにかく! ヒメちゃんが望まない限りは、マリア君の『相対』のチカラは発揮されないの! だから、常にヒメちゃんのご機嫌を伺っておく事! ヒメちゃんと喧嘩なんかしたら、絶対に発動しないんだから! へへーんだ! マリア君なんか一生、ヒメちゃんのお尻の下に引かれていればいいんだ!」
「どんな呪いの言葉ですか、それ!」
涙目でビシッとこちらを指差す魔王様。子供か、この人は!
「……はあ。それで? 他にもあるんですか? その『制約』とやらは」
取り敢えず、話が進まない。そう思い、俺は涙目でいじいじしている魔王様に言葉を掛ける。魔王様? のの字描くのはやめて下さい、のの字は。
「ううう……え? う、うん。えっと、ヒメちゃんの『相対』はマリア君の基礎能力を上げるだけなの。その他の能力については上がらない。ゼロには何を掛けてもゼロだからね」
「……と、言うと?」
「魔法はガッツリ効くって事。マリア君、一応人間でしょ? 魔法に対抗する能力ないじゃん。戦略級の大規模魔法とか喰らったら消し炭になっちゃうから、気を付けてね?」
「……一応って。いや、その前に……どう気を付ければいいんですかね、それ」
「そんな敵とは戦わない。戦うんだったら、魔法を使わせない様にする」
「……無理ゲーくさい」
でも……まあ、そうだよな? 例え三十人相手に勝てる様な万夫不当の豪傑でも、ミサイル撃ち込まれたらそら、死ぬわな。
「後は、基礎能力を上げても敵わない様な敵には当然負ける。さっきは私とマリア君で戦ったら、って話をしたけど……仮に? 仮によ! 仮にマリア君がヒメちゃんのチカラを使っても、私には勝てないと思うかな?」
「……そうなんです?」
「私、普通の魔王の五倍くらい強いもん」
「……」
「ふっ……私の戦闘力は五十三万です!」
「……いや、それは不味いでしょう」
……五十三万はともかく……マジかよ。すげーな、魔王様。
「……本当のチートは貴方ですね」
「そうかも。いや~、溢れる才能が怖いね、私」
そう言って、親指をグッと立てて見せる魔王様。
「ま、そういう訳で私に逆らうのはやめて起きなさいな。大丈夫、私は規格外だけど……でもまあ、普通の魔族相手だったら殆どウルトラチートだから、マリア君。自信もって!」
「自信もクソも……」
なんとなく、実感が湧かない。そもそもが『借り物』のチカラだからって云うのもあるんだが……いきなり、『貴方、無茶苦茶強いです!』と言われても。
「……情けない顔しないの、怖いから」
「一々酷いですよね、魔王様。怖いって」
「まあ……気持ちは分かる。そうね。確かに、その力はマリア君のチカラでは無いかも知れない。マリア君的には、納得の出来ない事かも知れない。でもね? ヒメちゃんだけのチカラでもないのよ。貴方達は一人一人では……魔族基準では半人前以下だけど、二人揃うととんでもないチカラを発揮できるの。そして、それは間違いなく『貴方』のチカラでもあるのよ?」
「でも……なんでしょう? 例えば、ラインハルトだったら人間十五人分くらいのチカラがあるんでしょ? だったら、ラインハルトとヒメが――」
「ああ、それは無理」
「――結婚……無理?」
そう言って嫋やかに笑んだ後、魔王様は言葉を続ける。
「確かに、ヒメちゃんのチカラがあれば『底上げ』は出来る。でも、精々それは『足し算』なの。掛け算にはならないのよ。なんでだか分かる?」
「……ヒメが、人間とのハーフだから?」
この特殊なチカラが働くのが人間だけなのであれば、それは結局、ヒメに人間の血が流れているからじゃないのか?
「ううん」
そんな俺の言葉に、魔王様は首を左右に振って。
「人の子だけだから。『努力』をするのは」
「……努力?」
「私達魔族は元々強いから。だから、私達は『努力』なんてしない。だから、私達は『成長』もしない。私達は、あるがまま、ただ過ごす。マリア君、見た事ある? ライオンとか虎とかが腕立て伏せとか腹筋とかしてるの?」
「……ないですね」
「でも、彼らは人間よりずっと強いじゃない。まあ、動物と一緒にするのもアレだけど……それと一緒なの」
「……はい」
「人は弱い。でも、弱いながらもその弱さを補う為に『努力』をし、そして『成長』する。私達魔族には無い、その唯一無二の『チカラ』を持って、人は強くなる」
そう言って、溜息。
「……ほーんと厄介よ、人間って。だから、私達は人間が一番怖くて――でも……ううん、だからこそ、かな? 私達は、『エルリアン』の者は」
――人間に、『期待』する
「……期待?」
「……ラインハルト、言ってたでしょ? オークは『飢える』って」
「……聞こえましたか……って、聞こえますよね」
「あれだけ大声で怒鳴り合ってたら、そりゃね?」
俺の言葉に、苦笑を浮かべて。
「今の私の旦那は日本人だし……ヒメちゃんが日本に行けた事から分かると思うけど、簡単に人間界って行けるの。貴方達人間が思うよりもずっと、簡単に」
「……」
「魔界もお金が豊富にある訳じゃ無いし、オークだけを贔屓する訳にもいかない。だから、オークだけに食糧を与え、飢えをしのがせる訳には行かない。他の種族と『差別』をしてはいけないから。でもね? オークに『知識』を与える事は出来る。今の人間界の発達した『農業』を教えて、オークが飢えない様にする事は……多分、可能だと思う」
「……じゃあ、なんでしないんですか?」
そんな俺の言葉に、魔王様は笑って。
「オークが望まないから」
「……」
「戦闘に生きるオークが、今更鍬や鋤を持って農業に勤しむなんて、そんなのナンセンスだもの。オーク自身、そんな自分が許せないんじゃないかな?」
「……でも! それでも、そうすれば『生きる』事が出来るじゃないですか!」
「うん、分かる。マリア君の言いたい事も分かる。本当は、無理やりにでもオークを従わせて、農業をさせれば良いかも知れない。そして、私は魔王で……そのチカラもある」
でもね、と。
「――私はそれをしたくない」
「……なぜですか?」
「魔族だからね、私も。彼らの『誇り』を大事にしたいの」
「……」
「オークの気持ちも、良く分かる。ライオンが、獲物を狩る事を止めて馬や羊の様に牧草を食べる生き方を選択したら、ソレは果たしてライオンって言えるのかな? 私は言えないと思う。だってそれは、獲物を狩らない『ソレ』は、もう『ライオンの姿をしたなにか』でしかないから。そんな誇りを無くした生き方を……『オーク』を止めろと、オークの一族に私は言えない。だって、私も『魔族』だから。誇りを無くして生きて行くなんてこと、したくないから」
「……」
「だから……オークを力で従わせようとは思わない。彼らが望むのであれば、彼らの好きにさせてあげたい。そして……『私』は、それが、そんな『我儘』が、この魔界で許されるの」
だって、と。
「――私は『強い』もん」
「……」
「……そういう事よ、マリア君。だから……『私』には、出来ない」
そう言って、魔王様は口を閉じる。微笑を称えたままの、その表情を穴が空く程見つめて、俺は小さく一つ息を吐く。
「……『質問』なんですけど」
「……うん?」
「『魔界』って言うのは、『強ければ』我儘を言っても許されるんですよね?」
「そうね」
「ちなみに、魔王様。今の魔界は気に入ってます?」
「あったりまえじゃん。私とコースケで造ったんだよ? 気に入らない訳ないじゃん」
「平和な魔界の方が良いんですよね? 戦争だって、無ければ無い方が良いんですよね? 皆が笑って、楽しく暮らせる方が良いんですよね?」
俺の言葉に、微笑みをニヤニヤとした顔に変えて。
「……見た目に反して頭良いんだね、マリア君」
「『期待』するって言われれば、大体分かりますし……そもそも、見た目に反しては余計です。趣味勉強なんで、成績そんなに悪くないんですよ、俺?」
そんな俺の言葉に、魔王様が溜まらず噴き出した。腹を抱えて、楽しそうに、おかしそうに、涙を流しながら。
「……ああ、おかしかった。それじゃ、マリア君? そろそろ最後の『質問』じゃない?」
目尻を拭いながらの、そんな魔王様の言葉に。
「今、言ってた事って……纏めて、まるっと、全部……『魔王様』の我儘、ですよね? 魔界としてどうこうではなく……単純に、『魔王様が』したくないだけ、ですよね?」
「――うん! 全部、『私』の我儘だよっ!」
ぐっと親指を立てる魔王様。そんな姿に苦笑を浮かべて、俺は小さく会釈をする。
「それじゃ……ちょっと、行ってきます」
「王城の地下に転移の為の魔方陣があるから。ヒメちゃんを連れて行けば、帰っても来れるからね~」
「元々、ヒメには付いて来て貰うつもりでしたけどね」
その、俺の言葉に大きく頷いて。
「――宜しくお願いします。『優しい』マリア君!」
満面の笑みを浮かべて見せる魔王様。ったく……なんだろう? この人にはどう足掻いても勝てない気がするぞ、おい。そう思い、失礼だとは思いながら背中を向けてヒラヒラと手を振って、入り口の扉を押し開ける。
「あ! マリア!」
扉を出たところで、心配そうな顔を浮かべているヒメの姿と、その隣でなんだかさっぱりした表情を浮かべるラインハルトの姿が視界に入った。
「……よう。怪我はもういいのか? 俺に殴られた傷は治ったか、うん?」
駆け寄って来ようとしたヒメを手で制し、俺はラインハルトに歩み寄りながらそう言葉を掛ける。そんな俺の声に、ラインハルトが苦々し気に顔を顰めて見せた。
「……感じの悪い奴だな、お前は。だが……ああ、もう大丈夫だ」
「どうだ? 舐めてるからそんな目に合うんだよ? 反省しろ、反省」
「……そうだな。侘びよう、マリア・オオモト。確かにお前は強かった。いずれ、お前が魔王に即位した暁には、このチカラを存分に――」
「……言ったな?」
「――お前の為に使お……言った?」
頭に疑問符を浮かべるラインハルトから、ヒメの方に視線をずらす。
「丁度良かった。ちょっと付いて来てくれないか、ヒメ……と、ラインハルトも」
「……付いて来てって……何処に?」
ラインハルト同様、頭に疑問符を浮かべるヒメに、俺は『麻里亜の顔で一番怖いのは、絶対笑顔だ』と評判の笑顔を浮かべて。
「――オークの族長に逢いに行くんだよ。『我儘』を言いに、な?」




