第百二十話 アリス、引退!
「……族長から引退?」
「そうだ。リッチ族の族長の任から私を解いてくれないか? という……まあ、お願いだな」
「それはアレか? さっき言ったリッチ族の出仕に関係のある話か?」
俺の言葉にアリスは『ああ』と頷いて。
「先程も言ったが、私が魔王城に出仕しない以上、リッチ族は全員魔王城に出仕などしないだろう。変な所で義理堅いからな、あいつらは。だがマリンの言う事も一理ある。リッチの研究はなんだかんだと金も掛かるし、魔王城の出仕はそう云った意味では良い就職先でもある」
「……」
「魔界にとっても良い話だろう? ヒメ様は魔界の発展を願っているし、それなら優秀な人材を発掘できるチャンスは多い方が良かろう?」
そう言って俺をじっと見るアリス。うん、なんとなく、悪い提案では無い気がするが……
「そうすれば私は遠慮なく引き籠れるしな! 毎日ネット三昧、うん、悪く無いじゃないか!」
「……」
……前言撤回。ダメ人間を一人生み出す未来しか見えん。
「……でもまあ、一理あるっちゃ一理あるか」
族長の引退云々はともかく、提案的には悪くはない。そう思い、俺はちらりと魔王様を見て。
「……なんですか、その顔」
渋面を浮かべた魔王様を見た。珍しいな、おい。
「……んー……まあね、アリスの提案は凄い良いのよ。私も正直、アリスには引退して貰った方が良いかなって思ってたから」
「ママ! でもそれじゃ、優秀な人材が!」
「アリスは優秀だけど、猛毒にも薬にもなるのよ。用法用量を間違えたら爆発する様な、そんな劇物でもあるの」
「……薬で爆発って」
「そんだけヤバいって事。ま、ヒメちゃんじゃ上手く御すのは難しいわね」
本人を前にして言いたい放題の魔王様。ちなみに散々の言われようなアリスだが、それでもその顔は少しだけ嬉しそうだ。
「と、言う事は? 魔王様、引退を認めて下さると?」
「引退を認めるのは吝かじゃ無いわよ? でもね? 私の口から『引退しなさい』とは言えないの」
そう言ってやれやれと首を左右に振る魔王様。ん?
「……どういう事です?」
「リッチ族ってのはアリスを頂点とした種族よ? アリスに対する信奉具合は……ちょっとした狂信者みたいなモノね」
「……そうなんですか?」
「アリスが魔王城に出仕しないと誰も行かないなんて言ってるのよ? そうに決まってるじゃない」
「……」
「ま、本人の前で言う事じゃないでしょうけど……正直、リッチ族が一致団結して魔王城に乗り込んで来たらちょっち不味い事になるぐらい、リッチの力は強力だわ。だからまあ、私としてはアリスの引退は大歓迎なのよ」
「……本人の前で言う事じゃないですね、マジで」
「だってアリスはそんなつもり無いでしょう?」
「うむ。私が決起して魔王城に乗り込む? そんな面倒くさい事、するか。国盗りは信○の野望だけで十分だ」
そう言ってない胸を張るアリス。なんというか、ブレないね、こいつ。
「力の強い魔族が率いる一族、なんて潜在的な敵対勢力は潰しておきたいし、それが自壊してくれるんならめっけもん、ぐらいの気持ちはあるわよ。あるけど……正直、私の口からは言い難いわね」
「それって、なんで――ああ、魔王様が無理やりアリスを引退させたって思われる?」
「ざっつらいと。そんな事になったら魔界が戦火に見舞われるわよ。だからまあ、アリスが自分自身の意思でしっかりリッチ族にその意思を伝えるんならおっけー。ただし、その際にはしっかり新しい族長も決める事が条件よ」
「マリンで良いのではないのか?」
「マリンも優秀なリッチだけど、マリン並みに優秀なリッチは沢山いるでしょう?」
「それを選定しろ、と?」
「選定とは言わないけど、喧嘩にならない程度にはきちんと理論立てて族長決めてって話なの。妹だから、なんて安易な結論じゃきっとリッチも納得しないから」
「……面倒くさいな」
「……貴方がそんな事言うから、何時まで経っても引退させられないんでしょうが」
そう言って溜息を吐く魔王様。
「なんか……何時にない態度ですね、魔王様。あんまり多種族の事とか絡まない感じなんですが」
「普通はね。タダね……リッチはガチでヤバいのよね」
「力が?」
「頭が」
「……」
「そりゃ、力なら竜族とかの方が全然強いし、単純な魔力ならヴァンパイアの方が強いわ。そりゃそうでしょ? 研究ばっかりの青びょうたんがガチの殴り合いでドラゴンに勝てるわけ無いし」
一息。いや、溜めないでください。
「……でもね? リッチって無茶苦茶するのよね。怒らせたら普通に爆弾で魔王城なんて吹っ飛ばしかねないし。ドラゴンだってそんな事やらないわよ、普通」
「……」
「なんて言えば良いか……遠くにある外国の核兵器より、近くで刃物振り回すヤツの方が危ないでしょ? あんな感じ」
「……とんでもないですね」
「とんでもないのよ。だからまあ、無気力なアリスが頭張ってくれるならそれで良いんだけどね。でも、急にアリスがやる気出したら困るし」
「……出しますかね、アリス?」
「そういう漫画とかアニメ、或いはゲームに影響されたら可能性はあるわよ?」
……おう。なんだかありそう。
「そういう意味ではアリスはリッチを封じ込める『鍵』ではあるけど、その『鍵』自体が核兵器なみの爆弾でもあるの。そんな危険分子、放置も出来ないでしょう?」
「……確かに」
「だからまあ、アリスが自分できちんと族長を選んで引退してくれるんなら良いわよ? どう、アリス?」
そんな魔王様の言葉にアリスは一つ頷き。
「分かった。面倒くさいがその後の素敵ライフを思えばそれも良かろう。だが、条件がある」
「条件? 飲めるもの?」
「そうだな。きっと出来るだろう」
そう言ってアリスは俺とヒメを見やって。
「二人にも族長選定に付き合って貰う。どうせこれから二人の側で仕える身になるんだ。顔合わせは早い方が良いだろう」




